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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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川向こうにて

(ヒルまも一家)

※旧拍手の再録です。一部書き足しました。

 


+ + + + + + + + + +
もう秋も深まった頃のランニング。
早朝に起きるのは長年の習慣なので苦ではないが、ジャージをしっかり着込んで外に出る。
「おはよう、アヤ」
「ん」
背後から同じようにジャージを着た妖介も顔を出す。二人揃って玄関を出るのが恒例だ。
そしてその後は各々のペースになるので二人が戻ってくる時間はずれるのだけれど。
いつもと同じように外に足を踏み出して。妖介もその後に続いた。
なのに。
足下の、あると思っていたところに地面がない。
アヤと妖介はバランスを崩し、そのまま倒れる。
「な―――?!」
「・・・!?」
二人は一瞬暗闇に包まれ、次の瞬間、激しい水音を立てて落下した。

(・・・!?)
深い青に一瞬どちらが上でどちらが下かが判らなくなった二人は、それでも身体の力を抜いて浮力を得る。
ふっと浮かんだ方面に向かって手を掻き、顔を水面から出した。
「げ・・ほ! ごっ・・・!」
「・・っ! ・・・っ!!」
二人して激しく噎せる。
あれほど深いと思った水中は、水面から顔を出してしまえば腰程までの深さだ。
だが流れがあり、そのまま立っていると足を取られて危険だ。
どうやら川らしい。
家の目の前に川なんてなかった。
一体何で、と混乱しつつもとりあえず自ら上がろうと妖介はアヤを支えて周囲を見渡す。
見ればすぐ側に川岸があった。
結構な川幅があり、流れもきついため、慎重にそちらに向かって歩いていると。
「だーいじょーぶでーすかー?」
なんとも間延びした声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に見上げれば、橋の上に見慣れた赤茶の髪が見える。
「母さんだ」
「違う」
ほっとした顔で手を振る妖介の声を、アヤは強ばった声で止めた。
「え? だってあれ・・・」
そこで妖介も気がついた。髪が短い。そして半袖を着ていて、その細い顎に汗が滴っている。
何よりも逆光になっているその顔は、あからさまに若かった。
「だ、大丈夫ですかぁー」
間延びした声がもう一つ聞こえてきた。
もしかして今の女の子は母の親類だったりしないか、と家系図を脳裏でひっくり返していた二人の視界に入ったのは、つんつんと特徴的な髪型をした少年。
小早川瀬那、その人にしか見えないが、若すぎる。
彼の息子では、と思ったが彼らの喋る声は二人の耳にしっかり届いた。
「ねえまもり姉ちゃん、あの人達ガイジンじゃないの?」
「え? そうかしら。でもちゃんと手振ってたわよ」
それは二人の危惧を決定的にした。
ここ、過去だ。
二人は水に落ちた以上の衝撃にさあっと青ざめた。

