旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
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魔王が復活した、という噂はまことしやかに世間に流れた。
しかし平和なこの世界に、そんな禍々しい存在が本当にいるのかどうか判らない。
そんなこんなで、案外あっさりその噂は廃れた。
一部の者を除いて。
ここは取り立てて産業も興業も目立ったところがない、なにごともほどほど地味が目安のイシマール王国。
その王城の一角が珍しく賑々しい。
「まもり姉ちゃん、危ないよ!」
「大丈夫よ、セナ! ちゃんと魔王を成敗してくるから!!」
「やめてください、まもり姫! そんなのいるはずがないっスよ!」
わあわあと騒ぐ配下のセナとモン太を宥め、まもり姫と呼ばれた女性は手にした槍を翳して見せた。
「この槍があれば大丈夫よ」
国宝の槍を翳す彼女は戦乙女として名高い姉崎まもり。
そして世間ではすっかり廃れた魔王の存在を頑なに信じている数少ない聖職者だった。
それだけ頭が固いと言うことで、セナとモン太は二人揃ってどうやって彼女を止めようか頭を付き合わせたが。
「やっと外出許可が出たんだもの! じゃ、行ってくるわねー!!」
「「あーっ!!」」
気が付けばまもりは衣の裾を翻し、道を進んで行ってしまっていた。
光速の脚を持つと言われるセナであっても、こうと決めたまもりを捕まえてかつ連れ帰る、となれば話は別だ。
準備を怠らない彼女だから、多分大丈夫だろうけれど・・・。
どうか無事に帰って来られますように、と二人はどこにいるとも知れない神に祈ってみた。
まもりは事前に下調べしておいた地図を片手に、魔王の住むと言われる土地へと突き進んでいた。
戦いの経験は多くない上に、ほとんどが戦いの象徴としての出陣だったので、まもり自身にはあまり戦闘力がない。
その代わり、魔法に秀でている自負がある。
魔王であれば神職系の呪文が有効だろう、と綿密な下調べの割に楽観的な気持ちでまもりは歩いていた。
やがて空は夜に近くなり、星が煌めきはじめている。
森へ足を踏み入れるのは明日の朝にしようと決めたまもりは、野営の準備をしようと見晴らしの良い野原に薪を集め、腰を落ち着ける。
さあ火をおこそう、としたところで。
「・・・あ?」
背後から聞こえてきたのは男の声。
「!?」
後ろには、人影。
「誰!?」
人影はまもりの声に驚くことなく近寄ってきた。
「なんでこんなところに女がいるんだ」
それはとんがった耳と逆立った金髪と冷たい三白眼を持った、黒ずくめの青年だった。
「・・・ま、魔王?!」
「ア?!」
彼はまじまじとまもりを見つめると、眉間に皺を寄せながら呟いた。
「・・・・・・もしやとは思うが、お前、まもり姫か?」
「え?! なんで私の名前を知ってるの!?」
「いや、有名人だろお前」
「そうなの? 外に出たことあんまりないから・・・」
まもりはこんなところで名を呼ばれるとは思っておらず、驚いて固まってしまった。
目の前では訝しげな顔をしたまま、男がまもりの姿を検分する。
彼女のたおやかな外見とは裏腹の、いかにもな甲冑と槍。しっかりと荷物が詰まった袋。
「まさか・・・魔王を倒すとか、言うのか?」
「そ、その通りよ!!」
そこでやっと我に返ったまもりは、目の前の青年に槍を構えた。
「覚悟!!」
「・・・・・・ああ、そういうことか」
目の前に槍を突き出されたところで、ぽん、と彼は納得したように手を叩いた。
「お前、こんなところでいきなり俺と戦うっていうのでいいのか?」
「え?! 何よ、命乞い?!」
「いいや? ちゃんと玉座に着いた魔王を倒すっていう方が武勇伝としてはいいのかと思ってナァ?」
「武勇伝・・・別に名誉で戦うわけではないわ!」
