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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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ウロボロスの傷

※旧拍手の再録です。今回手直しはありません。

+ + + + + + + + + +
彼が目を覚ましたのは、完全な静寂の中だった。
ぐるりと目だけを動かして視界を探れば、遠くに小さく光が瞬いている。
立ち上がって、自分がずるずると長い衣を纏っている事に気が付いた。
幾つも宝石を連ねた豪奢な飾りをそこかしこに身につけ、まるで王であると言わんばかりのその姿。
けれど彼はそれが自分の物だとは思えなかった。
一体何がどうなって、自分はここにいるのか、と彼は自問する。
けれど答えはない。
かれは唐突に目覚め、唐突にここにいる。
今までの自分、というものがすっぱり消え落ちているのだ。
そうして、そのことに恐怖もとまどいもなかった。
不思議と落ち着いた気持ちで進もうとして、長い髪に気づく。
暗闇に沈み込んでいて色は判らないけれど、かなりの長さのそれに彼は知らず舌打ちをする。
そうして何故か持っていた短刀でその髪を躊躇いもなく切り捨てた。どんどんと短く、軽くなるまで。
そして着ていたものも次々と脱ぎ捨て、飾りを投げ捨て、身軽になった。
耳に連なるピアスだけははずせなかったけれど。
自分は誰か、誰もが知る答えを彼は持っていなかった。
そうして遠くに瞬く光に向かって歩き始める。

・・・それが全ての始まりだった。

人々が俯き、何かから逃れるように足早に過ぎ去る夕刻。
夕食の時間が近く、足早に帰路に就く・・・というにはどうにもそそくさと人目を避けるような仕草が目に付く。
それも仕方ないだろうな、と彼は興味なさげに視線を逸らした。
ここは魔物に魅入られてしまったとある寒村。
夕闇が迫るこの時刻から、遙か彼方に見える山から下りてくる魔物が村人を浚ってはむさぼり食うのだという。
未だ残る夥しい血痕がその惨状を如実に示していた。
彼は簡素な服を纏い、特徴的な耳を隠しもせず道を歩いていた。
すれ違う誰もがぎょっとして彼を見つめるが、彼は頓着しない。
そしてたどり着いた先のドアをノックもせず開いた。
「誰だ!」
途端に飛んでくる声。それにただ片眉を上げただけで彼はその主を睨め付けた。
「・・・テメェが村長か」
「いかにも、そうだが・・・もしや貴様が?」
不躾な視線の応酬。それにどちらも引かず、ただ彼は頷いた。
「ああ。俺は間違いなくテメェらが呼んだ傭兵だ」
「傭兵? ・・・だが、その耳は・・・」
特徴的な耳は魔族の証。味方などではなくむしろ敵なのでは、と訝る村長にニイ、と口角を上げる。
「俺は古代種らしくてなァ」
「こ、古代種?!」
その言葉に村長は飛び上がった。この世界を作ったときにまず神が創造したという完全なる存在、古代種。
それがなんでこんなところに、と。
聞くところによれば、古代種は戯れに人を弄んだり眷属にしたりするが、まず人とは滅多に関わらない。
ましてや人に雇われる古代種なんて聞いた事がない。
謀られている。怒鳴ろうとした村長の言葉を先に彼が打ち消した。
「俺は記憶がねぇんだ。もうかれこれ二百年は彷徨ってる」
「記憶が・・・?」
「何が切っ掛けで戻るかわからねぇから、旅なんざ続けてる。傭兵はまあ、暇つぶしにな」
「暇つぶし・・・」
それなら安価で請け負えばいいものを、と、かなりの高額をふっかけられた村長は鼻白む。
古代種であれば死なないし、多少の怪我は一瞬で治る。人間とは全く異なる生き物なのだ。
だが、村長の前に突きつけられた白刃に言葉を失った。
彼がどんな動きをしてどんな風に剣を抜いたのか、全く見えなかった。
「不満があるか?」
それに村長はますます嫌そうに顔を歪めたが、もう既に何人か傭兵を雇っては早々に喰い殺されたり逃げ去ったりするのを目の当たりにしているから、これ以上被害を出す前にきちんとケリをつけておきたかった。
「・・・仕方ない。雇おう」
「支払いは」
「日当が――、成功報酬は―――、だ」
「踏み倒されちゃ面倒なんでナァ。報告兼ねて毎日顔出してやる」
それに村長は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「宿は?」
「生憎とこの村には宿屋はない。代わりに民家を一軒用意してある」
「ホー?」
ぴん、と片眉を上げた男に村長はようやく尋ねる。
「貴様の名前を聞こうか。ああ、それとも記憶がないから名もないのかね?」
そう言われて彼はふん、と鼻を鳴らした。
「名前だけは覚えていたんでな。ヒル魔、だ」
村長は興味なさげに頷いた後、宿代わりの一軒家への道のりを口頭で説明し、鍵を押しつけ早々にヒル魔を追い出した。