なんとか川から上がると、妖介は着ていたジャージを脱ぎ、きつく絞った。
そのままアヤに渡す。
「着て。それから中のTシャツ脱いでちょうだい。絞って着ればまだマシでしょ」
アヤは頷くと、着ていたジャージを脱ぐ。
妖介はさっさとTシャツを脱ぐとそれも勢いよく絞ってから着た。
暑いから、すぐ乾くだろう。
そこで妖介は眉を寄せた。暑い? さきほどまでは秋だったのに、この暑さはなんだろう。
いや、ここが過去なら詳しい季節なんて判らないけど。
器用に妖介のジャージの下でTシャツを脱いだアヤはそれを妖介に渡す。
それもきっちり絞ってアヤに戻し、アヤのジャージも絞った。
下も絞りたいが何もないところで脱がせるのも躊躇われる。
そんな二人の元に小走りでやって来たまもりとセナは手に大量の荷物を持っている。
そしてセナの胸元には『主務』とテープで貼ってあるのが遠目からも見えた。
それにアヤと妖介は目配せした。
間違いない、まだセナがアイシールド21だと知れる前の時期だ。
となるとまもりは高校二年、セナが一年。
季節は秋ではなく、咲いてる花からも夏頃だと思われた。
本格的な夏休みはアメリカに行ってしまうはずだから、今はその前、NASAエイリアンズと戦うために練習に明け暮れている頃。
「あの、大丈夫、ですか?」
息を切らしてやってきた自分たちの母の若かりし頃を目の前にして、妖介が口を開こうとする。
だが、それをアヤが制した。
「ありがとうございます。不注意で川に落ちてしまって」
「暑いから目眩でもしたんじゃないんですか?」
「そうですね」
アヤとまもりが喋るのを妖介は黙って見ていた。
妖介の顔つきはヒル魔そっくり、声もよく似ている。
もしいつもの調子で喋ったらばれてしまうかもしれない。
下手に混乱させるのは本意ではないし、下手に過去に関わったが為に帰れなくなるのが何より怖い。
水で濡れて前髪が降りてきていて、丁度良く顔を隠してくれているのをいいことに、妖介はじっと二人の会話を聞いている。
が、アヤがぶるりと震えたのを見逃さなかった。
「あ、寒いわよね」
それにまもりも気がつく。
「暑いからすぐ乾きますし、大丈夫です」
「ここからちょっと行けば私たちの高校があるの。シャワーもタオルもあるから、暖まった方がいいわ」
夏でも肩を冷やすのはよくない、と妖介もアヤの肩に手を置く。
それにアヤは妖介を見上げて逡巡したが、黙って頷いた。
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えさせて頂きます。私の名前はアヤ。こっちは弟の妖介です」
「私は姉崎まもり」
「ぼ、僕は小早川瀬那です」
妖介は改めてぐるりと見渡した。未来に比べて建物が低い。
やはりまだ未開発なところも多いのだろう。
そして高校までは少々距離があった。
「アヤ」
声が聞き取りづらいように妖介はわざとぼそぼそと喋る。
アヤはちゃんと聞き取れるし、問題はない。
「何?」
「走ろう」
それにアヤはぱちりと瞬きをすると頷いた。
早く移動したいというのもあったし、走れば多少乾くかも、という気持ちもあり。
「じゃあ私たちは走って行きます」
「え? あ、じゃあ道を教えるわね。ここを登って右に・・・」
「失礼します」
「きゃ?!」
ひょい、と妖介はまもりを抱き上げた。
それに驚くまもりを子供抱きにして、妖介は走り出す。
アヤは呆然と立ちつくすセナにちらりと視線を向けた。
「荷物はこれで全部ですか?」
「え? あ、はい・・・」
「先に行きます。後からどうぞ」
アヤはそう言い置いて、荷物を抱えて同様に走り出した。
意外な俊足にセナは置いてけぼりを喰ってしばしぼんやり立っていたが、はっと我に返ると慌てて走り出した。
光速と呼ばれたその脚で。


「次は?」
「え、ええと、そこの歩道橋を渡って右・・・」
「わかった」
妖介とアヤは勢いよく走っていた。
道案内も本来は不要だが、一応お伺いしながら走っていく。
歩道橋を駆け上がり、人混みをすり抜けて走る。
元より鍛えたLB、まもり程度の重さは苦にならない。
アヤが持っている荷物もさほど重くないし、二人はあっという間に泥門高校までたどり着いた。
予想外の移動速度に目を回すまもりを抱えたまま、校門をくぐる。
校舎はこの後に何度か外装工事が入っているのだろう、二人が通う時代とは違う色をしている。
「左、に、部室とロッカールームがあるの」
「はい」
アヤと妖介が部室に向かおうとすると、その背後に気配。
振り返ればそこにはセナがいた。
息を切らせているが、さすが光速の脚、しっかり追いついたようだ。
「ま、まもり姉ちゃん、大丈夫?」
「セナ? うん、平気よ」
まもりを下ろそうとした途端、幽かな悲鳴と共に飛んでくるボールの気配。
「!」
「キャッ!!」
妖介をあからさまに狙って飛んできたボールに、まもりは驚き悲鳴を上げる。
アヤは手に荷物を抱えていたので咄嗟に手が出せない。
だが。
妖介はそのボールを左手で易々とつかみ取った。
何度も取った事のあるヒル魔のデビルレーザーだから、弾道が読める。
速度はどうあれ慣れたものだった。
「えー!?」
遠くから驚愕の声が上がる。きっと投げた本人も驚いているだろう。
咄嗟に取ってしまったが、避けた方がよかったかな、と妖介は後悔する。
「道案内ありがとうございました」
す、とまもりを下ろすと、彼女はぽかんと妖介を見上げていた。
けれど隣でアヤが小さくくしゃみをしたのを見て、慌てて部室へと促す。
「あの、ボール・・・」
セナがおずおずと言うのにそれを渡し、アヤと妖介は促されるままロッカールームへと姿を消す。
不思議な二人を見送り、セナはボールを手に不機嫌であろう司令塔の元へと走っていった。

