旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
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まもりが『東』に来てしばらく経った。
だいぶ周囲の妖怪たちともうち解け、こちらの生活に馴染んできて、ふと気になったことがある。
「ねえ、雪光さん、私たちが食べてる物とか、着てる物ってどこから手に入れてるの?」
もうすっかりまもりの相談役として定着した雪光に尋ねる。
雪光は脚立に登り上の棚にある本を読んでいた。
「妖怪の中でも作れる物は作るんですが、物によっては人里から買ってきたりするんですよ」
「へえ・・・」
まもりが人里、という単語に顔を輝かせたのを見て、雪光はおや、という顔をする。
だがすぐヒル魔から聞いたまもりの過去を思い出す。
彼女は人里離れたところで一人生活していたから、雑踏を歩いたことがないのだ。
人にとっては煩わしいばかりの人混みであっても、彼女には憧れなのだろう。
「行ってみたいですか?」
「え! ・・・ええ、と・・・う・・・」
まもりはもちろん、と頷こうとして自分の出自を思い出して躊躇う。
『西』では魔物に見つかる可能性があり、また人とは時の流れも違うことから魔導士の母親によって結界を張られ、その中で一人暮らしていた。人と触れあうことに周囲に悪影響がないか心配なのだ。
「・・・やっぱりいいわ。何かあったら悪いし・・・」
あからさまに肩を落とすまもりに、雪光は思案する。
脚立から降り、すたすたとまもりの側に歩み寄ると、まもりの肩に手を掛けた。
「ちょっといい案があるんですが・・・聞きたいですか?」
「え? 何?」
「それはですね・・・」
近寄る雪光にまもりは小首を傾げ、けれどきょとんと尋ねる。
ふいにまもりは雪光から引きはがされた。
その腰には腕。不機嫌そうな顔のヒル魔がまもりの背後に立っていた。
「ったく!」
「あら、ヒル魔くん」
「テメェいい加減にしろ!」
まもりを抱き寄せてがなるヒル魔に、雪光はにこにこと笑うだけだ。
「やっぱりヒル魔さんを呼ぶにはこれが一番ですね」
「?」
よく判っていないまもりに舌打ち一つこぼし、ヒル魔は雪光を睨みつける。彼は飄々と口を開いた。
「まもりさんが人里に行ってみたいと」
「え!? いや、いいわよ、悪いし!!」
「ア? なら行くか」
焦るまもりに対し、ヒル魔はあっさりと承諾する。まもりはぱちぱちと瞬いてヒル魔と雪光を交互に見た。
「え、だって、私こんな色だし、ええとヒル魔くんだって・・・」
『東』の方では髪も目も黒い者ばかりで、まもりやヒル魔のような色は珍しいのだと鈴音に聞いている。
人混みを歩こうものなら悪目立ち間違いないのに。
「そのまんまで行くわけねぇだろ。お前、俺をなんだと思ってるんだ」
「え?」
訳がわかっていないまもりにヒル魔は顔を顰める。後ろで雪光はくすくすと笑って補足する。
「ヒル魔さんに術を掛けて貰えば、東の人と変わらない格好になれるんですよ」
「え!? そんなこと出来るの!?」
「だからお前は俺をなんだと思ってるんだ」
ヒル魔はまもりの前ではあまり残虐なことや大仰な術をこれまで使ってこなかったので、どうにもまもりはヒル魔の妖怪としての能力を把握し切れていないようだ。ある意味ヒル魔の自業自得なんじゃないかと雪光は思ったが、口にする愚は犯さない。
「せっかくだ、お前の新しい着物でも見に行くか」
「え・・・」
「ああ、いいですね。まもりさん、人里の着物は綺麗ですよ」
妖怪たちは着る物に拘らない者がほとんどなので、人里のような鮮やかな色彩はあまり見ない。
まもりは想像が出来ないようで、瞬きばかりを繰り返す。
「百聞は一見にしかずっつーだろ。見に行くぞ」
「え? え?」
まもりを担いだまま、ヒル魔は廊下を進んでいく。一つの扉の前に着くと、まもりを下ろした。
「ここから人里に行ける」
「へぇ・・・」
色々な部屋があるが、人里に繋がっているところはまだまもりは開いたことがない。
ヒル魔はまもりにふっと息を吹きかけた。
「きゃ!」
「こんなもんか」
