旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
まもりが天空の楼閣にやってきて二週間。
二人はまもりの勉強部屋と決めた部屋にいる。
弟子になれる、と意気込んだまもりの尽力により、屋敷はとうとう片づいた。
「・・・まさか本当に完全に片づけきるとは・・・」
呆れたヒル魔の足下で、まもりは期待に満ちた目でヒル魔のことを見つめている。
これは苦手な部類だ。
勝手に尊敬されて勝手に幻想を抱いて勝手に幻滅して勝手に去っていく。
自分にはどうということのない通りすがりが勝手に自滅する様を何度も見ているヒル魔は、舌打ちしたいのをぐっとこらえた。
この聡い子供は、舌打ちするとすぐに顔を曇らせてこちらを伺う。
その弁解をするのがことのほか面倒だとこの短い間で思い知っているヒル魔は軽く息を吐くに止めた。
「まず知識だな。お前字は読めるか」
「はい。長老様に教えて頂きました」
「そうか。ならこれを読め」
音を立てて目の前に積まれたのは、自分の背丈ほどに積み上がった本。一体どこから出したのだろうか。
試しに一冊開いてみたが、細かい字が沢山羅列していて読みづらいことこの上ない。
「言っておくが、意味がわからないからってすぐ聞くな。辞書を使え」
更にその山に分厚い辞書が載せられた。
「・・・これ、全部読むんですか」
「俺は読んだ」
言外にお前には無理だろう、というのが聞き取れて、まもりはむっとしつつも与えられた勉強机に本と辞書を載せて椅子に座る。
「読み終わったらテストするぞ」
「いつまでに読めばいいですか?」
「読み切れるならいつでもいい」
やっぱり言外にお前には無理だろうと再度言われ、まもりの負けず嫌いに火がついた。
「がんばります!」
「おー。せいぜい苦労しろ」
ついでに言えば諦めてくれるのが一番なのだけれど、という一言はさすがに言外にも匂わさず、ヒル魔はそっとその場を後にした。
『この星には三つの世界がある。
一つは人間の住む地上。
一つは天空人が住む天空。
一つは地底人が住む地底。
それぞれは独立した世界として存在する。
ただし天空と地底には神が存在し、天空人と地底人を通じて地上に部分的に干渉するように定められている。
天空人は雲に乗り、雲を食べ、天候を地区別に管理する。
地底人は地に潜り、花の蜜を食べ、土壌を地区別に管理する。
神の加護を受けた天空と地底の住人は人と比べて長命であり、その代わり存在は人間よりもかなり少ない。
それぞれの世界の橋渡しを請け負うのが仙人である・・・』
「・・・っていうことが書いてあるみたいだけど…」
三冊目の本を読み終えたまもりは、なんか難しいなあ、と呟きながら四冊目の本を手に取る。
判らないことが判るのは好きなのだ。
もっと色々なことが知りたい。意味のわからない言葉は辞書を引いて読む。
まもりの向上心は、負けず嫌いな性格と相俟ってヒル魔が望まない方へとどうしても突き進むようだった。
そんなまもりを置いて、ヒル魔は雲に乗ってとある西の屋敷へと向かっていた。
「おや、珍しい顔だね」
中からひょっこりと顔を出したのは、この辺りでは珍しい形の帽子を被った男だった。
この男は仙人。名をキッドという。
彼はのほほんと笑ってヒル魔を出迎えた。
「ようゲジ眉毛。卵あるか」
「たまご? あれ、弟子取ったの」
「おー。なんか拾った」
「・・・・・・・・・明日の天気は銃弾の雨かい?」
顔なじみの二人では遠慮という物は存在しない。立ち話をする二人を見つけた銀髪の少年が走ってくる。
「ヒル魔様、お久しぶりです。ご用件はなんでしょうか」
