旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
それは広大なアメリカの一角で起きた、よくある交通事故が発端だった。
まもりが交通事故に遭ったという知らせに、ヒル魔は彼女が収容された病院へと急行した。
その時にヒル魔が使用した移動手段はパトカーで、運転手は現役警察官たち。
誰に咎められることなくヒル魔は傍目には悠然とパトカーを降りて病院内に姿を消す。
その後パトカーはそそくさとその場を後にした。
ヒル魔が病室に現れると、担当医がカルテを手にやってきた。
見下ろすまもりはほとんど怪我もなく、ただ眠っているように見える。
簡単な挨拶の後、医者は口を開いた。
『奥様は頭を強く打っておられます。今は落ち着いていますが、搬入当初は脳波に乱れもありました』
『意識は』
『まだ戻ってません。他に軽い擦過傷と打撲がありますが、こちらは数日で治る程度のものです』
ヒル魔は舌打ちした。その禍々しい外見と威圧感に気圧されつつも、医者は続ける。
『今後様子を見てから治療方針を決めないといけません。奥様の目が覚めたらしかるべき診断をいたします』
『ああ』
『今は鎮静剤の作用もありますので、明日まで目覚めないでしょう』
ヒル魔はまもりの手を取った。
そしてその暖かさにほっと息をつき、次いで凶悪な顔つきとなって立ち上がる。
『また明日来る。何かあったら携帯に連絡を』
『判りました』
冷や汗を流しながら医者は了承する。
ヒル魔は足取りばかりは悠然と、けれど禍々しい空気を振りまきながら病室を後にした。
まもりの事故は、完全なる相手側の過失だった。
酒とドラッグに溺れた若者たちが運転していた車が、まもりの性質そのままに真っ当な運転をしていたところに勢いも殺さず突っ込んだのだ。
彼女も咄嗟に避けようとしたが間に合わなかった。あの程度で済んだのは僥倖といえよう。
相手側も相当の怪我を負っていると聞いていたが、それで怒りを収めるようなタマではないのだ、蛭魔妖一という男は。
彼はまるで全能の神のように加害者の前に現れ、そうして神の鉄槌の如く怒りを彼らにぶつけた。
神は神でも、悪神だったけれど。
それこそそれを目にしただけの者たちがしばらく食事も摂れないような陰惨な方法で。
命があるのが不思議だと思われる状態の彼らを見て、この仕打ちをした者はおそらく悪魔だろうと誰もが噂したという。
ヒル魔は、怒りを加害者たちにぶつけてほんの少しだけ鬱憤を晴らした翌日、再び病院へと足を運んだ。
『鎮静剤も既に切れておりますので、もうお目覚めになる頃なんですが』
困惑する医者に、ヒル魔は眉を寄せる。ここで感情のままに医者に詰め寄ってもまもりの目が覚めるわけではないのは重々承知している。
脳波にも異常はないし、ただ眠っているのと同じなのだと言われ、ヒル魔はついと医者を見た。
『家に連れ帰ってもいいか』
『え・・・』
『コイツは寝てるのと同じ状況なんだろう。目が覚めて異常があれば連れてくる』
ヒル魔の言葉に、医者は逡巡の素振りを見せた。いくら眠っているだけの状態だとはいえ、交通事故に遭った患者が意識を取り戻すのも見ずに退院させて良いものか。しかし目の前の男の雰囲気があまりに恐ろしいので、己の身の可愛さもあって医者は渋々頷いた。
『ただし! 奥様の目が覚めて異常があったらすぐ私の所に連れてきてください』
それだけは念押しする医者に、ヒル魔は頷く。
そうして点滴も様々な器具も取り外し、ヒル魔はまもりを抱えて帰宅した。
自宅として使っているアパートの寝室にまもりを下ろす。
寝かしつけてみると本当にただ眠っているだけのようだ。