まもりは自分の姿がどう変化したか判らない。後からついてきた雪光が手鏡を渡してくれた。
「え?! こ、これ私?!」
「テメェの目がおかしくなきゃそうだろ」
まもりの目も髪も確かに黒くなっていた。髪型も後ろで結い上げる形になっている。
ヒル魔も自身にふっと息を吹きかける。
一瞬でヒル魔の姿が変化した。
「!!」
「どーだ」
まもりの前に、見慣れない青年が立っている。髪は漆黒に、そして逆立つことなく地に向いている。
いや、よく見れば耳が尖っていないだけで顔つきは同じ、服装が黒を基調にした着流しになっているだけなのだが、色一つでこうまで変わるものなのか。
「・・・別人みたい」
「元よりそういう術だ。行くぞ」
まもりの手を取り、ヒル魔は扉に手を掛ける。
「行ってらっしゃい」
雪光はにこりと笑って二人を送り出した。
開いた扉の向こうは、どことも知れない薄暗い室内だった。
「・・・どこなの? ここ」
「この扉は適当な空き家に繋がるようになってる」
言いながらほこりっぽい畳の上を歩き、三和土に向かうとそこには二揃いの下駄が用意されていた。
「人が多いからはぐれるなよ」
「うん」
躊躇いなく繋がれる手に、まもりの顔が緩む。
それに気づいてるのかどうか、ヒル魔はがらりと引き戸を開いた。
木々が多い屋敷周辺とは違う、土の匂い。
乾いた空気にまもりは目を細める。
細い路地を抜けると、賑やかな大通りに出た。
「うわ・・・」
「あんまり口開いてるとアホに見えるぞ」
慌ててまもりが口を閉じると、ヒル魔はケケケと笑った。
そしてまもりの手を引き、人混みの中をゆっくりと動き出す。
雪光に見せて貰っていた本で見たとおりの人々が道を行き交っている。
まもりはきょろきょろと落ち着かない様子であちこちを見ている。
ヒル魔はそんなまもりが人にぶつからないよう庇うように歩いていく。
広い通りは土埃が舞い上がる。
それを防ぐためかどこでも打ち水をし、ひんやりと冷たい空気が足下をたゆたっている。
賑やかな商売人たちのかけ声、立ち止まって立ち話をする者あり、大きな荷物を担いで忙しなく歩む人あり。
若い娘たちが着ている着物は確かに色鮮やかで、よく見れば男たちの着物の裾からも賑々しい色が見え隠れしている。
妖怪たちとはまた違う、人々の暮らしがそこにあった。
「すごい・・・」
「祭りとなるともっとすげぇぞ」
「お祭り?」
「そのうち連れて行ってやる」
仲睦まじく歩く二人の斜め前に、一際色鮮やかなものが見えた。
「あ!」
暖簾が掛かった店の内側に、ずらりと並んだ着物。
「着物ってこんな風に売ってるの?」
「布から仕立てるヤツもいる。ここは古着屋だ。普通のヤツは大抵ここで買う」
暖簾をくぐって中にはいると、笑顔の店員に迎えられた。
「どうぞ御覧下さい」
「おー」
雪光の書庫とまではいかないが、色とりどりに並んだ着物は見ているだけで楽しくなる。
うきうきと品定めをするまもりに、ヒル魔はくっくっと喉で笑った。
「好きなだけ見ろ」
「うん!」
まもりは目に付いた着物を手に取り、ヒル魔に見せてはしゃぐ。
何枚か手にとって見ていて、奥の方に視線を惹き付ける色があるのに気づく。
「あれ・・・」
「あ?」
どちらかといえば取りにくい位置にあった着物を、まもりはやや強引に引っ張り出す。
それは鮮やかな赤の打掛だった。豪奢な御所車が刺繍されている。見たことのない形の着物に、まもりは首を傾げる。
「そりゃ打掛じゃねぇか。普通の着物じゃねぇぞ」
近寄ってきたヒル魔が、その打掛に触れる。途端に眉を寄せたが、まもりは魅入られたようにそれを見つめている。
「おや、その打掛がお気に召しましたか?」
まもりが動きを止めたのに気づいた店員が近寄ってくる。
「・・・これは随分と品がいいようだが、どこから入ったんだ?」
「ええと・・・詳しくは聞いておりませんが、なんでも火事でこれだけが残ったから生活費の足しに、と」
「ホー」
「でも焼けこげ一つ無くて、きれいなもんですよ」
ヒル魔が店員と話している間も、まもりはじっとそれを見ている。
「よほどお気に召したようですね」
ヒル魔は片眉をぴんと上げたが、結局何も言わずその打掛を買い上げた。
