旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
咲蘭はメモを手に、おっかなびっくり電話のボタンを押す。
オペレーターに掛けたい国がアメリカということ、そして電話番号を伝えると、すぐ呼び出し音に変わった。
咲蘭は深呼吸を繰り返す。
時差はきっちり計算した、大丈夫。
電話番号も間違えずに言えた、ハズ。
咲蘭は信心深くもない、ごく普通の日本人だ。
けれど、この時ばかりは真剣に神に祈った。
どうか、あの悪魔に繋がりませんように!
どうか、あの天使に繋がりますように!
そして通話は繋がる。
『Hello?』
「もしもし、まもり?」
『―――――咲蘭?! きゃー、久しぶり!』
神は咲蘭に味方した。
よかった、と咲蘭は安堵の息をついて、電話を掛けた目的を口にした。
報告したいことがあるの、と告げれば、丁度月末に日本に帰るから、という言葉。
ではそれを待ってアコと三人で飲もう、という話をして。
「きゃー、久しぶり、二人とも!」
「まもり! 久しぶりー!」
「わ、まもりったらまた美人になったんじゃない?!」
「そんなことないわよ!」
無事、三人は再会を果たした。
ゆっくりお茶でも飲みながら話をしよう、と少し奥まった位置にあるカフェに足を運ぶ。
「国際電話なんて初めてで、超緊張したわ」
「出た瞬間涙声だったから、こっちこそ何かと思ったわよ」
「それならメールすりゃよかったのに」
「でも声、聞きたかったのよ」
女が三人寄れば、いつだって姦しい。
ましてや数年ぶりの再会ともなれば、はしゃぐなという方が無理だ。
「それにしても、まもはあっという間に結婚してどんどん子供産んじゃって・・・早いわよねー」
「上の子たちはもう小学生でしょ?」
「そうよ」
「それなのに・・・」
アコと咲蘭は己を見下ろし、視線を再びまもりに向け、嘆息。
「「いいなあ~」」
「何が?!」
視線を一気に集めたまもりは、声を上げる。
「や、普段は全然こんな格好とかしないし! 子供の世話に追われてるのよ!」
「スタイルの話よ!」
「もちろんファッションの話もだけど!」
「ええ?!」
手を振り否定するまもりは、とても子供が三人いるとは思えない程美しい。
学生時代の清廉潔白な美しさとはまた違う、色気のあるそれ。
すでに子持ちの人妻の余裕もあるのだろうか。
今のまもりの美しさは、匂い立つような、という表現がぴったりだ。
実際、まもりとすれ違う男性の全てが思わず振り返るのを二人はこの一時間弱で散々見せつけられたのだ。
声を掛けてくる男も多かったが、まもりがわざと左手を見せつけるようにして断れば、大概はがっくりと肩を落として去っていった。かつては見なかった手慣れたあしらい方に感心していると、ヒル魔にこうしろと言われたと本人はあっさりしたものだ。
「まもりはますます美人になったわよね~」
「何か特別なお手入れしてるの? エステとか」
「そんなのしないわよ」
「へえ?」
「大体子供いたらそんなに出歩けないし」
「それもそうかー」
「移動するときはヒル魔くんと子供たちも一緒だし、単独行動はほとんど出来ないわ」
向こうだと完全に車がないと生活できないから、と言われて二人は首を傾げる。
「まもりは免許持ってないの?」
しっかり者の彼女ならきっと免許くらい持ってるだろうと思ったのに。
「取りたいんだけど、ヒル魔くんが取らせてくれないのよ」
「へえ?」
「子供の病院に行くときなんか、私一人で行ければ楽でしょって何度も言ってるんだけど」
どうしてもダメなのよ、とまもりは嘆息する。
