旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
十二月二十六日。
一夜にしてクリスマスムードはすっかり消え去った。
世間はツリーを片づけ、既に松の内を迎える準備に急がしい。
師走という名の通り、忙しない日常が迫っている。しかし早朝であるため、駅前といえど人影はまばらだ。
そんな中、漆黒のコートを羽織って立つ一人の男。傍らには小振りなトランクが一つ。
張りつめた弓のような危うさを消した穏やかな雰囲気に誰も彼を振り返らない。
腕時計を確認する。
空港までのバスはもうそろそろ到着するだろう。昨日の名残で世間は閑散としている。
姿を消すにはもってこいの日付だった。
誰も彼を気にしない。
筋肉痛で全身は痛いが、それは何度も感じてきた、心地よいとも言える痛みだ。
今までは感じていても、次を見据えていたために噛みしめることもない痛みだった。
全身の痛みにもヒル魔の表情は変わらない。
痛いのは一時だけだ。日を追えばこの痛みは消える。
これまでの経験に則って、ヒル魔はただそう考える。
痛いのは身体だ。身体だけ。
そこから逃れようと思考が沈む。
『ヒル魔くん』
クルクルと表情を変え、楽しげに笑ったり苦しげに泣いたり、時折怒ったり拗ねたりと万華鏡を覗き込んでいるかのように飽きの来ない女だった。
今日この日に日本を去ることを決めたときからずっと、誰のことでもなく彼女のことを心配していたと言えばきっとらしくないと笑われるだろう。ただ他人から、らしくないとどれほどに言われようと笑われようと、元から手を出すつもりも気持ちを告げるつもりも何もなかった。
ただ、あの時の涙の意味を見抜いてしまったから止めた。
戦力として手放せないからと半分以上本気で、後は少しだけ言い訳を自分にして彼女を止め置いた。
恋人同士なんて戯れ事を言い出した自分を憎々しく思ったこともある。
いっそこのまま浚ってしまえたら、と。
そう思う度に言い聞かせる。
『お前は誰が好きなのか』
『セナ』
彼女に、自分に。
だから。
『好きなの、ヒル魔くん』
言われてらしくもなく動揺した。
それは言ってはいけない言葉だろう。背後から糞チビが近寄ってくる。
その台詞はそいつに言うべきだ。俺じゃない。
だから突き放した。もう二度と俺に近寄らせないように。
―――お前のその言葉は、俺なんかには言ってはいけない。
はあ、と息を吐いて現実に戻る。
真っ白なそれは一瞬凝って消えた。
コツコツと背後から近づく人の気配。空港までのバスに乗る別の客だろう。気にも留めない。
それはぴたりとヒル魔の背後で止まった。
「やっぱり」
まもりの声だった。唐突な声に、ヒル魔は平静を装って応えた。
今一番聞きたくなかった声だ。
「目的地はアメリカかしら。クリスマスボウルの翌日に発つなんてらしいわね」
落ち着いた様子の声。動揺が欠片もなかったので振り返りたくなったが、それはやめた。
「セナに頑張ってねって言われたわ」
「ホー」
「だから頑張ろうと思って」
背中にそっと触れる手。筋肉痛に喘ぐ身体に、その熱が染み込む気がする。
コート越しのそれは感じるはずがない。
幻想だと判っているけれど、そう信じたくなる程に、この背後の気配を愛しく思う自分にヒル魔は舌打ちする。
「触るな」
「終わってないわ」
「大団円だろ」
振り返らないヒル魔に、まもりの声がなおも続く。
「栗田くんとムサシくんの夢を叶えて。セナをフィールドのスターにして。モン太くんをキャッチのヒーローにして。三兄弟くんたちを認めて勝たせて。小結くんのコンプレックスをぬぐい去って。雪光くんを活躍させて。瀧くんにアメフトをさせて」
一人一人が心密かに、またはあからさまに願っていたそれを笑い飛ばすことなく、ヒル魔は全て叶えて。
「あなたの夢は?」
「叶えた」
ヒル魔の夢は、麻黄デビルバッツを立ち上げた三人でクリスマスボウルを制することだった。
それは嘘偽りない。
「じゃあ、私の願いは?」
「『うまくやれ』って言っただろ」
そっけなく応える。閃かせた指先に載せた一言。
「糞チビとテメェがくっつこうがうまくいかなかろうが、それはそれだ」
