旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
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※帝黒アレキサンダースの小泉花梨がとんでもなく酷い目に遭います。嫌な方はご遠慮ください。
空を駆けるヒル魔は、色々と考えを巡らせていた。一瞬見ただけの力ではあの天使の力は測れない。
今は襲撃に備えて、烏天狗の赤羽、コータロー、そして二人の幼なじみのジュリも共に背後を守っている。
「なんでジュリまで来てるんだよ!?」
「あら? 私だって戦えるんだから!」
「フー・・・仕方ない」
三人の喧噪を耳に、まもりは怯えたようにただ後ろを伺っている。
あの屈強そうなムサシでさえやられたのだ。雪光はどうなったのか。倒れていたみんなは?
悪い想像しかできないまもりに、ヒル魔は囁く。
「落ち着け。全員死んじゃいねぇ」
「ホント!?」
「ああ。気配は全部ただ眠ってただけだった。おそらくアイツは精神的に圧力を掛ける術を持ってるんだろう」
「精神的・・・」
「それだけじゃないとは思うが・・・情報が少ねぇ」
ヒル魔は舌打ちする。とにかく高見のところまで行こうと思った。
高見もヒル魔に負けず劣らず博識だ。何か打開策を講じられるかも知れない。
と。
「うわぁああ!!」
「!!」
振り返ると、そこには悲鳴を上げて落ちるコータローの姿。
背中に四枚の大きな翼を持ったあの女がこちらに向かって飛んできていた。
「ッ!!」
怯んだジュリを庇った赤羽も同じように攻撃を喰らい、地面へと落ちていく。
「コータロー、赤羽! ・・・よくも!」
ジュリが刃を片手に飛びかかる。と、女は眉を顰めてその身体をかわす。
何度も斬りかかる彼女に、コータローや赤羽のような攻撃を繰り出してこない。
「!」
それに気が付いたヒル魔は、一気に地面へと急降下する。
「きゃ・・・」
「糞雪女! 糞飛縁魔! 糞新絡婦!」
「お呼びかい」
「なに?」
「なぁによぉ~」
女が三人呼び出される。雪女のメグ、飛縁魔の浦島、新絡婦の渋谷。その三人にヒル魔はにやりと笑った。
「テメェらの出番だ」
「はぁ? なんだい、改まって」
メグの声に二人も不思議そうにヒル魔を見る。
「糞天使が来やがった」
「本当に来たのかい? やれやれ、とんでもないねぇ」
「へぇ・・・『東』に喧嘩売ろうって?」
「めんどくさぁい」
三人はそれぞれの感想を口にしつつ、くるりと振り返った。
そこにはたおやかに笑う女が天から舞い降りたところだった。
その身体に小さな傷がある。
ジュリは健闘したのだろうが、彼女の姿はここにはない。おそらく同じように地面に落ちたのだろう。
「あら」
ぴくりと穏やかなだけだった表情を崩した女に、ヒル魔は嗤った。
「テメェは男限定で精神的圧力が掛けられるらしいな?」
「ははーん、だからアタシたちなんだね」
メグが深紅の唇をつり上げた。途端に周囲に冷気の渦が出来る。
「超めんどくさぁいんだけど!」
そう言いながら渋谷の腕からするすると幾重も糸が絡み出して撓る鞭を形成した。
「腕が鳴るわぁ」
ばきばきと指を鳴らす浦島は全身にうっすらと炎を纏っている。
その三人の様子に、女は眉を寄せる。
「別に余計に争う気はないんやわ。ただそこの―――」
すい、とまもりに指が向けられる。
「出来損ないを処分しに来ただけやから」
それに何よりも先に反応したのは、ヒル魔でもなければ当のまもりでもなかった。
「まも姐をそんな風に言うなー!!」
「鈴音ちゃん!?」
「っ!」
藪から飛びかかった鈴音の鋭い爪が女の頬を掠めた。鈴音は素早く後ろに下がる。
「・・・鈴音、下がりな」
ひんやりと冷たいメグの声が絶対零度の響きを伴った。
他の二人も冷徹な顔になる。
戦う者の目だ。
「ここはあたしたちが相手だ!!」
頬に伝う血を指先で拭い、女はふいに笑った。
「・・・生きて帰さへん」
四枚の翼が大きく宙を舞った。
「あ、あの三人大丈夫?!」
「あいつらは手練れだ。それにここは『東』だし、そこそこやるだろ」
「やー、まも姐~」