「ってことは、ヒル魔が連れて行ってくれるの?」
「うん。二人で行くこともあるけど、他の子の面倒もあるし、そういうときはヒル魔くん一人で行ってくれるわ」
「ヒル魔って、家事手伝うの?」
「? うん。その気になれば料理も上手なのよ」
「・・・悪魔の手料理・・・」
「・・・呪われそう・・・」
二人の脳裏に、魔女の如く大鍋を火に掛け、呪文を唱えながらぐるぐるとかき混ぜる彼の姿が浮かんだ。
「そんなことないってば!」
子供についても、折に触れ写真を見せてもらっているが、直接会う機会もない。
どうにもヒル魔絡みでは現実離れした印象しか持てない二人に、まもりはすっかりむくれた。
「んもう。結局咲蘭の用事ってなんなの?」
「あ、そうそう。今日の目的を忘れてたわ」
咲蘭は手にしていた鞄を開き、まもりに封書を差し出す。
つるりとした手触りの封筒。ひっくり返せば、そこには咲蘭の他にもう一人の名。
「・・・これって!」
「うふふ、そうなの」
それは結婚式への招待状だった。
「咲蘭にも先を越されちゃった! 悔しーなぁ!」
嬉しげな咲蘭に、アコが言葉程には悔しくなさそうな声を重ねる。
咲蘭は会社で知り合った二つ年上の男性と目出度く結ばれることになったのだ。
絵に描いたような寿退社よ、というアコの言葉にまんざらでもないような顔をして、咲蘭は笑う。
「そっかー・・・。改まって国際電話までしてきたから、何かあるなとは思ってたけど・・・おめでとう!」
「ありがと!」
そこからはひとしきり咲蘭と相手との馴れ初めから現在に至るまでの話を中心に盛り上がった。
三杯目のコーヒーが空になる頃、まもりの携帯が鳴った。
「ごめんね。もしもし?」
一言謝り、まもりは立ち上がりながら電話に出る。
「うん、そう。・・・え?」
遠ざかるまもりの声に耳をそばだてつつ、咲蘭とアコは顔を見合わせる。
「ヒル魔、かなあ」
「そういえば昔、まもに結婚の報告で呼び出されたときって、ヒル魔が背後からにゅっと出てきたわよね」
「ああ~そうそう! あれは怖かったわ!」
「すごい圧力だったもんねー」
それももういい思い出と呼べなくもない、かな。そう笑って話す二人の元にまもりが戻ってくる。
「ごめんね」
「ううん。今の電話、ヒル魔から?」
てっきりそうだと思って尋ねたのに、まもりは首を振った。
「ううん、ムサシくん」
「え? なんで?」
「ヒル魔くんが面倒見てくれてるんだと思ってたら、今日一日ムサシくんが面倒見てくれてたんだって」
いつ頃迎えに来るのか、という問いにまもりはヒル魔に確認するから、と告げて電話を切り、折り返したが連絡が付かない。まったくもう、ヒル魔くんったらどこに行ったのかしら、とまもりは首を捻っている。
「今日はウチの両親も特に何も言ってなかったから、一緒に出掛けてるっていうのもないだろうし・・・」
「は? ヒル魔と、まものご両親が?」
「一緒に出掛けるの? まもも子供も抜きで?」
「え? おかしい?」
小首を傾げるまもりに、咲蘭とアコは思いっきり頷いた。
「おかしいわよ!」
「そこまで仲のいい義理の親子って聞いたことない!」
「そ、そうなの? ウチは母がヒル魔くんのこと気に入ってるから、てっきり普通なんだと・・・」
「「ヒル魔に普通なんてあり得ないでしょ!」」
「ええー!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人の元に、小さな足音が複数近づく。
「おかーさん!」
その声に、まもりはぱっと視線を下に向けた。
「妖介!?」