今がオフシーズン中で本当に良かった、とヒル魔は嘆息する。
もしオンシーズンだった場合、ヒル魔は公私ともに頼るべき相方を失った状態で戦いに臨まなくてはならなかった。もちろんまだ不安はあるが、さすがにもうそろそろ目が覚めるだろう、と妙な確信があって、ヒル魔はコーヒーでも飲むべくキッチンへと向かう。きれい好きなまもりらしく、生活用品は判りやすく並んでいるので、ほとんどキッチンには足を踏み入れないヒル魔であっても迷う事はない。
いつもの癖で二人分のコーヒーを落としてしまい、そんな自分に思わず舌打ちをしようとして。
「・・・何!? ここ!?」
響いたまもりの声に、ヒル魔はびくりと肩を震わせた。声を上げなかった自分を褒めたい程に驚いた。
まもりが起きた事にヒル魔は心底安堵する。鼻歌さえ出そうな上機嫌で、ヒル魔は寝室の扉を開いた。
そこにはベッドの上で呆然と起きあがるまもりの姿があった。
「起きたか」
ヒル魔にそう声を掛けられ、まもりの目が一層見開かれる。
落ちそうだ、と考えると同時に、どれほどこの青い瞳を自分が見たがっていたか思い知る。
いつものように歩み寄って、腕を伸ばして。
その身体を抱き寄せようとして―――
まもりは凄い勢いでベッドの端まで後ずさった。
「あ、あ、・・・の?! ヒ、ヒル魔にお兄さんがいたの?!」
「・・・・・・・・・ア?」
ヒル魔は腕を伸ばした中途半端な格好のままたっぷり数秒間沈黙し、固まった。
「え、え?! それに、ここ、どこ?! なんで私、知らないところで寝てるの?!」
寝ぼけてるんじゃねぇか、何言ってやがる、と言葉が幾つも喉から出そうになって、けれど音にならない。
「・・・テメェは誰だ」
「あ、姉崎まもりです」
ヒル魔はくらりと目眩さえ覚えて、それでも質問を続ける。
「年は」
「十五です。今年で十六になります」
「・・・今は何年何月何日でここはどこだ」
「ええと・・・20××年6月28日で、雨太市、じゃないんですか?」
律儀に答える彼女に、ヒル魔は本格的に頭痛を覚えた。
頭を打った、とは医者に聞いている。けれど脳出血もなく、外傷も大したことはないとも聞いた。
だがこれは予想外だ。
とんでもなく大したことになってるじゃねぇか、とヒル魔は医者に銃弾を撃ち込みたい衝動に駆られる。
とどのつまり。
「・・・記憶喪失だな」
「え?! な、何が?!」
「言ってもよく判らねぇだろうが―――」
ヒル魔は立ち上がり、ベッドの隣にある窓に掛かるカーテンを一気に開いた。
そこに広がるのは広大な公園、明らかに日本とは違う建物の数々。
「ここはアメリカだ」
「・・・なんで!?」
「あと俺は蛭魔妖一の兄貴じゃねぇ」
「え!?」
「俺が蛭魔妖一本人だ」
「・・・はぁ!?」
驚き声を上げるまもりの腕を掴んで立ち上がらせる。怯えた気配を感じるが、それに構っていられなかった。
「見ろ」
「な・・・」
向かった先は洗面台。そこに映る自分の姿に、まもりは言葉を失った。
そこに映っているのは見慣れた姿の自分ではないはずだ。
「今年でテメェも俺も二十六になる。丁度十年分の記憶を失ってんだよ」
肩を越えるほどの長さの髪。
幼さが失せ、大人の円熟した女へと変貌している己に、まもりはへなへなとその場に崩れ落ちる。
「そんな・・・」
呆然と呟くまもりに、ヒル魔はかける言葉を探すが、どう言っていいものか判断が付かない。
「とりあえず病院に行くぞ」
この状況を解決するにはどうしたらいいかは全く判らないが、異常が認められたという事であの医者に相談するしか手がなさそうだ。
だが、まもりは勢いよく首を振った。
「嫌!!」
「ア?!」
