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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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バックステージ

(ゆめのあとさきシリーズ)
※『青い軌跡』の前後あたりに位置します
※リクエスト作品



+ + + + + + + + + +
二人きりのロッカールーム。
まもりはそっと、ヒル魔の膝を撫でた。
テーピングでがっちりと固めたその下は、かなり熱くなっている。
まもりは眉を寄せてヒル魔を見上げた。
ヒル魔も表情を変えないまま、彼女を見下ろしている。
けれど、その額には汗が滲んでいて、激痛が彼を苛んでいるのが見て取れる。
こんな熱を持った膝をかつて冷やしたことがある。
あの時の膝はセナのものだったけれど、これほどまで熱くはなかったと記憶している。
それでもセナは立ち上がれない程の苦痛に呻いていた。
それは十年以上前の話。
かつてとは医療も進歩したし、まもり自身の技術も上がった。
それでも。
人間の身体能力がたかだか十年やそこらで劇的に変わるはずもない。
ましてや、どんなに鍛えたとしても加齢は容赦なく身体能力を削っていくのだから。
これ以上のプレーは、彼の選手生命を確実に縮める。
けれど、今は決戦の最中。
後僅かで、日本人が未だ誰も到達したことのないステージへと上がれるのだ。
本場アメリカ、プロの中でもほんの一握りしか立てない、至高の決戦会場へと。
「放せ」
ヒル魔の静かな声に、まもりは俯き、唇を咬んでそっと手を外した。
実際に痛みを覚えている彼よりもずっと辛そうな表情でまもりはぎゅうっと手を握りしめる。
床に、ぱたぱたとまもりの涙が滴った。
立ち上がる彼は全て素知らぬふりで、ロッカールームの扉に手を掛ける。
「・・・スポーツドクターとしては、私、失格よ」
その背に掛かる震える声に、ヒル魔はにやりと笑った。
「それでこそ、悪魔の妻だ」
ヒル魔は最早振り返らずに、真っ直ぐにフィールドへ走っていく。
スタジアムを埋め尽くす満員の歓声が、待ちかねたように彼を出迎えた。
けれど、その影で。
緑のフィールドを踏みしめるその脚が脆くも崩れ落ちる日は、もう目前だった。


試合はヒル魔の所属するチームの勝利で終わった。
さすがに痛みに眠りさえ妨げられるようでは、とまもりは自宅に帰り、鎮痛剤と睡眠薬を処方した。
薬殺デスカ、などと軽口を叩きながらも彼はそれを服用し、今はこんこんと眠っている。
その穏やかな寝顔が唯一救いといえよう。
ボロボロになった彼の膝を、まもりはゆっくりとさすった。
「・・・妖一のアメフトバカ」
そう言って、膝の保冷剤を取り替え、額に滲む汗を拭う。
今はとにかく冷やして、炎症を取り除かなければ。
まもりに出来ることと言えばそれくらい。
手術をすればより回復するだろうが、その間のブランクが決定的に彼をレギュラーの座から遠ざける。
肉体的には凡人の彼は、努力し続けることでようようその座にしがみついている。
ほんの僅かでも手を抜けば即座に落ち、再びその場所に戻るまでにどれほどの犠牲を要するか。
傍らで見ているまもりには、痛い程それがわかる。
努力させ続けてあげたいが、怪我が治りきらないのでは逆効果。
けれど止めることも出来ない。彼の願いも望みも知っているから。
まもりは自らの眠りさえ忘れ、彼の膝を冷やし続ける。
翌朝には走れるように。
痛みを少しでも軽減できるように。
―――ほんの少しでも長く、彼を表舞台に立たせるために。
彼の寝息だけが響く寝室で、まもりは密やかに苦笑し呟いた。
「・・・私も、随分とアメフトバカだわ・・・」