手を伸ばすと、彼は笑顔でまもりに手を伸ばす。
抱き上げるとその背後に、護と手を繋いだアヤの姿もあった。
「三人とも来たの? ムサシくんが連れて来てくれたの?」
彼にはまもりがここにいるとは告げていない。案の定、アヤは首を振った。
「ううん。おとうさんが迎えに来たの」
「お父さんが? あら、どこにいるの?」
「車の中で待ってるって」
アヤを招き寄せると、彼女は咲蘭とアコの視線に気づいたようでにこりと笑った。
「こんにちは。蛭魔綾です」
そのあまりの愛らしさに二人の声がうわずる。
「あ、こ、こんにちは! 私は咲蘭」
「わ、私はアコ」
「ぼくは妖介。あっちがまもるだよ」
まもりの膝の上で妖介がアヤと手を繋ぐ護を指さし、にっこりと笑った。
「「・・・はー・・・」」
アコと咲蘭は、あっという間に三人の子に囲まれたまもりをしげしげと眺める。
先ほどまでは子供なんていそうにないと思わせる雰囲気だったのに、子供が傍らにいれば間違いなく母親の顔になっている。
「うー」
「ん? だっこ?」
咲蘭は、手を出して抱っこを強請ってくる護を抱き上げる。
それを見て、アヤはまもりの隣にちょこんと座った。
アコが咲蘭の腕の中にいる護を覗き込む。
「この子、護くん? なんだかセナくんに似てない?」
「あら、やっぱり? 色んなところで言われるのよ」
咲蘭が頭を撫でると、にこーっと笑うその顔があまりに可愛らしくて、咲蘭は思わず護を抱きしめた。
「かっわいい!」
「かわいいわ・・・さすがまもの子!」
アコも護の頭を撫でる。
「おかあさん、おとうさんが待ってるよ」
くい、とアヤがまもりの袖を引いた。
「早く行かないと、怒っちゃうよ?」
「えー、ぼくケーキ食べたい!」
まもりの膝の上で妖介が強請る。
その顔がヒル魔によく似た面差しなので、彼はヒル魔の子なのだなぁ、と改めて咲蘭とアコは思う。
甘い物を好むのはまもりに似ている、とも。
「車で待ってるなら、少し待たせてもいいんじゃない?」
「アヤちゃんもケーキ食べたら?」
「わたしは・・・」
「アヤちゃんは甘い物嫌いなの。おとーさんといっしょだよ」
「へえ。見た目はあんまり似てないけど・・・アヤちゃんにも、ちゃんとヒル魔の成分も混ざってるのね」
「成分って、アコ!」
アコを窘める咲蘭に、まもりは笑ってアヤの頭を撫でる。
「味覚は同じように育ててても三人それぞれ違うから、面白いわよ」
「ねぇねぇ、ケーキ食べたい!」
妖介が再び声を上げる。
じゃあ注文しちゃおう、と上げたアコの手が、ぽすんと黒い何かに当たる。
「・・・え」
「迎えが来ても動きゃしねぇ。随分と糞重いケツでゴザイマスネ」
「ヒ・・・・・・」
「ヒル、魔・・・」
かつての思い出の中の姿そのままに、不機嫌そうに眸を眇めた彼がアコと咲蘭の背後に立っていた。
アコの手がぶつかったのは、ヒル魔の腹らしい。
足音も気配もなかったのに、と硬直し冷や汗を流す二人を余所に、妖介は彼を見上げた。
「ねえおとーさん、僕ケーキ食べたい」
「ア? テメェ、ンなもんこの時間に喰ったら夕飯喰えねぇだろうが」
「えー、おかーさんたちは食べたのに!」
「こいつらは年だから糞砂糖を間に挟まねぇと口が動かねぇんだよ」
「ちょっと! 同じ年なのに失敬な!」
「おさとうじゃないよ、ケーキだよ」
「ケーキなんざ糞砂糖の塊だ」
ぎゃあぎゃあと賑やかな会話に、咲蘭とアコは次第に硬直がとけ、興味深く一家を眺める。
かつては悪魔としか認識してなかったヒル魔が、ちゃんと『お父さん』と呼ばれ、またそれに違和感がないのが驚きだった。
アヤがヒル魔を見上げる。