「このゲジ眉毛にもう言った。おい、早く持って来いよ」
「ちょっと待ってよ。陸、鉄馬に卵持ってくるように言ってくれる?」
「たまご?」
「言えば判る。早く行け」
「はい」
言うなり彼は凄いスピードで走っていく。
「相変わらず足早ぇなー。ここからじゃなくて地上で管理させた方がいいんじゃねぇか?」
「天空人なんだから地上はむりだよ」
「雲に乗って動くなんざ向いてねぇぞ、あれ」
「そうなんだよねぇ」
困ったねぇ、と困った風情を見せない男にヒル魔はケケケと笑う。と、そこに無口無表情の男がガショガショと音を立てて歩いてきた。
手に持っているのは淡い水色の球体。ヒル魔の手のひらに丁度収まるほどの大きさだ。
「ありがと、鉄馬。はい、これ」
「おう。礼を言ってやろう」
「そんなの言わないでいいよ。銃弾の雨どころじゃなくて爆撃台風とか来そうだから」
相変わらずのほほんとした雰囲気でさらりと貶すのを鼻で笑い、ヒル魔は雲に乗って元来た道を戻る。
きっとあのガキは脇目もふらず本を読んでいるのだろうな、と苦笑しながら。
「あ、お帰りなさい、ヒル魔さま」
「・・・俺の分はいらねぇっつったろ」
「でも、食べられるんですよね?」
「・・・・・・まあ、な」
屋敷に戻ると、まもりが夕食の準備をしていた。ヒル魔は仙人らしく霞を食べるのが当然だが、最近弟子になったまもりは今まで通り食事をしないといけない。幸い、料理はできるまもりだったが、一人で食べるには味気ない。ヒル魔が主食が霞であっても人と同じものを食べられるのだと知ってから、まもりは彼の分も食事を用意するようになった。ケルベロスは主食がなんだか不明だが、やはり同じ物を与えれば食べるので、同じように与えていた。
幸い味は問題ないようで、ヒル魔もケルベロスもなんだかんだ言いながら完食するので、まもりにとっても造り甲斐がある。
結局ヒル魔も席に着く。
「どれくらい読んだ?」
「六冊です」
思った以上のハイペースにヒル魔は嫌な顔をした。まもりは素知らぬ顔で茶碗を目の前に置く。
「天空ってどこまでも大陸が続いてるんじゃなくって、雲海に島がいくつも浮いてるんだって初めて知りました」
「そうか」
「仙人っていうのは人間だけがなるんですか?」
「そうとも限んねぇ」
食事を摂りながら、まもりは今まで読んだ本で得た知識をヒル魔との会話で補填していく。
「ムサシ様は天空人なんですね」
「ああ」
「天候を管理するのは風と雷の属性があるって読みました。ムサシさんはどちらなんでしょう」
「今度直接聞いてみればいい」
「はい」
食事を終え、食後のお茶を目の前に置かれ、ヒル魔はちょっと考えた後何か道具を出してきた。
「なんですか、これ」
「俺はこっちの方が好みだから、明日からこれを使ってコーヒーを淹れろ」
「こーひー?」
飲み物の名前らしい、と思ったまもりの前にまた本が出てきた。
「道具の使い方と淹れ方の説明書。読んでおけ」
「はーい」
今日のところはお茶でいいようだ、と判断したまもりはそれを受け取って自分のお茶を飲むために再び食卓へつく。
それにしてもどこからあれほど本を出すのだろう。手に持ち歩いてはいないし、やはり術というものだろうか。
「これを持っておけ」
ひょい、と目の前に出てきたのは水色の球体。
「すごく綺麗・・・これはなんですか?」
「いずれ判る。肌身離さず持ってろ」
まもりは少し考えると、大判の布を持ってきて、器用に包んでいく。そのまま両端を縛って輪にし、身体にかける。
「こうですか?」
「ああ、そうしてろ。寝てるときも起きてるときも、可能な限りずっとだ」
「お風呂もですか?」