その後ヒル魔は雪光用の何冊か本を見繕い、まもりの手を引いて再びあの細い路地へと歩いていく。
「ヒル魔くん、あの着物・・・」
まもりが打掛の入っている包みを受け取ろうと手を伸ばすが、ヒル魔は渡さず歩みも止めない。
「屋敷に戻ったら渡してやる」
ちらりと見たまもりの顔は、どこか夢見るようだった。
空き家から繋がる扉を抜け、二人は屋敷へと戻る。
「お帰りなさい。・・・?」
首を傾げる雪光に構わず、まもりは荷物に手を伸ばす。
今度は止めることをせず、ヒル魔は荷物をまもりに手渡した。
まもりは一目散に走っていく。
「おい、あれを東の小部屋に連れて行け」
「・・・はい」
ヒル魔の指示に、雪光は手を翳す。
まもりは知覚できてないだろうが、屋敷の廊下が入れ替わり、その足は自然と指示があった東の小部屋に向かうようになった。
「何を連れてきたんです?」
雪光の咎める声に、ヒル魔はにやにやと笑うだけ。
そうして土産の本を受け取ると、雪光は肩をすくめて書庫へと戻った。
ヒル魔がのんびり向かった東の小部屋の真ん中で、まもりが座っている。
赤い打掛を纏い、結っていた髪を下ろしている。
豪奢な打掛をまとったまもりは、まるで紅でも引いたような赤い唇をにい、と引き上げた。
「買ってくれてありがとう」
「イエイエ」
「これ、着てみたかったの・・・」
どこかうっとりと夢見がちに、まもりはヒル魔に笑いかけた。
妖艶とも呼べるような表情に、ヒル魔はにやにやと笑い彼女に手を伸ばした。
するりとその腕の中にまもりが滑り込む。
甘えるように胸元にすり寄るまもりに、ヒル魔は低く笑った。
ヒル魔はす、と伏せていた眸を上げる。
巧妙に張り巡らされた細い糸の檻。
注意深く見れば光を弾くそれの奥に、人影がある。
それは青ざめ、こちらに向かって声を張り上げる見慣れた姿。
―――この腕にいるはずの、まもりの顔だった。
「・・・さて」
ヒル魔の首に腕を絡めようとしていたまもりは、その声にぴたりと動きを止めた。
「テメェは誰だ?」
「!!」
言うなり、ヒル魔の腕がまもりを突き飛ばす。衝撃に赤い打掛の裾が舞った。けれど倒れることなくふわりと畳に立つまもりの顔が顰められている。
ヒル魔がす、と虚空を撫でると、音を立てて細い糸が途切れ、まもりが中から飛び出して来た。
「ヒル魔くん・・・!」
抱きついてきたまもりにふっと息を吹きかけるといつもの茶色い髪の毛。
涙が滲んだ青い瞳を見て、ヒル魔は立ちつくす女に不敵に笑った。
この姿のまもりこそが彼女の本当の姿。
たまに金色が混ざる美しい青い瞳に、抜けるような白い肌、整った顔、抱き心地のいい身体。
外見的には完璧なようで、蓋を開ければまだまだ未成熟な一面があり、くるくると表情を変え、なにより誰にも汚されない美しい魂を持つ、ヒル魔だけの至上の女。
出会って数日を経て『西』から連れ帰ると決めたその時から、ヒル魔はまもり以外の女に興味などないのだ。
「・・・口惜しい・・・」
まもりの顔で、声で、けれど目と髪ばかりは黒く蠢く全くの別物。
ざわざわと揺れる気配に、まもりはこのままではヒル魔の邪魔になる、と離れようとするが、ヒル魔の腕はまもりをがっちりと抱いて離さない。
女が纏う赤い打掛がゆらりと揺れた。
御所車の車輪に炎の模様が現れる。それはゆらりと揺れ、本物の炎となる。
「な、なにあれ・・・!?」
炎に包まれながら、打掛は燃えることなく空中に浮かんでいる。
それを纏う女はまもりとは全く違う、きつい顔立ちをした女だった。
『やれ口惜しや・・・せっかくの獲物だったのに』
解れた黒髪が白い肌に張り付き、揺らめく炎に照らされる黒い眸は底なし沼のように深く昏い。
「狙う相手を間違えたな」
ヒル魔が嘲笑う。一向に驚く素振りを見せないヒル魔に、そこでようやく女は目の前の男がただ者ではないことに気が付いたようだ。
ふわりと打掛を翻して逃げだそうとするが、唯一の出口はヒル魔の背後であり、窓一つ無い場所でゆらゆらと蠢くばかり。
炎を吹き付けても壁も天井も畳でさえあっさりとはじき返されてしまう。
『おお・・・おおおお・・・・』
退路がないと焦った女は声を上げ、ヒル魔に飛びかかってきた。
