ワールドカップユースが終わった。
延長戦の結果はアメリカの勝利。MVPはパンサーが掻っ攫っていった。
それは誰もが当初想像していた通りの結果だっただろう。
けれどその過程は誰も想像し得なかったほどの熱戦だった。
全てが終わったとき、敗者として崩れ落ちた者はいなかった。
僅差でギリギリまでアメリカを追い詰めた日本にも、勝者と同等の拍手と声援が向けられる。
疲労困憊、それこそ歩くのも困難なほどに力を出し切っていたにもかかわらず、全員が満足そうに笑みを浮かべていた。
宿泊先のホテルに到着した途端、歓声が響いた。
予想外の出来事に目を丸くする選手たちを、どうやら先ほどの試合を余すことなく見ていたらしい同ホテルの宿泊客や従業員が総出で出迎える。
「す、すごいッスね!」
チューボーが戸惑ったように声を上げ、大和が応じる。
「ああ。それだけ皆アメフトが好きだし、面白い試合だったと思ってくれたんだろう」
大混雑の玄関を抜けると、そのままスカイラウンジへと案内される。
そこに用意されていたのは、豪華な料理の数々と大きな看板。
飾られたそれには日本代表の健闘を称えた文字が大きく躍っていた。
皆が相好を崩して会場へとなだれ込む。
「わあ・・・!」
「ンハッ、すげー料理! 何、これ全部喰っていいの?!」
「ガッハッハッ! こりゃあいい!」
騒ぐ選手たちを尻目に、まもりはそろりと隣に経つ男を見る。
ホテルから会場まで、それなりに距離はある。
けれど、これだけの大規模なパーティーの準備を試合が終わってから用意できるとは思えなかった。
あの黒い手帳が威力を発揮したのかと懸念したのだが。
「・・・テメェが何考えてるか想像はつくがな」
ヒル魔は噛んでいたガムをぷうとふくらませる。
「俺は何もしちゃいねぇよ」
「ホントに?」
「オヤオヤ。糞風紀委員様ともあろう者が、人の善意や好意を疑うなんて嘆かわしいコトデスネ」
からかう口調にまもりはむっと眉を寄せた。
『飲み物をどうぞ』
『あら、ありがとう!』
す、とそこにやってきたウェイターがグラスを差し出す。それぞれに一つずつグラスを渡すと、にこやかに彼は去っていった。
彼に脅迫されているような怯えた表情はない。
どうやら嘘ではなさそうだ、とヒル魔の言葉を肯定する。
「・・・そうね、信じるわ」
「ケケケ」
程なく乾杯の音頭が響き、立食形式のパーティーが展開する。
各々疲れているだろうが、誰もが力を出し切った満足感と試合を終えたという高揚感によって忘れさせられている。
どんちゃん騒ぎは徐々に大きくなっていった。
常なら止める側に回るはずの面子も声を掛ける様子はない。
これは後で何か対処をしなければ、と考えているまもりの視界をちらりと金色がよぎる。
自然と視線がそれを追った。
ヒル魔が葉柱に何か話掛け、それに彼が応じている。
楽しそう・・・かと思いきや、唐突に葉柱が怒鳴りだしたのでどうやらからかったようだ。
疲れているのは彼も同じだろうに、ヒル魔は飄々と人々の合間を渡り歩く。
互いの健闘を称える面々をからかい、引っかき回し、止まることなく。
ぼんやりとそんな彼の行方を追っていたら。
不意に、彼の視線がまもりのそれとぶつかった。
「っ」
特に驚くことでもないだろうに、まもりは一瞬息を詰める。
それに気づいたのかどうか、ヒル魔はにやりと口角を上げると指を閃かせる。
描いたのは数字と、一つの指示だった。
まもりは先ほど彼の指が描いた数字と同じルームナンバーの扉の前に立った。
その手にはカードキー。いつの間にやらまもりのポケットに忍ばせられていたものだ。
扉を潜れば、そこにヒル魔の姿はなかった。水音が響いている。
まもりは委細承知とばかりに薬箱を取り出す。
程なくヒル魔は姿を現した。上半身は裸のまま。
「左ね」
「おー」
すとんと椅子に腰を下ろしたヒル魔の背後に立ち、その肩に湿布を貼る。
左肩は赤く腫れていて、見るからに痛々しい。
そっと指で触れる。
「二回目の時でしょ」
「だな」
セナのお家芸とばかりに定着していたデビルバッドダイブ。
ヒル魔が飛んだとき、まもりは正直目を疑った。
手や肩を殊の外大事にする彼らしからぬ行動。その代償はやはりあったのだ、と嘆息する。
「無茶したわね」
「ケッ。カード捌きは『そんなカードは出すわけねえ』って思い込ませたら勝ちだ」
飄々としたまま、ガムを口に放り込む。
まもりはそんな彼に向かって呟く。
「これで最後だから、って思ったから?」
知らず、声が尖った。
<続>
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同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
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