「貴方がヒル魔だとして! なんで私は貴方といるの!? なんで私はここに、アメリカにいるの!?」
信じない、絶対信じない、何かの悪い冗談でしょう、と譫言のように呟くまもりに、ヒル魔は深々と嘆息した。
「テメェは昨日交通事故に遭って、頭を打った。だから記憶を・・・」
「そういうことじゃなくて!! どうして私が貴方といるのか聞いてるの!!」
ヒステリックに叫ぶまもりに、ヒル魔はこめかみを押さえた。
医者に睡眠薬でも貰っておけばよかった。一服盛って黙らせれば楽だった。
後悔先に立たず。この十年間の事を逐一説明して、納得するかどうか。
大体一番俺の印象が悪いときじゃねぇか、とヒル魔は内心零す。
全く互いを知らない頃か、もう少し後ならもっと話は簡単だったはずだ。
じっとりとこちらを睨むまもりにちらりと視線を投げる。
「・・・床、冷てぇだろ。立ってそっち行け」
「え」
「テーブルについてろ。説明してやる」
とりあえずコーヒーを淹れていたのだから、それでも飲ませよう。
なるようになるしかないか、と諦念を覚えるヒル魔だった。
「テメェの記憶からすると、俺のことは風紀を乱す悪魔程度の認識しかねぇ頃だな」
「・・・そうだけど」
コーヒーを片手に向かい合う位置で、二人は顔を合わせていた。
「本当にヒル魔・・・くんなの?」
「生憎と俺には兄貴も弟もいたことはねぇ」
自分の姿を見て尚まだ訝しげなまもりにヒル魔はとことん付き合うつもりでいる。
元よりまもりは思いこむと融通が利かない女である。それは都合がよいときもあれば、面倒なときもあった。
「テメェが入学して一年後、幼なじみの小早川瀬那も同じ泥門高校に入学した」
「え?! セナ、受かったの?!」
「定員割れで楽勝だったな」
「あら、そうだったの」
「で、その後糞チビはアメフト部に入った」
「ちょっと!? ふぁ・・・チビって、セナのこと?! セナにアメフトなんて危険な事させたの?!」
「糞チビはパシらされてて足が速かったんだよ」
「そ・・・うなんだ・・・」
「そこで糞チビを守ろうとテメェもマネージャーになった」
「は?! 私が?!」
「そこから部員が増えて、最終的には秋大会で全国制覇した」
「すっごい間がはしょられてるけど・・・そうなんだ、すごい!!」
目をきらきらさせて笑うまもりにヒル魔は微妙な顔になる。
確かにここまでだったらまあ部活の思い出話とも言えなくない。
全く害のない話だ。ここで誤魔化してしまおうと口を開くよりも前に、まもりがヒル魔を見る。
「で、どうして私がアメリカにいるの」
「・・・どうしても聞くのか?」
やっぱり真実は黙っていようか、という気持ちが出てきて、ヒル魔はごくごく珍しい、躊躇いを見せた。
けれどまもりはしっかりとヒル魔を見つめる。
「聞きたい。なんで十年後にはここにいるのか」
「一つ約束しろ」
「何?」
「何を聞いてもテメェは自分を傷つけるような事だけはするんじゃねぇぞ」
「・・・・・・な、なに、それ・・・」
「それが守れないなら言わねぇ」
途端に口をつぐんだヒル魔に、まもりはむー、と唸る。
一体何で、と思いかけて、ふと口元になれない感触。左手の薬指に指輪がある。
ゆびわ。
目を見開いて向かいのヒル魔の左手薬指を見れば、そこにも指輪。
同じようなデザインの。
これってまさか。
まさか。
まもりの顔が再び驚愕に染まるのを、ヒル魔は苦々しい顔で見つめた。まもりが気づいていないならこっそり彼女の分は後で外しておこうと思っていたのだけれど、その隙が無くてそのままにしておいたのが仇となったか。それでも一応念を押す。
「舌噛んだり飛び降りたり首攣ったりするんじゃねぇぞ」