「風呂はいい」
突然現れた謎の球体に首を傾げつつ、まもりは会話に出てきた風呂の準備をするため部屋を辞した。
背丈ほどに積まれた本を読み終えたのは一週間後だった。悪気はないようだが再び部屋を散らかすヒル魔の片づけに手を取られたせいである。
一通りの知識を身につけて、まもりはヒル魔を見上げた。
「読みました!」
「そのようだな」
「テスト、しますか?」
気合いを入れてこちらを見るまもりに、ヒル魔はそっけなく返した。
「毎日してただろ」
「え?」
「食事時に散々色々喋ってただろ。ありゃ本読んでなきゃ聞けねぇことばっかりだったからな。わざわざ試すほどじゃねぇ」
なるほど。そういえば食事時、話題といえば村のことと本の事だった。
どこか諦めたようにヒル魔は歩き出す。
「さて、じゃあ出掛けるぞ」
「え?」
「まずはそのナリだ。さすがにその格好じゃあそこに連れ歩けねぇ」
ひょい、と小脇に抱えられ、まもりはヒル魔と共に雲に乗る。
「行くぞ」
「うわっ・・・!」
ヒル魔の声を合図に、二人を乗せた雲は風を切って飛び出す。まともに風が当たって、寒さに歯の根が合わなくなる。
「さ、寒くないんですか・・・!?」
「あ? ああ、お前にゃちょっと寒いか」
背中に隠れてろ、と言われて縮こまる。風が当たらない分、大分楽になった。細身だと思っていたが、やはりヒル魔も男性で背中は広い。
あれ、仙人って男の人だけしかなれないのかな。
でも弟子になれたんだから、私もなれるよね?
寒さに耐えつつ、まもりは目的地にたどり着くまで色々思考を巡らせていた。
たどり着いたのは雲海に浮かぶ小さな島。雲から降り立つと、そこに建つ屋敷からひょっこりと女性が出てきた。
「やー! 妖兄、久しぶり!」
「おー」
「今日はどうしたの?」
「ああ、こいつの服をどうにかしようと思ってな」
こいつと呼ばれたまもりはおっかなびっくりヒル魔の後ろから顔を出した。
「やー?! かっわいい!! なに、この子!!」
目をきらきらさせて飛びついてきたのはさほど背も高くない、小柄な女性だった。抱きつかれてまもりは目をパチパチさせる。
「拾った」
「ふーん・・・。妖兄がねぇ?」
不思議そうに首を傾げ、腕に閉じこめたまもりを見る目は大きい。その目がにっこりと笑った。
「私の名前は鈴音。お名前、聞いてもいい?」
「まもりです」
まもりちゃんかあ。かわいいねー! そう言われて再度抱きしめられて、まもりはどうしていいのかわからず背後のヒル魔に視線で助けを求める。
「鈴、いい加減に放せ。ぬいぐるみじゃねぇんだぞ」
「やーごめんごめん。ケルちゃんといいまもりちゃんといい、妖兄が連れてる子は抱き心地がよくてつい、ね!」
ケルちゃん・・・。
それがあの強面犬のことだと知って、まもりはこの女性の剛胆さにちょっと驚いた。
「で、服よね。まかせて!」
じっとまもりを見つめたと思えば、鈴音は何かを呟いて手を振った。
「・・・わ!」
途端に身体を包む服が変化する。黒いだぼだぼした服ではなく、目の青と合わせたような色合い、身体に丁度良く合ったサイズのもの。
「すごい・・・」
「服のことなら任せて!」
「それくらいしか特技がねぇんだろうが」
「それは言わないお約束!」
ヒル魔の嫌味をけたけたと笑い流しながら、まもりの様子を見る目は優しい。
「鈴音様は、仙人様なんですか?」
「ん? そーよ! ね、私のことは様付けしないで欲しいな。さん付けもなし!」
「え!? え、えーと」
「鈴、ガキからかうんじゃねぇよ」
「だってー、様付けもさん付けも性に合わないし」
「じゃ、じゃあ・・・鈴音ちゃん・・・」
