旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
室内に入ってから彼の手が外れる。
「なんで私たちが夫婦なんて言われてるんですか」
「一緒の部屋に泊まってるからだろ」
そう言われてまもりはそういうものなのか、と小首を傾げた。
まもりは最初から彼と同じ部屋に通されたが、そういうものかと思って特に気にしてなかった。
普段から執務室に出入りはあるし、人の部屋のソファで寝ていることもしばしばだし。
ソファがベッドになっただけで気分的には一緒だったのだけれど。
「なんだ、急に貞操の危機でも感じたか?」
にたり、と笑われてまもりは本気で訳が分からない、という顔をした。
「この私に貞操の危機? 何の冗談ですか」
見た目に美しく若い貴族の婦女子ならまだしも、同じ軍役をこなす軍人であるまもり相手にそんなことはあり得ない。
「貴方こそ早く否定した方がいいですよ。素敵な女性との縁はどこにあるか判らないんですから」
普段から女性との華やかな噂が絶えない彼のこと、意中の相手は未だいないか、いてもまもりの知らない人であろうことは間違いない。
噂にはとんと疎いまもりは、正しい情報が自らの耳に入ってくるのはおそらく彼からの報告以外にはないだろうなあ、と考えている。
「・・・テメェは、自分が女だっていう自覚はねぇのか」
低く唸るような声に、まもりはきょとんとして彼を見た。
「残念ながら生物学的には女ですよ。精神的にはどうだか判りませんけど」
まもりは自らの纏う服の裾をちょっと摘んでみた。
ひらひらとした、柔らかい素材のワンピース。女らしいフォルムは女性のもので間違いあるまい。
「こういうのも似合わないですしね」
じっとりと見つめる彼の視線が何故か痛くて、まもりはそっと瞳を伏せた。
「俺が何のためにテメェと一緒にいるかは考えたことねぇのか」
まもりは困惑したままヒル魔に視線を向けた。
「今は、頭の固い上司を休ませるためでしょう」
「・・・・・・」
「違うんですか?」
重ねて問えば、ヒル魔は舌打ちして無言のまま浴室へと姿を消した。
恐ろしいほど静かに閉められた扉がなんだか白々しい。
まもりは無意識に詰めていた息をふう、と吐き出す。
(・・・だって、それ以外に考えられないじゃないですか)
ふと触れる指が優しかったりとか。
手があたたかかったりとか。
視線が柔らかかったりとか。
それは全て、手の掛かる上司に対する諦念が大部分を占めたものであるはずだ。
彼が大事にしたいような、優しく綺麗な存在にはなれないのだと知っているのだから。
ふう、と嘆息したまもりは部屋の片隅にあった紙袋に気づいた。
そうだ、服を頼んでいたのだった。
まもりは彼の分の服を取り出すと、そっとベッドの上に置いた。
しばらく待ってみたが彼は出てくる様子がない。
泳いだせいか眠気が襲ってきて、ぐらりと船を漕ぎ慌てて身体を起こす。
部屋にあったメモ用紙に一言書き付けると、服の上に置いて自らは寝る支度を調える。
ベッドに潜り込んで、隣のベッドに彼がいないことを殊の外寂しいと思う自分を押し殺して瞼を閉じた。
彼の隣に立って、彼と同じ目標を持って、彼と共に生きる。
そう、軍人である以上、今の役職である以上、それは変わりないはずだ。
ここまで強固な関係を築けたのだ。
他の関係など必要ない。
そう、例えば、軍服を脱いでただの男と女で、幸せに笑い合って―――なんて、甘い幻想は。
この夏の記憶は夢。
気まぐれで彼が寄越した一瞬の幻。
それが嬉しいなんて、何よりも楽しかったなんて、言えないから。
『忘れなければ』
まもりは小さな小箱を取り出す。
『しまわなければ』
そこに想いを入れて、ぐるぐると縛り付けて、決してはみ出さないようにして。
そうして―――そう、あの滝壺なんて最適だ。
とぷんと音を立てて、滝壺は小箱を飲み込む。
薄黒く、青く、深く深く。
心まで冷たいまもりには到底手の届かない奥深く。
あたたかな彼の目には触れることのないほど深淵へ。
沈み込ませてしまえば、もう―――誰にもたどり着けない。
最終日は自宅でゆっくりし、都合五日間の休みが終わり、職場に顔を出す。
「!! おはようございますー!!」