「・・・そ、んな・・・ことって・・・」
「テメェは否定したいだろうが、事実だ」
開き直ったかのようにヒル魔はあっさりと言った。
「テメェの今の名前は蛭魔まもり。俺の妻だ」
まもりは派手な音を立てて椅子から落っこちた。けれどヒル魔はそれに構わず続ける。
「テメェは高校三年の時に進路変更して、スポーツドクターの道を選んだ。大学を出て日本で就職、その後俺を追って渡米、直後に俺と結婚した」
「まっ・・・待って!?」
再び床にへたり込んだまもりは、椅子に縋りつきながら身体を起こす。
ヒル魔はほおづえをついてそんなまもりを見守っていた。
「現在はNFL―――アメリカンフットボールのプロリーグで選手である俺のサポートを公私ともにしている」
まもりは椅子に突っ伏した。混乱なんて生やさしいもんじゃない。一体何があったの、十年後の自分。
「子供がまだいないのが幸いというかなんというか」
ため息まじりのその声に、まもりは今度こそ床に倒れる。
結婚までしてるならそうなんだろうけど! でも!!
なんでよりによってこの人となの、と内心で叫びながらまもりは意識を手放した。
まもりが記憶を取り戻すまでに要した時間は一週間ほどだった。
そしてそれ以来、まもりはどんな事があっても、ヒル魔にハンドルを握らせて貰えなくなったという。
***
桃花様リクエスト『まもりが記憶喪失になる』でした。二人が結婚している設定で、とのことでしたので、青い軌跡の二人を出してみました。この二人にしよう、と決めて書き始めたら楽しくて、手を止めるのに苦労しました(苦笑)
これからもサイト運営頑張ります♪ リクエストありがとうございましたー!!
桃花様のみお持ち帰り可。
まもりが交通事故に遭ったという知らせに、ヒル魔は彼女が収容された病院へと急行した。
その時にヒル魔が使用した移動手段はパトカーで、運転手は現役警察官たち。
誰に咎められることなくヒル魔は傍目には悠然とパトカーを降りて病院内に姿を消す。
その後パトカーはそそくさとその場を後にした。
ヒル魔が病室に現れると、担当医がカルテを手にやってきた。
見下ろすまもりはほとんど怪我もなく、ただ眠っているように見える。
簡単な挨拶の後、医者は口を開いた。
『奥様は頭を強く打っておられます。今は落ち着いていますが、搬入当初は脳波に乱れもありました』
『意識は』
『まだ戻ってません。他に軽い擦過傷と打撲がありますが、こちらは数日で治る程度のものです』
ヒル魔は舌打ちした。その禍々しい外見と威圧感に気圧されつつも、医者は続ける。
『今後様子を見てから治療方針を決めないといけません。奥様の目が覚めたらしかるべき診断をいたします』
『ああ』
『今は鎮静剤の作用もありますので、明日まで目覚めないでしょう』
ヒル魔はまもりの手を取った。
そしてその暖かさにほっと息をつき、次いで凶悪な顔つきとなって立ち上がる。
『また明日来る。何かあったら携帯に連絡を』
『判りました』
冷や汗を流しながら医者は了承する。
ヒル魔は足取りばかりは悠然と、けれど禍々しい空気を振りまきながら病室を後にした。
まもりの事故は、完全なる相手側の過失だった。
酒とドラッグに溺れた若者たちが運転していた車が、まもりの性質そのままに真っ当な運転をしていたところに勢いも殺さず突っ込んだのだ。
彼女も咄嗟に避けようとしたが間に合わなかった。あの程度で済んだのは僥倖といえよう。
相手側も相当の怪我を負っていると聞いていたが、それで怒りを収めるようなタマではないのだ、蛭魔妖一という男は。
彼はまるで全能の神のように加害者の前に現れ、そうして神の鉄槌の如く怒りを彼らにぶつけた。
神は神でも、悪神だったけれど。