「雰囲気は大事だろ。大体俺もこのままじゃ準備不足だしナァ~」
そう言われて、まもりは逡巡する。目の前の彼は戦いにはとても適した格好をしていないし、武器も携帯しているようには見えない。
そんな丸腰同然の者を、たとえ魔王とはいえ一方的に戦うのはいかがなものだろう。
まもりは少し考えて、槍を下ろす。
「お?」
「判ったわ。さっさとお城に戻って玉座に座って待っていて!」
少し日数は掛かるけど、ちゃんと行くから、と。
そう言うと、彼は何とも言えない顔をしてこちらを見る。
「同じ目的地なのにバラバラに行く必要はねぇだろ」
「だっておかしいじゃない! 倒す相手と倒される相手で一緒に目的地に向かうのなんて!!」
「いいじゃねぇか。俺と行けば玉座まで一直線だぜ」
「そりゃそうかもしれないけど!」
じゃあ決まりな、と言われて、彼はまもりが用意していた薪の側に近寄る。
彼が手をその上に翳すと、あっという間に炎が姿を現した。
「そんな魔法も使えるの」
「まあな」
「私に手の内を見せていいの?」
訝しげなまもりに、彼はぴんと眉を跳ね上げた。
「オヤ? この程度の魔法、知られたところで俺は全然困りまセンヨ?」
あからさまに下に見られ、まもりはむっとする。
魔王の起こした火の側なんかに寄るものか、と思ったが、彼がどこからともなく出してきた肉の焼けるいい匂いについ視線が向いてしまう。
「おら、来い。毒なんざねぇし、一人で喰っても仕方ねぇからな」
「・・・でも」
「喰え」
呼ばれてぽんと渡された肉の塊を手に、まもりはどう食べるべきか迷う。彼はがぶりとそれに噛みついて引きちぎった。
その歯が牙というほどに尖っていたので、やはり彼は魔王だという思いを深める。
「ア? 何だよ」
「別に・・・」
おそるおそる彼を真似て食べると、今まで食べたどの食べ物よりも美味しく感じて、驚く。
「こんなに美味しいお肉、食べたの初めて・・・」
「ああ、王宮じゃ熱いモンなんざ食えねぇんだろ」
素性がすっかり知られている、というのを改めて感じて、まもりは目の前の男を見る。
パチパチとはぜる赤い炎に照らされるその顔は、自分を倒す、というまもりの宣言を受けておきながら全くの余裕。
それが悔しくて、誤魔化すようにまもりは肉に齧り付く。
その様子をちらりと見て、男は笑ったようだった。
男は何かの動物に乗ってこちらに向かってきたようだが、まもりと行動すると決めてからは同じく徒歩で移動している。
「ところで、魔王に対抗策を考えてきたのか」
「え? そ、そんなの言えるわけないでしょ!」
「いやまさか、槍一本で戦うとは思えなくてナァ。魔法っつったって、炎系は使えないみてぇだし」
「なんでそんなの判るの!?」
「ケケケ」
と、無駄口を叩いていると物陰から凄い勢いで飛び出してきた影がある。
魔物だ。毒々しい色の毛皮の、シカに似た魔物。
「っ!!」
咄嗟に槍を構えるが、素早い影はそれを頓着せず突っ込んでくる。
「チッ」
白い軌跡を残し、銀色の刃が閃いた。次の瞬間、魔物の首が吹っ飛んでまもりの横を掠める。
「ヒッ!」
腰を抜かしそうになるまもりの横から再び同じ魔物が飛び出してきた。
「糞姫、立て!」
「判ってるわよ!!」
かろうじてそう返すと、まもりは槍を支えに素早く呪文を唱える。
次の瞬間、魔物は全身に銀色の文様を絡められてその場に音を立てて倒れた。
「・・・糞甘ェヤツだな、お前」
「な、なによ」
それは敵の動きを封じ込めるだけの呪文だ。効力が切れたらまた襲いかかってくるのは目に見えている。
「敵だろ。殺るなら一撃が基本だ」
言うなり、彼は魔物の首を落とした。血飛沫もなにもかもが灰になってさらさらと流れ落ちる。
「な、仲間じゃないの?!」
「アァ? 魔物に仲間なんて概念があるか」
「・・・」
今の武器だってどこから出したのだろう。