「姉崎元帥、おはようございまッス!!」
「元帥、楽しかったですか?!」
「おはようございます。これ、皆さんで食べて下さい」
手にある籠にはどっさりと芒果が入っていた。
「わあ・・・! ありがとうございます!」
「おいしそ~!!」
わあわあと楽しそうな声に迎えられ、まもりはほっと息をつく。
「あ、ヒル魔大将! おはようございます」
「大将! おはようございます!」
「おー。テメェら仕事どうなった?」
「机の上に決裁分は置いてあります。ほとんどありませんけど」
「よしご苦労」
「大将、後で手合わせお願いします!」
「身体鈍ってないだろうな?」
「誰に言ってやがる」
同様に部下に囲まれるヒル魔を見て、まもりは静かにその場を去る。
執務室に足を踏み入れると、見慣れた光景に少しだけ机に載せられた決裁文書の束。
随分と長い間離れていたような気がしたが、ほんの五日間だ。
それでも懐かしいと思える自分が不思議だった。
今朝起きたとき、あの五日間は夢だったのではないか、と思ったけれど持ち帰ってきた芒果もそのままだった。
まもりは決裁文書の束を手に取り、ほんの少し俯いた。
健康保持を謳うのなら、休むべきではなかった。
少なくとも、自分だけは。
どこか後ろめたいような不思議な感情を引きずりながら、まもりはぺらりと書類の表紙を捲る。
やがて全ては瞬く間に日常に紛れ、あの深淵の小箱は誰の目にも触れぬまま。
ひっそりと水底で開かれる日を、待つ。
***
しょう様リクエスト『軍人シリーズで夏休暇(できたら付き合う前)』+マツ様リクエスト『軍人シリーズでヒル魔さんがピンチ』でした。久しぶりに軍人の二人を書き始めたら楽しくってついつい長くなってしまいました(笑)夏休暇はともかく、ピンチが判りづらくてすみません。多分全体的にずっとピンチなんです(大笑)リクエストありがとうございましたー!!
「なんで私たちが夫婦なんて言われてるんですか」
「一緒の部屋に泊まってるからだろ」
そう言われてまもりはそういうものなのか、と小首を傾げた。
まもりは最初から彼と同じ部屋に通されたが、そういうものかと思って特に気にしてなかった。
普段から執務室に出入りはあるし、人の部屋のソファで寝ていることもしばしばだし。
ソファがベッドになっただけで気分的には一緒だったのだけれど。
「なんだ、急に貞操の危機でも感じたか?」
にたり、と笑われてまもりは本気で訳が分からない、という顔をした。
「この私に貞操の危機? 何の冗談ですか」
見た目に美しく若い貴族の婦女子ならまだしも、同じ軍役をこなす軍人であるまもり相手にそんなことはあり得ない。
「貴方こそ早く否定した方がいいですよ。素敵な女性との縁はどこにあるか判らないんですから」
普段から女性との華やかな噂が絶えない彼のこと、意中の相手は未だいないか、いてもまもりの知らない人であろうことは間違いない。
噂にはとんと疎いまもりは、正しい情報が自らの耳に入ってくるのはおそらく彼からの報告以外にはないだろうなあ、と考えている。
「・・・テメェは、自分が女だっていう自覚はねぇのか」
低く唸るような声に、まもりはきょとんとして彼を見た。
「残念ながら生物学的には女ですよ。精神的にはどうだか判りませんけど」
まもりは自らの纏う服の裾をちょっと摘んでみた。
ひらひらとした、柔らかい素材のワンピース。女らしいフォルムは女性のもので間違いあるまい。
「こういうのも似合わないですしね」
じっとりと見つめる彼の視線が何故か痛くて、まもりはそっと瞳を伏せた。
「俺が何のためにテメェと一緒にいるかは考えたことねぇのか」
まもりは困惑したままヒル魔に視線を向けた。
「今は、頭の固い上司を休ませるためでしょう」
「・・・・・・」
「違うんですか?」
重ねて問えば、ヒル魔は舌打ちして無言のまま浴室へと姿を消した。
恐ろしいほど静かに閉められた扉がなんだか白々しい。
まもりは無意識に詰めていた息をふう、と吐き出す。
(・・・だって、それ以外に考えられないじゃないですか)
ふと触れる指が優しかったりとか。
手があたたかかったりとか。
視線が柔らかかったりとか。
それは全て、手の掛かる上司に対する諦念が大部分を占めたものであるはずだ。