ボールを取られたヒル魔はやってきたセナに訝しげに声を掛ける。
「おい糞チビ、あいつら一体何だ」
「え、ええと・・・さっき買い出しに行ったとき、川にいたんです」
「川?」
「なんだか真ん中あたりで藻掻いてて。で、まもり姉ちゃんがびしょぬれだしここに来たら、と・・・」
要領を得ないセナの言葉でも大体察したが、ヒル魔はきつく眉を寄せた。
なんで川に? しかも真ん中あたりで、というのがまたよく判らない。
あそこの水深はこの時期さほどでもないし、橋から落ちたら怪我では済まないだろう。
かといって川縁から歩いて行くにはまた不自然な。
こちらを伺うセナにヒル魔は舌打ちすると、さっさとアイシールド21を呼んでこい、と指示した。
とりあえず、セナをまもりの目の届かないうちにアイシールド21として練習させるのが先だ。
なにしろ今は時間がないのだ。

シャワールームへとまもりは二人を案内した。
「シャワーはここね。タオルはこれを使って」
「ありがとうございます」
アヤに先を譲ろうとする妖介に、まもりはタオルを手渡す。
「こっち側も使って大丈夫だから、どうぞ」
「でも」
アヤの側を離れるのは、と逡巡する妖介にまもりはにっこりと笑う。
「大丈夫よ。彼女に手出しするような部員はいないから。私も見張ってるし」
「・・・そうですか」
不安を拭いきれないが、未来では自分たちの母となる人である。
大丈夫だろう、多分、と自分を納得させて妖介は自らもシャワーを浴びるべく移動した。

水音が響く中、まもりは脱がれた服を洗濯すべく籠に入れる。
二人はこの暑いのに黒の長袖ジャージだった。
暑いだろうに、と思ったが何か理由があるのかもしれない。
色も白いし、金髪だし、肌が弱いのかも。アヤの瞳は青かったし、生まれつきの色かも知れない。
染めているにしても粗野な感じはなく、どこか懐かしいような不思議な雰囲気の二人だわ、と独り言ちて洗濯機に放り込んで着替えを探す。
アヤの着替えはまもりのものを貸してあげようと思っていたのだが、どうにも背が足りない。
ヒル魔と同じくらいの身長だし、彼のTシャツとジャージでいいだろう、と勝手にそれを置いておいた。
言わなければ判らない、多分。
妖介の方には十文字の服を出しておいた。多分そうおかしな事にはならないだろう。
そこまで用意して、まもりはアヤの髪がかなり長かったことを思い出した。渡した分のタオルでは足りないだろう、そう思って追加のタオルを持ってまもりは何の躊躇いもなくシャワールームの扉を開けてしまった。
女同士だから、という簡単な考えで。
「アヤちゃん? タオルそれじゃ足りないでしょ・・・」
予想外の行動に、アヤは咄嗟に耳を隠せなかった。
「ッ!!」
びくり、と振り返ったアヤの耳を見て、まもりは言葉を失う。
尖ってる。その大きさといい形といい、見慣れている。
叫ぼうとしたまもりの手をアヤが咄嗟に塞いだ。
「な・・・モガッ!!」
「静かに」
不穏な気配を感じたのか、妖介も半裸のまま顔を出した。
「アヤ!? 大丈夫?!」
そして妖介は裸のアヤと驚き目を見開いてアヤに口を塞がれているまもりを見て、大体の状況を察した。
・・・そういえば変に抜けているのが母さんだった・・・。
そう妖介が額を抑えて思ってももう後の祭り。
「妖介、ちゃんと着替えて説明しろ」
先ほどまでの丁寧な口調とは違うそっけない喋りに、まもりは更に目を見開く。
「あなたに危害は加えるつもりはない。ただ、声を上げないで欲しい」
そう約束してくれるなら手を放す、そう言われてまもりはこくりと頷いた。
手を放し、アヤは再びシャワールームに戻る。
呆然とするまもりの前に、着替え終えた妖介が立った。
「そこに座ってると濡れますよ」
がしがしと頭を拭きながらやって来た彼はまもりの手を引いて部室へと移動した。
そのタオルの隙間から覗く顔にまもりは言葉を失う。
ヒル魔にそっくりだった。先ほどからの聞き取りづらい話し方でなく普通に喋ると、声もそっくり同じ。
ただ、耳や牙は違うようだ。
「え・・・と、コーヒーでも、飲む?」
「俺は苦いもの駄目なんで、他の飲み物ありませんか?」
意外な言葉に、まもりは瞬いてコレなら、とインスタントのミルクティ粉末を見せる。それに彼は頷いた。
熱いミルクティを差し出され、妖介は礼を言って口を付ける。
「・・・あなたたち、一体、何なの?」
「・・・アヤが出てきたら説明します。俺だけじゃ説明できませんし」
顔で大体理解しているだろうけど、とは思ったけれど、妖介はそれ以上言わなかった。