やっぱり彼は魔王だ。違いない。
そう確信を深めるまもりの前で、彼はにやにやと笑うだけだった。
魔王の住むと言われる土地に近づくに連れて、魔物の強襲は度重なる。
彼はほとんど魔法らしい魔法を使わず、その手に突如として現れる剣でばっさばっさと敵を切り裂いていく。
まもりは次第に彼のフォロー及び回復役に徹するような形になっていった。
「これってゆゆしき問題だわ!」
「ア? なにが」
「なんで私がフォローとか回復とかしないといけないの!?」
「じゃあ聞くが、お前はあれだけの数を一人で全部しとめられるのか」
「・・・時間があれば」
「糞! じゃあ黙って後ろにいろよ」
ケ、と小馬鹿にされ、まもりには逆らう術がない。だがこれでは困るのだ。
だって、このままじゃ、彼を倒せない。
彼は魔王なのに。
「・・・何を考えてるかは大体判るが」
「人の心を読まないでよ!」
「お前は判りやすすぎる」
すい、と手が伸びてきて、頬を撫でられた。
「なっ!」
「返り血」
糞鈍臭ェヤツ、と笑われて、まもりはぷうっと頬を膨らませた。
そうして。
目の前にそびえ立つ堅牢な城を前に、まもりはため息をついた。
予想以上の速度でここまでたどり着けたのは、やはり魔王本人がいたからか。
認めたくはないが、この隣の男は強かった。魔王という肩書きの割に魔法はほとんど使わなかったが。
「サーテ、行くか」
「え、ちょっと待ってよ」
「もたもたすんな」
さくさくと前を歩く彼は、道を違わず玉座へと続く道を進んでいるようだった。
感慨はないのだろうか。
これから、短い間とはいえ道行きを共にした者と戦うというのに。
「・・・おい糞姫」
ありがたくないことに、この数日で不快な呼ばれ方も慣れてしまった。
「なによ」
「テメーは今まで通り動けよ」
「は!? なんで?!」
ピリピリとした空気が目の前を行く男から流れてくる。こんなに殺気を発しているのに、背後にいるまもりはなぜか怖くないのが不思議だ。
この殺気が自分に向くのはあと少しのことなのに。
玉座に着いたら。
そして、玉座が見えてきた。
周囲には焼けこげた骨や甲冑もそのままに、惨憺たる有様が広がっている。
魔物は殺すと灰になって消えてしまうから、これは全て人骨だろう。
気分が悪くなって、目の前の男を睨みつけてしまう。
『・・・ほう、これはこれは』
と、玉座から声がする。
『見目麗しい姫と・・・お抱えの騎士、というところか?』
低い声と巨大な身体。人としては規格外な存在が、そこにあった。
が。
「なんで?!」
『・・・ぬ?』
まもりは素っ頓狂な声を上げてその影と隣に並んだ男とを交互に見てしまう。
「だって、魔王って、アレ?!」
『・・・いかにも、俺が魔王だ』
玉座の声が訝しげに、けれど律儀に名乗った。まもりはますます混乱する。
「どうして、じゃあ、貴方誰よ!?」
思いっきり目の前の男に指さすと、彼はにやりと禍々しい笑いを浮かべた。
どう見ても魔王、いや魔王じゃないらしいから悪魔。
『戦う者として、汝らの名を問おう。何者だ?』
魔王の低い声も、まもりと同じく彼の名を尋ねる。
「姉崎まもりよ」
まもりは素直に名乗り、彼はすう、と右手を中空に出す。何もないはずの空間から、銀色の剣が現れた。
『貴様、その剣・・・天の一族か!』
「まあそうだな」
その剣を握りしめ、構える。
「胸糞悪ィが、俗に言うオウジサマっつーヤツだ」
「えっ?!」
まもりは魔王と悪魔にも似た実は王子様、という男たちを交互に見た。
そういえばこの城は元々神職たちが集った、城というよりは神殿の色合いの強いところで。
そもそもは魔王の封印をした血族が、その封印が緩まないようにと代々受け継いだという場所だったはず。
そこには神官でありながらそれらを統率した『蛭魔』一族が王族として存在していたと聞き及んでいる。
では、彼が?