三人は大きくしたケルベロスに跨って高見のところに急いだ。
「糞猫、雪光から伝言は」
「やー! そうそう! あのね・・・」
まもりは目を丸くする。いつの間にそんな話になっていたのだろうか。
鈴音が雪光の言葉を出来るだけ正確に伝えようと奮闘するのをヒル魔は黙って聞いていた。
相手の名前は花梨。男性に対して精神的圧力を掛ける事で疑似死を与え、その攻撃を喰らった相手は自らが死んだと思いこまされ、いずれは死に至る。攻撃の種類は幻惑を多用するらしい。肉弾戦に対しては不明。
「さすが雪光君だね。一回の戦いでそこまで読み取るとは」
たどり着いた先で話を聞いた高見は眉を寄せる。その話が本当なら、対抗できるのは女性陣だけで、そうなると先ほどヒル魔が呼んだ三人がこのあたりでは一番強い女性たちであるはずなのだ。
「だがどうするか。具体的な案が・・・」
「そこまで判ってれば話は早ぇだろ」
ヒル魔がにやりと笑う。こんな時にも余裕がある顔つきに、まもりは不安ながらも頼もしい、と視線を向けた。
「女ならいいわけだ」
「え?」
「まもり、協力しろ」
「・・・え?」
さすがに花梨も三人が相手ではやりづらい。
けれど棘田にあれほどの大けがを負わせた原因にはやはりそれなりのことをしてやらないと気が済まなかった。魔物の力は無効化される『東』だが、天使ともなれば多少制限が掛かっても元より力の差が大きいため、戦いは花梨が優勢だった。
「やめて!!」
「「「「?!」」」」
その声に、四人はぴたりと動きを止めた。
そこには泣きそうな顔をしたまもりが立っていた。
「私が・・・私が帰ればいいんでしょう!? もう・・・みんなを傷つけないで・・・!!」
そう言って俯くまもりに、女妖怪三人は目を剥く。
「何を言ってるんだい?! あんた、ヒル魔と結婚したんだろ?!」
「そうよぉ。なんのために私こんなに頑張ったのぉ」
「まだ行けるわよ!!」
三人の声に構わず、きっとまもりは花梨を見据えた。
その決意に満ちた顔に、花梨は慈愛に満ちた顔を向ける。
「来なはれ」
すい、と伸ばされた手に、まもりはゆっくりと歩み寄る。
そんなまもりを止めようとする三人の前にすっと鈴音が現れた。腕を開いて、首を振る。
それはヒル魔が指示した事か。
思わず唇を噛みしめる三人の前で、まもりは後数歩、というところまで近寄って止まった。
「・・・一つだけ、教えて欲しいの」
「何やろか?」
あくまで柔らかい声。
「私の父も、天使だったわ。でも私が生まれて間もなく、天に連れ帰られたと聞いたの。・・・父は生きているの?」
縋るような眼差しに、彼女はゆったりと笑った。慈愛の女神とはこの顔だ、と言わんばかりに。
「とうに処刑されたわ」
「―――――――!!!」
「それくらい大事なことしでかしたんや、あんさんの父親は」
「そんな・・・」
打ちひしがれ再び俯くまもりに、花梨は手を伸ばした。
たおやかで柔らかい笑みを浮かべ、傍目には祝福を与えそうな美しい光景なのに、底知れぬ恐怖を孕んだ光景に皆動く事さえ出来ない。
丸い肩に指が触れ、その腕に抱き込もうとしたとき。
「そんなことなら・・・遠慮はいらねぇナァ」
唐突にまもりの口調が変わった。
「!!??」
抱き込もうとした腕が、身体が、激しく切り裂かれる。
四肢が落ちなかったのが不思議な程の深い傷を全身に刻まれ、花梨は膝をつきそうになるが。
「男連中に掛けた精神的圧力を全部解け」
ぐい、とまもりの腕が花梨の喉を掴んで引き上げた。まるで人形を掴み上げるかのように、片手で容易く。
「ああそれとも、テメェを殺せば全部解けるのか? なら、遠慮はしねぇ」
足が浮き、ギリギリと首が絞まる。
霞む視界で見下ろすまもりの顔は凶悪な笑みで彩られていた。
混血児は出来損ない、大した力などなにもないと聞いていたのに、と花梨は力無くもがく。
溢れた血が地面に血だまりを作り、滴る血はまもりの顔を汚した。
「やめ・・・解く、から・・・」
花梨の細い声に、その力を緩めたまもりは膝をついた花梨の頭をすかさず鷲掴みにする。
「あっ・・・!!」
「早くしろ。この首、ねじ切るぞ」