一軒家は村のはずれにあった。
山から魔物が来ればまず一番に襲われる位置に、驚く事もなく彼はその扉を開いた。
そして開かれた扉の向こうから顔を出したのは、女だった。
まだ少女と呼べる程の幼さ。
「誰?」
「テメェらの村長が雇った傭兵だ」
それに彼女はにっこりと笑って下がった。どうやら入れ、ということらしい。
促されるままに入ると、その内装のシンプルさに僅かに眉を寄せる。
人が生活するには簡素すぎる。装飾と呼べる物が全くないからだ。
勧められるがままに椅子に座って検分する。
「何もないでしょ?」
ちょこちょことお茶を淹れて持ってきた少女は、はい、とそれをヒル魔に手渡した。
それを思わず受け取ってしまってから、改めてヒル魔は彼女を見つめた。
あの村長の血縁かと思ったがそうではない。あの矮小な男とは違った匂いがする。
もっと言えば、この村全体から漂う匂いとも、違う。
何より彼女のその色彩は、この村では見かけられないものだった。
村人は黒目黒髪の者たちばかりだったから。
「テメェはこの村の生まれじゃねぇのか」
「そうよ」
さらりと彼女は応じる。顎で切りそろえられた赤茶色の髪、青い瞳。肌は白く、体つきはまだまだ幼い。
「私はあちらの山向こうの村からここに来たの」
魔物が来るのとは反対側の山。その向こうの村人は皆この色合いらしい。
「なんでわざわざこんな村で一人暮らしなんだ?」
興味を惹かれて―――というよりは他にやることもないので彼は質問を重ねる。大抵はこの耳、この姿に驚いて言葉を重ねる前に人は消えてしまうので、こんなことは珍しかった。
「私は生け贄なの」
それに彼はぴん、と片眉を上げた。


「私の家は貧しくて、日々の暮らしにも困っていた。そこにこの村の村長がやって来て言ったわ」
生け贄として生活するなら多額の報償をやろう―――と。
そして選ばれたのがその家の一番年長だった彼女だったのだ。
「そりゃいつの話だ」
「もう二年になるわ」
それにヒル魔は眉を寄せる。魔物が村を襲い始めた時期と重なるが、その割に彼女は未だ無事ではないか。
「本当に生け贄なのか?」
「・・・体面は魔物だけど、誰に対してかは判ってるわ」
それに彼女は透明な笑みを浮かべた。それに彼女自身も現状を判っているのだと理解する。
「私はまだこの通り幼いから、今のところ無事よ」
けれどいずれ大人になり女としての機能を果たせるようになったら、彼女はいいように慰み者になるのだろう。
そうして用済みになったら魔物のエサになる。そういう運命なのだ。
魔物の騒ぎに乗じた村長の身勝手な欲にヒル魔は舌打ちした。
「私は外には出られないの。鍵は外からしか開かない」
内側からは開かない仕組みの鍵。簡素な室内。
「あの村長と、その側近以外の人とお話しするの、久しぶりだわ」
心底嬉しそうな彼女に、ヒル魔は不思議な感覚を覚える。
二百年も彷徨っていてもこんな女は見た事がなかった。
「なあ、逃がしてやろうか?」
「え?」
その言葉に彼女は目を見開く。
「帰りたいだろ?」
それに彼女は躊躇いなく首を振った。ヒル魔はぴん、と片眉を上げる。
「こんな狭苦しい村でクソジジイどもの慰み者になるのが目に見えてんのに、か?」
その末路さえ真っ当な人の死に方ではないのだと知っていても?
彼女は笑った。にっこりと、真っ白な花のように。
「もし私が帰っても、家の誰も喜ばないわ。だって私が売られたお金でみんな生活出来ているのだもの」
仮に帰れても違約金を請求されて、それが支払えなければ迷惑を掛けてしまう。
まだ幼かった弟妹まで同じような目に遭わされるのかと思うとぞっとする。
苦しいのは一人だけでいいのだ。
「呆れた自己犠牲精神だ」
「だって生け贄だもの。・・・ふふ、ありがとう」
「ア?」
「心配してもらうのも久しぶりで、嬉しいわ」
ヒル魔は少し間を開けて問いかけた。
「・・・なあ、テメェの名は?」
それに彼女は目を見開いた。
「あ! ごめんなさい、てっきり村長から聞いてるのかと思ったわ。私はね、まもりっていうの」