「糞マツゲが封印解きさえしなけりゃこんなめんどくせぇ仕事なんざなかったんだよ」
全く余計なことしやがった、と文句を言って彼は呪文を唱えた。
銀色の刃に白く呪文が巻き付いていく。それは光り輝く神剣となった。
魔王の咆哮が広間一面に響き渡る。
呆然としていたまもりは、それで我に返り槍を構える。
彼が魔王でないなら、フォローも回復も何の葛藤もなくできる。
こちらを伺った彼の目を真っ直ぐに見て頷く。
「行くぞ」
その一言が、合図だった。
死闘を繰り広げた結果、城は半壊状態、魔王は仕留める寸前でその場から消えた。
彼もまもりも手酷いダメージを喰らったが、死に至ることはなく当座の勝利を収めたことになる。
二人して城の外の野原になんとか出て、その場にひっくり返る。
先ほどまでの死闘が嘘のように外は穏やかで、日差しは柔らかい。
風に焦げた前髪を嬲られつつ、まもりは呟いた。
「勝った、ね」
「おー。正義は勝つ」
「うわー・・・、貴方が言うと変な感じ」
「貴方じゃねえ。蛭魔妖一っつー名前がある」
ケケケ、と笑われてまもりは疑問に思っていたことを口にする。
「ねえ、なんで自分が魔王じゃないって否定しなかったの」
「最初からあれだけ不審がられてんのをいちいち訂正するのが面倒だったから」
「名前を言ってくれたら信用したわよ」
「この耳見て判らない糞ニブ姫に言われたくねぇよ」
『蛭魔』の名は神職者の中では特に有名だ。
天使の血を引くという彼らの特徴は輝く金髪と尖った耳だということを、まもりは今更になって思い出していた。
「だって牙まであるし、登場は夜だし」
「夜に出たら全部魔王か。糞浅はかニブ姫」
「あーもう! 煩いわよ」
「どっちが」
そよそよと吹く風は心地よく、疲労困憊の二人はこの場で寝てしまいそうになる。
「・・・貴方は、この後どうするの」
「ア?」
「このお城、復興するの」
「糞魔王は逃げやがったし、ここにまた神殿作る意味ねぇだろ」
「そっか・・・」
しばらく横たわっていたが、ヒル魔はおもむろに起きあがる。
「糞姫」
「その呼び方やめて!」
「お前の国はイシマール王国だったな?」
「ええ、そうよ」
「よし、決めた」
「え?」
ヒル魔は手にしていた何かを吹く。音は聞こえない。
遠くから猛スピードで駆けてきたのは、大きな獣。
まもりは思わず槍を構えたが、それはヒル魔の前でぴたりと立ち止まった。
身の丈4メートル以上あるだろうか。茶色い毛並みの、犬だった。
「な、なに、それ」
「こいつは『ケルベロス』。この城の番犬やってたヤツだ」
「ガウ」
小さく声を発するそれは、ヒル魔にその鼻先を擦りつけて甘える。
「ケルベロス、乗せろ」
ヒル魔の声にケルベロスが伏せる。ヒル魔はまもりの手を取ると、ケルベロスの上に乗り込んだ。
「え?! 乗れるの?」
「おー。目的地はイシマール王国だ。行け!」
「ガウ!」
一吠えすると、二人を乗せたケルベロスは凄まじい勢いで走り出す。けれど思ったより振動が少なく、満身創痍の二人でもそんなに辛くない。
「ねえ、何を決めたの?」
「糞魔王を復活させた糞マツゲっつーのがいるんだが」
「あ、そういえば魔王と戦うときにそんなこと言ってたわね」
「糞魔王は多分そこに戻った」
「え?」
「このまま放っておくと世界平和の邪魔になるんで、イシマール王国の軍隊をいただいて奴らと戦おうと思ってナァ」
「はぁ?! え、なんでウチの軍なの!?」
「テメーを連れ帰れば」
にやり、と笑うその顔はやっぱり悪魔みたいで。
「謝礼代わりにそれくらいの要求は飲ませるぜ」
もっとも、世界平和のためだから文句は言わせない、と高笑いされて、信用していいのか悪いのか。
けれどなんだかんだ言って、彼はまもりを護り、そうして王国まで送ってくれている。
まもりはふっと息を吐いた。
とりあえず、今回は大団円ということでよいでしょう。