程なくしてアヤがやってきた。
髪の毛は解かれ、先ほどまもりが目にして驚愕した耳も晒されている。
「アヤ」
目配せすると、アヤは頷いた。
「私たちは蛭魔妖一の親類です。詳しい関係は申せません」
それにまもりはやっぱり、と頷いている。
あ、多分弟妹とかと勘違いしたな、と妖介は思ったが訂正しなかった。
「なんであんなところにいたの?」
「それはお答えできません」
というか判らないから答えようがない。
アヤの髪から水滴がまだ滴っているのに気づいた妖介は、立ち上がってその髪を拭ってやった。
その甲斐甲斐しい姿とヒル魔の姿とかみ合わなかったのだろう、戸惑ったような声でまもりはアヤに問うた。
「ア、アヤちゃん、何か飲む?」
「ではコーヒーをブラックでお願いします」
そう言うと、まもりは味覚も似るのかしら、と首を傾げながらコーヒーを淹れに行った。
よく似た顔の妖介が甘いミルクティを所望した事はすっかり忘れている。
「で、どうするの、アヤ」
どれくらいで戻れるのか判らないし、よもやこのままずっとここに、という訳にもいくまい。
困る妖介をアヤは見上げる。
「アレに言う」
その『アレ』が父親である蛭魔妖一なのだとすぐに理解した妖介は眉を寄せる。
「えー・・・信じるかな」
「信じるしかない事実を突きつければいい」
幸い見れば疑いようもないアヤの耳と妖介の顔と、蛭魔妖一がトップシークレットとして黙っている生年月日その他の情報だって持っている。
「まあそうだけどね」
「幸い『今』は秋大会前だ」
神経をすり減らした地獄の特訓もまだの頃だ。
どこかのんきな空気があったのだとその当時の面々に聞くとそう返ってくる頃。
「・・・そうだね。解決策がないしそうするしかないか。アヤ、ゴムある?」
「ん」
すいすいと髪を編んでいく妖介の後ろからまもりがコーヒーを手に顔を出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
耳を隠してしまえば見た目は似ていない父娘なので、まもりも不思議そうにアヤを見ている。
きっと母親似なのね、とか思ってるんだろうなあ、と妖介は内心独り言ちた。
母親あなたですけどね、とうっかり言いたくなってしまう。
「ヒル魔くんに会いに来たの?」
「・・・結果的には」
そうなってしまった、というべきか。
アヤは飲み干したカップを下ろすと、立ち上がる。
「挨拶してきます」
「そうして! きっと喜ぶわ」
そりゃないだろう、と二人は思ったが思っても口には出せない。
片づけておくから、というまもりを置いて二人は部室を出た。
「暑い」
「そうだね」
Tシャツのサイズから推測するにアヤのがヒル魔ので、妖介のが十文字のあたりだろう。