抑揚のない声に、花梨は細い息をつきながら何かを呟く。
それが圧力の解除だったのだろう、察したらしいまもりはふんと鼻を鳴らした。
「おい糞絡新婦、来い」
「なによぅ」
「コイツを縛れ」
「・・・はいはいっと」
渋谷は容易く花梨を縛り上げた。簀巻きと言っていい程の念入りな状態で。ついでに猿ぐつわと目隠しまで。
「ケルベロス!!」
ケーン、と声と共にケルベロスが飛んできた。
まもりはケルベロスに花梨を銜えて『西』のとあるところへと飛ぶ事を指示した。
「西の魔物の巣にテメェを放り込んでやる。さぞ喜ぶだろうよ、純血種の肉だからな」
「・・・!」
力無く震える花梨には見えていないだろうけれど、にたりと悪魔の顔でまもりは告げる。
天使の血肉は魔物にとって混血種よりもより上等なエサなのだ。
それを魔物が得たなら『西』はこんなくだらないことに手を裂く暇はなくなるだろう。
「生きながら魔物に喰われて死ね」
天使の血にまみれた顔で、それはそれは嬉しそうに、まもりは笑って見せた。
ケルベロスは花梨を銜えて飛んでいく。
あっという間に見えなくなったそれに、まもりはもう一度ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・あの・・・」
「ア?」
「ヒル魔なのかい」
メグが引きつった顔で声を掛ける。
「おー。糞嫁がこんなことできるかよ」
顰めっ面をするまもり―――中身はヒル魔だ―――が舌打ちする。
「女なら攻撃が効かないつったって、テメェらだけじゃ決定的に追いつめるまでいかないだろうと思ってナァ」
「ならもっと早く来てよぉ」
間延びした声で渋谷が愚痴る。
「糞嫁を完全に外気と遮断させる場所に置かなきゃならなかったんでな。糞薬師に結界張らせてる」
「ああ、そうか」
「じゃなきゃ化けてるのバレバレだもんねー。やー、まも姐の顔で戦うヒル兄ってすっごく怖かったよ!!」
鈴音がにっこりと笑ってまだまもりの姿のヒル魔を見上げる。
「あの糞天使が仮に生き延びたとして、糞嫁がかなりの手練れだと思いこませれば早々手は出せねぇだろ」
「それも計算したの?」
「おー」
「・・・なんでもいいから早くその嬢ちゃんの姿をやめてくれないかい」
メグが気分悪そうに言う。
確かに口調も仕草もヒル魔だけれど、外見はあの天然ボケで美しいまもりなのだから。
「水浴びしたらな」
かなり花梨の血を浴びてしまったので、全身が鉄錆の匂いなのだ。このままでは彼女の元に戻れない。
「この貸しは高いよ!」
「今度まもりちゃんを借りるわよぉ。遊ぶの」
「あ、それアタシも混ざりたい!」
「私もー!」
それに構わず近くにある小川に向かって歩き出したヒル魔に、四人はやれやれと肩をすくめた。
まもりは戻ってきたヒル魔にほっとしたような笑みを見せた。怪我もないらしいと検分する。
「ヒル魔、首尾は?」
「楽勝」
「見事な化けっぷりだったなあ」
笑う高見にヒル魔はケ、と短く笑う。
「俺がなんの妖怪だと思ってるんだ」
確かに見事に己と同じ姿に化けたヒル魔に、まもりは腰をぬかさんばかりに驚いたのだけれど。
「え、狐の妖怪だけしか変身できないの?」
「他にも化ける種類はいますけど・・・ヒル魔さんが化けられるの、もしかして知らなかったんですか?」
若菜に呆れた顔をされて、まもりは詰まる。だって、知らなかったのだ。
「だ、だって。ヒル魔くんって普段あんまりしっぽとか出さないし、耳も尖ってるだけだし、妖怪っぽく見せないっていうか・・・」
しどろもどろのまもりに、高見と若菜は顔を見合わせて笑う。
そのやれやれ、という風情にヒル魔は舌打ちして、まもりを抱える。
「帰るぞ」
「! そ、そうだ、みんなは・・・?!」
「今頃起きてるだろ。掃除させねぇとな」
人の屋敷、派手にぶっ壊しやがって、とヒル魔は苦々しく言う。
けれど言葉程怒っていないというのはまもりにも判る。
抱く腕が優しいから。無事に敵を退けたのが嬉しいのだろう。
「じゃあな」
「ありがとうございました」
「今度は遊びに来て下さいね」
「待ってるよ」
二人に見送られて、ヒル魔たちは一路空を行く。
「・・・まもり」
