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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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輝かしき標

(ヒルまも一家)
※『サイドジョブ希望』の後あたり
※リクエスト作品


+ + + + + + + + + +
まもりは、とある建物の屋上から街を眺めていた。
影となった建物を覆う、美しい夕焼け。その赤の割合を減らし、徐々に紺色の夜が満ちてくる。
街灯がぽつりぽつりと灯り始め、家にもそれぞれの生活の光が増えていく。
「・・・家族、か」
ぽつんと呟き、まもりは冷えてきた空気にふるりと肩を震わせた。


まもりが置き手紙一つを残し、姿を消した―――と家族の中で一番最初に帰宅した護から連絡を受け、ヒル魔は飛ぶように自宅へと舞い戻った。
護が差し出した手紙には、たった一言だけ簡潔に書かれていた。
『私って、家族なの?』
その手紙を握りつぶし、ヒル魔は盛大な舌打ちを零した。


「心配してる、かなあ」
まもりはコンクリートの壁に背を預け、星が瞬き始めた夜空を見上げる。
家出をするなんて、久しぶりだと思う。
思えば結婚当初にアメリカから日本に帰るという強行軍の家出をして以来、家を飛び出すということはなかった。
「まあ、ヒル魔くんのことだし、そんなことないわね」
誰に喋るのでもなく、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「ヒル魔くんは何でも出来るし、子供ももう大きいし、私一人いなくたって困らないもの」
自分で口にした事実に、胸が痛んだ。
かつて両親と過ごした時よりも、もうヒル魔と過ごした時の方が長くなった。
それだけ長い時を共にしているはずなのに、ヒル魔はまもりを頼ろうとはしない。
彼だって強く見せかけていたって人間だ。悩みも辛いことも色々とあるだろう。
けれど。
彼はまもりに相談事を持ちかけたり、悩みや愚痴を口にすることがなかった。
それを不満に思って口にしても、結局はうやむやにされてしまう。
その血を引いたせいか、子供達も秘密主義というか、どこかまもりに対して一線を引いているように感じるのだ。
思えば家族とはいえ、まもり以外はみな血が繋がっている。
あの家の中で、まもり一人だけが異質な存在のようで。
一度そう感じたら、寂しくてたまらなくなった。
結婚してかなり経つのに、今更そんなことを口にするのも憚られて、誰に言うわけでもなかったけれど。
不安は徐々に膨張を続けていて。
けれど、今日。
いつもの通り、掃除をして洗濯をして、食器を洗っていた時。
結婚指輪に触れた泡が弾けた瞬間、同じように膨らみ続けた不安も、弾けた。
こうやって家事をこなしていて、家族は感謝してくれているけれど。
ありがとうと言って、笑って労ってくれるけれど。
もしかしてそれは、まもりでなくても同じなのではないか、と。
仮にまもりが家政婦であっても、彼らは同じように接してくるだろう。
ただ家事をこなすだけの存在なら、他人であっても問題ないかもしれない。

もしかしてみんな、まもりを『家族』として必要としていないのではないか―――――――――。

そう思った瞬間、衝動的に家出してしまうなんて、子供のようだ。
いや、自分の子供達だって家出はしないのだから、子供以下だ。
膝を抱えて、組んだ指に違和感があって、左手を見る。
いつもそこに当たり前のようにあった金色。いつしか馴染んでしまったピアスも、一緒に置いてきた。
きっとそのどれかが盗聴器で発信器だとはまもりも薄々感づいていた。
家出をする以上身につけているわけにはいかなかったから、外したのだ。
「・・・そもそも、私一人いなくても困らないんだったら、・・・私のことなんて、探さないか・・・」
視線の先、遠く家々に灯る明かりは、幸福の象徴のようだ。
気づかなければ、その一つにまもりもいるはずだった。
でも、もう限界だったのだ。
「口うるさくなくて、案外ほっとしてたりして」
ますます自分を追い込むようなことを口にしてしまい、まもりはぎゅうっと膝を抱え込んで丸くなった。
家出をする意義は、探してくれる相手であって成立するもので。
相手が探してもくれないのなら、家出の意味がない。
考えれば考える程、思考は悪い方へと傾いていく。
ヒル魔にしても、まもり相手に相談しないのは、しても無駄だと思っているのかもしれない。
側にいてただ暖かい抱き枕程度にしか思われていないのかも。
暗い気持ちのまま、まもりは抱えた膝に額を押しつけ、瞳を閉じる。
「さびしい、なあ・・・」
ぽつんと言葉を零しても、返事がないのがなお一層さびしかった。