「おとうさん、護が寝ちゃった」
「ア?」
ぐりんと視線を向けられ、咲蘭はびくりと肩を震わせる。
その胸の中にいる護はいつのまにかすうすうと寝息を立てていた。
「疲れたんだろ」
ひょい、とその身体を軽々と抱き上げ、ヒル魔は伝票を手に踵を返す。
「姉崎、早く来い」
「わーん、ケーキぃい!」
結局食べられないのか、と涙目になる妖介に、アコと咲蘭は慌てて声を掛ける。
「わ、私たちが買ってあげるから!」
「何がいい?」
けれど。
「必要ねぇ」
鋭い声が飛んできて、二人はきゃっと悲鳴を上げる。
「妖介、来い」
じろ、と睨め付けられ、妖介は渋々とヒル魔の元に歩いていく。
その手を取ってヒル魔は会計を済ませ、さっさと外へ行ってしまった。
アヤもその後に続いて出て行く。
「・・・いいの?」
「うん、いいのよ。たぶん家でうちの両親が何かお菓子を用意してると思うし」
行きましょうか、とまもりに促され、二人はようよう腰を上げる。
「意外に、ヒル魔はちゃんと子育てを手伝ってるようね」
子供を引きつれたヒル魔は、ちゃんと父親としての責務を全うしているように見えた。
誘拐犯には見えなかったなあ、とは内心の二人の台詞だ。
「だからちゃんと面倒見てくれてるって言ったでしょう?」
まもりは僅かに胸を張った。
「あーあ。結局お喋りしただけで終わっちゃったね」
「まもはいつまで日本にいるの?」
「え? 来週の半ばには戻るわ」
「そっか。その間にもう一回会えるかな? 今度は買い物しようよ」
「いいわよ。でも、その話は車の中でしましょうか」
送るわよ、という言葉に二人は首を振る。
「え? いいよウチらは電車で帰るから」
「そうそう。大体車でって、まもたちだけでも5人・・・」
もう乗れないだろう、というその声を遮るのは、ヒル魔の声。
「オラ糞嫁! 早く来い!」
「あ、はーい」
二人の視界には、7人乗りのワゴン。運転席にいるヒル魔が不機嫌そうに呼ぶ。
そして二人は悪魔の運転なんて、と尻込みしたが、抵抗空しく車内へと放り込まれたのだった。
子供達も混じって賑やかな会話を続けた帰り道。
意外な程丁寧な運転で結局自宅まで送ってもらった咲蘭は、手を振って車を見送ると、自宅に入る前に電話を掛ける。
相手は、今度結婚する彼だ。
本当は結婚について色々先輩であるまもりに聞くつもりだった。
周囲からは色々と結婚について理想と現実のギャップがあるとか、そんなに楽しいモノではない、とか散々に言われて、実は少々凹んでいたのだ。
実際はどうなのか? 楽しいのか? 幸せなのか?
そんな質問をするまでもなく、悪魔ではあるが面倒見のいい夫と、かわいい子供達に囲まれてまもりは幸せそうに笑っていた。
だから。
きっと。
『はい、もしもし?』
電話越しに聞こえた愛しい声に、咲蘭は口角を上げる。
「私ね、あなたと家族になるのがすごく楽しみになったわ」
咲蘭の唐突なその言葉に、それでも彼は笑って。
そりゃよかった、と応じてくれたのだった。
***
ゆめ様リクエスト『まもりの友人から見たヒルまも一家の日常と非日常』でした。・・・非日常が書けませんでした・・・! ごめんなさい! 非日常部分はいずれ機会があれば別枠で書きたいと思います。まもりの友人ということで、咲蘭とアコを出すのはいいけれど子供達が大きくなってからのは『ラプラスの悪魔』と被るしなぁ、と考え、それならば小さい頃の話で日本にいるときの・・・と考えていったらこの時間軸になりました。ヒル魔さん何してたんでしょうね。楽しく書かせて頂きましたwリクエストありがとうございました!