ヒル魔の仕事は、夕方から夜にかけて町を巡回し、魔物がいたら討伐するという単純なもの。
最近は夜に出歩く者がいないため、仮に魔物が来るとしたらそれはヒル魔を襲いに来るという事実以外にはない。
人気のない道を歩いていると、そこかしこから魔物のざわめきが聞こえてくる。なるほど、確かに魔物に魅入られた村なのだろう。
けれど彼の姿を見ると小さな魔物は逃げ帰った。その気配は魔物には恐怖にしか感じられないから。
古代種。死を知らない、完璧なる存在。
村から魔物を追い払い、ヒル魔は村長から報酬を受け取る為に屋敷に顔を出す。
「・・・貴様はあの娘に手を出したか?」
それにヒル魔はふん、と鼻を鳴らした。
「生憎とガキには興味がねぇな」
テメェと違って、と含ませれば村長は日当を投げつける。それを難なく受け取ってヒル魔はまもりの元に戻ろうとして。
ふと、足を早朝で賑わう市場へと向けた。
「おかえりなさい! ・・・え、何?」
「食え」
ふんわりと笑ってヒル魔を迎える彼女に、市場で買ってきた物を押しつける。
包みを開くと、そこには鮮やかな色彩の果物が沢山入っていた。
「テメェは年の割に細すぎる」
それにまもりは曖昧に笑う。おそらくは意図的に食べないようにしているのだろうけれど、それが痛々しささえ感じられるのだ。
「・・・判ってるでしょ?」
「ああ。だが、そんな鶏ガラみてぇなナリで目の前ちょろちょろされんのもナァ」
「・・・」
ヒル魔は食べても食べなくても死なない。一応出されれば食べるが、栄養になるわけではないのだ。
まもりはしばらく躊躇ったが、やがて葡萄を一粒摘んで口に入れる。
「おいしい・・・」
「こんな棺桶みてぇな家で生活してりゃ気も滅入るだろうよ」
ゆっくりと噛みしめるように葡萄を摘む彼女の頭を一撫でする。
「これも縁だ」
そこに続く言葉は飲み込んで、ヒル魔は簡素なベッドへと潜り込んだ。

そして二人は徐々に言葉を交わすようになる。
記憶のない男と。
救いのない運命をただ待つ少女と。
二人の間には、次第にあたたかく柔らかなものが通うようになる。
そしてまもりの身体は徐々に柔らかく丸みを帯び、女としての成熟の証が現れた。
ただ、それはまもりにとっては地獄の日々が近いという事を知らしめることでもあって。
ふさぎ込むまもりをヒル魔は抱き寄せる。
ただあたたかく慈しむ腕に、まもりはその日初めて泣いて。