「何?」
「テメェの父親、既に死んだと」
あっさりと告げられた内容に、まもりは一瞬息を詰める。
・・・予想していた事だった。少なからずそうではないかと思っていた。
けれど、そうか。
もう血を分けた肉親はこの世にいない訳か。
他の誰も聞いていないところを選んでヒル魔はそう伝えた。特に勿体ぶる事もなく、ごく自然に。
それがまもりにはありがたかった。
「わざわざ聞いてくれたの? ・・・ありがとう」
「無理に笑うな」
ぎゅ、と胸元に顔を押しつけられて、まもりはヒル魔の言葉に甘えて静かに泣く。
「泣くなら俺のところで泣け。糞ジジイなんぞの前で泣くんじゃねぇよ」
「ん・・・」
しばらく泣いた後、まもりはふと顔を景色へと向ける。
そこは広大な緑の大地。ヒル魔が領域とする『東』。
「テメェの帰る場所はここだし、テメェは俺の嫁だ」
血を分けていなくとももう俺たちは家族なのだ、というのを暗に感じて、まもりは顔を上げた。
そこにはいつも通り不敵に笑うヒル魔の姿。
それにどうしようもなく安堵して、まもりはゆったりと笑ってみせる。
愛おしげにヒル魔もまもりを見つめ、喉の奥で笑った。
「お帰りなさい、お二人とも!」
笑顔で二人を迎えたのは、セナだった。怪我はないようで、ほっとする。
「みんな、無事?」
「ええ。みんな怪我は大したことなかったです。なんか悪い夢を見させられてたみたいでした」
「へえ・・・」
「あ、でも雪光さんが大けがしたんですよ」
「え?!」
慌ててまもりが屋敷に入ると、そこでは雪光が十文字に薬を塗られていた。後からヒル魔もやってくる。
着ていた着物らしい布きれがその隣に山となっている。血にまみれたそれに、まもりが痛々しい表情をする。
だが、雪光は平然と笑って二人を迎えた。
「お二人とも、お帰りなさい」
「・・・お帰り」
ぶっきらぼうに十文字も口を開く。鎌鼬の傷薬はよく効くのだ。
「怪我したって聞いたわ。大丈夫?」
「ああ、今治療して貰いました。ありがとう」
新しい着物に着替えた雪光は痛みも失せたようで問題なく立ち上がる。 後半は十文字に向けて口にした。
「いえ」
十文字はヒル魔とまもりの二人にも怪我はないかと尋ね、大事無い事を確認して姿を消した。
「怪我はみんな浅かったし、十文字君が傷薬を提供してくれたので大事無かったですよ」
ただし打ち身やねんざ、骨折等には効かないので何人かは自宅療養です、と苦笑する。
「そうなの?! みんなのところ、看病に行かなきゃ・・・!」
「それは糞薬師の仕事だ。テメェは大人しくしてろ」
「んもう! だって私のせいだし・・・」
「いえいえ。みんな、あなたが無事で良かったと笑顔でした」
「え・・・」
「最後はヒル魔さん頼りでしたがね」
なんでそれを知ってるのだろうか、と思ったが、先に鈴音が戻ってきたはずだから、それで皆聞いたのだろう。
「はあ」
「みんな、あなたが大好きなんですよ」
その言葉に、まもりはかあっと頬を染める。
ヒル魔は面白くなさそうにそんなまもりを抱きかかえるとスタスタと歩き出した。
向かう先を察して、まもりは顔を別の意味で赤くする。
「え? え? ちょっと?!」
「お前は無防備すぎるっつってるだろ」
「だからなんでこうなるの!?」
騒ぐまもりに、雪光は笑顔で手を振ってごゆっくり、とあたたかく見送ったのだった。
***
まっぴ様リクエスト『(狐の嫁入りシリーズのまもりの)天に連れ戻されたお父さんは、拘束されている状態なんでしょうか』でした。その他の部分が滅茶苦茶長くて申し訳ありません! でも狐の嫁入りシリーズは久しぶりだったので楽しくて一気に書きました。
まっぴ様のみお持ち帰り可。
以下返信です。反転してお読み下さい。
すみません、実はこの話のまもパパは当初から死んだ事にしていたのです。花梨が来たときにその事実を知らせようと思っていたのでした。魔物の温床を生み出したということは大罪なのです。これは以前から書こうかな、でも重いし・・・長くなりそうだし・・・と躊躇っていて、今回リクエストでやっと背中を押して頂けたので良かったですw
リクエストありがとうございましたー!!