グラウンドに顔を出すと、不穏な色彩を妖介の目が捕らえる。
「・・・メチャメチャ父さんてば不機嫌だよ。俺が母さん抱っこしたの気に入らないんだろうなあ」
しかしヒル魔はすぐには近寄って来ず、大きく声を上げた。
「ケルベロス!!」
「ガッフォ!!」
呼応するのは悪魔の番犬、ケルベロス。
その名を聞いていたけれど、実際に見るのは初めてだ。
ケルベロスはヒル魔の指示通り勢いよくアヤと妖介の元に駆けてきた。
他の部員達が戦々恐々と見守る中、妖介がしゃがみ込む。
そして走ってきたケルベロスは―――。
ぴたりと足を止めた。
「Cerberus?」
ぱたぱたと尻尾を振る様子に、妖介はその頭を撫でてやる。
匂いで判るのだろう、牙をむき出しにして襲いかかってきたりはしない。
アヤにも撫でられてケルベロスはご満悦の様子だ。
それに部員達の驚愕っぷりは大きい。
そしてヒル魔の不機嫌さは更に増した。
「あー・・・ますますもって不機嫌だ」
ぼやく妖介の元にヒル魔がスタスタと歩み寄ってきた。
「何モンだ、テメェら」
唸るような声に、アヤと妖介は互いに目配せする。
そしておもむろにアヤは口を開いた。
「未来から来たあなたの子供達です」
「・・・アァ? 寝言は永眠してから言え」
ぎろ、と睨め付けられて銃口を向けられても、慣れた二人には全く怖くない。
しかも若いし、同じ年くらいの彼ならあどけないと笑って言ってもいいくらいだ。
「この俺を謀ろうっつーなら、随分と命知らずだ」
威嚇するような声に妖介も口を開く。
「××××年××月××日」
ヒル魔の眉が一際寄った。その日付は、誰も知らないはずの彼の生年月日。
「血液型も何もかも知ってるけど、この方がいいかな」
妖介が前髪を上げる。
にやりと笑ってやるとヒル魔が困惑の極地に立たされたことが判った。
見た目には変わりないが、黙り込んでしまっている。
あの、口から産まれたに違いないとまで言われている泥門の悪魔が。
「コレもね」
ちらりとアヤの耳を見て、ヒル魔は額を押さえた。
あり得ねぇ、と小さく零している。
「糞親父の隠し子じゃねぇのか」
「あのじいちゃんとばあちゃんならあるかもだけど、生憎違うよ」
それにまたヒル魔は眉間に皺を寄せる。
「仮にテメェらが俺の子だとして・・・母親は誰だ?」
「それは言えない。何か影響があって消えるハメになったら困る」
アヤの言葉にヒル魔は眉を寄せる。
「・・・テメェら何が目的だ」
「目的もなにも、気がついたらこっちに来たから戻れるまで面倒見て貰おうかと」
妖介の言葉に彼は目を見開く。
「アァ?!」
「だって他の人にこんなこと言ったところで信じて貰えないんだもの」
妖介はすっと屈んでヒル魔の耳元で囁く。
「それに『色』も俺には見える。『目』も遺伝したんだよ」
そう。ヒル魔の見える『色』。自分の弟妹ではないことは『色』の具合で知れた。
あの謎だらけの両親とはまた違った色合いだから。
そうでなければ到底信じられない、そんな絵空事。
自分とそう年の変わらない父親、というのがやっぱり不思議だなあと思う二人の前でヒル魔はしばし黙り込む。
「・・・テメェら、アメフトの経験は?」
自分の子供だったらアメフトをやってるだろう、という推測と妖介がボールキャッチしたのを見ていたためか、そう尋ねてくる。
「私QB、ディフェンスはST」
「俺LB、オフェンスならTE」
でも俺たち試合には出られないよ、と、妖介がそう告げると判ってる、と返された。
「丁度良い、練習付き合え」
「え」
「テメェらはとりあえず俺の弟妹っつーことにしておいてやる。それなりに働け」
それにアヤも妖介も否やはなく頷いた。