そうして、ヒル魔の腕にその身を踊らせたのだった。

ヒル魔が巡回を始めてから、魔物はすっかりナリを潜めた。
夕方、そろそろ日が暮れようとする時分。
いつものように外に出ると、そこに村長がいた。
「オヤ、珍しい」
「まもりの様子を見に来た」
それにヒル魔はにやりと笑う。
「残念ながらアイツは今寝てるんでナァ」
「まだ夕刻だぞ」
だがヒル魔の背後の家は明かりがなく、すっかり眠りの気配に満ちている。
まもりはなるべくヒル魔と一緒にいられる時間は起きていようとしているのだ。
そのために極端に早い時間に就寝するようになっていた。
「会いに来るなら昼間にした方がいいぜ」
今時分では魔物が跋扈し始める時間だ。
命の保証はない、と言われても村長は恨めしげに一軒家を見つめるばかり。
「・・・この糞色ボケジジィが」
「なっ?!」
侮辱されてヒル魔を睨め付けようとしたその動きが止まった。
目の前に白刃。以前と同じような姿だが、あからさまに相手から突きつけられる気配が違った。
「今ならここでテメェが死んでも、魔物の仕業になるナァ?」
「・・・くっ」
「オラ、帰れ!!」
怒鳴られ、村長は足取り重く帰っていった。それにふん、と鼻を鳴らしてヒル魔は剣を収める。
と、向かいから拍手が聞こえてきた。
夕方にもかかわらず、庭先にあるロッキングチェアに身体を預けた老人だ。
「いや、いいものを見せてもらったよ」
「飼い犬に噛まれる哀れな雇い主を、か?」
老人はその老いさらばえた姿からは想像も付かないくらいの冷たい目つきで村長が去った側を見つめている。
「君は、あの哀れな少女を守っているのかい?」
「宿主だからな」
素っ気ない言葉にも、老人はたじろがずじっとヒル魔を見上げた。
「この村から離れる気はないのかい?」
「当面は金づるがあるからナァ」
「彼女がいるからだろう?」
それは質問でありながら断定の色合いだった。
「出来る事なら、早くこんな村から逃げた方がいい。彼女も連れてな」
老人は吐き捨てるように言う。それにヒル魔は片眉を上げた。
「テメェは?」
「私は見届けるんだよ」
老人が見つめる山からは不穏な気配。
人を襲えず、腹を減らした魔物が日々唸りを上げているのが聞き取れるまでになっている。
いつ昼日中に襲いかかってくるかは判らない。
「この村の終焉をね」
その声は、ぞっとする程冷たかった。

そうして。
恐怖は唐突に訪れた。
「きゃぁあああああああああああああ!!!」
絶叫が響き、ヒル魔は飛び起きる。
「来たか」
「何!?」
ヒル魔にしがみつくまもりの目の前で、窓ガラスが真っ赤に染まった。
「きゃああ!!」
「魔物が襲ってきた」
「な、なんで?! お日様がある間なら魔物は襲ってこないんでしょう?!」
「普通はな。だが、人の味に慣れた魔物は他の獲物より人を好む」
そして夜にヒル魔が起きて村人を襲えないのなら、多少辛くても昼間に行動して人々を襲えばいい、そう考えたのだ。
「あいつらだって学習能力があるからな」
「じゃ、じゃあ早く討伐に・・・」
焦るまもりに、ヒル魔はにたりと笑った。
「逃げるぞ」
「え?!」
「外の声をよく聞いてみろ」
まもりは耳を澄ます。魔物に襲われる者の悲鳴、絶叫。
しかしその中に紛れるのは。
「貴様があの時魔物にちょっかい出したからこんなことに!!」
「俺のせいじゃねぇ! 第一てめぇらだって手ェ出したじゃねぇか!!」
「テメェが喰われろ!!」
「ぎゃっ・・・!」
醜くわめき立てる人々の声。
鈍く響く殴打の音、女子供の悲鳴、我先にと逃げようとする男達の足音。
「俺が引き受けたのは魔物の討伐だけだ。人間同士の諍いには手ェ出す気はねぇよ」
誰が悪い、誰が悪い、誰が悪い――――
負の感情が渦巻いてこの村を覆っている。
「やめて!」
まもりは思わず耳を塞ぐ。
ヒル魔は許さず、その手を掴んだ。
「これがテメェの事を慰み者にしようとした奴らの末路だ。妥当だろ?」
「まさか・・・あなた、全部判って・・・」
「サアネ。ただ、遅かれ早かれこうなっただろうとは思った」
夜ごと彷徨う魔物、矮小な村長、疑心暗鬼に怯える人々の姿。
均衡が崩れるのは必至だった。
そこにつんざくような笑い声が響く。
「はははははは!! 見ろ、貴様らが報いを受ける日が来た!!」
向かいに棲む老人の声だ。口々にわめき立てる人々の声に紛れることなく、その声は二人の元に届いた。
「俺の妻を色眼鏡で見ていた男共め!! 輪姦した彼女を魔物に喰わせやがって!! 貴様らなんぞ人以下の畜生だ!!」
それはまさにまもりが受けるはずだった辱め。それにまもりはざあっと青ざめ、震える。
「また繰り返すんだろう、あの哀れな娘で繰り返すんだろう?! ははは、だがその前に天罰が下った、ざまあみろ、ざまあみろ―――」
その声はいつまでも脳裏に張り付くようなしゃがれたもので。
狂ったような人の怒声がとうとうその声を押しつぶした。
まもりはぼろぼろと涙を零しながらヒル魔にしがみつく。
「私・・・」
「行くぞ」
「で、でも、こんな中に出ていったら・・・」
外の喧噪は激しさを増すばかり。
生け贄として囲われているまもりの元に人が押し寄せるのも時間の問題と言えた。
青ざめるまもりにヒル魔はにやりと笑う。
「テメェは俺をなんだと思ってるんだ?」
まもりはしばしの逡巡の末、ヒル魔にしっかりとしがみついた。