空を駆けるヒル魔は、色々と考えを巡らせていた。一瞬見ただけの力ではあの天使の力は測れない。
今は襲撃に備えて、烏天狗の赤羽、コータロー、そして二人の幼なじみのジュリも共に背後を守っている。
「なんでジュリまで来てるんだよ!?」
「あら? 私だって戦えるんだから!」
「フー・・・仕方ない」
三人の喧噪を耳に、まもりは怯えたようにただ後ろを伺っている。
あの屈強そうなムサシでさえやられたのだ。雪光はどうなったのか。倒れていたみんなは?
悪い想像しかできないまもりに、ヒル魔は囁く。
「落ち着け。全員死んじゃいねぇ」
「ホント!?」
「ああ。気配は全部ただ眠ってただけだった。おそらくアイツは精神的に圧力を掛ける術を持ってるんだろう」
「精神的・・・」
「それだけじゃないとは思うが・・・情報が少ねぇ」
ヒル魔は舌打ちする。とにかく高見のところまで行こうと思った。
高見もヒル魔に負けず劣らず博識だ。何か打開策を講じられるかも知れない。
と。
「うわぁああ!!」
「!!」
振り返ると、そこには悲鳴を上げて落ちるコータローの姿。
背中に四枚の大きな翼を持ったあの女がこちらに向かって飛んできていた。
「ッ!!」
怯んだジュリを庇った赤羽も同じように攻撃を喰らい、地面へと落ちていく。
「コータロー、赤羽! ・・・よくも!」
ジュリが刃を片手に飛びかかる。と、女は眉を顰めてその身体をかわす。
何度も斬りかかる彼女に、コータローや赤羽のような攻撃を繰り出してこない。
「!」
それに気が付いたヒル魔は、一気に地面へと急降下する。
「きゃ・・・」
「糞雪女! 糞飛縁魔! 糞新絡婦!」
「お呼びかい」
「なに?」
「なぁによぉ~」
女が三人呼び出される。雪女のメグ、飛縁魔の浦島、新絡婦の渋谷。その三人にヒル魔はにやりと笑った。
「テメェらの出番だ」
「はぁ? なんだい、改まって」
メグの声に二人も不思議そうにヒル魔を見る。
「糞天使が来やがった」
「本当に来たのかい? やれやれ、とんでもないねぇ」
「へぇ・・・『東』に喧嘩売ろうって?」
「めんどくさぁい」
三人はそれぞれの感想を口にしつつ、くるりと振り返った。
そこにはたおやかに笑う女が天から舞い降りたところだった。
その身体に小さな傷がある。
ジュリは健闘したのだろうが、彼女の姿はここにはない。おそらく同じように地面に落ちたのだろう。
「あら」
ぴくりと穏やかなだけだった表情を崩した女に、ヒル魔は嗤った。
「テメェは男限定で精神的圧力が掛けられるらしいな?」
「ははーん、だからアタシたちなんだね」
メグが深紅の唇をつり上げた。途端に周囲に冷気の渦が出来る。
「超めんどくさぁいんだけど!」
そう言いながら渋谷の腕からするすると幾重も糸が絡み出して撓る鞭を形成した。
「腕が鳴るわぁ」
ばきばきと指を鳴らす浦島は全身にうっすらと炎を纏っている。
その三人の様子に、女は眉を寄せる。
「別に余計に争う気はないんやわ。ただそこの―――」
すい、とまもりに指が向けられる。
「出来損ないを処分しに来ただけやから」
それに何よりも先に反応したのは、ヒル魔でもなければ当のまもりでもなかった。
「まも姐をそんな風に言うなー!!」
「鈴音ちゃん!?」
「っ!」
藪から飛びかかった鈴音の鋭い爪が女の頬を掠めた。鈴音は素早く後ろに下がる。
「・・・鈴音、下がりな」
ひんやりと冷たいメグの声が絶対零度の響きを伴った。
他の二人も冷徹な顔になる。
戦う者の目だ。
「ここはあたしたちが相手だ!!」
頬に伝う血を指先で拭い、女はふいに笑った。
「・・・生きて帰さへん」
四枚の翼が大きく宙を舞った。
「あ、あの三人大丈夫?!」
「あいつらは手練れだ。それにここは『東』だし、そこそこやるだろ」
「やー、まも姐~」
三人は大きくしたケルベロスに跨って高見のところに急いだ。
「糞猫、雪光から伝言は」
「やー! そうそう! あのね・・・」
まもりは目を丸くする。いつの間にそんな話になっていたのだろうか。
鈴音が雪光の言葉を出来るだけ正確に伝えようと奮闘するのをヒル魔は黙って聞いていた。