***
アイシークエストっぽくしようと思って書いてみました。見た目がどうみても魔王か悪魔なヒル魔さんを素直にそのキャラに当てはめることを私の中の天の邪鬼な部分が認めないのです・・・でもだからって王子はどうかと。
結局、ヒル魔さんに『正義は勝つ』と言わせたかっただけの話でした。
しかし平和なこの世界に、そんな禍々しい存在が本当にいるのかどうか判らない。
そんなこんなで、案外あっさりその噂は廃れた。
一部の者を除いて。
ここは取り立てて産業も興業も目立ったところがない、なにごともほどほど地味が目安のイシマール王国。
その王城の一角が珍しく賑々しい。
「まもり姉ちゃん、危ないよ!」
「大丈夫よ、セナ! ちゃんと魔王を成敗してくるから!!」
「やめてください、まもり姫! そんなのいるはずがないっスよ!」
わあわあと騒ぐ配下のセナとモン太を宥め、まもり姫と呼ばれた女性は手にした槍を翳して見せた。
「この槍があれば大丈夫よ」
国宝の槍を翳す彼女は戦乙女として名高い姉崎まもり。
そして世間ではすっかり廃れた魔王の存在を頑なに信じている数少ない聖職者だった。
それだけ頭が固いと言うことで、セナとモン太は二人揃ってどうやって彼女を止めようか頭を付き合わせたが。
「やっと外出許可が出たんだもの! じゃ、行ってくるわねー!!」
「「あーっ!!」」
気が付けばまもりは衣の裾を翻し、道を進んで行ってしまっていた。
光速の脚を持つと言われるセナであっても、こうと決めたまもりを捕まえてかつ連れ帰る、となれば話は別だ。
準備を怠らない彼女だから、多分大丈夫だろうけれど・・・。
どうか無事に帰って来られますように、と二人はどこにいるとも知れない神に祈ってみた。
まもりは事前に下調べしておいた地図を片手に、魔王の住むと言われる土地へと突き進んでいた。
戦いの経験は多くない上に、ほとんどが戦いの象徴としての出陣だったので、まもり自身にはあまり戦闘力がない。
その代わり、魔法に秀でている自負がある。
魔王であれば神職系の呪文が有効だろう、と綿密な下調べの割に楽観的な気持ちでまもりは歩いていた。
やがて空は夜に近くなり、星が煌めきはじめている。
森へ足を踏み入れるのは明日の朝にしようと決めたまもりは、野営の準備をしようと見晴らしの良い野原に薪を集め、腰を落ち着ける。
さあ火をおこそう、としたところで。
「・・・あ?」
背後から聞こえてきたのは男の声。
「!?」
後ろには、人影。
「誰!?」
人影はまもりの声に驚くことなく近寄ってきた。
「なんでこんなところに女がいるんだ」
それはとんがった耳と逆立った金髪と冷たい三白眼を持った、黒ずくめの青年だった。
「・・・ま、魔王?!」
「ア?!」
彼はまじまじとまもりを見つめると、眉間に皺を寄せながら呟いた。
「・・・・・・もしやとは思うが、お前、まもり姫か?」
「え?! なんで私の名前を知ってるの!?」
「いや、有名人だろお前」
「そうなの? 外に出たことあんまりないから・・・」
まもりはこんなところで名を呼ばれるとは思っておらず、驚いて固まってしまった。
目の前では訝しげな顔をしたまま、男がまもりの姿を検分する。
彼女のたおやかな外見とは裏腹の、いかにもな甲冑と槍。しっかりと荷物が詰まった袋。
「まさか・・・魔王を倒すとか、言うのか?」
「そ、その通りよ!!」
そこでやっと我に返ったまもりは、目の前の青年に槍を構えた。
「覚悟!!」
「・・・・・・ああ、そういうことか」
目の前に槍を突き出されたところで、ぽん、と彼は納得したように手を叩いた。
「お前、こんなところでいきなり俺と戦うっていうのでいいのか?」
「え?! 何よ、命乞い?!」
「いいや? ちゃんと玉座に着いた魔王を倒すっていう方が武勇伝としてはいいのかと思ってナァ?」
