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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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深淵と小箱(5)
 


+ + + + + + + + + +
軽く町中の店を冷やかした後は、長く続く階段を黙々と登る。
この先に展望台があるのだという。
普段は平坦な街中に住んでいるから、長い階段というのは無縁だ。
ヒル魔は息も切らさずさくさくと進んでいく。
まもりは少々息を切らせながら、それでも軍人らしく普通の婦女子と違って音を上げることもなくヒル魔の後を追った。
「どこまで・・・行くんですか」
「もう少しで頂上だ」
そう言ってヒル魔は少々ペースを落とした。
振り返りはしなかったが、まもりの息が苦しそうなのを察したのだろう。
全く、嫌になるくらい人の事に気づく男だ。
まもりは額の汗を拭い、ヒル魔の背を見る。
いつもの軍服とは違い、生成りのズボンに紺色の麻のシャツを着ている。この国では黒を身に纏うのは軍人だと相場が決まっているので、あまり一般人は黒い服を持っていないのだ。彼が普段と違う色のシャツを着ているだけで、不思議な気分になる。
「おい」
声と共に、手を引かれる。
何を、という前に景色が開けた。
山の頂上、展望台となっている場所から見下ろすと、自分たちが普段生活している街を遙か彼方に、緑に囲まれた川が手前から奥へと流れていく様がよく判った。
「この川は流れて先、他の川と合流して海へと続く」
彼の指さした先は山々が連なるばかりで、海の色といわれる青は見えない。
「海・・・」
見たことがないですね、とまもりは呟いた。
「行軍でも行ったことねぇのか」
「私が行軍に参加するようになったのは、貴方が来てからですよ」
それまでは本の虫で、出かけるのは想像の世界。
机上の空論が展開する自分だけの世界だった。
「海は、綺麗ですか」
「どうだかな」
ヒル魔は曖昧に濁した。彼らしくなく感じて、まもりは隣の彼を伺う。
彼の視線は遙か先を見つめている。
その顔は海を思い出しているのか。それとも、他の何かを思い出しているのか。
海へ行くのが行軍の時だけとは限らない。
いや、むしろ軍に所属する前に家族で行ったとか、そういった種類の方がある話だ。
まもりたちの所属する国は緑地と荒れ地の交差する土地にあり、海からは遠く隔たっている。
「何か嫌な思い出でも?」
「別に」
なにもありゃしねぇよ、と言うその様子こそが何かを隠しているようで、まもりは落ち着かない気持ちになる。
けれど―――別に、彼が何を隠していようと黙っていようと、まもりにはあずかり知らぬ事。
不意に胸が痛くなったような気がしたが、まもりは彼に倣って遠くを眺め、その痛みを鎮めた。


山の中腹にある宿屋は、この場所でも一番古い建物を改装したそうだ。
見た目には古く、けれど中身はそれほど旧式ではない。
とっぷりと日が暮れてから宿に入る。
一日中歩き回ったまもりは、ベッドに腰掛けて深々と息をついた。
「疲れたか」
糞運動不足だなァ、という冷やかしにもまもりは怒ることなくこくりと頷いた。
「ええ。頭脳労働が専門ですから」
事実を指摘されて怒る気にもならない。
靴を脱いでぶらぶらと足を振る様子を見て、ヒル魔は少々の沈黙の後、にたあ、と笑みを浮かべた。
ろくでもないその顔に、まもりはぴたりと足を止める。
「・・・何ですかその顔」
「マッサージしてやろう」
「・・・」
まもりは無言で足を引き上げると、ベッドの上に丸くなった。
「なんだその格好」
手足を腹に抱えて俯せる、まるで猫の箱座りのような格好。
「お断りします」
「防御してるつもりか」
ケケケ、と笑いながらヒル魔は室内に備え付けられていた乳液の瓶を持ち上げた。
まもりはベッドの上でじりじりと後退る。
ヒル魔は悠然とベッドの上に乗り上げると、まもりの脇腹をちょんと指でつついた。
「!!」
びくんと身体を跳ねさせたまもりは、次の瞬間左足首を掴まれてぐいっと引き上げられた。
「ちょっ、ちょっと! 何やってるんですか!!」
まもりは慌てて服の裾を抑えるが、彼は頓着しない。
「マッサージだっつったろ」
「やめてください!」
声を上げて暴れても、ヒル魔は易々と片腕で彼女を押さえ込んでしまう。
こんな時、圧倒的な力の差に歯がみする。
術を使おうかとも思ったが、ヒル魔の手の方が早かった。

<続>
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