突然現れたヒル魔の弟妹という存在に、皆狐に摘まれたような顔になっていたが、アヤの耳と妖介の顔を見ては納得せざるを得なかったようだ。
アメリカに留学していて今日一時帰国したのだ、というヒル魔のもっともらしい言い訳に皆簡単に騙される。
練習はブリッツを中心にした攻撃中心のものだった。
ムサシの姿は当然ない。それにアヤは少なからずがっかりした。
「おりゃああ!!」
突っ込んでくる十文字・黒木・戸叶の三人を妖介はあっさりあしらって転がす。
「はっ?!」
「はぁっ!?」
「はぁああ?!」
あ、ハアハア三兄弟だ、と妖介はのほほんと考える。
「踏み込みが甘いし重心が随分上だから、もっと腰落として来ないと」
こんな風に、と妖介が突っ込むと三人は簡単に吹っ飛ばされる。
それを栗田が微笑ましく見つめ、小結が鼻で笑う。
それに三兄弟が切れてつかみかかり、栗田が押しつぶして止める。
まるでコントのような動きにヒル魔が派手に舌打ちした。
「何やってんだ」
その背後でアヤがボールを手に取る。
「パス練行きます」
「「「はーい!」」」
バックスのセナ・モン太・雪光が声を上げる。
そうしてまもりがボールを手渡し、アヤが勢いよく投げた。
「ムキャ!?」
「早!!」
ヒル魔と同じくらいの速度で次々と飛んでくるボール。
予想もしてなかった鋭さに、三人は慌てふためきながら取る。
アヤは三人が苦手な角度を投げるうちに把握し、そちらに重点的に投げ込んでいるようだ。
千本ノックよろしく投げられるボールにヒル魔は弾道を目で追い、そして背後にいるラインの様子を見る。
妖介は栗田でさえ揺らがせるテクニックでラインの弱点をどんどん突いていく。
意外な程的確に行われる練習に、ヒル魔は嬉しいような、即戦力としてこの二人が使えない事に残念なような、そんな微妙な気持ちになった。

そうして練習が終わる頃には、全員が普段の倍は疲れたような気分で帰路に就いたのだった。


洗濯してもらってすっかり乾いたジャージとTシャツに着替えたアヤと妖介を伴って、ヒル魔は歩き出す。
ただでさえ一人でも派手で目立つのがヒル魔なのに、本日は三人だ。
遠巻きに人が通るのを気にもせず、ヒル魔は口を開く。
「いつになったら戻るんだ」
「さあね。でもまあ来るときも唐突だったから、帰りもそんなもんでしょ」
のんきな妖介の言葉にヒル魔の眉が寄る。
この気質は絶対自分には似ていない。となると母親譲りだと考えられる。
「・・・一体誰が母親なんだ」
「秘匿」
アヤが素っ気なく答える。
ヒル魔はアヤの瞳を見てから嫌な予感がする、と思いつつも確かめられずにいた。
どうにも姉崎まもりに似ている、ような。そう思えば『色』もそんなような感じだ。
けれどそれを口に出すのには憚られた。何しろ今、姉崎まもりとはただの部活のキャプテンとマネージャーという関係以上の事は何もないのだ。
そうであっても違っても、気まずい事この上ない。
悶々と悩むヒル魔の後ろで二人は未来で通った道と重ね合わせてここが違う、ここはまだ残ってるよね、と楽しげだ。
と。
唐突に目の前が暗くなった。
そして驚く間もなく、ヒル魔は一軒の家の前に立ちつくしていた。
ここは?
振り返ってもアヤも妖介も姿はない。
ふと、扉が開いた。
そこに立っていたのは―――自分だった。
それも随分と年を取った印象の。
にやりと彼が笑う。
「おー。そうか、今日だったんだな」
「・・・な」
絶句するヒル魔をその手が引き込む。
連れ込まれた先は随分とあたたかい印象の室内だった。
そこかしこに優しさが含まれているような。
そしてそこに座る年を取った自分とその場所が思った以上に馴染んでいて、ヒル魔はとまどいの極地に立たされた。
「十七才か。懐かしいな」
「・・・テメェ・・・」
「自己紹介でもするか? 見ての通り、俺は未来のテメェだ」
「俺は人外になった覚えはねぇんだが」
「奇遇だな、俺もだ」
にやにやと笑う姿は年相応に老けて見える。
その中身はあまり変わっていないような、でも変わっている、のだろうか。
戸惑うヒル魔に未来の彼は続ける。
「子供達が世話になったな」
「・・・テメェは誰と結婚したんだ」
「そりゃあ未来のお楽しみっつー奴だろ」
はぐらかされて、ヒル魔はぎろりと未来の自分を睨め付けた。
それでも相手が年を経た自分では、脅しにもならない。
「喜べ」
にやりと未来のヒル魔が笑う。
「俺は今、幸せだぞ」
「・・・・・・」
例え年を取っても、そんな事を言いそうにないと自分でも思っているのに、未来の自分は衒いもなく言い切った。
ヒル魔は目眩を覚えた。
ぐらりと地面が揺れる。
いや、本当に揺れている。
眸を見開いた先でにやにやと笑う未来の自分、そうして。
その背後に、茶色の髪がさらりと流れたような、気がした。