相手の名前は花梨。男性に対して精神的圧力を掛ける事で疑似死を与え、その攻撃を喰らった相手は自らが死んだと思いこまされ、いずれは死に至る。攻撃の種類は幻惑を多用するらしい。肉弾戦に対しては不明。
「さすが雪光君だね。一回の戦いでそこまで読み取るとは」
たどり着いた先で話を聞いた高見は眉を寄せる。その話が本当なら、対抗できるのは女性陣だけで、そうなると先ほどヒル魔が呼んだ三人がこのあたりでは一番強い女性たちであるはずなのだ。
「だがどうするか。具体的な案が・・・」
「そこまで判ってれば話は早ぇだろ」
ヒル魔がにやりと笑う。こんな時にも余裕がある顔つきに、まもりは不安ながらも頼もしい、と視線を向けた。
「女ならいいわけだ」
「え?」
「まもり、協力しろ」
「・・・え?」
さすがに花梨も三人が相手ではやりづらい。
けれど棘田にあれほどの大けがを負わせた原因にはやはりそれなりのことをしてやらないと気が済まなかった。魔物の力は無効化される『東』だが、天使ともなれば多少制限が掛かっても元より力の差が大きいため、戦いは花梨が優勢だった。
「やめて!!」
「「「「?!」」」」
その声に、四人はぴたりと動きを止めた。
そこには泣きそうな顔をしたまもりが立っていた。
「私が・・・私が帰ればいいんでしょう!? もう・・・みんなを傷つけないで・・・!!」
そう言って俯くまもりに、女妖怪三人は目を剥く。
「何を言ってるんだい?! あんた、ヒル魔と結婚したんだろ?!」
「そうよぉ。なんのために私こんなに頑張ったのぉ」
「まだ行けるわよ!!」
三人の声に構わず、きっとまもりは花梨を見据えた。
その決意に満ちた顔に、花梨は慈愛に満ちた顔を向ける。
「来なはれ」
すい、と伸ばされた手に、まもりはゆっくりと歩み寄る。
そんなまもりを止めようとする三人の前にすっと鈴音が現れた。腕を開いて、首を振る。
それはヒル魔が指示した事か。
思わず唇を噛みしめる三人の前で、まもりは後数歩、というところまで近寄って止まった。
「・・・一つだけ、教えて欲しいの」
「何やろか?」
あくまで柔らかい声。
「私の父も、天使だったわ。でも私が生まれて間もなく、天に連れ帰られたと聞いたの。・・・父は生きているの?」
縋るような眼差しに、彼女はゆったりと笑った。慈愛の女神とはこの顔だ、と言わんばかりに。
「とうに処刑されたわ」
「―――――――!!!」
「それくらい大事なことしでかしたんや、あんさんの父親は」
「そんな・・・」
打ちひしがれ再び俯くまもりに、花梨は手を伸ばした。
たおやかで柔らかい笑みを浮かべ、傍目には祝福を与えそうな美しい光景なのに、底知れぬ恐怖を孕んだ光景に皆動く事さえ出来ない。
丸い肩に指が触れ、その腕に抱き込もうとしたとき。
「そんなことなら・・・遠慮はいらねぇナァ」
唐突にまもりの口調が変わった。
「!!??」
抱き込もうとした腕が、身体が、激しく切り裂かれる。
四肢が落ちなかったのが不思議な程の深い傷を全身に刻まれ、花梨は膝をつきそうになるが。
「男連中に掛けた精神的圧力を全部解け」
ぐい、とまもりの腕が花梨の喉を掴んで引き上げた。まるで人形を掴み上げるかのように、片手で容易く。
「ああそれとも、テメェを殺せば全部解けるのか? なら、遠慮はしねぇ」
足が浮き、ギリギリと首が絞まる。
霞む視界で見下ろすまもりの顔は凶悪な笑みで彩られていた。
混血児は出来損ない、大した力などなにもないと聞いていたのに、と花梨は力無くもがく。
溢れた血が地面に血だまりを作り、滴る血はまもりの顔を汚した。
「やめ・・・解く、から・・・」
花梨の細い声に、その力を緩めたまもりは膝をついた花梨の頭をすかさず鷲掴みにする。
「あっ・・・!!」
「早くしろ。この首、ねじ切るぞ」
抑揚のない声に、花梨は細い息をつきながら何かを呟く。
それが圧力の解除だったのだろう、察したらしいまもりはふんと鼻を鳴らした。
「おい糞絡新婦、来い」
「なによぅ」
「コイツを縛れ」
「・・・はいはいっと」
渋谷は容易く花梨を縛り上げた。簀巻きと言っていい程の念入りな状態で。ついでに猿ぐつわと目隠しまで。
「ケルベロス!!」