ゆめ様のみお持ち帰り可。
オペレーターに掛けたい国がアメリカということ、そして電話番号を伝えると、すぐ呼び出し音に変わった。
咲蘭は深呼吸を繰り返す。
時差はきっちり計算した、大丈夫。
電話番号も間違えずに言えた、ハズ。
咲蘭は信心深くもない、ごく普通の日本人だ。
けれど、この時ばかりは真剣に神に祈った。
どうか、あの悪魔に繋がりませんように!
どうか、あの天使に繋がりますように!
そして通話は繋がる。
『Hello?』
「もしもし、まもり?」
『―――――咲蘭?! きゃー、久しぶり!』
神は咲蘭に味方した。
よかった、と咲蘭は安堵の息をついて、電話を掛けた目的を口にした。
報告したいことがあるの、と告げれば、丁度月末に日本に帰るから、という言葉。
ではそれを待ってアコと三人で飲もう、という話をして。
「きゃー、久しぶり、二人とも!」
「まもり! 久しぶりー!」
「わ、まもりったらまた美人になったんじゃない?!」
「そんなことないわよ!」
無事、三人は再会を果たした。
ゆっくりお茶でも飲みながら話をしよう、と少し奥まった位置にあるカフェに足を運ぶ。
「国際電話なんて初めてで、超緊張したわ」
「出た瞬間涙声だったから、こっちこそ何かと思ったわよ」
「それならメールすりゃよかったのに」
「でも声、聞きたかったのよ」
女が三人寄れば、いつだって姦しい。
ましてや数年ぶりの再会ともなれば、はしゃぐなという方が無理だ。
「それにしても、まもはあっという間に結婚してどんどん子供産んじゃって・・・早いわよねー」
「上の子たちはもう小学生でしょ?」
「そうよ」
「それなのに・・・」
アコと咲蘭は己を見下ろし、視線を再びまもりに向け、嘆息。
「「いいなあ~」」
「何が?!」
視線を一気に集めたまもりは、声を上げる。
「や、普段は全然こんな格好とかしないし! 子供の世話に追われてるのよ!」
「スタイルの話よ!」
「もちろんファッションの話もだけど!」
「ええ?!」
手を振り否定するまもりは、とても子供が三人いるとは思えない程美しい。
学生時代の清廉潔白な美しさとはまた違う、色気のあるそれ。
すでに子持ちの人妻の余裕もあるのだろうか。
今のまもりの美しさは、匂い立つような、という表現がぴったりだ。
実際、まもりとすれ違う男性の全てが思わず振り返るのを二人はこの一時間弱で散々見せつけられたのだ。
声を掛けてくる男も多かったが、まもりがわざと左手を見せつけるようにして断れば、大概はがっくりと肩を落として去っていった。かつては見なかった手慣れたあしらい方に感心していると、ヒル魔にこうしろと言われたと本人はあっさりしたものだ。
「まもりはますます美人になったわよね~」
「何か特別なお手入れしてるの? エステとか」
「そんなのしないわよ」
「へえ?」
「大体子供いたらそんなに出歩けないし」
「それもそうかー」
「移動するときはヒル魔くんと子供たちも一緒だし、単独行動はほとんど出来ないわ」
向こうだと完全に車がないと生活できないから、と言われて二人は首を傾げる。
「まもりは免許持ってないの?」
しっかり者の彼女ならきっと免許くらい持ってるだろうと思ったのに。
「取りたいんだけど、ヒル魔くんが取らせてくれないのよ」
「へえ?」
「子供の病院に行くときなんか、私一人で行ければ楽でしょって何度も言ってるんだけど」
どうしてもダメなのよ、とまもりは嘆息する。
「ってことは、ヒル魔が連れて行ってくれるの?」
「うん。二人で行くこともあるけど、他の子の面倒もあるし、そういうときはヒル魔くん一人で行ってくれるわ」
「ヒル魔って、家事手伝うの?」