まもりは逃げることなくセナに告白した。それがまもりのそもそもの願いだったはずだ。
「完全には叶ってないわ」
「テメェで努力しろ」
それは範疇外だ、そう言外に匂わせてヒル魔はただバスを待つ。
「だから今、努力してるんじゃない!」
焦れたようにまもりはヒル魔の背に身体をぶつける。
衝撃に息が詰まる。
いや、この程度で衝撃を感じるなんてありえない。
ぶつかられたのが身体だけじゃないからだ。心底からの感情もぶつけられ、それで息が詰まった。
「テメェのそれは勘違いだ」
「なんでそう言い切るの」
「テメェが好きなのは糞チビだろうが。目的をはき違えるな」
「だから告白はしたの。好きだったわ、って」
「俺を巻き込むな」
「最初に口を出したのはヒル魔くんよ」
「昨日まで糞チビで次が俺か。節操がないな、糞マネ」
「ここで手を放すくらいなら節操が無くてもいいわ」
「相変わらず思いこんだら人の迷惑を省みない最悪な頭だ」
「省みてたらヒル魔くんにはついて行けないもの」
「人になすりつけるな」
背中にまもりをしがみつけさせたまま、ヒル魔はもう一度大きく息を吐いた。
―――俺なんかに好かれてもいいことなんて何一つない。
―――天使だと女神だと褒めそやされるような女は、俺なんかの隣にふさわしくない。
内心の葛藤を知られないように、殊更平坦に声を出す。
「不幸になる」
「どうして?」
「後悔するぞ」
「そうなの?」
「―――俺を選ぶっつーのは、そういうことだ」
一瞬躊躇った声。それだけで、まもりには充分だった。
その意味を理解できるだけの時を、隣で過ごしたから。
本気では嫌われていない、そう確信してまもりはヒル魔に言いつのる。
「好きなの。私は、ヒル魔くんのことが好きなのよ」
まもりはますますヒル魔に縋りつく腕の力を強くした。指先が震える。
「私だってデビルバッツの一員よ。天使なんかじゃないし、女神なんかでもないの」
私はただの人なのよ、そう囁く。
沈黙は長く続いた。さしものまもりもどうしようもなくなってただヒル魔の出方を待って。
そうして。
「姉崎」
唐突に同じ調子で吐き出された名前に、まもりはじっと次の言葉を待った。
目の前の黒い壁は今も同じようにそそり立っていて、しがみついていないともう立っていられない。
どうかお願いします、とまもりは何かに祈った。
神様ではない。もう神様には祈れない。
ならば悪魔に祈るのだろうか。いや違う。
やっとヒル魔が身動いだ。ゆるゆるとまもりが腕を放すと、くるりと振り返る。
二人して正面から向かい合う。
「・・・逃げるなら今のうちだ」
ここまで来てそんなことを言うヒル魔に、まもりは苦笑する。手を伸ばし、そっとヒル魔の顔へ伸ばす。
クリスマスボウルへと向けていた渇望も焦燥も全て消えて、そこにはただの人であるヒル魔がいた。
彼は無表情にまもりを見下ろしている。
「こんなに優しい人はいないわ」
「悪魔が天使を嵌める策略かもしれねぇぞ?」
表情を変えず言われ、それでもまもりは穏やかに笑う。
「それもいいわね」
ゆるりとヒル魔が微笑った。今まで一度も誰も見たことがない、穏やかで優しい顔で。
そして伸ばされた腕にまもりは自ら飛び込む。
地獄でも天国でもない、現実に愛しい人の胸に。
「もう逃がさねぇ」
力の籠もった腕に、声に、まもりは柔らかく囁く。
「やっと、大団円だわ」
夢見るような台詞に、ヒル魔は喉で笑う。
「まだまだ。最後の最後まで見届けて、それからその台詞は言いやがれ」
それは傲慢な命令なのに酷く甘く、まもりはうっとりと微笑んで瞳を閉じた。
私たちが祈るべき相手は神様でも天使でも悪魔でもないの。
私はあなたに祈るわ。
あなたは私に祈って。
そうして互いの願いを叶えていけば、何より幸せになれるでしょう。
<了>
***
まもちゃんを落とそうとするヒル魔さんを私はよく書きますが、まもちゃんに手出しせずむしろ応援して身を引くヒル魔さんを書いたらどうなるかな~と思って書いてみました。『俺なんか』という自らを蔑むような言葉を言いそうにはないんですが、あえて使ってみました。やっとセナまもヒルのような物が掛けて満足です!
