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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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神は気まぐれ(上)

(狐の嫁入りシリーズ)

※『鏡像寓話』の続きです

+ + + + + + + + + +
土人形が崩れる。
切り裂かれ、血反吐を吐いて、まるで本物のように。
じっと待っていてもそれは崩れない。
まるで本物のようだ。
でも本物のはずがない。
だって、これを切り裂いたのはヒル魔さんだ。
誰よりも愛している彼女を模した人形なんて作られて、腹立たしかったから壊したのだ。
・・・でも。
土人形は、生々しい肉色を晒した傷口を天に向け、虚ろな眼をこちらに向けている。
触れたらまだあたたかそうな、ぬるぬるとした質感は、土にはほど遠い。
いや、これは土だ。
土に違いないんだ。
だから彼の隣には本物がいるはず。
本物の、愛されるべきまもりが。
金色の獣に寄り添うのは。
・・・深い悲しさを孕んだ空虚だけ。
ばっと視線を向けた先に、崩れない土人形がそのままにある。
いや、崩れている。
土などではなく、蠢く蛆が食い潰して腐臭を発する。落ちくぼんだ眼窩にはあの天空の青はもうない。
そこに詰まっているのはわめき出したくなる程の恐怖、絶望、闇。
闇。
闇。
闇―――――――――


「雪光さん?」
はっ、と我に返って雪光は顔を上げた。
「どうしたんですか? 調子、悪そうですけど」
雪光は咄嗟に笑みを浮かべた。
「ちょっと嫌な影が過ぎったので」
「影?」
「ええ、黒くて触覚が長くてカサカサ言う・・・ああ、そこに」
「ッキャ~~~~~~~~~~~~~!!」
まもりは『東』に来てから初めて見た『ゴキブリ』という虫を殊の外嫌っている。
「いや、やめて、どっかやってー!!」
絶叫するまもりは半狂乱になって雪光に抱きついた。その身体がとても温かくて、雪光は息を呑む。
何もかもを払拭する強いぬくもり。命の温度。
大丈夫。
彼女はここにいる。
あれは雪光が勝手に心に映し出した、幻影だ。
「・・・大丈夫ですよ」
「な、なにが!?」
「今外に放り出しました」
「どうやって!?」
「僕はこの屋敷の管理人ですよ?」
すい、と指させばそこにぽっかりと穴が空く。そして瞬く間に元に戻った。
「こんな感じで外にやりました」
「・・・ああ、よかった・・・」
心底安堵したまもりに、雪光は苦笑する。
「すみません」
「全くだ」
ひょい、とまもりを背後から抱くのはヒル魔で。彼はピン、と片眉を上げて雪光を睨め付ける。
「・・・ええ、本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる雪光に、まもりはきょときょとと彼らの間で首を動かす。
普段とちょっと違う空気に、まもりはどうしたのかとヒル魔を見つめる。
「なんでもねぇよ。ナァ」
「ええ、本当に」
「・・・何かおかしい気がする」
にこにこといつもの笑みを浮かべる雪光に、ちょっと納得してない、という風情のまもりにヒル魔は懐から何かを取り出した。
「土産だ」
ぽす、と手のひらに置かれたそれはまだほんのりあたたかい。
「え、何?」
「おはぎだと」
「おはぎ?」
「糞二口女が作った菓子だ。俺は喰わねぇから、外で食べろ」
「え、小春ちゃんが?! わー、やった!」
喜んで外に行くまもりを見送り、書庫には二人だけが残される。
「テメェの調子が悪ィと屋敷も行き届かなくなるんだよ」
「・・・はい」
うち沈んだような雪光に、ヒル魔は舌打ちする。
「俺はまもりを殺す事も、死なせる事も、『西』に帰すつもりもねぇよ」
「・・・では、紫苑さんが仰った事は、どうなんですか」
「あれはただの勘ぐりだ」
「僕がここに来てから、ただの一度だって彼が余計な口出しをしたところを見た事がありません」
「余計どころか普段はほとんど口利かねぇからな」
「・・・まもりさんは、何者なんですか?」
それにヒル魔は雪光を見つめる。
威圧感のない、静かなそれを受け止め、雪光は口を開いた。
「僕は、彼女を守っていて、いいんですか?」
彼女がヒル魔を脅かすようであれば、雪光が彼女を守る事は出来ないのだ。
「俺はまもり以外に伴侶を持つつもりはない」
永遠に続く書架をすり抜ける、密やかな告白。静かな声に込められた激情。
「大体、テメェ俺が何言ったって信じねぇだろ」
にやり、と笑ったヒル魔が雪光の頭を撫でる。
まるで子供をあやすかのように、優しく。
「あいつのぬくもりが真実、あれが全てだ。テメェはそれを信じろ」
雪光はぱちりと瞬きした。
・・・ああ、そうか。
だから彼はまもりの悲鳴を聞いても駆けつけなかったのだ。
まもりを雪光に縋らせ、そのあたたかさを知らせるために。
「ありがとうございます」
す、と雪光は頭を垂れる。
「しっかり守れよ」
すい、とヒル魔が姿を消した。
それでもしばらく、雪光はそのまま頭を下げていた。


<続>
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