結局、酷使された膝の故障を、彼は引退する最後の最後まで誰にも悟らせなかった。
献身的なまもりの看病とサポートあって成り立ったハッタリだけれども。
チームを優勝に導き、世界中に名を知らしめて、ヒル魔は唐突に引退を発表した。
マスコミが騒々しくわめき立てるのを隠れ蓑に、彼は自らが作り上げた会社の日本支店を立ち上げる。
そうして自らの事業基盤を日本に移したのだ。
それは、いずれ日本で新たな夢を実現させるための下準備。
「いいの? せっかくアメリカで順調だったのに」
まもりは住み慣れた部屋の引越のため、山積みになった段ボールと格闘している。
ヒル魔はさほど荷物がないらしく、早々に詰め終えてしまっていた。
「世界のどこだってやることはそうそう変わらねぇよ」
それに、とヒル魔はまもりを見てにやりと笑う。
「子育ては日本でしてぇっつったろ」
まもりはぴたりと動きを止めた。
言葉通り、アメフトに全てを注いだ二人の間にはまだ子供はいない。
まもりがかつて、もし子供を授かったら日本で育てたいなあ、とは呟いたことがあったけれど。
「・・・ま、さか・・そのために、こんな・・・」
「それだけのためじゃねぇけどな」
ケケケ、と笑いながらまもりが詰めた箱を取り上げる。
「あ、ちょっと!」
「さっさと他詰めろ。時間ねぇんだぞ」
手早く梱包していく彼に、まもりは首をすくめる。
「あんまり重い物持っちゃダメよ」
「これくらい訳ねぇ」
「油断大敵なんだから」
元よりきれい好きで整理整頓が行き届いていた室内は、さほど時を掛けず空になった。
まもりはモップを手に、最後の仕上げとばかりに床を磨いている。
「ンなこと、業者にやらせろよ」
「いいじゃない。色々あった部屋だもの。自分で綺麗にしたいの」
エプロンをして床を磨く彼女に、ヒル魔は目を細めた。
かつての、まだ狭い頃の部室の記憶が不意に蘇る。
「・・・問1~~~。10ヤードって何メートルだ」
まもりは弾かれたように振り返り、ヒル魔を見つめる。
「小数点まで正確にな」
にやにやと笑う彼にモップを握り、まもりも顔をほころばせる。
「9.1440183メートルでしょ。・・・懐かしいわ」
あの時は、こんな関係になるなんて想像もしてなかった。
まもりはモップを壁に立てかけ、ヒル魔に近寄る。
「こんなに生活全般がアメフト漬けになるなんてあの時は思っても見なかったわ」
「だろうな」
「妖一はあの時からそう思ってたの?」
「思ってたんじゃねぇ。その時からずっと俺はアメフト漬けのまんまなんだよ」
超理論屋でありながら夢丸出しの男、と旧友に言われた彼。
今はアメフト漬けで生きた時がそれ以前の時を上回った。
そしてまた新たな夢を追う段階に至っても、アメフトからは離れない。
生粋のアメフトバカとは彼のことを言うのだな、とまもりは瞳を細め、それから一つ思い出した。
「そういえば、いつか妖一に聞こうと思ってたんだけど」
「ア?」
「アメフトと私、どっちが大事?」
ヒル魔は眉を寄せる。
「テメェ・・・」
質問が不快だったわけではない。
まもりがそう尋ねながらも堪えきれない笑いに身体を震わせていたからだ。
「~~~やっぱりダメだわ! 自分でしてても変な質問だもの!」
アハハハ、と声を上げて笑うまもりは、笑いすぎて涙が滲んだ目尻を拭う。
「アメフトのない妖一はもう妖一じゃないし、アメフト自体が私と比較するような対象じゃないし・・・選びようがないわよね」
そうでしょう? そう告げるまもりの顔は虚勢などではなく。
事実を事実として見る、真っ直ぐな青い瞳が柔らかく綻んでいる。
「どっちもなくてはならないモノ、だもの」
「ホー? 大層な自信デスコト」
「あら? 違うのかしら?」
笑いながら掃除を再開しようとするまもりを、ヒル魔が抱き寄せる。
「いや、大正解だな」
「やっぱり」
伊達に長く隣にいないのよ、そう笑うまもりの唇に、ヒル魔はご褒美とばかりに優しくキスを落とした。


***
1/10メルフォにてリクエスト下さった匿名希望様の『ゆめのあとさきシリーズで青い軌跡前後の二人』でした。そういやこのシリーズのヒル魔さんの引退理由書いてなかったな、と思い出して書きました。ちょいちょい出してましたが、膝の故障が大きな原因だったのでした。久しぶりの二人だったので、書いてて楽しかったですwリクエストありがとうございましたー♪

該当者の方のみお持ち帰り可。
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