ぽたりと頬に落ちた雫に、意識が浮かび上がる。
手が、冷たい地面に触れているのに気づく。いつの間にか眠っていたらしい。
いつもの柔らかいベッドではない理由を思い出そうと、まだ大部分が眠ったままの頭で考えようとした。
「姉崎」
低い声がまもりの名を呼ぶ。
うっすらと開いたまもりの瞳に映ったのは、灰色の地。
そして身体を覆うようにこちらを覗き込む黒い影。
「・・・?」
視線がゆるゆると上がる。
そうして、視界に飛び込んできたのは、肩で息をし、汗を滴らせてこちらを伺うヒル魔の姿だった。
「・・・ヒル魔、くん・・・?」
なんで自分がこんなところにいるのかも忘れて、まもりは眠りに未だ滲む声で彼の名を呼ぶ。
「・・・っ」
瞬間、まもりはヒル魔に勢いよく引き寄せられ、きつく抱きしめられた。
「?!」
服の上からでも爪が食い込んで痛い。
「痛い! ヒル魔くん、痛い!」
汗の滲む首筋を目の前に、まもりは悲鳴を上げるが、ヒル魔は一言も発さず、ただまもりを抱いている。
力加減のされない抱擁は、必死にしがみつく子供のようだ。
「ヒル魔く・・・」
痛みに悲鳴を上げつつ、まもりは彼の指が、腕が、その身体全体が、ひどく震えていることに気づいた。
苦しいのだと声を抑えて囁いても、彼は首を振って抱きついたままだ。
「・・・探してくれたの?」
どうやってここを突き止めたかは判らないが、彼が方々を探し回ったのは彼の汗だくの様子からも明らかだ。
けれど、ずっとこのままでは全く会話が成り立たない。
しがみつく彼をどうにか宥めようと思うのだが、がっちりと抱きしめられていては身動きすらとれない。
「ねえ、放して。お願い」
困り果てたまもりはそう言ってみたが、やはり首を振って拒否されてしまい埒が明かない。
どうしようかと思っていたまもりは、背後から足音を潜めてやって来た人影に目を丸くした。
「!!」
不意に彼を襲った衝撃に、ヒル魔の腕がやっと外れる。
強ばった顔でヒル魔の後頭部に一撃喰らわせたのは妖介だった。
ずるりと崩れるヒル魔が頭を打たないように受け止めながらまもりに声を掛けた。
「大丈夫? 母さん」
「妖介・・・」
意識を失ったヒル魔を、彼はよいしょ、と言いながら肩に担ぎ上げる。
「お母さん」
共に来ていたアヤも側にやってくる。
「立てる? 平気?」
「ええ」
手を差し伸べられ、そこに手を伸ばしたまもりは眉を寄せた。
ヒル魔がしがみついていた腕が、痛い。
アヤが気づき、眉を寄せてそこを捲り上げると、色濃く痣になっている。
爪が食い込んだところには血まで滲んでいた。
痛いはずね、とまもりは嘆息する。
「・・・とにかく、家に帰ろう。護も心配してるよ」
妖介が担いだヒル魔にちらりと視線を向け、ひそりと二人に囁いた。