それこそそれを目にしただけの者たちがしばらく食事も摂れないような陰惨な方法で。
命があるのが不思議だと思われる状態の彼らを見て、この仕打ちをした者はおそらく悪魔だろうと誰もが噂したという。
ヒル魔は、怒りを加害者たちにぶつけてほんの少しだけ鬱憤を晴らした翌日、再び病院へと足を運んだ。
『鎮静剤も既に切れておりますので、もうお目覚めになる頃なんですが』
困惑する医者に、ヒル魔は眉を寄せる。ここで感情のままに医者に詰め寄ってもまもりの目が覚めるわけではないのは重々承知している。
脳波にも異常はないし、ただ眠っているのと同じなのだと言われ、ヒル魔はついと医者を見た。
『家に連れ帰ってもいいか』
『え・・・』
『コイツは寝てるのと同じ状況なんだろう。目が覚めて異常があれば連れてくる』
ヒル魔の言葉に、医者は逡巡の素振りを見せた。いくら眠っているだけの状態だとはいえ、交通事故に遭った患者が意識を取り戻すのも見ずに退院させて良いものか。しかし目の前の男の雰囲気があまりに恐ろしいので、己の身の可愛さもあって医者は渋々頷いた。
『ただし! 奥様の目が覚めて異常があったらすぐ私の所に連れてきてください』
それだけは念押しする医者に、ヒル魔は頷く。
そうして点滴も様々な器具も取り外し、ヒル魔はまもりを抱えて帰宅した。
自宅として使っているアパートの寝室にまもりを下ろす。
寝かしつけてみると本当にただ眠っているだけのようだ。
今がオフシーズン中で本当に良かった、とヒル魔は嘆息する。
もしオンシーズンだった場合、ヒル魔は公私ともに頼るべき相方を失った状態で戦いに臨まなくてはならなかった。もちろんまだ不安はあるが、さすがにもうそろそろ目が覚めるだろう、と妙な確信があって、ヒル魔はコーヒーでも飲むべくキッチンへと向かう。きれい好きなまもりらしく、生活用品は判りやすく並んでいるので、ほとんどキッチンには足を踏み入れないヒル魔であっても迷う事はない。
いつもの癖で二人分のコーヒーを落としてしまい、そんな自分に思わず舌打ちをしようとして。
「・・・何!? ここ!?」
響いたまもりの声に、ヒル魔はびくりと肩を震わせた。声を上げなかった自分を褒めたい程に驚いた。
まもりが起きた事にヒル魔は心底安堵する。鼻歌さえ出そうな上機嫌で、ヒル魔は寝室の扉を開いた。
そこにはベッドの上で呆然と起きあがるまもりの姿があった。
「起きたか」
ヒル魔にそう声を掛けられ、まもりの目が一層見開かれる。
落ちそうだ、と考えると同時に、どれほどこの青い瞳を自分が見たがっていたか思い知る。
いつものように歩み寄って、腕を伸ばして。
その身体を抱き寄せようとして―――
まもりは凄い勢いでベッドの端まで後ずさった。
「あ、あ、・・・の?! ヒ、ヒル魔にお兄さんがいたの?!」
「・・・・・・・・・ア?」
ヒル魔は腕を伸ばした中途半端な格好のままたっぷり数秒間沈黙し、固まった。
「え、え?! それに、ここ、どこ?! なんで私、知らないところで寝てるの?!」
寝ぼけてるんじゃねぇか、何言ってやがる、と言葉が幾つも喉から出そうになって、けれど音にならない。
「・・・テメェは誰だ」
「あ、姉崎まもりです」
ヒル魔はくらりと目眩さえ覚えて、それでも質問を続ける。
「年は」
「十五です。今年で十六になります」
「・・・今は何年何月何日でここはどこだ」
「ええと・・・20××年6月28日で、雨太市、じゃないんですか?」
律儀に答える彼女に、ヒル魔は本格的に頭痛を覚えた。
頭を打った、とは医者に聞いている。けれど脳出血もなく、外傷も大したことはないとも聞いた。
だがこれは予想外だ。