その必死の攻撃を、ヒル魔は鼻で笑う。
まもりの視界を己の胸で覆い隠し、ヒル魔は指を一閃させた。
『――――――――!!』
決着は一瞬だった。
ヒル魔の腕がゆるめられ、まもりが振り返ると。
まっぷたつになった打掛が無惨な姿を畳に投げ出していた。
まもりを抱き上げたまま、ヒル魔は別室へと移動する。
「あれは・・・なんだったの?」
「女の妄執っつーやつだな。それが打掛に取り憑いた」
そもそも打掛は婚礼衣装だからな、と言われ、まもりはあの鮮やかな赤を思い浮かべる。
豪奢な刺繍は確かに結婚式にはふさわしい。
「あれからは変な気配がしやがったし、その時にはもうお前も捕まってただろ。あのまま戻しても面倒ごとになりそうだから引き取った」
「そう・・・ごめんね、また迷惑かけちゃった」
「ベツニ」
いつも二人で過ごしている部屋に入る。
そこに腰を下ろし、ヒル魔が軽く頭を振ると、髪はいつもの金色に、耳は尖っていつもの姿に戻った。
「・・・やっぱりヒル魔くんはその色がいいわ」
怪我をして倒れていたヒル魔を見たとき、なんて綺麗な色なのだろうかとまもりはその髪を見て思ったのだ。
きらきらと光を弾く髪を持つ彼を一生懸命運んでベッドに寝かせ、手当てした。
見たことがない男という存在に手が震えた。この目が開いたらどんな顔なのだろうか、どんな声なのだろうか、人とは触れ合ってはいけないと母には言われていたけれど、お話しくらいは出来るかしら。
いくつもいくつも疑問が浮かんで、目が覚めた後言葉を交わしたらすごく楽しくて。
正体がばれたからきっと嫌われると思っていたのに、まもりを連れ出して助けてくれて、『東』まで連れてきてくれた。
あの時からまもりはずっとヒル魔のことが好きだったのだ。・・・自覚は遅かったけれど。
そんなことを思い出し、まもりがぎゅ、と抱きついた。
それがいつになく甘える風情で、ヒル魔はにやりと笑う。
「どうした?」
「・・・うん、さっきの女の人・・・私の姿だったでしょ」
打掛を見たときから記憶がなく、気が付けばまもりはあの細い糸に囲まれていた。糸は細いのに、酷く頑丈で叩いてもびくともせず、声を上げても外には聞こえないようだった。
その隙間から見えたヒル魔、それに抱きつく自分ではない自分と同じ姿の女。
まもりだけの居場所だと思っていたその腕に抱かれる別の女の姿。
それにまもりは言い表せないほど激しい感情に翻弄されたのだ。
上手く表現できず、まもりはますます強くヒル魔に抱きついて自分の顔を隠す。
「溜め込むんじゃねぇよ」
「・・・でも・・・」
「何でもいい。言え」
いつかの滝の側のように促されて、まもりはそっと胸元からヒル魔を見上げる。
「我が儘、かな」
「ア、何が」
「・・・あのね、この場所は私の場所なのに、ってさっき思ったの」
すり、とすり寄ってくるまもりの背をヒル魔が優しくさする。
それにほっと息をつきながら、まもりはなおも続けた。
「私の場所なのに、別の女の人がここにいて、それが・・・すごく嫌だった」
その言葉に、ヒル魔はまもりをくるむように抱きしめる。
「わ!」
「そりゃ嫉妬だ」
「しっと?」
まもりはその言葉に、かあっと顔を赤くする。知識として知ってはいたけれど・・・これが嫉妬か。
ひどく自分が嫌な女になったようで、いたたまれない。
「あんまりお前はそういう感情を出さねぇからな」
ちゅ、と脳天に唇を落とされ、まもりは肩をすくめる。
「たまには嫉妬されるのもいいもんだ」
聞き分けが良くて人の心配ばかりして、肝心の自分の感情はまだまだ未熟で上手に表せないまもりの、小さな可愛らしい嫉妬。
真っ赤になって顔が上げられないまもりを、ヒル魔は満足そうに笑ってもう一度抱きしめた。
***
サキ様リクエスト『(狐の嫁入りシリーズで)まもりがやきもち妬く話』 とyumiko様リクエスト『狐の嫁入りシリーズでヒル魔とまもりがそれぞれを好きになったきっかけ(理由)の話』 でした~。狐の嫁入りシリーズは書きやすくて楽しいし、人気があって嬉しいですね!当社比二割り増しで優しいヒル魔さんというのもいいんでしょうか。たまに書いていて痒くなりますが。
リクエストありがとうございましたー!!