まもりがいた場所は、泥門高校の屋上だった。
灯台もと暗しという言葉通りだ。
目撃情報をつなぎ合わせてヒル魔がようやくまもりの元へたどり着いたのは、日付も変わろうかという時刻だった。
まもりが家に帰るなり、護が飛んできた。
「お帰りなさい、お母さん・・・!」
「・・・ただいま」
ぎゅう、と抱きつく護と先ほどのヒル魔がだぶって見えて、まもりは苦笑してその頭を撫でる。
妖介はヒル魔をベッドへと横たえた。彼はまだ目を覚ましていない。
「お母さん、腕」
アヤが救急箱を手にやって来て、ヒル魔が傷つけた腕を手当てした。
妖介は夜遅いことを考慮して軽食にとサンドイッチを作り、護がミルクティを運んでくる。
サンドイッチを黙々と食べるまもりを子供達はじいっと見ていた。
その視線に居心地の悪さを感じながら食事を終えたまもりの手を、護が引く。
「お母さん、こっち来て」
「何?」
リビングの真ん中には絨毯が敷かれている。普段、誰かしらがそこでくつろいでいる家族憩いの場所。
そこに座ったまもりに、アヤが持ってきた毛布が掛けられる。
「何・・・」
する、とその傍らに座り込む子供達。
「お母さんが帰ってきてくれて、本当によかった・・・」
右隣に座ったアヤが囁く声は、僅かに震えていた。
妖介はまもりと背中合わせに座って無言で鼻を啜り、護は左隣でヒル魔がしがみついて傷つけた腕を気遣いながらまもりの肩に頭を預ける。
まもりというぬくもりに縋りつくように。
「すっごく怖かった。このままお母さんが帰ってこなかったら、どうしようって」
言葉少なに、まもりをあたためるような子供達に、まもりは俯いた。
寂しくて心細かった屋上の寒さが癒えるようで、まもりはそのあたたかさに背を押されるようにして言葉を紡ぐ。
「ねえ、『お母さん』は、みんなにとって、まだ必要なの・・・?」
「「「当たり前でしょ!!」」」
間髪入れず三人いっぺんに突っ込まれ、まもりは小さくなった。
「お母さんが必要なくなることなんて、ない」
言い切ったアヤに、弟二人も頷く。
「母さんがいないだけで、火が消えたみたいだったよ」
低い妖介の声に、まもりは屋上から見た家々の明かりを思い出す。
幸せの象徴のようなその明かりは、まもりがいなくても当然のように灯されるのだと思っていたけれど。
どうやら、違ったようだった。
「・・・お父さんも、すっごく取り乱してた」
見上げてくる護の黒い瞳が、その時の光景を思い出したのか、うっすらと恐怖に滲む。
「あんなお父さん、もう見たくない」
「俺も」
「私も」
悄然と吐き出される力無い同意に、まもりはどれだけみんなに心配を掛けたのかをひしひしと感じ取る。
「何か言いたいことがあったら、今度からちゃんと言って」
「せっかく一緒に生活してるのに、教えて貰えないの、寂しいよ」
それはまさにまもりが悩み、一人考えていたことで。
「解決出来る事かどうかは判らなくても、話は聞けるから」
「だから、僕たちにもちゃんと、頼ってね」
「じゃあ、私にも頼ってくれる?」
それに子供達は目を見開く。妖介が慌てて首を振った。
「お母さんは一人で頑張りすぎるから、余計に心配させちゃいけないっていつも思ってるんだよ!」
「でも、それで悩ませてたのなら、ごめんなさい」
「すごく頼りにしてる。すっごく頼りにしてるよ、お母さん」
しゅんと俯く子供達を、まもりは思いっきり抱きしめる。
「・・・っ」
腕が届かないのがもどかしくて切ないけれど、子供達もそれぞれに腕を伸ばしてまもりに触れる。
確かなあたたかさに、まもりはようやくふわりと笑みを浮かべた。


