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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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春を疾走(下)


+ + + + + + + + + +
喉に溢れた水に、まもりは激しく噎せた。
咳き込み、どうにか呼吸をしようと喉を震わせ、そうして重い瞼を持ち上げる。
そうして、こちらを覗き込む人影に噎せながらも瞠目した。
「ヒ、ル・・・」
呼吸はまだままならなくて、それでも驚きに呟かずにはいられなかった。
ずぶ濡れのヒル魔がそこにいた。
久しく顔も見ていなかった。
いつも逆立てられていた髪はゆるく降り、毛先から雫がぽたぽたと絶え間なくまもりの頬に落ちる。
見たことのない彼の姿と、自らの体勢が一瞬判らず混乱したが、投げ出された左手にざらざらした感触。
まもりは砂浜に横たわっていて、その上にヒル魔が覆い被さるような姿勢になっているのだと、気づく。
意識を失う直前の記憶が蘇り、どうして今ここに横たわっているのかが次第に明確になる。
彼女が何か言う前に、ヒル魔が口を開いた。
「糞自殺志願か」
「・・・え?」
忌々しげに舌打ちしながら砂浜に座り込んだ彼につられるように、まもりはゆっくりと身体を起こした。
先ほどと寸分違わない海辺だ。
曖昧な色彩しか存在しない、春の世界。
ただ、そこに漆黒と金髪で構成されたヒル魔が一人増えただけ。
それだけで随分と世界が明確になった。
「まだ冷てぇ海に足突っ込んでぼけっと立ってりゃそう見える、っつってんだ」
「・・・ああ」
まもりはようやく彼の言いたいことが判って、のろのろと頬に張り付いた髪を剥がしながら間抜けな声を上げた。
「私が、死にそうに見えた?」
「おー」
ヒル魔もまた、海水に濡れた髪を掻き上げる。
「別に、死ぬつもりじゃなかったのよ」
ただ海を、世界を見ていた。そうして、自らのことを考えていた。
足りないもののことを。そうして、どうすべきかを。
曖昧に笑ったまもりに、ヒル魔は不満げに鼻を鳴らす。
「どうだか。世界に飽きたっつー顔してたぞ」
「・・・」
それは的確な表現で、まもりはまた俯いた。
不意に、海風が二人を襲った。
「糞ッ!」
「寒・・・」
二人ともずぶ濡れで、遮る物のない海辺で風に晒されて途端に震え上がる。
「チッ」
ヒル魔は舌打ちすると、震えるまもりをいきなり担ぎ上げた。
「きゃあっ!? ちょ、ちょっと何!?」
「ンな糞寒ィとこでゴシャゴシャ喋ってられっか!」
まもりが靴を、と叫ぶのを無視し、ヒル魔は浜辺から道路へと向かう階段を危なげなく上る。
「私の靴! ちょっと、あれないと帰れないじゃない!」
道路で運転手を待っていたのは、ちょっとここらでは見ない、高級そうなオープンカーだった。
砂まみれのまま、どさりと助手席に落とされる。
「ちょっと! ヒル魔くん、靴!」
「煩ェな」
彼もまた砂まみれのまま運転席に乗り込んだ。
わめくまもりに構わずエンジンを掛ける彼の口角が、にやりと上がる。
悪魔じみたそれを、大学を卒業して互いの進路が別れて以来、久しぶりに見た。
「飽きた世界に戻るための靴なんざ必要ねぇだろ」
「それって、どういう・・・」
皆まで言い終わる前に、派手な音を立ててオープンカーが走り出す。
荒っぽい運転に、大学時代もよく叫んだ言葉が喉を突いて出た。
「ちょっと、安全運転!」
「黙れ。舌噛むぞ」
急激な加速にまもりは座席に押しつけられた。
「・・・もう! 相変わらずメチャクチャね!」
「それは重畳」
ケケケと声を上げて笑う彼に、まもりは何を言っても無駄だと力を抜く。
それは経験則。
途端に感じたのは、意外なほどの暖かさ。
「オープンカーって、寒くないのね」
風は確かに頬の隣を通るのに、暖気が逃げないのだ。
新たな発見にまもりはぐるりと周囲を見渡す。
ハイスピードに流れゆく景色。
先ほどまで曖昧だと佇んだ海も横に見ているのに、あのぼんやりとした空気は微塵も感じない。
何もかもが超高速で流れゆき、次々と新たな景色が飛び出してくる。
そうだ、この感覚。
じわじわとわき上がってくる感情に、まもりはちらりと隣をうかがう。
「温い世界は退屈でしかなかっただろ」
そこには、したり顔でやはりこちらを伺うヒル魔がいて。
じゃりじゃりする身体。
裸足のつま先まで温まるオープンカー。
塩辛く濡れた髪。
隣には悪魔。
目の前には刺激にめまぐるしく煌めく世界。
退屈で優しくて怠惰で温い世界に戻るための靴はなくしてしまった。
それが惜しいなんて、悔しいことにただの一欠片も浮かばない。
何よりも、ここが、・・・ヒル魔の隣が心地いいのだと改めて思い知らされる。
まもりの負けは確定だった。
ただ、そのままでは負け通しで悔しいからと、まもりは笑顔で彼に向き直る。
せめて。
この一撃くらいは食らわせないと。

「大好きよ、ヒル魔くん」


そうして曖昧な空を切り裂く銃弾と悪魔の歓声とを吐き出し、オープンカーは春を疾走する。


***
砂月様リクエスト『春の海辺』『シリウスとアンタレス』『金環食』でした。どうですかね、想定外になれてますかね! 色々シリウスとアンタレスについて調べたくせに結果として全然使わずじまいでした(笑)楽しく書けました! リクエストありがとうございました~w
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