一夜にしてクリスマスムードはすっかり消え去った。
世間はツリーを片づけ、既に松の内を迎える準備に急がしい。
師走という名の通り、忙しない日常が迫っている。しかし早朝であるため、駅前といえど人影はまばらだ。
そんな中、漆黒のコートを羽織って立つ一人の男。傍らには小振りなトランクが一つ。
張りつめた弓のような危うさを消した穏やかな雰囲気に誰も彼を振り返らない。
腕時計を確認する。
空港までのバスはもうそろそろ到着するだろう。昨日の名残で世間は閑散としている。
姿を消すにはもってこいの日付だった。
誰も彼を気にしない。
筋肉痛で全身は痛いが、それは何度も感じてきた、心地よいとも言える痛みだ。
今までは感じていても、次を見据えていたために噛みしめることもない痛みだった。
全身の痛みにもヒル魔の表情は変わらない。
痛いのは一時だけだ。日を追えばこの痛みは消える。
これまでの経験に則って、ヒル魔はただそう考える。
痛いのは身体だ。身体だけ。
そこから逃れようと思考が沈む。
『ヒル魔くん』
クルクルと表情を変え、楽しげに笑ったり苦しげに泣いたり、時折怒ったり拗ねたりと万華鏡を覗き込んでいるかのように飽きの来ない女だった。
今日この日に日本を去ることを決めたときからずっと、誰のことでもなく彼女のことを心配していたと言えばきっとらしくないと笑われるだろう。ただ他人から、らしくないとどれほどに言われようと笑われようと、元から手を出すつもりも気持ちを告げるつもりも何もなかった。
ただ、あの時の涙の意味を見抜いてしまったから止めた。
戦力として手放せないからと半分以上本気で、後は少しだけ言い訳を自分にして彼女を止め置いた。
恋人同士なんて戯れ事を言い出した自分を憎々しく思ったこともある。
いっそこのまま浚ってしまえたら、と。
そう思う度に言い聞かせる。
『お前は誰が好きなのか』
『セナ』
彼女に、自分に。
だから。
『好きなの、ヒル魔くん』
言われてらしくもなく動揺した。
それは言ってはいけない言葉だろう。背後から糞チビが近寄ってくる。
その台詞はそいつに言うべきだ。俺じゃない。
だから突き放した。もう二度と俺に近寄らせないように。
―――お前のその言葉は、俺なんかには言ってはいけない。
はあ、と息を吐いて現実に戻る。
真っ白なそれは一瞬凝って消えた。
コツコツと背後から近づく人の気配。空港までのバスに乗る別の客だろう。気にも留めない。
それはぴたりとヒル魔の背後で止まった。
「やっぱり」
まもりの声だった。唐突な声に、ヒル魔は平静を装って応えた。
今一番聞きたくなかった声だ。
「目的地はアメリカかしら。クリスマスボウルの翌日に発つなんてらしいわね」
落ち着いた様子の声。動揺が欠片もなかったので振り返りたくなったが、それはやめた。
「セナに頑張ってねって言われたわ」
「ホー」
「だから頑張ろうと思って」
背中にそっと触れる手。筋肉痛に喘ぐ身体に、その熱が染み込む気がする。
コート越しのそれは感じるはずがない。
幻想だと判っているけれど、そう信じたくなる程に、この背後の気配を愛しく思う自分にヒル魔は舌打ちする。
「触るな」
「終わってないわ」
「大団円だろ」
振り返らないヒル魔に、まもりの声がなおも続く。
「栗田くんとムサシくんの夢を叶えて。セナをフィールドのスターにして。モン太くんをキャッチのヒーローにして。三兄弟くんたちを認めて勝たせて。小結くんのコンプレックスをぬぐい去って。雪光くんを活躍させて。瀧くんにアメフトをさせて」
一人一人が心密かに、またはあからさまに願っていたそれを笑い飛ばすことなく、ヒル魔は全て叶えて。
「あなたの夢は?」
「叶えた」
ヒル魔の夢は、麻黄デビルバッツを立ち上げた三人でクリスマスボウルを制することだった。
それは嘘偽りない。
「じゃあ、私の願いは?」
「『うまくやれ』って言っただろ」
そっけなく応える。閃かせた指先に載せた一言。
「糞チビとテメェがくっつこうがうまくいかなかろうが、それはそれだ」
まもりは逃げることなくセナに告白した。それがまもりのそもそもの願いだったはずだ。
「完全には叶ってないわ」
「テメェで努力しろ」
それは範疇外だ、そう言外に匂わせてヒル魔はただバスを待つ。
「だから今、努力してるんじゃない!」