ケーン、と声と共にケルベロスが飛んできた。
まもりはケルベロスに花梨を銜えて『西』のとあるところへと飛ぶ事を指示した。
「西の魔物の巣にテメェを放り込んでやる。さぞ喜ぶだろうよ、純血種の肉だからな」
「・・・!」
力無く震える花梨には見えていないだろうけれど、にたりと悪魔の顔でまもりは告げる。
天使の血肉は魔物にとって混血種よりもより上等なエサなのだ。
それを魔物が得たなら『西』はこんなくだらないことに手を裂く暇はなくなるだろう。
「生きながら魔物に喰われて死ね」
天使の血にまみれた顔で、それはそれは嬉しそうに、まもりは笑って見せた。
ケルベロスは花梨を銜えて飛んでいく。
あっという間に見えなくなったそれに、まもりはもう一度ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・あの・・・」
「ア?」
「ヒル魔なのかい」
メグが引きつった顔で声を掛ける。
「おー。糞嫁がこんなことできるかよ」
顰めっ面をするまもり―――中身はヒル魔だ―――が舌打ちする。
「女なら攻撃が効かないつったって、テメェらだけじゃ決定的に追いつめるまでいかないだろうと思ってナァ」
「ならもっと早く来てよぉ」
間延びした声で渋谷が愚痴る。
「糞嫁を完全に外気と遮断させる場所に置かなきゃならなかったんでな。糞薬師に結界張らせてる」
「ああ、そうか」
「じゃなきゃ化けてるのバレバレだもんねー。やー、まも姐の顔で戦うヒル兄ってすっごく怖かったよ!!」
鈴音がにっこりと笑ってまだまもりの姿のヒル魔を見上げる。
「あの糞天使が仮に生き延びたとして、糞嫁がかなりの手練れだと思いこませれば早々手は出せねぇだろ」
「それも計算したの?」
「おー」
「・・・なんでもいいから早くその嬢ちゃんの姿をやめてくれないかい」
メグが気分悪そうに言う。
確かに口調も仕草もヒル魔だけれど、外見はあの天然ボケで美しいまもりなのだから。
「水浴びしたらな」
かなり花梨の血を浴びてしまったので、全身が鉄錆の匂いなのだ。このままでは彼女の元に戻れない。
「この貸しは高いよ!」
「今度まもりちゃんを借りるわよぉ。遊ぶの」
「あ、それアタシも混ざりたい!」
「私もー!」
それに構わず近くにある小川に向かって歩き出したヒル魔に、四人はやれやれと肩をすくめた。
まもりは戻ってきたヒル魔にほっとしたような笑みを見せた。怪我もないらしいと検分する。
「ヒル魔、首尾は?」
「楽勝」
「見事な化けっぷりだったなあ」
笑う高見にヒル魔はケ、と短く笑う。
「俺がなんの妖怪だと思ってるんだ」
確かに見事に己と同じ姿に化けたヒル魔に、まもりは腰をぬかさんばかりに驚いたのだけれど。
「え、狐の妖怪だけしか変身できないの?」
「他にも化ける種類はいますけど・・・ヒル魔さんが化けられるの、もしかして知らなかったんですか?」
若菜に呆れた顔をされて、まもりは詰まる。だって、知らなかったのだ。
「だ、だって。ヒル魔くんって普段あんまりしっぽとか出さないし、耳も尖ってるだけだし、妖怪っぽく見せないっていうか・・・」
しどろもどろのまもりに、高見と若菜は顔を見合わせて笑う。
そのやれやれ、という風情にヒル魔は舌打ちして、まもりを抱える。
「帰るぞ」
「! そ、そうだ、みんなは・・・?!」
「今頃起きてるだろ。掃除させねぇとな」
人の屋敷、派手にぶっ壊しやがって、とヒル魔は苦々しく言う。
けれど言葉程怒っていないというのはまもりにも判る。
抱く腕が優しいから。無事に敵を退けたのが嬉しいのだろう。
「じゃあな」
「ありがとうございました」
「今度は遊びに来て下さいね」
「待ってるよ」
二人に見送られて、ヒル魔たちは一路空を行く。
「・・・まもり」
「何?」
「テメェの父親、既に死んだと」
あっさりと告げられた内容に、まもりは一瞬息を詰める。
・・・予想していた事だった。少なからずそうではないかと思っていた。
けれど、そうか。
もう血を分けた肉親はこの世にいない訳か。
他の誰も聞いていないところを選んでヒル魔はそう伝えた。特に勿体ぶる事もなく、ごく自然に。
