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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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安息をあなたに(下)

(アイシークエスト風ヒルまも)

※30000HITキリリク御礼作品

+ + + + + + + + + +
崩れ続ける城内で、ヒル魔は脇腹を押さえていた。
治癒魔法を唱える精神力はとっくに潰えている。
最後まで苦戦させられて負った傷は深く、走って逃げ出そうにもきっと途中で動けなくなっただろう。
移動魔法陣を使わなければどうにか回復までこなして自力で脱出も出来ただろうが、疲労困憊な上に満身創痍な状態ではいかに敵がいなくても逃げ出すのは困難だっただろう。
そもそも生き延びるつもりがなかったヒル魔は、あの三人に巻き添えを食らわせないように事前にその分だけ精神力を保っていたのだった。

生まれながらに見た事もない魔王の封印を守るためと、様々な修行を強要された。
ヒル魔はそれをこなせるだけの能力も精神力もあったし、それはそれで楽しいと思えた。
そして学ぶうちに同年代の神官たちとも親交を深めた。その一人がマルコだった。
彼には心に決めた一人の女性神官がいた。
マリアという名で、マルコと仲睦まじい様はヒル魔も知っていた。
しかし。
優秀な神官である彼女をマルコから引き離し、王子であるヒル魔と結婚させよという意見が上層部から出た。
天の一族の血を絶やす事は魔王が封印されている現在、絶対に許されない。
そしてヒル魔と契るのであればより能力が高い女の方がいいだろうという見方からだった。
よりにもよってそれを王が承認してしまった。
ヒル魔も望まぬ結婚などしたくない、とマルコと共に抵抗したが、多勢に無勢。
マリアは強引にマルコから引き離され、ヒル魔の花嫁と位置づけられてしまった。
当人たちの意志を無視して狂い始めた歯車は、軋んでバラバラに崩れ去ってしまう。
天の一族の血を絶やしてはならないという義務感に囚われる一方、愛しい者とのあまりに強引な別れにマリアの心は千々に乱れ。
自らの無力さに苛まれたマルコは魔王の力を得てマリアを奪い返そうと画策し。
ヒル魔は騒動の種になるのを厭って城を出奔し。
そうして。
魔王を復活させ、力を得てマリアを奪い去ったマルコは、王を殺し刺客を殺し、残虐の限りを尽くした。
傍らにいるマリアが日に日に打ちひしがれていくのにも気が付かない程に。
異常に気が付いて城に戻ったヒル魔が見たものは、荒れ果てた城内。
そこに残されていたマリアの置き手紙を頼りにたどり着いた先に二人はいた。
そこは古い砦の跡だった。
ヒル魔の登場に、マルコは変わり果てた顔で笑った。
かつて穏やかだったその面には冷たい笑みが張り付いており。
傍らに抱くマリアは疲れ果てたように寄り添うだけで。
ヒル魔の登場はマルコにとって渡りに船だった。彼女を奪おうとする一族の生き残りは彼一人。
彼さえ殺してしまえば、もうマリアとの仲を邪魔する者はいない、と。
ヒル魔は魔王復活を成したこの男を倒さなければならなくなった、と理解し、剣を召喚する。

二人は戦った。
魔王の力を得たマルコはヒル魔の力を遙かに凌駕し、あっという間にヒル魔は窮地に立たされた。
そして振りかぶったマルコの剣は、袈裟懸けにヒル魔を切り裂く予定だった。
だが。
「・・・マリア?!」
彼らの間にその身を投じて、マリアはマルコに一刀の元切り伏せられて地に落ちる。
「糞ッ、何やって・・・!」
ヒル魔が回復魔法をかけようと手を出したが、それはマリアの手で止められる。
どちらにせよもう間に合わない。
鋭い切り口は例えどんな上級の回復魔法を使える者でも塞ぐ事は出来ない程深かったから。
マルコは呆然とマリアを切った剣を握りしめて立ちつくしている。
「・・・いいんです。私が―――彼をこんな風にしてしまった・・・罰・・・」
マリアは気丈にも微笑んでさえ見せた。その瞳には涙が浮かぶ。
「私が・・・彼といたかったんです・・・誰よりも先に彼を・・・止めるべき・・・だったのに」
せいせいと浅い呼吸を繰り返すマリアの傍らで、マルコががくりと膝を突く。
彼に手を伸ばし、マリアはゆるく瞬いた。
「・・・マルコ・・・」
「マリア」
その手を取る姿は、かつて仲睦まじかったときの二人そのままで。
「・・・ごめんなさい・・・」
一言、そう謝って。
マリアはその呼吸を止めた。
ずるりと力が抜けた手を、マルコは目を見開いて握りしめて。
そうして。
「あ・・・あ・・・――――――」
「オイ、どこに行く?!」
「アアアアアアアアアアアアッ!!!」
激しく叫び、彼は外へ飛び出す。後を追ったヒル魔の目の前で、深い闇がマルコの身体を飲み込んだ。
魔王だ。
彼に利用された魔王が、今度は彼を利用するために呼び戻したのだ。
追う事も出来なかったヒル魔は砦に戻り、まだ温もりさえ感じられるマリアを丁重に埋葬する。
そうして彼は旅を始めた。
魔王を倒すために。魔王を復活させたかつての級友を倒すために。
―――彼をマリアの元に送ってやるために。

