ラスベガスのホテル。鈴音ちゃんが寝入ったのを確認して、私は救急箱とカードキーを手にヒル魔くんが一人眠る部屋に足を運んだ。
カードキーは一部屋二枚。明日の朝みんなを起こすために一枚は各自の室内に、一枚は私と鈴音ちゃんの二人で預かっているのだ。
だから私はこっそりヒル魔くんのところにいくことが出来る。
なるべく音を立てないように扉を開いて、そっとつま先立ちで絨毯敷の床を歩く。
抜き足、差し足、忍び足。
息を殺して、ひっそりと。
見つかったら起きちゃうから。
慎重に、慎重に。
「―――――忍んでねぇ」
唐突に浴びせられた声に、まもりはぴたりと動きを止めた。
次の瞬間、部屋の明かりが灯る。
先ほどまで閉じられていただろう眸は、眠気の欠片もなくこちらを見ている。ただ、身体はベッドに投げ出したままだけれど。
「何しに来た」
「膝、冷やそうかと」
見つかっては仕方ない。救急箱を見せると、彼は少し目を細めた。
「勤勉だな。さすが糞優等生」
「動けないくせに。ありがたく手当されなさい」
事実疲れで動くのも億劫なのだろう。ベッドに倒れ込む部員たちに対してもどやしつけ、銃を乱射していた姿からは想像も出来ない緩慢さでゆっくりと身体を動かし、右膝を手当てしやすいようにこちらに向ける。
「膝の他に痛むところはある?」
「俺の繊細な心」
「あーハイハイ」
いつもの冗談をあっさり聞き流し、てきぱきと膝に保冷剤を置いて包帯を巻く。
「はい、おしまい。じゃあゆっくり寝てね」
救急箱の蓋を閉め、立ち上がろうとしたら、手を掴まれた。
「糞マネ、俺の繊細な心の手当はどうした」
「まだその冗談引きずるの?」
疲れてるでしょうに、言葉遊びをご所望? そう思って顔を上げたら、思った以上に頼りなさそうな表情でこちらを見ていて、正直面食らった。
「手当は」
まるでぐずる子供のような様子に、私は少し考えたけど、掴まれた手もそのままに伸び上がって横たわるヒル魔くんの額に唇を落とす。
「もうデスマーチは終わったわ」
優しく慈しむように囁いて。
「だから眠って」
母親が悪夢にうなされた子供を寝かしつけるように、ぽんぽんと胸元を叩いた。
掴む力が抜けたのを見計らって、そっと身体を離す。
「おやすみなさい」
そして照明を落として静かに部屋を後にする。
「――――――――それは、友情、か?」
呟きと、背中に注がれる視線には気づかないふりをして。
手の上なら尊敬のキス。額の上なら友情のキス。頬の上なら満足感のキス。唇の上なら愛情のキス。
閉じた目の上なら憧憬のキス。掌の上なら懇願のキス。腕と首なら欲望のキス。
さてそのほかは、みな狂気の沙汰。
―「接吻」―
***
初ヒル→まも(と意識して書いた)作品。
ちょっとまもりちゃん優位を書いてみました。デスマーチ直後ならヒル魔さんも多少弱ってくれるかなーと。
下の文章はグリルパルツァー『接吻』から引用しました。
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同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
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