サキ様・yumiko様のみお持ち帰り可。
だいぶ周囲の妖怪たちともうち解け、こちらの生活に馴染んできて、ふと気になったことがある。
「ねえ、雪光さん、私たちが食べてる物とか、着てる物ってどこから手に入れてるの?」
もうすっかりまもりの相談役として定着した雪光に尋ねる。
雪光は脚立に登り上の棚にある本を読んでいた。
「妖怪の中でも作れる物は作るんですが、物によっては人里から買ってきたりするんですよ」
「へえ・・・」
まもりが人里、という単語に顔を輝かせたのを見て、雪光はおや、という顔をする。
だがすぐヒル魔から聞いたまもりの過去を思い出す。
彼女は人里離れたところで一人生活していたから、雑踏を歩いたことがないのだ。
人にとっては煩わしいばかりの人混みであっても、彼女には憧れなのだろう。
「行ってみたいですか?」
「え! ・・・ええ、と・・・う・・・」
まもりはもちろん、と頷こうとして自分の出自を思い出して躊躇う。
『西』では魔物に見つかる可能性があり、また人とは時の流れも違うことから魔導士の母親によって結界を張られ、その中で一人暮らしていた。人と触れあうことに周囲に悪影響がないか心配なのだ。
「・・・やっぱりいいわ。何かあったら悪いし・・・」
あからさまに肩を落とすまもりに、雪光は思案する。
脚立から降り、すたすたとまもりの側に歩み寄ると、まもりの肩に手を掛けた。
「ちょっといい案があるんですが・・・聞きたいですか?」
「え? 何?」
「それはですね・・・」
近寄る雪光にまもりは小首を傾げ、けれどきょとんと尋ねる。
ふいにまもりは雪光から引きはがされた。
その腰には腕。不機嫌そうな顔のヒル魔がまもりの背後に立っていた。
「ったく!」
「あら、ヒル魔くん」
「テメェいい加減にしろ!」
まもりを抱き寄せてがなるヒル魔に、雪光はにこにこと笑うだけだ。
「やっぱりヒル魔さんを呼ぶにはこれが一番ですね」
「?」
よく判っていないまもりに舌打ち一つこぼし、ヒル魔は雪光を睨みつける。彼は飄々と口を開いた。
「まもりさんが人里に行ってみたいと」
「え!? いや、いいわよ、悪いし!!」
「ア? なら行くか」
焦るまもりに対し、ヒル魔はあっさりと承諾する。まもりはぱちぱちと瞬いてヒル魔と雪光を交互に見た。
「え、だって、私こんな色だし、ええとヒル魔くんだって・・・」
『東』の方では髪も目も黒い者ばかりで、まもりやヒル魔のような色は珍しいのだと鈴音に聞いている。
人混みを歩こうものなら悪目立ち間違いないのに。
「そのまんまで行くわけねぇだろ。お前、俺をなんだと思ってるんだ」
「え?」
訳がわかっていないまもりにヒル魔は顔を顰める。後ろで雪光はくすくすと笑って補足する。
「ヒル魔さんに術を掛けて貰えば、東の人と変わらない格好になれるんですよ」
「え!? そんなこと出来るの!?」
「だからお前は俺をなんだと思ってるんだ」
ヒル魔はまもりの前ではあまり残虐なことや大仰な術をこれまで使ってこなかったので、どうにもまもりはヒル魔の妖怪としての能力を把握し切れていないようだ。ある意味ヒル魔の自業自得なんじゃないかと雪光は思ったが、口にする愚は犯さない。
「せっかくだ、お前の新しい着物でも見に行くか」
「え・・・」
「ああ、いいですね。まもりさん、人里の着物は綺麗ですよ」
妖怪たちは着る物に拘らない者がほとんどなので、人里のような鮮やかな色彩はあまり見ない。
まもりは想像が出来ないようで、瞬きばかりを繰り返す。
「百聞は一見にしかずっつーだろ。見に行くぞ」
「え? え?」
まもりを担いだまま、ヒル魔は廊下を進んでいく。一つの扉の前に着くと、まもりを下ろした。
「ここから人里に行ける」
「へぇ・・・」
色々な部屋があるが、人里に繋がっているところはまだまもりは開いたことがない。
ヒル魔はまもりにふっと息を吹きかけた。
「きゃ!」
「こんなもんか」
まもりは自分の姿がどう変化したか判らない。後からついてきた雪光が手鏡を渡してくれた。
「え?! こ、これ私?!」
「テメェの目がおかしくなきゃそうだろ」
まもりの目も髪も確かに黒くなっていた。髪型も後ろで結い上げる形になっている。
ヒル魔も自身にふっと息を吹きかける。