それがまもりにはありがたかった。
「わざわざ聞いてくれたの? ・・・ありがとう」
「無理に笑うな」
ぎゅ、と胸元に顔を押しつけられて、まもりはヒル魔の言葉に甘えて静かに泣く。
「泣くなら俺のところで泣け。糞ジジイなんぞの前で泣くんじゃねぇよ」
「ん・・・」
しばらく泣いた後、まもりはふと顔を景色へと向ける。
そこは広大な緑の大地。ヒル魔が領域とする『東』。
「テメェの帰る場所はここだし、テメェは俺の嫁だ」
血を分けていなくとももう俺たちは家族なのだ、というのを暗に感じて、まもりは顔を上げた。
そこにはいつも通り不敵に笑うヒル魔の姿。
それにどうしようもなく安堵して、まもりはゆったりと笑ってみせる。
愛おしげにヒル魔もまもりを見つめ、喉の奥で笑った。
「お帰りなさい、お二人とも!」
笑顔で二人を迎えたのは、セナだった。怪我はないようで、ほっとする。
「みんな、無事?」
「ええ。みんな怪我は大したことなかったです。なんか悪い夢を見させられてたみたいでした」
「へえ・・・」
「あ、でも雪光さんが大けがしたんですよ」
「え?!」
慌ててまもりが屋敷に入ると、そこでは雪光が十文字に薬を塗られていた。後からヒル魔もやってくる。
着ていた着物らしい布きれがその隣に山となっている。血にまみれたそれに、まもりが痛々しい表情をする。
だが、雪光は平然と笑って二人を迎えた。
「お二人とも、お帰りなさい」
「・・・お帰り」
ぶっきらぼうに十文字も口を開く。鎌鼬の傷薬はよく効くのだ。
「怪我したって聞いたわ。大丈夫?」
「ああ、今治療して貰いました。ありがとう」
新しい着物に着替えた雪光は痛みも失せたようで問題なく立ち上がる。 後半は十文字に向けて口にした。
「いえ」
十文字はヒル魔とまもりの二人にも怪我はないかと尋ね、大事無い事を確認して姿を消した。
「怪我はみんな浅かったし、十文字君が傷薬を提供してくれたので大事無かったですよ」
ただし打ち身やねんざ、骨折等には効かないので何人かは自宅療養です、と苦笑する。
「そうなの?! みんなのところ、看病に行かなきゃ・・・!」
「それは糞薬師の仕事だ。テメェは大人しくしてろ」
「んもう! だって私のせいだし・・・」
「いえいえ。みんな、あなたが無事で良かったと笑顔でした」
「え・・・」
「最後はヒル魔さん頼りでしたがね」
なんでそれを知ってるのだろうか、と思ったが、先に鈴音が戻ってきたはずだから、それで皆聞いたのだろう。
「はあ」
「みんな、あなたが大好きなんですよ」
その言葉に、まもりはかあっと頬を染める。
ヒル魔は面白くなさそうにそんなまもりを抱きかかえるとスタスタと歩き出した。
向かう先を察して、まもりは顔を別の意味で赤くする。
「え? え? ちょっと?!」
「お前は無防備すぎるっつってるだろ」
「だからなんでこうなるの!?」
騒ぐまもりに、雪光は笑顔で手を振ってごゆっくり、とあたたかく見送ったのだった。
***
まっぴ様リクエスト『(狐の嫁入りシリーズのまもりの)天に連れ戻されたお父さんは、拘束されている状態なんでしょうか』でした。その他の部分が滅茶苦茶長くて申し訳ありません! でも狐の嫁入りシリーズは久しぶりだったので楽しくて一気に書きました。
まっぴ様のみお持ち帰り可。
以下返信です。反転してお読み下さい。
すみません、実はこの話のまもパパは当初から死んだ事にしていたのです。花梨が来たときにその事実を知らせようと思っていたのでした。魔物の温床を生み出したということは大罪なのです。これは以前から書こうかな、でも重いし・・・長くなりそうだし・・・と躊躇っていて、今回リクエストでやっと背中を押して頂けたので良かったですw
リクエストありがとうございましたー!!
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同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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