焦れたようにまもりはヒル魔の背に身体をぶつける。
衝撃に息が詰まる。
いや、この程度で衝撃を感じるなんてありえない。
ぶつかられたのが身体だけじゃないからだ。心底からの感情もぶつけられ、それで息が詰まった。
「テメェのそれは勘違いだ」
「なんでそう言い切るの」
「テメェが好きなのは糞チビだろうが。目的をはき違えるな」
「だから告白はしたの。好きだったわ、って」
「俺を巻き込むな」
「最初に口を出したのはヒル魔くんよ」
「昨日まで糞チビで次が俺か。節操がないな、糞マネ」
「ここで手を放すくらいなら節操が無くてもいいわ」
「相変わらず思いこんだら人の迷惑を省みない最悪な頭だ」
「省みてたらヒル魔くんにはついて行けないもの」
「人になすりつけるな」
背中にまもりをしがみつけさせたまま、ヒル魔はもう一度大きく息を吐いた。
―――俺なんかに好かれてもいいことなんて何一つない。
―――天使だと女神だと褒めそやされるような女は、俺なんかの隣にふさわしくない。
内心の葛藤を知られないように、殊更平坦に声を出す。
「不幸になる」
「どうして?」
「後悔するぞ」
「そうなの?」
「―――俺を選ぶっつーのは、そういうことだ」
一瞬躊躇った声。それだけで、まもりには充分だった。
その意味を理解できるだけの時を、隣で過ごしたから。
本気では嫌われていない、そう確信してまもりはヒル魔に言いつのる。
「好きなの。私は、ヒル魔くんのことが好きなのよ」
まもりはますますヒル魔に縋りつく腕の力を強くした。指先が震える。
「私だってデビルバッツの一員よ。天使なんかじゃないし、女神なんかでもないの」
私はただの人なのよ、そう囁く。
沈黙は長く続いた。さしものまもりもどうしようもなくなってただヒル魔の出方を待って。
そうして。
「姉崎」
唐突に同じ調子で吐き出された名前に、まもりはじっと次の言葉を待った。
目の前の黒い壁は今も同じようにそそり立っていて、しがみついていないともう立っていられない。
どうかお願いします、とまもりは何かに祈った。
神様ではない。もう神様には祈れない。
ならば悪魔に祈るのだろうか。いや違う。
やっとヒル魔が身動いだ。ゆるゆるとまもりが腕を放すと、くるりと振り返る。
二人して正面から向かい合う。
「・・・逃げるなら今のうちだ」
ここまで来てそんなことを言うヒル魔に、まもりは苦笑する。手を伸ばし、そっとヒル魔の顔へ伸ばす。
クリスマスボウルへと向けていた渇望も焦燥も全て消えて、そこにはただの人であるヒル魔がいた。
彼は無表情にまもりを見下ろしている。
「こんなに優しい人はいないわ」
「悪魔が天使を嵌める策略かもしれねぇぞ?」
表情を変えず言われ、それでもまもりは穏やかに笑う。
「それもいいわね」
ゆるりとヒル魔が微笑った。今まで一度も誰も見たことがない、穏やかで優しい顔で。
そして伸ばされた腕にまもりは自ら飛び込む。
地獄でも天国でもない、現実に愛しい人の胸に。
「もう逃がさねぇ」
力の籠もった腕に、声に、まもりは柔らかく囁く。
「やっと、大団円だわ」
夢見るような台詞に、ヒル魔は喉で笑う。
「まだまだ。最後の最後まで見届けて、それからその台詞は言いやがれ」
それは傲慢な命令なのに酷く甘く、まもりはうっとりと微笑んで瞳を閉じた。
私たちが祈るべき相手は神様でも天使でも悪魔でもないの。
私はあなたに祈るわ。
あなたは私に祈って。
そうして互いの願いを叶えていけば、何より幸せになれるでしょう。
<了>
***
まもちゃんを落とそうとするヒル魔さんを私はよく書きますが、まもちゃんに手出しせずむしろ応援して身を引くヒル魔さんを書いたらどうなるかな~と思って書いてみました。『俺なんか』という自らを蔑むような言葉を言いそうにはないんですが、あえて使ってみました。やっとセナまもヒルのような物が掛けて満足です!
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プロフィール
HN:
鳥(とり)
HP:
性別:
女性
趣味:
旅行と読書
自己紹介:
ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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