「武勇伝・・・別に名誉で戦うわけではないわ!」
「雰囲気は大事だろ。大体俺もこのままじゃ準備不足だしナァ~」
そう言われて、まもりは逡巡する。目の前の彼は戦いにはとても適した格好をしていないし、武器も携帯しているようには見えない。
そんな丸腰同然の者を、たとえ魔王とはいえ一方的に戦うのはいかがなものだろう。
まもりは少し考えて、槍を下ろす。
「お?」
「判ったわ。さっさとお城に戻って玉座に座って待っていて!」
少し日数は掛かるけど、ちゃんと行くから、と。
そう言うと、彼は何とも言えない顔をしてこちらを見る。
「同じ目的地なのにバラバラに行く必要はねぇだろ」
「だっておかしいじゃない! 倒す相手と倒される相手で一緒に目的地に向かうのなんて!!」
「いいじゃねぇか。俺と行けば玉座まで一直線だぜ」
「そりゃそうかもしれないけど!」
じゃあ決まりな、と言われて、彼はまもりが用意していた薪の側に近寄る。
彼が手をその上に翳すと、あっという間に炎が姿を現した。
「そんな魔法も使えるの」
「まあな」
「私に手の内を見せていいの?」
訝しげなまもりに、彼はぴんと眉を跳ね上げた。
「オヤ? この程度の魔法、知られたところで俺は全然困りまセンヨ?」
あからさまに下に見られ、まもりはむっとする。
魔王の起こした火の側なんかに寄るものか、と思ったが、彼がどこからともなく出してきた肉の焼けるいい匂いについ視線が向いてしまう。
「おら、来い。毒なんざねぇし、一人で喰っても仕方ねぇからな」
「・・・でも」
「喰え」
呼ばれてぽんと渡された肉の塊を手に、まもりはどう食べるべきか迷う。彼はがぶりとそれに噛みついて引きちぎった。
その歯が牙というほどに尖っていたので、やはり彼は魔王だという思いを深める。
「ア? 何だよ」
「別に・・・」
おそるおそる彼を真似て食べると、今まで食べたどの食べ物よりも美味しく感じて、驚く。
「こんなに美味しいお肉、食べたの初めて・・・」
「ああ、王宮じゃ熱いモンなんざ食えねぇんだろ」
素性がすっかり知られている、というのを改めて感じて、まもりは目の前の男を見る。
パチパチとはぜる赤い炎に照らされるその顔は、自分を倒す、というまもりの宣言を受けておきながら全くの余裕。
それが悔しくて、誤魔化すようにまもりは肉に齧り付く。
その様子をちらりと見て、男は笑ったようだった。
男は何かの動物に乗ってこちらに向かってきたようだが、まもりと行動すると決めてからは同じく徒歩で移動している。
「ところで、魔王に対抗策を考えてきたのか」
「え? そ、そんなの言えるわけないでしょ!」
「いやまさか、槍一本で戦うとは思えなくてナァ。魔法っつったって、炎系は使えないみてぇだし」
「なんでそんなの判るの!?」
「ケケケ」
と、無駄口を叩いていると物陰から凄い勢いで飛び出してきた影がある。
魔物だ。毒々しい色の毛皮の、シカに似た魔物。
「っ!!」
咄嗟に槍を構えるが、素早い影はそれを頓着せず突っ込んでくる。
「チッ」
白い軌跡を残し、銀色の刃が閃いた。次の瞬間、魔物の首が吹っ飛んでまもりの横を掠める。
「ヒッ!」
腰を抜かしそうになるまもりの横から再び同じ魔物が飛び出してきた。
「糞姫、立て!」
「判ってるわよ!!」
かろうじてそう返すと、まもりは槍を支えに素早く呪文を唱える。
次の瞬間、魔物は全身に銀色の文様を絡められてその場に音を立てて倒れた。
「・・・糞甘ェヤツだな、お前」
「な、なによ」
それは敵の動きを封じ込めるだけの呪文だ。効力が切れたらまた襲いかかってくるのは目に見えている。
「敵だろ。殺るなら一撃が基本だ」
言うなり、彼は魔物の首を落とした。血飛沫もなにもかもが灰になってさらさらと流れ落ちる。
「な、仲間じゃないの?!」
「アァ? 魔物に仲間なんて概念があるか」
「・・・」
今の武器だってどこから出したのだろう。