ふと気が付くと、ヒル魔は先ほどと同じ場所にいた。
振り返ってもあの二人の姿はない。
携帯でデビルバットの誰彼構わずあの二人を覚えているか、と尋ねたい気がしたが、やめた。
きっと他の皆は覚えていない、そんな妙な確信があった。
『俺は今、幸せだぞ』
耳に残る、満ち足りたような声音。


あんな風に言えるようになるなら、もしかしたら年を取る事も、そう悪くないのかもしれない。




アヤと妖介が帰宅したのは深夜だった。
気が付いたら家の前に立っていたのだ。
そして玄関先ではまもりがカンカンになって待っていた。
「ちょっと!? 二人そろって学校さぼったんですって?!」
「いや、その・・・不可抗力で」
「覚えてないの?」
しどろもどろの妖介と不思議そうなアヤの問いかけに、まもりはきりきりと眉をつり上げる。
「ちゃんと理由を言いなさい!」
怒るまもりに二人は説明のしようがなく、戸惑うばかり。
まもりが覚えていれば話は簡単だが、どうやらすっかり忘れているようだ。
どうしたものか、と途方に暮れる二人が、背後からやってきたヒル魔に気づき、そちらに視線を向けた。
「どうした」
「どうしたもこうしたも! 二人とも学校さぼってこんな時間までどこに行ってたのか説明しないのよ!」
「学校は行ったよナァ」
その一言と笑みに、二人は顔を見合わせて頷く。
まもりは覚えていないようだが、ヒル魔は覚えているようだ。
「え?! だって担任の先生から連絡があったのよ?」
「アメフトの練習やってたんだよ」
「授業サボって!? ヒル魔くんがさせたの!?」
「いーや。でも似たようなもんだ」
「・・・もう! 一体なんなのよ?!」
混乱するまもりの怒りはヒル魔の方に移ったようだ。
今のうちに上がれ、とまもりの背後で示されたヒル魔の手話に二人はそっと玄関を上がる。
「あ、ちょっと!」
子供達を追おうとしたまもりの身体が宙に浮いた。
「え?!」
「ちょっとした昔話をしてやろう」
「な、何!? え、ちょっと!?」
戸惑うまもりを抱き上げたまま、ヒル魔は危なげなく階段を上っていく。
行き先は二人の寝室だ。それにまもりは慌てるが時既に遅し。


二人は下からその様子を眺め、母に合掌、父に感謝して夕飯を食べるべくキッチンへと向かったのだった。


***
旧拍手再録。ケルベロスの下りを書きたかったのに忘れていたので無理矢理ねじ込んでみました!
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