一瞬でヒル魔の姿が変化した。
「!!」
「どーだ」
まもりの前に、見慣れない青年が立っている。髪は漆黒に、そして逆立つことなく地に向いている。
いや、よく見れば耳が尖っていないだけで顔つきは同じ、服装が黒を基調にした着流しになっているだけなのだが、色一つでこうまで変わるものなのか。
「・・・別人みたい」
「元よりそういう術だ。行くぞ」
まもりの手を取り、ヒル魔は扉に手を掛ける。
「行ってらっしゃい」
雪光はにこりと笑って二人を送り出した。
開いた扉の向こうは、どことも知れない薄暗い室内だった。
「・・・どこなの? ここ」
「この扉は適当な空き家に繋がるようになってる」
言いながらほこりっぽい畳の上を歩き、三和土に向かうとそこには二揃いの下駄が用意されていた。
「人が多いからはぐれるなよ」
「うん」
躊躇いなく繋がれる手に、まもりの顔が緩む。
それに気づいてるのかどうか、ヒル魔はがらりと引き戸を開いた。
木々が多い屋敷周辺とは違う、土の匂い。
乾いた空気にまもりは目を細める。
細い路地を抜けると、賑やかな大通りに出た。
「うわ・・・」
「あんまり口開いてるとアホに見えるぞ」
慌ててまもりが口を閉じると、ヒル魔はケケケと笑った。
そしてまもりの手を引き、人混みの中をゆっくりと動き出す。
雪光に見せて貰っていた本で見たとおりの人々が道を行き交っている。
まもりはきょろきょろと落ち着かない様子であちこちを見ている。
ヒル魔はそんなまもりが人にぶつからないよう庇うように歩いていく。
広い通りは土埃が舞い上がる。
それを防ぐためかどこでも打ち水をし、ひんやりと冷たい空気が足下をたゆたっている。
賑やかな商売人たちのかけ声、立ち止まって立ち話をする者あり、大きな荷物を担いで忙しなく歩む人あり。
若い娘たちが着ている着物は確かに色鮮やかで、よく見れば男たちの着物の裾からも賑々しい色が見え隠れしている。
妖怪たちとはまた違う、人々の暮らしがそこにあった。
「すごい・・・」
「祭りとなるともっとすげぇぞ」
「お祭り?」
「そのうち連れて行ってやる」
仲睦まじく歩く二人の斜め前に、一際色鮮やかなものが見えた。
「あ!」
暖簾が掛かった店の内側に、ずらりと並んだ着物。
「着物ってこんな風に売ってるの?」
「布から仕立てるヤツもいる。ここは古着屋だ。普通のヤツは大抵ここで買う」
暖簾をくぐって中にはいると、笑顔の店員に迎えられた。
「どうぞ御覧下さい」
「おー」
雪光の書庫とまではいかないが、色とりどりに並んだ着物は見ているだけで楽しくなる。
うきうきと品定めをするまもりに、ヒル魔はくっくっと喉で笑った。
「好きなだけ見ろ」
「うん!」
まもりは目に付いた着物を手に取り、ヒル魔に見せてはしゃぐ。
何枚か手にとって見ていて、奥の方に視線を惹き付ける色があるのに気づく。
「あれ・・・」
「あ?」
どちらかといえば取りにくい位置にあった着物を、まもりはやや強引に引っ張り出す。
それは鮮やかな赤の打掛だった。豪奢な御所車が刺繍されている。見たことのない形の着物に、まもりは首を傾げる。
「そりゃ打掛じゃねぇか。普通の着物じゃねぇぞ」
近寄ってきたヒル魔が、その打掛に触れる。途端に眉を寄せたが、まもりは魅入られたようにそれを見つめている。
「おや、その打掛がお気に召しましたか?」
まもりが動きを止めたのに気づいた店員が近寄ってくる。
「・・・これは随分と品がいいようだが、どこから入ったんだ?」
「ええと・・・詳しくは聞いておりませんが、なんでも火事でこれだけが残ったから生活費の足しに、と」
「ホー」
「でも焼けこげ一つ無くて、きれいなもんですよ」
ヒル魔が店員と話している間も、まもりはじっとそれを見ている。
「よほどお気に召したようですね」
ヒル魔は片眉をぴんと上げたが、結局何も言わずその打掛を買い上げた。
その後ヒル魔は雪光用の何冊か本を見繕い、まもりの手を引いて再びあの細い路地へと歩いていく。
「ヒル魔くん、あの着物・・・」
まもりが打掛の入っている包みを受け取ろうと手を伸ばすが、ヒル魔は渡さず歩みも止めない。
「屋敷に戻ったら渡してやる」
ちらりと見たまもりの顔は、どこか夢見るようだった。