「? うん。その気になれば料理も上手なのよ」
「・・・悪魔の手料理・・・」
「・・・呪われそう・・・」
二人の脳裏に、魔女の如く大鍋を火に掛け、呪文を唱えながらぐるぐるとかき混ぜる彼の姿が浮かんだ。
「そんなことないってば!」
子供についても、折に触れ写真を見せてもらっているが、直接会う機会もない。
どうにもヒル魔絡みでは現実離れした印象しか持てない二人に、まもりはすっかりむくれた。
「んもう。結局咲蘭の用事ってなんなの?」
「あ、そうそう。今日の目的を忘れてたわ」
咲蘭は手にしていた鞄を開き、まもりに封書を差し出す。
つるりとした手触りの封筒。ひっくり返せば、そこには咲蘭の他にもう一人の名。
「・・・これって!」
「うふふ、そうなの」
それは結婚式への招待状だった。
「咲蘭にも先を越されちゃった! 悔しーなぁ!」
嬉しげな咲蘭に、アコが言葉程には悔しくなさそうな声を重ねる。
咲蘭は会社で知り合った二つ年上の男性と目出度く結ばれることになったのだ。
絵に描いたような寿退社よ、というアコの言葉にまんざらでもないような顔をして、咲蘭は笑う。
「そっかー・・・。改まって国際電話までしてきたから、何かあるなとは思ってたけど・・・おめでとう!」
「ありがと!」
そこからはひとしきり咲蘭と相手との馴れ初めから現在に至るまでの話を中心に盛り上がった。
三杯目のコーヒーが空になる頃、まもりの携帯が鳴った。
「ごめんね。もしもし?」
一言謝り、まもりは立ち上がりながら電話に出る。
「うん、そう。・・・え?」
遠ざかるまもりの声に耳をそばだてつつ、咲蘭とアコは顔を見合わせる。
「ヒル魔、かなあ」
「そういえば昔、まもに結婚の報告で呼び出されたときって、ヒル魔が背後からにゅっと出てきたわよね」
「ああ~そうそう! あれは怖かったわ!」
「すごい圧力だったもんねー」
それももういい思い出と呼べなくもない、かな。そう笑って話す二人の元にまもりが戻ってくる。
「ごめんね」
「ううん。今の電話、ヒル魔から?」
てっきりそうだと思って尋ねたのに、まもりは首を振った。
「ううん、ムサシくん」
「え? なんで?」
「ヒル魔くんが面倒見てくれてるんだと思ってたら、今日一日ムサシくんが面倒見てくれてたんだって」
いつ頃迎えに来るのか、という問いにまもりはヒル魔に確認するから、と告げて電話を切り、折り返したが連絡が付かない。まったくもう、ヒル魔くんったらどこに行ったのかしら、とまもりは首を捻っている。
「今日はウチの両親も特に何も言ってなかったから、一緒に出掛けてるっていうのもないだろうし・・・」
「は? ヒル魔と、まものご両親が?」
「一緒に出掛けるの? まもも子供も抜きで?」
「え? おかしい?」
小首を傾げるまもりに、咲蘭とアコは思いっきり頷いた。
「おかしいわよ!」
「そこまで仲のいい義理の親子って聞いたことない!」
「そ、そうなの? ウチは母がヒル魔くんのこと気に入ってるから、てっきり普通なんだと・・・」
「「ヒル魔に普通なんてあり得ないでしょ!」」
「ええー!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人の元に、小さな足音が複数近づく。
「おかーさん!」
その声に、まもりはぱっと視線を下に向けた。
「妖介!?」
手を伸ばすと、彼は笑顔でまもりに手を伸ばす。
抱き上げるとその背後に、護と手を繋いだアヤの姿もあった。
「三人とも来たの? ムサシくんが連れて来てくれたの?」
彼にはまもりがここにいるとは告げていない。案の定、アヤは首を振った。
「ううん。おとうさんが迎えに来たの」