やっぱり彼は魔王だ。違いない。
そう確信を深めるまもりの前で、彼はにやにやと笑うだけだった。
魔王の住むと言われる土地に近づくに連れて、魔物の強襲は度重なる。
彼はほとんど魔法らしい魔法を使わず、その手に突如として現れる剣でばっさばっさと敵を切り裂いていく。
まもりは次第に彼のフォロー及び回復役に徹するような形になっていった。
「これってゆゆしき問題だわ!」
「ア? なにが」
「なんで私がフォローとか回復とかしないといけないの!?」
「じゃあ聞くが、お前はあれだけの数を一人で全部しとめられるのか」
「・・・時間があれば」
「糞! じゃあ黙って後ろにいろよ」
ケ、と小馬鹿にされ、まもりには逆らう術がない。だがこれでは困るのだ。
だって、このままじゃ、彼を倒せない。
彼は魔王なのに。
「・・・何を考えてるかは大体判るが」
「人の心を読まないでよ!」
「お前は判りやすすぎる」
すい、と手が伸びてきて、頬を撫でられた。
「なっ!」
「返り血」
糞鈍臭ェヤツ、と笑われて、まもりはぷうっと頬を膨らませた。
そうして。
目の前にそびえ立つ堅牢な城を前に、まもりはため息をついた。
予想以上の速度でここまでたどり着けたのは、やはり魔王本人がいたからか。
認めたくはないが、この隣の男は強かった。魔王という肩書きの割に魔法はほとんど使わなかったが。
「サーテ、行くか」
「え、ちょっと待ってよ」
「もたもたすんな」
さくさくと前を歩く彼は、道を違わず玉座へと続く道を進んでいるようだった。
感慨はないのだろうか。
これから、短い間とはいえ道行きを共にした者と戦うというのに。
「・・・おい糞姫」
ありがたくないことに、この数日で不快な呼ばれ方も慣れてしまった。
「なによ」
「テメーは今まで通り動けよ」
「は!? なんで?!」
ピリピリとした空気が目の前を行く男から流れてくる。こんなに殺気を発しているのに、背後にいるまもりはなぜか怖くないのが不思議だ。
この殺気が自分に向くのはあと少しのことなのに。
玉座に着いたら。
そして、玉座が見えてきた。
周囲には焼けこげた骨や甲冑もそのままに、惨憺たる有様が広がっている。
魔物は殺すと灰になって消えてしまうから、これは全て人骨だろう。
気分が悪くなって、目の前の男を睨みつけてしまう。
『・・・ほう、これはこれは』
と、玉座から声がする。
『見目麗しい姫と・・・お抱えの騎士、というところか?』
低い声と巨大な身体。人としては規格外な存在が、そこにあった。
が。
「なんで?!」
『・・・ぬ?』
まもりは素っ頓狂な声を上げてその影と隣に並んだ男とを交互に見てしまう。
「だって、魔王って、アレ?!」
『・・・いかにも、俺が魔王だ』
玉座の声が訝しげに、けれど律儀に名乗った。まもりはますます混乱する。
「どうして、じゃあ、貴方誰よ!?」
思いっきり目の前の男に指さすと、彼はにやりと禍々しい笑いを浮かべた。
どう見ても魔王、いや魔王じゃないらしいから悪魔。
『戦う者として、汝らの名を問おう。何者だ?』
魔王の低い声も、まもりと同じく彼の名を尋ねる。
「姉崎まもりよ」
まもりは素直に名乗り、彼はすう、と右手を中空に出す。何もないはずの空間から、銀色の剣が現れた。
『貴様、その剣・・・天の一族か!』
「まあそうだな」
その剣を握りしめ、構える。
「胸糞悪ィが、俗に言うオウジサマっつーヤツだ」
「えっ?!」
まもりは魔王と悪魔にも似た実は王子様、という男たちを交互に見た。
そういえばこの城は元々神職たちが集った、城というよりは神殿の色合いの強いところで。
そもそもは魔王の封印をした血族が、その封印が緩まないようにと代々受け継いだという場所だったはず。
そこには神官でありながらそれらを統率した『蛭魔』一族が王族として存在していたと聞き及んでいる。
では、彼が?