とんでもなく大したことになってるじゃねぇか、とヒル魔は医者に銃弾を撃ち込みたい衝動に駆られる。
とどのつまり。
「・・・記憶喪失だな」
「え?! な、何が?!」
「言ってもよく判らねぇだろうが―――」
ヒル魔は立ち上がり、ベッドの隣にある窓に掛かるカーテンを一気に開いた。
そこに広がるのは広大な公園、明らかに日本とは違う建物の数々。
「ここはアメリカだ」
「・・・なんで!?」
「あと俺は蛭魔妖一の兄貴じゃねぇ」
「え!?」
「俺が蛭魔妖一本人だ」
「・・・はぁ!?」
驚き声を上げるまもりの腕を掴んで立ち上がらせる。怯えた気配を感じるが、それに構っていられなかった。
「見ろ」
「な・・・」
向かった先は洗面台。そこに映る自分の姿に、まもりは言葉を失った。
そこに映っているのは見慣れた姿の自分ではないはずだ。
「今年でテメェも俺も二十六になる。丁度十年分の記憶を失ってんだよ」
肩を越えるほどの長さの髪。
幼さが失せ、大人の円熟した女へと変貌している己に、まもりはへなへなとその場に崩れ落ちる。
「そんな・・・」
呆然と呟くまもりに、ヒル魔はかける言葉を探すが、どう言っていいものか判断が付かない。
「とりあえず病院に行くぞ」
この状況を解決するにはどうしたらいいかは全く判らないが、異常が認められたという事であの医者に相談するしか手がなさそうだ。
だが、まもりは勢いよく首を振った。
「嫌!!」
「ア?!」
「貴方がヒル魔だとして! なんで私は貴方といるの!? なんで私はここに、アメリカにいるの!?」
信じない、絶対信じない、何かの悪い冗談でしょう、と譫言のように呟くまもりに、ヒル魔は深々と嘆息した。
「テメェは昨日交通事故に遭って、頭を打った。だから記憶を・・・」
「そういうことじゃなくて!! どうして私が貴方といるのか聞いてるの!!」
ヒステリックに叫ぶまもりに、ヒル魔はこめかみを押さえた。
医者に睡眠薬でも貰っておけばよかった。一服盛って黙らせれば楽だった。
後悔先に立たず。この十年間の事を逐一説明して、納得するかどうか。
大体一番俺の印象が悪いときじゃねぇか、とヒル魔は内心零す。
全く互いを知らない頃か、もう少し後ならもっと話は簡単だったはずだ。
じっとりとこちらを睨むまもりにちらりと視線を投げる。
「・・・床、冷てぇだろ。立ってそっち行け」
「え」
「テーブルについてろ。説明してやる」
とりあえずコーヒーを淹れていたのだから、それでも飲ませよう。
なるようになるしかないか、と諦念を覚えるヒル魔だった。
「テメェの記憶からすると、俺のことは風紀を乱す悪魔程度の認識しかねぇ頃だな」
「・・・そうだけど」
コーヒーを片手に向かい合う位置で、二人は顔を合わせていた。
「本当にヒル魔・・・くんなの?」
「生憎と俺には兄貴も弟もいたことはねぇ」
自分の姿を見て尚まだ訝しげなまもりにヒル魔はとことん付き合うつもりでいる。
元よりまもりは思いこむと融通が利かない女である。それは都合がよいときもあれば、面倒なときもあった。
「テメェが入学して一年後、幼なじみの小早川瀬那も同じ泥門高校に入学した」
「え?! セナ、受かったの?!」
「定員割れで楽勝だったな」
「あら、そうだったの」
「で、その後糞チビはアメフト部に入った」
「ちょっと!? ふぁ・・・チビって、セナのこと?! セナにアメフトなんて危険な事させたの?!」
「糞チビはパシらされてて足が速かったんだよ」
「そ・・・うなんだ・・・」
「そこで糞チビを守ろうとテメェもマネージャーになった」
「は?! 私が?!」
「そこから部員が増えて、最終的には秋大会で全国制覇した」