子供達の不安そうな視線を受けつつ、まもりはヒル魔がまだ寝ている寝室に足を踏み入れる。
ヒル魔は扉からは反対方向を向いて、横たわっていた。
もういい加減意識は戻っただろう。まもりはどう声を掛けていいものか、躊躇う。
それを見透かしたような、明瞭な声が響く。
「寝るなら、さっさと来い」
低い声に、まもりは静かにベッドに近寄る。
ヒル魔はむくりと上半身を起こし、まもりの方へと向いた。
珍しく疲労が滲んだ顔を隠しもせずに、ヒル魔はまもりを見つめている。
ゆるりと腕が伸ばされるのに促され、まもりもベッドへと上がる。
その腕に彼女抱き込むと、ヒル魔はやっと安堵したかのように息をついた。
先ほどの強引な強さはなく、あたためるような優しい腕に、まもりも息をつく。
「心配した」
腕の中から見上げると、ヒル魔は子供達と同じように、悄然とした表情でぽつりと呟く。
「お前は俺の家族だ。・・・どこにも行くな」
命令口調なのに、どこか懇願するような響きを感じて、まもりは彼の首に腕を回す。
「ヒル魔くんは、私に何も言わないから、不安になったの」
大事にされている自覚はあったけれど、腫れ物に触るような扱いともとれる状態だったから。
「相談するには、私ってそんなに頼りない?」
「そうじゃねぇ」
「じゃあ、相談しても意味がないって思ってる?」
どこか不安を滲ませるまもりに、ヒル魔は嘆息するとその額にキスを落とす。
宥めるような、優しさで。
「俺は愚痴零すヒマがあったら目的のために突き進む。欲しいモンはどう足掻いたって獲る」
「そうね」
彼が冷徹な外見とは裏腹の、情熱を持っていることは百も承知である。
「だから俺は、テメェに何も言わなくても判ってるだろうと思ってた」
ヒル魔が寄せる、まもりへの全幅の信頼。彼女が笑っていてくれるなら、どんな苦境も乗り越えられる。
だからいつも傍らにいて、帰ってきたら暖かく迎え入れて、憂いもなく幸せに笑っていて欲しい。
それこそが彼の望みであり、彼の甘えだった。
口に出さなくても平気だと思っていたけれど、読みは甘かったようだ。
「家出されるとは思ってなかった」
苦々しい声に、まもりは小さくごめんね、と囁いた。
「ヒル魔くんは、私がいないと困ることって、あるの?」
「おう」
躊躇うことなく頷く彼の頭を撫でる。
妖介が一撃を食らわせた後頭部にも指を滑らせるが、コブもないし痛がる様子がないので大丈夫だろう。
「じゃあ、具体的に何に困るか、教えて?」
それにヒル魔はぴんと片眉を上げた。
「家事以外で私が何のために側に必要なのか、知りたいの」
強請る声に、ヒル魔はしばしの沈黙の後、口を開いた。


翌朝には、まもりが見つかるまで呼吸さえ危うくなるような威圧感を周囲に振りまいていたヒル魔も、すっかり元通りになった。
やはりこの家には、まもりはなくてはならない存在なのだ。
ヒル魔の甘えは依存とも取れ、彼女の唐突な喪失には多大な被害をもたらすことは想像に難くない。
そしていつかその日が来るのは間違いない。
明日かも知れない。ずっとずっと先かも知れない。
まもりよりも先にヒル魔が息を引き取るかも知れない。
全てはまだ、見通しの立たない闇の中。
それは見つめてしまえば抜け出せない、底なしの恐怖を感じさせる。
けれど。
その恐怖を癒せるのも結局はまもりの存在で。
いつか、という不確定な未来を憂うのを、まったくくだらないことだと思わせてくれる明るい顔。
誰よりも絶対的な安心を与えてくれる存在は奇跡のよう。
真っ直ぐに背を伸ばし、揺らぐことなく美しく存在するまもりは、家族が歩んでいく道を示す輝かしき標だ。
いつか自分たちも、そんな風に誰かの標になりたい。
そんな風に、心密かに思いを巡らせ。

子供達は笑みを浮かべ、日常という幸福に心から感謝したのだった。


***
星★様リクエスト『ヒルまも一家でまもりが自分一人疎外されてショックを受けるのを他の家族が反省する話』と、砂月様リクエスト『ヒル魔の妻ということ以外で高校生以上のアヤ・妖介がまもりを尊敬する話』でした。
どっちも難しかったです! ヒルまも一家だとどうしても子供達に重心が寄っちゃってて、でもまもりは言わなくても判ってるよね、的な甘えがあったかなーと私が反省して(笑)ヒル魔さん達を心底心配させてみました。
日頃からかったりするのは愛故なのだけれど、ちゃんとたまには言いましょうといういい教訓になりました。
リクエストありがとうございました-!!

星★様、砂月様のみお持ち帰り可。
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