空き家から繋がる扉を抜け、二人は屋敷へと戻る。
「お帰りなさい。・・・?」
首を傾げる雪光に構わず、まもりは荷物に手を伸ばす。
今度は止めることをせず、ヒル魔は荷物をまもりに手渡した。
まもりは一目散に走っていく。
「おい、あれを東の小部屋に連れて行け」
「・・・はい」
ヒル魔の指示に、雪光は手を翳す。
まもりは知覚できてないだろうが、屋敷の廊下が入れ替わり、その足は自然と指示があった東の小部屋に向かうようになった。
「何を連れてきたんです?」
雪光の咎める声に、ヒル魔はにやにやと笑うだけ。
そうして土産の本を受け取ると、雪光は肩をすくめて書庫へと戻った。
ヒル魔がのんびり向かった東の小部屋の真ん中で、まもりが座っている。
赤い打掛を纏い、結っていた髪を下ろしている。
豪奢な打掛をまとったまもりは、まるで紅でも引いたような赤い唇をにい、と引き上げた。
「買ってくれてありがとう」
「イエイエ」
「これ、着てみたかったの・・・」
どこかうっとりと夢見がちに、まもりはヒル魔に笑いかけた。
妖艶とも呼べるような表情に、ヒル魔はにやにやと笑い彼女に手を伸ばした。
するりとその腕の中にまもりが滑り込む。
甘えるように胸元にすり寄るまもりに、ヒル魔は低く笑った。
ヒル魔はす、と伏せていた眸を上げる。
巧妙に張り巡らされた細い糸の檻。
注意深く見れば光を弾くそれの奥に、人影がある。
それは青ざめ、こちらに向かって声を張り上げる見慣れた姿。
―――この腕にいるはずの、まもりの顔だった。
「・・・さて」
ヒル魔の首に腕を絡めようとしていたまもりは、その声にぴたりと動きを止めた。
「テメェは誰だ?」
「!!」
言うなり、ヒル魔の腕がまもりを突き飛ばす。衝撃に赤い打掛の裾が舞った。けれど倒れることなくふわりと畳に立つまもりの顔が顰められている。
ヒル魔がす、と虚空を撫でると、音を立てて細い糸が途切れ、まもりが中から飛び出して来た。
「ヒル魔くん・・・!」
抱きついてきたまもりにふっと息を吹きかけるといつもの茶色い髪の毛。
涙が滲んだ青い瞳を見て、ヒル魔は立ちつくす女に不敵に笑った。
この姿のまもりこそが彼女の本当の姿。
たまに金色が混ざる美しい青い瞳に、抜けるような白い肌、整った顔、抱き心地のいい身体。
外見的には完璧なようで、蓋を開ければまだまだ未成熟な一面があり、くるくると表情を変え、なにより誰にも汚されない美しい魂を持つ、ヒル魔だけの至上の女。
出会って数日を経て『西』から連れ帰ると決めたその時から、ヒル魔はまもり以外の女に興味などないのだ。
「・・・口惜しい・・・」
まもりの顔で、声で、けれど目と髪ばかりは黒く蠢く全くの別物。
ざわざわと揺れる気配に、まもりはこのままではヒル魔の邪魔になる、と離れようとするが、ヒル魔の腕はまもりをがっちりと抱いて離さない。
女が纏う赤い打掛がゆらりと揺れた。
御所車の車輪に炎の模様が現れる。それはゆらりと揺れ、本物の炎となる。
「な、なにあれ・・・!?」
炎に包まれながら、打掛は燃えることなく空中に浮かんでいる。
それを纏う女はまもりとは全く違う、きつい顔立ちをした女だった。
『やれ口惜しや・・・せっかくの獲物だったのに』
解れた黒髪が白い肌に張り付き、揺らめく炎に照らされる黒い眸は底なし沼のように深く昏い。
「狙う相手を間違えたな」
ヒル魔が嘲笑う。一向に驚く素振りを見せないヒル魔に、そこでようやく女は目の前の男がただ者ではないことに気が付いたようだ。
ふわりと打掛を翻して逃げだそうとするが、唯一の出口はヒル魔の背後であり、窓一つ無い場所でゆらゆらと蠢くばかり。
炎を吹き付けても壁も天井も畳でさえあっさりとはじき返されてしまう。
『おお・・・おおおお・・・・』
退路がないと焦った女は声を上げ、ヒル魔に飛びかかってきた。
その必死の攻撃を、ヒル魔は鼻で笑う。
まもりの視界を己の胸で覆い隠し、ヒル魔は指を一閃させた。
『――――――――!!』
決着は一瞬だった。
ヒル魔の腕がゆるめられ、まもりが振り返ると。
まっぷたつになった打掛が無惨な姿を畳に投げ出していた。
まもりを抱き上げたまま、ヒル魔は別室へと移動する。
「あれは・・・なんだったの?」