これは、使命という名を借りた、贖罪だ。


ヒル魔は崩れ続ける城をぼんやりと眺めた。
天の一族だ王子だともてはやされていたけれど、結局自分の手には何一つ残らなかった。
けれど生まれた以上成さなければならない事は全て終えた。そう思えたから、よしとする。
ただ。
『好きなの、好きなのよ、ヒル魔くんの事が!!』
そう叫んだまもりの顔が頭から離れない。
彼女は泣いていた。どれほどに怪我を負おうと、苦しかろうと一度も泣き顔を見せなかった女だったのに。
変な女だった。
姫君という生まれのせいか、世間知らずで天然ボケで真っ直ぐで融通が利かない、美しい女。
城を失ってから、ずっと一人で戦っていた。肉体を精神を鍛え、魔王らを倒す事だけがヒル魔の存在意義になっていた。
そんな、どこか虚ろなヒル魔をそれでも好きと言った女。
贖罪を負ったあの日から、自分が誰かから好きになられる日が来るなんて思っても見なかった。
眸を閉じる。
振動が一層大きくなった。天井から崩れ落ちる、当たれば即死の破片が床へと轟音を立てて墜ちている。
普通の人間なら恐慌状態に陥るだろうに、ヒル魔は静かにその時を待っていた。
こんな穏やかな気持ちで死ねるなんて、思ってなかった。
ヒル魔の唇が弧を描く。
一際大きな破片が、とうとうヒル魔の頭上へ墜ちてきた。

そして全てが押しつぶされる。




崩れ去った城の上を、まもりは歩いていた。
心配するモン太やセナ、鈴音さえも近寄らせず、まもりはひたすらにヒル魔がいた広間があった場所へと進む。
がれきばかりでまもりの足にはきつい場所もいくつもあったが、まもりは歯を食いしばって乗り越えた。
ヒル魔はもう、生きていないだろう。
あれほどの衝撃、崩れた城のこの惨状にまもりは何度も自分に言い聞かせる。
もしヒル魔を見つけてもよくて死体、悪ければ肉片という状態だろうと。
それでも一目彼を見ない事には納得できなかった。
忘れろ、なんて言葉でまもりの言葉を無かった事になんてして欲しくなかった。
死体でもなんでもここから引きずり出して、一緒に帰る。
そうまもりは心に決めてここを移動している。
押しつぶされそうな胸の痛みは、目的を抱える事でどうにか誤魔化して。
がれきの山をまた一つ越える。
と。
ぼんやりと光る人影があった。
「・・・?」
それはまもりが見た事のない女性だった。
神官のような服を纏っているのは見えるのだが、どうも細部が判然としない。
彼女はこちらを見て、笑ったようだった。手招きをしてまもりを呼び寄せる。
ガラガラと崩れるがれきを苦労して避けながら、まもりはどうにかその場所近くまでたどり着いたが、そこに人影はない。
「あれ?」
そもそもこの崩れた城跡など、普通は怖がって誰も近寄らない。
ましてや女で近寄るのはまもりくらいだろう、とデビルバット軍の面々にも言われたばかりだった。
では先ほどの女性はなんなのか。
まもりは首を傾げつつ、女性が立っていた場所に近づいた。
「え・・・」
そこには信じられない光景が広がっていた。
あれほど激しく倒壊した城の広間。その床がそのまま残っている。
周囲に積み上がったがれきの山の中で、そこだけが何かに守られたかのような。
そしてそこにうずくまっている黒い人影。
もそりと頭が動く。
金色の。
「・・・ッ」
まもりは駆けだした。がれきに足がどれほど傷つこうと、もう関係ない。
息せき切って、必死に。
ぼんやりと顔を上げ、それから周囲の惨状に気が付いて呆然とする彼の元へ。
生きていた、ヒル魔の元へ。
「ヒル魔くん・・・ッ!!」
「ぅわっ!」
まもりに遠慮無く全身でぶつかられ、ヒル魔は短く声を上げてその場に倒れた。
「馬鹿でしょ?! ヒル魔くんてば!」
「糞ッ!? いきなりなに暴言吐きやがる!!」
「馬鹿は馬鹿よ!! 何よ一人で格好つけて! 私たちが・・・私が、どんな思いで・・・!!」
感情の高ぶるままに叫び、涙を浮かべるまもりに、ヒル魔はばつが悪そうに起きあがってその頭を撫でる。
「アー・・・無事だったか」
その指先に、言葉の裏に、良かったと思っているのだと透けて見えて、まもりの涙腺はとうとう決壊した。
ぼろぼろと涙を零すまもりに、ヒル魔はかなり渋い顔をしてからその身体を抱き寄せる。
あたたかい。心音が聞こえる。夢じゃない。
まもりはしばしその腕の中で安堵と歓喜の涙を零し続けた。