「お父さんが? あら、どこにいるの?」
「車の中で待ってるって」
アヤを招き寄せると、彼女は咲蘭とアコの視線に気づいたようでにこりと笑った。
「こんにちは。蛭魔綾です」
そのあまりの愛らしさに二人の声がうわずる。
「あ、こ、こんにちは! 私は咲蘭」
「わ、私はアコ」
「ぼくは妖介。あっちがまもるだよ」
まもりの膝の上で妖介がアヤと手を繋ぐ護を指さし、にっこりと笑った。
「「・・・はー・・・」」
アコと咲蘭は、あっという間に三人の子に囲まれたまもりをしげしげと眺める。
先ほどまでは子供なんていそうにないと思わせる雰囲気だったのに、子供が傍らにいれば間違いなく母親の顔になっている。
「うー」
「ん? だっこ?」
咲蘭は、手を出して抱っこを強請ってくる護を抱き上げる。
それを見て、アヤはまもりの隣にちょこんと座った。
アコが咲蘭の腕の中にいる護を覗き込む。
「この子、護くん? なんだかセナくんに似てない?」
「あら、やっぱり? 色んなところで言われるのよ」
咲蘭が頭を撫でると、にこーっと笑うその顔があまりに可愛らしくて、咲蘭は思わず護を抱きしめた。
「かっわいい!」
「かわいいわ・・・さすがまもの子!」
アコも護の頭を撫でる。
「おかあさん、おとうさんが待ってるよ」
くい、とアヤがまもりの袖を引いた。
「早く行かないと、怒っちゃうよ?」
「えー、ぼくケーキ食べたい!」
まもりの膝の上で妖介が強請る。
その顔がヒル魔によく似た面差しなので、彼はヒル魔の子なのだなぁ、と改めて咲蘭とアコは思う。
甘い物を好むのはまもりに似ている、とも。
「車で待ってるなら、少し待たせてもいいんじゃない?」
「アヤちゃんもケーキ食べたら?」
「わたしは・・・」
「アヤちゃんは甘い物嫌いなの。おとーさんといっしょだよ」
「へえ。見た目はあんまり似てないけど・・・アヤちゃんにも、ちゃんとヒル魔の成分も混ざってるのね」
「成分って、アコ!」
アコを窘める咲蘭に、まもりは笑ってアヤの頭を撫でる。
「味覚は同じように育ててても三人それぞれ違うから、面白いわよ」
「ねぇねぇ、ケーキ食べたい!」
妖介が再び声を上げる。
じゃあ注文しちゃおう、と上げたアコの手が、ぽすんと黒い何かに当たる。
「・・・え」
「迎えが来ても動きゃしねぇ。随分と糞重いケツでゴザイマスネ」
「ヒ・・・・・・」
「ヒル、魔・・・」
かつての思い出の中の姿そのままに、不機嫌そうに眸を眇めた彼がアコと咲蘭の背後に立っていた。
アコの手がぶつかったのは、ヒル魔の腹らしい。
足音も気配もなかったのに、と硬直し冷や汗を流す二人を余所に、妖介は彼を見上げた。
「ねえおとーさん、僕ケーキ食べたい」
「ア? テメェ、ンなもんこの時間に喰ったら夕飯喰えねぇだろうが」
「えー、おかーさんたちは食べたのに!」
「こいつらは年だから糞砂糖を間に挟まねぇと口が動かねぇんだよ」
「ちょっと! 同じ年なのに失敬な!」
「おさとうじゃないよ、ケーキだよ」
「ケーキなんざ糞砂糖の塊だ」
ぎゃあぎゃあと賑やかな会話に、咲蘭とアコは次第に硬直がとけ、興味深く一家を眺める。
かつては悪魔としか認識してなかったヒル魔が、ちゃんと『お父さん』と呼ばれ、またそれに違和感がないのが驚きだった。
アヤがヒル魔を見上げる。
「おとうさん、護が寝ちゃった」
「ア?」
ぐりんと視線を向けられ、咲蘭はびくりと肩を震わせる。
その胸の中にいる護はいつのまにかすうすうと寝息を立てていた。
「疲れたんだろ」
ひょい、とその身体を軽々と抱き上げ、ヒル魔は伝票を手に踵を返す。
「姉崎、早く来い」
「わーん、ケーキぃい!」