ヒル魔にはアホか、という顔をされたが、他に呼びようがない。まさか呼び捨てられないし、と困った挙げ句に口にした言葉に、鈴音はことのほか喜んだ。
「やー! それいいね! 私もまもりちゃんって呼ぶから、よろしくね!」
年は離れているかも知れないが、女の子の友達が出来てまもりも嬉しくなる。
にこにこと笑っていると、ヒル魔が空を見上げた。
「そろそろ行くぞ」
「は、はい」
「やー? お茶くらい飲んでけばいいのに」
「ジジイんところに顔出さねぇといけねぇんだよ。鈴、ちょっとこいつの着替え作っておけ。後でこいつ取りにやらせる」
「わかった! いってらっしゃい!」
その命令に、鈴音はにっこりと笑って頷いた。再び二人揃って雲に乗る。
「おー」
「ありがとうございました!」
手を振って見送る鈴音があっという間に見えなくなる。
先ほどまでは寒くて仕方なかったのに、服を替えて貰ったら全然問題なくなった。素材の問題だろうか。
「鈴音ちゃんって凄いですね」
「俺もできなかねぇが、ガキや女の服なんざ判らねぇ」
だからあそこに行ったのだ、言外に言われたのを理解してまもりは笑う。
「ありがとうございます」
「妙な格好で連れて行くと煩いんだよ」
嫌そうなヒル魔に首を傾げつつ、目的地を尋ねる。
「何処に向かってるんですか?」
「ジジイがいるところだ」
「・・・ムサシ様のいらっしゃるところ?」
雲は真っ直ぐ飛んでいく。
やがて見えてきたのは、天空にかくもこんな巨大な物が建つのかと呆気にとられるほどの建築物。
「あれは・・・もしかして、『神殿』ですか?」
天空の神がおわす神殿。その知識は既にまもりも得ている。
「おー。ま、地上で言うところの役所みたいなもんだ」
「へえ・・・」
巨大さに圧倒されながら、まもりはヒル魔と共に神殿に降り立つ。
持っている水色の球体が僅かに動いたのを、緊張していたまもりは気づかなかった。
***
ヒル魔さんもう別人ですよね・・・。これくらい原作でも表情豊かに出してくれたら書きやすいんですが。
鈴音ちゃんを『チア』呼ばわりはできないので考えた結果、名前を短く呼ぶに止めました。まあ、まもりちゃんも名前だし。やっと西部仙人軍団出せました!今後もちょいちょい出したい。
まだまだ続くこの話、オチを考えていないのでこの先どうしようかと考え中。
二人はまもりの勉強部屋と決めた部屋にいる。
弟子になれる、と意気込んだまもりの尽力により、屋敷はとうとう片づいた。
「・・・まさか本当に完全に片づけきるとは・・・」
呆れたヒル魔の足下で、まもりは期待に満ちた目でヒル魔のことを見つめている。
これは苦手な部類だ。
勝手に尊敬されて勝手に幻想を抱いて勝手に幻滅して勝手に去っていく。
自分にはどうということのない通りすがりが勝手に自滅する様を何度も見ているヒル魔は、舌打ちしたいのをぐっとこらえた。
この聡い子供は、舌打ちするとすぐに顔を曇らせてこちらを伺う。
その弁解をするのがことのほか面倒だとこの短い間で思い知っているヒル魔は軽く息を吐くに止めた。
「まず知識だな。お前字は読めるか」
「はい。長老様に教えて頂きました」
「そうか。ならこれを読め」
音を立てて目の前に積まれたのは、自分の背丈ほどに積み上がった本。一体どこから出したのだろうか。
試しに一冊開いてみたが、細かい字が沢山羅列していて読みづらいことこの上ない。
「言っておくが、意味がわからないからってすぐ聞くな。辞書を使え」
更にその山に分厚い辞書が載せられた。
「・・・これ、全部読むんですか」
「俺は読んだ」
言外にお前には無理だろう、というのが聞き取れて、まもりはむっとしつつも与えられた勉強机に本と辞書を載せて椅子に座る。