「糞マツゲが封印解きさえしなけりゃこんなめんどくせぇ仕事なんざなかったんだよ」
全く余計なことしやがった、と文句を言って彼は呪文を唱えた。
銀色の刃に白く呪文が巻き付いていく。それは光り輝く神剣となった。
魔王の咆哮が広間一面に響き渡る。
呆然としていたまもりは、それで我に返り槍を構える。
彼が魔王でないなら、フォローも回復も何の葛藤もなくできる。
こちらを伺った彼の目を真っ直ぐに見て頷く。
「行くぞ」
その一言が、合図だった。
死闘を繰り広げた結果、城は半壊状態、魔王は仕留める寸前でその場から消えた。
彼もまもりも手酷いダメージを喰らったが、死に至ることはなく当座の勝利を収めたことになる。
二人して城の外の野原になんとか出て、その場にひっくり返る。
先ほどまでの死闘が嘘のように外は穏やかで、日差しは柔らかい。
風に焦げた前髪を嬲られつつ、まもりは呟いた。
「勝った、ね」
「おー。正義は勝つ」
「うわー・・・、貴方が言うと変な感じ」
「貴方じゃねえ。蛭魔妖一っつー名前がある」
ケケケ、と笑われてまもりは疑問に思っていたことを口にする。
「ねえ、なんで自分が魔王じゃないって否定しなかったの」
「最初からあれだけ不審がられてんのをいちいち訂正するのが面倒だったから」
「名前を言ってくれたら信用したわよ」
「この耳見て判らない糞ニブ姫に言われたくねぇよ」
『蛭魔』の名は神職者の中では特に有名だ。
天使の血を引くという彼らの特徴は輝く金髪と尖った耳だということを、まもりは今更になって思い出していた。
「だって牙まであるし、登場は夜だし」
「夜に出たら全部魔王か。糞浅はかニブ姫」
「あーもう! 煩いわよ」
「どっちが」
そよそよと吹く風は心地よく、疲労困憊の二人はこの場で寝てしまいそうになる。
「・・・貴方は、この後どうするの」
「ア?」
「このお城、復興するの」
「糞魔王は逃げやがったし、ここにまた神殿作る意味ねぇだろ」
「そっか・・・」
しばらく横たわっていたが、ヒル魔はおもむろに起きあがる。
「糞姫」
「その呼び方やめて!」
「お前の国はイシマール王国だったな?」
「ええ、そうよ」
「よし、決めた」
「え?」
ヒル魔は手にしていた何かを吹く。音は聞こえない。
遠くから猛スピードで駆けてきたのは、大きな獣。
まもりは思わず槍を構えたが、それはヒル魔の前でぴたりと立ち止まった。
身の丈4メートル以上あるだろうか。茶色い毛並みの、犬だった。
「な、なに、それ」
「こいつは『ケルベロス』。この城の番犬やってたヤツだ」
「ガウ」
小さく声を発するそれは、ヒル魔にその鼻先を擦りつけて甘える。
「ケルベロス、乗せろ」
ヒル魔の声にケルベロスが伏せる。ヒル魔はまもりの手を取ると、ケルベロスの上に乗り込んだ。
「え?! 乗れるの?」
「おー。目的地はイシマール王国だ。行け!」
「ガウ!」
一吠えすると、二人を乗せたケルベロスは凄まじい勢いで走り出す。けれど思ったより振動が少なく、満身創痍の二人でもそんなに辛くない。
「ねえ、何を決めたの?」
「糞魔王を復活させた糞マツゲっつーのがいるんだが」
「あ、そういえば魔王と戦うときにそんなこと言ってたわね」
「糞魔王は多分そこに戻った」
「え?」
「このまま放っておくと世界平和の邪魔になるんで、イシマール王国の軍隊をいただいて奴らと戦おうと思ってナァ」
「はぁ?! え、なんでウチの軍なの!?」
「テメーを連れ帰れば」
にやり、と笑うその顔はやっぱり悪魔みたいで。
「謝礼代わりにそれくらいの要求は飲ませるぜ」
もっとも、世界平和のためだから文句は言わせない、と高笑いされて、信用していいのか悪いのか。
けれどなんだかんだ言って、彼はまもりを護り、そうして王国まで送ってくれている。
まもりはふっと息を吐いた。
とりあえず、今回は大団円ということでよいでしょう。
***
アイシークエストっぽくしようと思って書いてみました。見た目がどうみても魔王か悪魔なヒル魔さんを素直にそのキャラに当てはめることを私の中の天の邪鬼な部分が認めないのです・・・でもだからって王子はどうかと。
結局、ヒル魔さんに『正義は勝つ』と言わせたかっただけの話でした。
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【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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