「女の妄執っつーやつだな。それが打掛に取り憑いた」
そもそも打掛は婚礼衣装だからな、と言われ、まもりはあの鮮やかな赤を思い浮かべる。
豪奢な刺繍は確かに結婚式にはふさわしい。
「あれからは変な気配がしやがったし、その時にはもうお前も捕まってただろ。あのまま戻しても面倒ごとになりそうだから引き取った」
「そう・・・ごめんね、また迷惑かけちゃった」
「ベツニ」
いつも二人で過ごしている部屋に入る。
そこに腰を下ろし、ヒル魔が軽く頭を振ると、髪はいつもの金色に、耳は尖っていつもの姿に戻った。
「・・・やっぱりヒル魔くんはその色がいいわ」
怪我をして倒れていたヒル魔を見たとき、なんて綺麗な色なのだろうかとまもりはその髪を見て思ったのだ。
きらきらと光を弾く髪を持つ彼を一生懸命運んでベッドに寝かせ、手当てした。
見たことがない男という存在に手が震えた。この目が開いたらどんな顔なのだろうか、どんな声なのだろうか、人とは触れ合ってはいけないと母には言われていたけれど、お話しくらいは出来るかしら。
いくつもいくつも疑問が浮かんで、目が覚めた後言葉を交わしたらすごく楽しくて。
正体がばれたからきっと嫌われると思っていたのに、まもりを連れ出して助けてくれて、『東』まで連れてきてくれた。
あの時からまもりはずっとヒル魔のことが好きだったのだ。・・・自覚は遅かったけれど。
そんなことを思い出し、まもりがぎゅ、と抱きついた。
それがいつになく甘える風情で、ヒル魔はにやりと笑う。
「どうした?」
「・・・うん、さっきの女の人・・・私の姿だったでしょ」
打掛を見たときから記憶がなく、気が付けばまもりはあの細い糸に囲まれていた。糸は細いのに、酷く頑丈で叩いてもびくともせず、声を上げても外には聞こえないようだった。
その隙間から見えたヒル魔、それに抱きつく自分ではない自分と同じ姿の女。
まもりだけの居場所だと思っていたその腕に抱かれる別の女の姿。
それにまもりは言い表せないほど激しい感情に翻弄されたのだ。
上手く表現できず、まもりはますます強くヒル魔に抱きついて自分の顔を隠す。
「溜め込むんじゃねぇよ」
「・・・でも・・・」
「何でもいい。言え」
いつかの滝の側のように促されて、まもりはそっと胸元からヒル魔を見上げる。
「我が儘、かな」
「ア、何が」
「・・・あのね、この場所は私の場所なのに、ってさっき思ったの」
すり、とすり寄ってくるまもりの背をヒル魔が優しくさする。
それにほっと息をつきながら、まもりはなおも続けた。
「私の場所なのに、別の女の人がここにいて、それが・・・すごく嫌だった」
その言葉に、ヒル魔はまもりをくるむように抱きしめる。
「わ!」
「そりゃ嫉妬だ」
「しっと?」
まもりはその言葉に、かあっと顔を赤くする。知識として知ってはいたけれど・・・これが嫉妬か。
ひどく自分が嫌な女になったようで、いたたまれない。
「あんまりお前はそういう感情を出さねぇからな」
ちゅ、と脳天に唇を落とされ、まもりは肩をすくめる。
「たまには嫉妬されるのもいいもんだ」
聞き分けが良くて人の心配ばかりして、肝心の自分の感情はまだまだ未熟で上手に表せないまもりの、小さな可愛らしい嫉妬。
真っ赤になって顔が上げられないまもりを、ヒル魔は満足そうに笑ってもう一度抱きしめた。
***
サキ様リクエスト『(狐の嫁入りシリーズで)まもりがやきもち妬く話』 とyumiko様リクエスト『狐の嫁入りシリーズでヒル魔とまもりがそれぞれを好きになったきっかけ(理由)の話』 でした~。狐の嫁入りシリーズは書きやすくて楽しいし、人気があって嬉しいですね!当社比二割り増しで優しいヒル魔さんというのもいいんでしょうか。たまに書いていて痒くなりますが。
リクエストありがとうございましたー!!
サキ様・yumiko様のみお持ち帰り可。
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【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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