「読み終わったらテストするぞ」
「いつまでに読めばいいですか?」
「読み切れるならいつでもいい」
やっぱり言外にお前には無理だろうと再度言われ、まもりの負けず嫌いに火がついた。
「がんばります!」
「おー。せいぜい苦労しろ」
ついでに言えば諦めてくれるのが一番なのだけれど、という一言はさすがに言外にも匂わさず、ヒル魔はそっとその場を後にした。
『この星には三つの世界がある。
一つは人間の住む地上。
一つは天空人が住む天空。
一つは地底人が住む地底。
それぞれは独立した世界として存在する。
ただし天空と地底には神が存在し、天空人と地底人を通じて地上に部分的に干渉するように定められている。
天空人は雲に乗り、雲を食べ、天候を地区別に管理する。
地底人は地に潜り、花の蜜を食べ、土壌を地区別に管理する。
神の加護を受けた天空と地底の住人は人と比べて長命であり、その代わり存在は人間よりもかなり少ない。
それぞれの世界の橋渡しを請け負うのが仙人である・・・』
「・・・っていうことが書いてあるみたいだけど…」
三冊目の本を読み終えたまもりは、なんか難しいなあ、と呟きながら四冊目の本を手に取る。
判らないことが判るのは好きなのだ。
もっと色々なことが知りたい。意味のわからない言葉は辞書を引いて読む。
まもりの向上心は、負けず嫌いな性格と相俟ってヒル魔が望まない方へとどうしても突き進むようだった。
そんなまもりを置いて、ヒル魔は雲に乗ってとある西の屋敷へと向かっていた。
「おや、珍しい顔だね」
中からひょっこりと顔を出したのは、この辺りでは珍しい形の帽子を被った男だった。
この男は仙人。名をキッドという。
彼はのほほんと笑ってヒル魔を出迎えた。
「ようゲジ眉毛。卵あるか」
「たまご? あれ、弟子取ったの」
「おー。なんか拾った」
「・・・・・・・・・明日の天気は銃弾の雨かい?」
顔なじみの二人では遠慮という物は存在しない。立ち話をする二人を見つけた銀髪の少年が走ってくる。
「ヒル魔様、お久しぶりです。ご用件はなんでしょうか」
「このゲジ眉毛にもう言った。おい、早く持って来いよ」
「ちょっと待ってよ。陸、鉄馬に卵持ってくるように言ってくれる?」
「たまご?」
「言えば判る。早く行け」
「はい」
言うなり彼は凄いスピードで走っていく。
「相変わらず足早ぇなー。ここからじゃなくて地上で管理させた方がいいんじゃねぇか?」
「天空人なんだから地上はむりだよ」
「雲に乗って動くなんざ向いてねぇぞ、あれ」
「そうなんだよねぇ」
困ったねぇ、と困った風情を見せない男にヒル魔はケケケと笑う。と、そこに無口無表情の男がガショガショと音を立てて歩いてきた。
手に持っているのは淡い水色の球体。ヒル魔の手のひらに丁度収まるほどの大きさだ。
「ありがと、鉄馬。はい、これ」
「おう。礼を言ってやろう」
「そんなの言わないでいいよ。銃弾の雨どころじゃなくて爆撃台風とか来そうだから」
相変わらずのほほんとした雰囲気でさらりと貶すのを鼻で笑い、ヒル魔は雲に乗って元来た道を戻る。
きっとあのガキは脇目もふらず本を読んでいるのだろうな、と苦笑しながら。
「あ、お帰りなさい、ヒル魔さま」
「・・・俺の分はいらねぇっつったろ」
「でも、食べられるんですよね?」
「・・・・・・まあ、な」
屋敷に戻ると、まもりが夕食の準備をしていた。ヒル魔は仙人らしく霞を食べるのが当然だが、最近弟子になったまもりは今まで通り食事をしないといけない。幸い、料理はできるまもりだったが、一人で食べるには味気ない。ヒル魔が主食が霞であっても人と同じものを食べられるのだと知ってから、まもりは彼の分も食事を用意するようになった。ケルベロスは主食がなんだか不明だが、やはり同じ物を与えれば食べるので、同じように与えていた。