ヒル魔は扉を蹴破り、通りへと姿を現す。
派手な色彩に人々は怒り狂った。
あの男、あの男が来たからこんな事に、魔物がこんなに大挙して押し寄せて、その前にあの生け贄を差し出してしまえ、あの男も殺してしまえ―――
悪者を仕立てようとする人々を蹴散らし、ヒル魔は山へと逃げようとする。
しかし大きな魔物が出口付近をうろついており、餓えた魔物相手ではヒル魔の威圧も通用せず、舌打ちして方向転換する。
「いたぞ!」
「殺せ!!」
歪み狂った人々の声にまもりは涙を零しながらそれでもヒル魔と共に走った。
時折転びそうになりながら、それでも必死に。
どれほどに駆け抜けて進んだものか、とうとう村の反対側、別の出口付近にさしかかる。
人々は空から陸から現れる魔物に悲鳴を上げて、己の身可愛さに逃げまどい散り散りになっていく。
まんまと逃げおおせようとした、その瞬間。
「死ねぇえええ!!」
まもりに斬りかかった男がいた。
村長だった。正気を失ったその顔に固まったまもりを庇い、ヒル魔は刀を振るう。
一振りで息の根を止めたその背後から声もなく槍で二人を襲った男がいた。
刀を振るった直後、体勢を崩したヒル魔は至近距離でそれを避けることもできなかった。
だが自分一人なら死なない、とまもりを遠ざけようとしたのに、まもりは離れなかった。
それはヒル魔の背に深々と突き刺さり、なおも勢いは止まらず突き進んで――――――――
「あ・・・」
「!!」
槍は、ヒル魔の背から腹を貫通し、そしてあろうことか、まもりの心臓をも貫いたのだ。
「ひ・・る・・・」
その唇から血が溢れる、ヒル魔が驚愕に目を見開き、その手を伸ばしたとき。
まもりは笑った。
それは慈愛に満ちた、こんな時なのにとても美しい顔で。
「・・泣か・・な・・いで」
どんな音にも紛れることなく、掠れる声はヒル魔の耳に届いた。
「ごめ・・・ん・・ね」
その瞳から力が失われていく。触れた頬に灯る熱が失われていく。
「逝くな」
知らず口をついた言葉にも彼女はただ笑顔で涙を零し、最後はとぎれとぎれに呟き、そうして、がくりと力を失った。

(愛してるわ・・・)

あっけなく、まもりが死んだ。
まるで虫けらのように、こんなくだらない村のためなんかに。

ヒル魔の腕が、未だ貫いた槍を握る男の頭を掴んだ。
「ひぎゃっ?!」
鈍い音を立てて、その首がもぎ取られた。
ざわざわとヒル魔の姿が歪む。
まるで魔物は彼自身だと言わんばかりに。
人々が更なる恐怖の対象の登場に悲鳴を上げようとしたが。
その権利すら剥奪され、人々は一瞬のうちに灰燼と化した。




寒々しい荒野にヒル魔は一人立ちつくしていた。
かつて村だったここは草木もなくただただ荒れた土地となっている。
あの時、まもりと共に貫かれた傷はもうすでにない。

かつてこれほどまでに感情を揺さぶられた存在はなかった。
言いようのない喪失感にただただヒル魔は立ちつくす。



たった一言、最後にもたらされた『愛してる』という言葉だけが、身体には傷一つ残らないヒル魔の心を、酷く痛めつけ続けていた。








(面白い魂があるな)

(少しばかり手を加えようか)

(それは残るか)

(相手次第思い次第)



どこの誰ともつかないいくつもの声が、ひそりひそりと言葉を交わす。
まるで新しい隠れ家を見つけた子供が、仲間に秘密を教えるかのように。



***
後味の悪い拍手だったので早々に下げました(苦笑)
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ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。

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