結局食べられないのか、と涙目になる妖介に、アコと咲蘭は慌てて声を掛ける。
「わ、私たちが買ってあげるから!」
「何がいい?」
けれど。
「必要ねぇ」
鋭い声が飛んできて、二人はきゃっと悲鳴を上げる。
「妖介、来い」
じろ、と睨め付けられ、妖介は渋々とヒル魔の元に歩いていく。
その手を取ってヒル魔は会計を済ませ、さっさと外へ行ってしまった。
アヤもその後に続いて出て行く。
「・・・いいの?」
「うん、いいのよ。たぶん家でうちの両親が何かお菓子を用意してると思うし」
行きましょうか、とまもりに促され、二人はようよう腰を上げる。
「意外に、ヒル魔はちゃんと子育てを手伝ってるようね」
子供を引きつれたヒル魔は、ちゃんと父親としての責務を全うしているように見えた。
誘拐犯には見えなかったなあ、とは内心の二人の台詞だ。
「だからちゃんと面倒見てくれてるって言ったでしょう?」
まもりは僅かに胸を張った。
「あーあ。結局お喋りしただけで終わっちゃったね」
「まもはいつまで日本にいるの?」
「え? 来週の半ばには戻るわ」
「そっか。その間にもう一回会えるかな? 今度は買い物しようよ」
「いいわよ。でも、その話は車の中でしましょうか」
送るわよ、という言葉に二人は首を振る。
「え? いいよウチらは電車で帰るから」
「そうそう。大体車でって、まもたちだけでも5人・・・」
もう乗れないだろう、というその声を遮るのは、ヒル魔の声。
「オラ糞嫁! 早く来い!」
「あ、はーい」
二人の視界には、7人乗りのワゴン。運転席にいるヒル魔が不機嫌そうに呼ぶ。
そして二人は悪魔の運転なんて、と尻込みしたが、抵抗空しく車内へと放り込まれたのだった。
子供達も混じって賑やかな会話を続けた帰り道。
意外な程丁寧な運転で結局自宅まで送ってもらった咲蘭は、手を振って車を見送ると、自宅に入る前に電話を掛ける。
相手は、今度結婚する彼だ。
本当は結婚について色々先輩であるまもりに聞くつもりだった。
周囲からは色々と結婚について理想と現実のギャップがあるとか、そんなに楽しいモノではない、とか散々に言われて、実は少々凹んでいたのだ。
実際はどうなのか? 楽しいのか? 幸せなのか?
そんな質問をするまでもなく、悪魔ではあるが面倒見のいい夫と、かわいい子供達に囲まれてまもりは幸せそうに笑っていた。
だから。
きっと。
『はい、もしもし?』
電話越しに聞こえた愛しい声に、咲蘭は口角を上げる。
「私ね、あなたと家族になるのがすごく楽しみになったわ」
咲蘭の唐突なその言葉に、それでも彼は笑って。
そりゃよかった、と応じてくれたのだった。
***
ゆめ様リクエスト『まもりの友人から見たヒルまも一家の日常と非日常』でした。・・・非日常が書けませんでした・・・! ごめんなさい! 非日常部分はいずれ機会があれば別枠で書きたいと思います。まもりの友人ということで、咲蘭とアコを出すのはいいけれど子供達が大きくなってからのは『ラプラスの悪魔』と被るしなぁ、と考え、それならば小さい頃の話で日本にいるときの・・・と考えていったらこの時間軸になりました。ヒル魔さん何してたんでしょうね。楽しく書かせて頂きましたwリクエストありがとうございました!
ゆめ様のみお持ち帰り可。
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ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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