幸い味は問題ないようで、ヒル魔もケルベロスもなんだかんだ言いながら完食するので、まもりにとっても造り甲斐がある。
結局ヒル魔も席に着く。
「どれくらい読んだ?」
「六冊です」
思った以上のハイペースにヒル魔は嫌な顔をした。まもりは素知らぬ顔で茶碗を目の前に置く。
「天空ってどこまでも大陸が続いてるんじゃなくって、雲海に島がいくつも浮いてるんだって初めて知りました」
「そうか」
「仙人っていうのは人間だけがなるんですか?」
「そうとも限んねぇ」
食事を摂りながら、まもりは今まで読んだ本で得た知識をヒル魔との会話で補填していく。
「ムサシ様は天空人なんですね」
「ああ」
「天候を管理するのは風と雷の属性があるって読みました。ムサシさんはどちらなんでしょう」
「今度直接聞いてみればいい」
「はい」
食事を終え、食後のお茶を目の前に置かれ、ヒル魔はちょっと考えた後何か道具を出してきた。
「なんですか、これ」
「俺はこっちの方が好みだから、明日からこれを使ってコーヒーを淹れろ」
「こーひー?」
飲み物の名前らしい、と思ったまもりの前にまた本が出てきた。
「道具の使い方と淹れ方の説明書。読んでおけ」
「はーい」
今日のところはお茶でいいようだ、と判断したまもりはそれを受け取って自分のお茶を飲むために再び食卓へつく。
それにしてもどこからあれほど本を出すのだろう。手に持ち歩いてはいないし、やはり術というものだろうか。
「これを持っておけ」
ひょい、と目の前に出てきたのは水色の球体。
「すごく綺麗・・・これはなんですか?」
「いずれ判る。肌身離さず持ってろ」
まもりは少し考えると、大判の布を持ってきて、器用に包んでいく。そのまま両端を縛って輪にし、身体にかける。
「こうですか?」
「ああ、そうしてろ。寝てるときも起きてるときも、可能な限りずっとだ」
「お風呂もですか?」
「風呂はいい」
突然現れた謎の球体に首を傾げつつ、まもりは会話に出てきた風呂の準備をするため部屋を辞した。
背丈ほどに積まれた本を読み終えたのは一週間後だった。悪気はないようだが再び部屋を散らかすヒル魔の片づけに手を取られたせいである。
一通りの知識を身につけて、まもりはヒル魔を見上げた。
「読みました!」
「そのようだな」
「テスト、しますか?」
気合いを入れてこちらを見るまもりに、ヒル魔はそっけなく返した。
「毎日してただろ」
「え?」
「食事時に散々色々喋ってただろ。ありゃ本読んでなきゃ聞けねぇことばっかりだったからな。わざわざ試すほどじゃねぇ」
なるほど。そういえば食事時、話題といえば村のことと本の事だった。
どこか諦めたようにヒル魔は歩き出す。
「さて、じゃあ出掛けるぞ」
「え?」
「まずはそのナリだ。さすがにその格好じゃあそこに連れ歩けねぇ」
ひょい、と小脇に抱えられ、まもりはヒル魔と共に雲に乗る。
「行くぞ」
「うわっ・・・!」
ヒル魔の声を合図に、二人を乗せた雲は風を切って飛び出す。まともに風が当たって、寒さに歯の根が合わなくなる。
「さ、寒くないんですか・・・!?」
「あ? ああ、お前にゃちょっと寒いか」
背中に隠れてろ、と言われて縮こまる。風が当たらない分、大分楽になった。細身だと思っていたが、やはりヒル魔も男性で背中は広い。
あれ、仙人って男の人だけしかなれないのかな。
でも弟子になれたんだから、私もなれるよね?