彼が大事にしたいような、優しく綺麗な存在にはなれないのだと知っているのだから。
ふう、と嘆息したまもりは部屋の片隅にあった紙袋に気づいた。
そうだ、服を頼んでいたのだった。
まもりは彼の分の服を取り出すと、そっとベッドの上に置いた。
しばらく待ってみたが彼は出てくる様子がない。
泳いだせいか眠気が襲ってきて、ぐらりと船を漕ぎ慌てて身体を起こす。
部屋にあったメモ用紙に一言書き付けると、服の上に置いて自らは寝る支度を調える。
ベッドに潜り込んで、隣のベッドに彼がいないことを殊の外寂しいと思う自分を押し殺して瞼を閉じた。
彼の隣に立って、彼と同じ目標を持って、彼と共に生きる。
そう、軍人である以上、今の役職である以上、それは変わりないはずだ。
ここまで強固な関係を築けたのだ。
他の関係など必要ない。
そう、例えば、軍服を脱いでただの男と女で、幸せに笑い合って―――なんて、甘い幻想は。
この夏の記憶は夢。
気まぐれで彼が寄越した一瞬の幻。
それが嬉しいなんて、何よりも楽しかったなんて、言えないから。
『忘れなければ』
まもりは小さな小箱を取り出す。
『しまわなければ』
そこに想いを入れて、ぐるぐると縛り付けて、決してはみ出さないようにして。
そうして―――そう、あの滝壺なんて最適だ。
とぷんと音を立てて、滝壺は小箱を飲み込む。
薄黒く、青く、深く深く。
心まで冷たいまもりには到底手の届かない奥深く。
あたたかな彼の目には触れることのないほど深淵へ。
沈み込ませてしまえば、もう―――誰にもたどり着けない。
最終日は自宅でゆっくりし、都合五日間の休みが終わり、職場に顔を出す。
「!! おはようございますー!!」
「姉崎元帥、おはようございまッス!!」
「元帥、楽しかったですか?!」
「おはようございます。これ、皆さんで食べて下さい」
手にある籠にはどっさりと芒果が入っていた。
「わあ・・・! ありがとうございます!」
「おいしそ~!!」
わあわあと楽しそうな声に迎えられ、まもりはほっと息をつく。
「あ、ヒル魔大将! おはようございます」
「大将! おはようございます!」
「おー。テメェら仕事どうなった?」
「机の上に決裁分は置いてあります。ほとんどありませんけど」
「よしご苦労」
「大将、後で手合わせお願いします!」
「身体鈍ってないだろうな?」
「誰に言ってやがる」
同様に部下に囲まれるヒル魔を見て、まもりは静かにその場を去る。
執務室に足を踏み入れると、見慣れた光景に少しだけ机に載せられた決裁文書の束。
随分と長い間離れていたような気がしたが、ほんの五日間だ。
それでも懐かしいと思える自分が不思議だった。
今朝起きたとき、あの五日間は夢だったのではないか、と思ったけれど持ち帰ってきた芒果もそのままだった。
まもりは決裁文書の束を手に取り、ほんの少し俯いた。
健康保持を謳うのなら、休むべきではなかった。
少なくとも、自分だけは。
どこか後ろめたいような不思議な感情を引きずりながら、まもりはぺらりと書類の表紙を捲る。
やがて全ては瞬く間に日常に紛れ、あの深淵の小箱は誰の目にも触れぬまま。
ひっそりと水底で開かれる日を、待つ。
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しょう様リクエスト『軍人シリーズで夏休暇(できたら付き合う前)』+マツ様リクエスト『軍人シリーズでヒル魔さんがピンチ』でした。久しぶりに軍人の二人を書き始めたら楽しくってついつい長くなってしまいました(笑)夏休暇はともかく、ピンチが判りづらくてすみません。多分全体的にずっとピンチなんです(大笑)リクエストありがとうございましたー!!
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プロフィール
HN:
鳥(とり)
HP:
性別:
女性
趣味:
旅行と読書
自己紹介:
ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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