やがて落ち着いて顔を上げると、ヒル魔が苦笑して額にキスを落とした。
まるで頑是無い子供を宥めるような優しい仕草に、まもりは少々照れる。
「・・・あの、さっき女の人が見えたんだけど・・・」
照れ隠しに先ほど見た光景を口にしたが、ヒル魔は答えず立ち上がる。
少々よろけたが、大きな怪我がないように見えた。
だが、ヒル魔のことだから怪我があっても言わないだろう、とはまもりとて判っている。
「ヒル魔くん、怪我、ない?」
「治った」
「嘘おっしゃい!!」
思わずがばっとヒル魔の上着を捲り上げてしまう。
しかしそこには傷一つ無く、滑らかな腹があるばかり。
「なにしやがる、この糞痴女」
にやりと笑って言われ、まもりは慌てて裾を元に戻したが顔は赤くなるのを押さえきれない。
「なっ・・・こ、これは心配、したのに!」
「逆切れか。世界平和の立役者とは思えねぇ低脳さ加減だナァ」
「もー!!」
怒るまもりに、ヒル魔はにやにやと笑うだけだ。
「ところでヒル魔くん、これからどうするの?」
「ア?」
「お城、もうないじゃない」
私の所に来て、という台詞を言おうかどうか、逡巡するまもりを余所にヒル魔はゆっくりと歩き出す。
「ど、どこに行くの?!」
「ア? テメェ命の恩人を歓待もせず追い出す気か?」
その言葉に、まもりはみるみるうちに笑みを浮かべた。
彼はまもりと共にあの何事もほどほどで地味な国、イシマール王国へ来てくれるのだ。
「熱烈な歓待を期待していいわよ!」
デビルバット軍は、ヒル魔が死んだと聞かされてかなり意気消沈していた。
彼らがヒル魔の生還を知れば、それはそれは盛大な宴を催すだろう。
おめでたい事だから、あの人がいいばかりの国王だってきっと喜んでくれるはず。
上機嫌で隣に並ぶまもりに、ヒル魔はにやりと笑ってその肩を抱き寄せる。
耳元に唇が寄せられ、あまりの近さにまもりの声がうわずった。
「なっ、何っ?!」
「―――聞きたくないのか?」
それが何についてなのか、このところ色々とはぐらかされ続けたまもりはどれについてか判らない。

マルコが呟いた言葉の意味か。
好きだと言った事の答えか。
あの人影の正体か。
大けがもなく生還した理由か。
ヒル魔の今後の事か。

まもりはじっと至近距離からヒル魔の眸を見つめる。
―――そのどれかであっても、また全てであっても、答えは決まっている。
「聞きたいわ。今までの事も、これからの事も」
まもりはもう、彼の手を放すつもりはない。
あの喪失の記憶を繰り返さないためにも、全てを受け入れようと決めた彼女の顔は、とても美しかった。
「ああ、教えてやる」
その瞳に誓うように微笑って見せて、ヒル魔はまもりの唇を柔らかく奪った。


<了>

***
30000HITされた尚様キリリク『「ダンジョン秘話」の続編で二人がくっつくまでをおねがいします』でした。
実はぼんやりとは考えてはいたものの、長くなりそうだから書く機会を逃していた話でした。
書けてよかったです! リクエストありがとうございましたー!!
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