寒さに耐えつつ、まもりは目的地にたどり着くまで色々思考を巡らせていた。
たどり着いたのは雲海に浮かぶ小さな島。雲から降り立つと、そこに建つ屋敷からひょっこりと女性が出てきた。
「やー! 妖兄、久しぶり!」
「おー」
「今日はどうしたの?」
「ああ、こいつの服をどうにかしようと思ってな」
こいつと呼ばれたまもりはおっかなびっくりヒル魔の後ろから顔を出した。
「やー?! かっわいい!! なに、この子!!」
目をきらきらさせて飛びついてきたのはさほど背も高くない、小柄な女性だった。抱きつかれてまもりは目をパチパチさせる。
「拾った」
「ふーん・・・。妖兄がねぇ?」
不思議そうに首を傾げ、腕に閉じこめたまもりを見る目は大きい。その目がにっこりと笑った。
「私の名前は鈴音。お名前、聞いてもいい?」
「まもりです」
まもりちゃんかあ。かわいいねー! そう言われて再度抱きしめられて、まもりはどうしていいのかわからず背後のヒル魔に視線で助けを求める。
「鈴、いい加減に放せ。ぬいぐるみじゃねぇんだぞ」
「やーごめんごめん。ケルちゃんといいまもりちゃんといい、妖兄が連れてる子は抱き心地がよくてつい、ね!」
ケルちゃん・・・。
それがあの強面犬のことだと知って、まもりはこの女性の剛胆さにちょっと驚いた。
「で、服よね。まかせて!」
じっとまもりを見つめたと思えば、鈴音は何かを呟いて手を振った。
「・・・わ!」
途端に身体を包む服が変化する。黒いだぼだぼした服ではなく、目の青と合わせたような色合い、身体に丁度良く合ったサイズのもの。
「すごい・・・」
「服のことなら任せて!」
「それくらいしか特技がねぇんだろうが」
「それは言わないお約束!」
ヒル魔の嫌味をけたけたと笑い流しながら、まもりの様子を見る目は優しい。
「鈴音様は、仙人様なんですか?」
「ん? そーよ! ね、私のことは様付けしないで欲しいな。さん付けもなし!」
「え!? え、えーと」
「鈴、ガキからかうんじゃねぇよ」
「だってー、様付けもさん付けも性に合わないし」
「じゃ、じゃあ・・・鈴音ちゃん・・・」
ヒル魔にはアホか、という顔をされたが、他に呼びようがない。まさか呼び捨てられないし、と困った挙げ句に口にした言葉に、鈴音はことのほか喜んだ。
「やー! それいいね! 私もまもりちゃんって呼ぶから、よろしくね!」
年は離れているかも知れないが、女の子の友達が出来てまもりも嬉しくなる。
にこにこと笑っていると、ヒル魔が空を見上げた。
「そろそろ行くぞ」
「は、はい」
「やー? お茶くらい飲んでけばいいのに」
「ジジイんところに顔出さねぇといけねぇんだよ。鈴、ちょっとこいつの着替え作っておけ。後でこいつ取りにやらせる」
「わかった! いってらっしゃい!」
その命令に、鈴音はにっこりと笑って頷いた。再び二人揃って雲に乗る。
「おー」
「ありがとうございました!」
手を振って見送る鈴音があっという間に見えなくなる。
先ほどまでは寒くて仕方なかったのに、服を替えて貰ったら全然問題なくなった。素材の問題だろうか。
「鈴音ちゃんって凄いですね」
「俺もできなかねぇが、ガキや女の服なんざ判らねぇ」
だからあそこに行ったのだ、言外に言われたのを理解してまもりは笑う。
「ありがとうございます」
「妙な格好で連れて行くと煩いんだよ」
嫌そうなヒル魔に首を傾げつつ、目的地を尋ねる。
「何処に向かってるんですか?」
「ジジイがいるところだ」
「・・・ムサシ様のいらっしゃるところ?」
雲は真っ直ぐ飛んでいく。
やがて見えてきたのは、天空にかくもこんな巨大な物が建つのかと呆気にとられるほどの建築物。
「あれは・・・もしかして、『神殿』ですか?」
天空の神がおわす神殿。その知識は既にまもりも得ている。
「おー。ま、地上で言うところの役所みたいなもんだ」
「へえ・・・」
巨大さに圧倒されながら、まもりはヒル魔と共に神殿に降り立つ。
持っている水色の球体が僅かに動いたのを、緊張していたまもりは気づかなかった。
***
ヒル魔さんもう別人ですよね・・・。これくらい原作でも表情豊かに出してくれたら書きやすいんですが。
鈴音ちゃんを『チア』呼ばわりはできないので考えた結果、名前を短く呼ぶに止めました。まあ、まもりちゃんも名前だし。やっと西部仙人軍団出せました!今後もちょいちょい出したい。
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旅行と読書
自己紹介:
ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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