「すっごい間がはしょられてるけど・・・そうなんだ、すごい!!」
目をきらきらさせて笑うまもりにヒル魔は微妙な顔になる。
確かにここまでだったらまあ部活の思い出話とも言えなくない。
全く害のない話だ。ここで誤魔化してしまおうと口を開くよりも前に、まもりがヒル魔を見る。
「で、どうして私がアメリカにいるの」
「・・・どうしても聞くのか?」
やっぱり真実は黙っていようか、という気持ちが出てきて、ヒル魔はごくごく珍しい、躊躇いを見せた。
けれどまもりはしっかりとヒル魔を見つめる。
「聞きたい。なんで十年後にはここにいるのか」
「一つ約束しろ」
「何?」
「何を聞いてもテメェは自分を傷つけるような事だけはするんじゃねぇぞ」
「・・・・・・な、なに、それ・・・」
「それが守れないなら言わねぇ」
途端に口をつぐんだヒル魔に、まもりはむー、と唸る。
一体何で、と思いかけて、ふと口元になれない感触。左手の薬指に指輪がある。
ゆびわ。
目を見開いて向かいのヒル魔の左手薬指を見れば、そこにも指輪。
同じようなデザインの。
これってまさか。
まさか。
まもりの顔が再び驚愕に染まるのを、ヒル魔は苦々しい顔で見つめた。まもりが気づいていないならこっそり彼女の分は後で外しておこうと思っていたのだけれど、その隙が無くてそのままにしておいたのが仇となったか。それでも一応念を押す。
「舌噛んだり飛び降りたり首攣ったりするんじゃねぇぞ」
「・・・そ、んな・・・ことって・・・」
「テメェは否定したいだろうが、事実だ」
開き直ったかのようにヒル魔はあっさりと言った。
「テメェの今の名前は蛭魔まもり。俺の妻だ」
まもりは派手な音を立てて椅子から落っこちた。けれどヒル魔はそれに構わず続ける。
「テメェは高校三年の時に進路変更して、スポーツドクターの道を選んだ。大学を出て日本で就職、その後俺を追って渡米、直後に俺と結婚した」
「まっ・・・待って!?」
再び床にへたり込んだまもりは、椅子に縋りつきながら身体を起こす。
ヒル魔はほおづえをついてそんなまもりを見守っていた。
「現在はNFL―――アメリカンフットボールのプロリーグで選手である俺のサポートを公私ともにしている」
まもりは椅子に突っ伏した。混乱なんて生やさしいもんじゃない。一体何があったの、十年後の自分。
「子供がまだいないのが幸いというかなんというか」
ため息まじりのその声に、まもりは今度こそ床に倒れる。
結婚までしてるならそうなんだろうけど! でも!!
なんでよりによってこの人となの、と内心で叫びながらまもりは意識を手放した。
まもりが記憶を取り戻すまでに要した時間は一週間ほどだった。
そしてそれ以来、まもりはどんな事があっても、ヒル魔にハンドルを握らせて貰えなくなったという。
***
桃花様リクエスト『まもりが記憶喪失になる』でした。二人が結婚している設定で、とのことでしたので、青い軌跡の二人を出してみました。この二人にしよう、と決めて書き始めたら楽しくて、手を止めるのに苦労しました(苦笑)
これからもサイト運営頑張ります♪ リクエストありがとうございましたー!!
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旅行と読書
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同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
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