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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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ティア・ドリーム

(ヒルまも一家)
※『カレイドスコープ』の次に位置します。


+ + + + + + + + + +
幼い頃、父が泣く夢を見たことがある。
人の考えの一つも二つも上、遙か高みから全てを見下ろしているような錯覚を抱かせる悪魔のような男。
大切なモノなど何一つないと嘯きそうなのに、妻をこよなく愛し、子供達も慈しんだ。
学生時代から今まで、どんな苦境でも彼は泣かなかったという。
昔から涙を見せるような人間でもなかったと。
二十年連れ添った妻が証言するのだ、間違いないだろう。
実際には泣いたこともあっただろうが、とりあえず人前で見せたことはないらしい。
父にも直接聞いたが、そんなことはあるわけないとあっさり言われていたし。

だから、あの夜のことは夢なのだと思っていた。
涙を零すなんて、泣くなんて、ましてや子供の前でなんて、と。



「わー!! すっげ、綺麗ッ!!!」
「やっぱりそのドレスで正解だね!」
兄弟の手放しの歓声。
視線の先には熟考に熟考を重ねた純白のドレスを纏ったアヤの姿があった。
普段はつんと素っ気ない雰囲気のアヤの頬が少し赤い。
それが歓喜の彩りなのだと兄弟はちゃんと判っていた。
こんなに美しい女性が姉なのだと誇らしい気持ちで兄弟は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
そこにまもりがあかりを抱いて顔を出した。
「きゃー! アヤ、綺麗ね!」
さすがは私の娘、と笑うまもりはドレス姿。
親族らしく着物を着ようとしていたまもりだったが、地味になるから却下とヒル魔に告げられ、どういう基準だと騒いていたのだが。
「母さんも綺麗だね!」
鮮やかな青のドレスは彼女によく似合っていた。
「うふふ、そお?」
妖介の言葉に、まもりは楽しそうにスカートを閃かせる。
「よく似合ってるね」
護がにっこりと笑う。
「それ、父さんがアヤのドレスと一緒に注文してた服なんだって?」
「そうなのよ。いつの間にか注文してたんですって」
護が肩をすくめる。
「主に僕を使ってね」
よいしょ、と声を掛けてまもりはあかりを抱え直す。
それを見て妖介があかりを受け取った。
「ありがとう」
「俺たちムサシさんの方行ってくる」
「男前なんだろうねー」
「あー」
子供達三人が立ち去ると、部屋にはまもりとアヤの二人だけになる。
「いよいよねー・・・」
呟きながらまもりの瞳が揺らぐのを見て、アヤはハンカチを差し出す。
それに首を振って、まもりは自らのハンカチを取り出した。
「それはアヤが使うことになるから」
ぐす、と鼻を鳴らしてまもりは目頭を押さえた。
「そんなに泣かない」
そもそも感情の起伏があまり顔に出ない質なのだ。
つられてもらい泣きするようなかわいげもあまりないし。
「アヤ」
綺麗に整えられた髪を崩さないよう、スカートの裾を踏まないよう、器用に避けてまもりはアヤの頬に触れた。
「いつの間にか、すごく大きくなってたのね」
「・・・ええ」
優しく撫でる手に、アヤの瞳が細められる。
「アヤは小さい頃からしっかりしてて、頼れるお姉さんだったわ」
「そう」
「まさか、ムサシくんと結婚するとは本当に夢にも思わなかったけど・・・」
まもりは両手でアヤの頬を包んで笑う。
「幸せになりなさいね」
「ええ」
アヤは薄く笑みを浮かべる。
まもりは手を放しながら口角を上げる。
あまり普段はしない、悪戯っ子のような笑みだ。
「さっきのハンカチの話だけど」
「?」
「これから存分に使うわよ」
メイクは直して貰えるから平気よ、と笑って離れるまもりに疑問符を浮かべていたアヤだったが。
まもりと入れ違いに入ってきた人物に目を丸くする。
ガタン、と音を立ててアヤは立ち上がった。
「あ・・・」
「どーした。見惚れたか」
黒のスーツに包まれた細身。
ケケケ、と笑う口調も顔もいつも通りの、見慣れたもの。
ヒル魔だ。
けれど髪が。
いつも勢いよく天を突いていた髪が、降りていた。
色は金髪のままだったけれど。
「・・・なんで」
「まあ、なんとなくだ」
多くを語らず、ヒル魔はにやりと笑うに止める。
「座れ」
その言葉にアヤは大人しく椅子に戻った。
普段は身長がほとんど変わらないので視線が近いのに、今日は座っているのと立っているのとで見上げる父との距離がある気がする。
「十八年か」
ヒル魔が眸を細めた。
「随分でかくなった。・・・あっという間だった」
その声に含まれるのが寂しさなのだと、やや遅れて理解する。
「寂しい?」
「おー」
あっさりとしているが即答されて、アヤは驚く。
「意外。・・・お母さんさえいればいいのかと思った」
「まあ、それもあながち外れちゃいねぇ」
それでも娘よりも妻が大事と言わんばかりの声にアヤは唇に薄く笑みを掃く。
「一人減る分、より独占できるわよ」
「テメェの代わりは誰にもできねぇよ。姉崎だってな」
ヒル魔は言葉を切って、少し間を開けた。
「小せぇ頃、目の前で泣いたことがあるかと、聞いたことがあったな」
「・・・ええ」
唐突な話題転換にアヤは瞬く。
「ありゃ本当だ」
「!?」
目を見開くアヤに、ヒル魔は続ける。
「昔、姉崎が事故で入院した事があっただろう」
「ええ」
「あの夜、アレが切っ掛けでちょっと悪夢を見てな」
悪夢、とアヤは口の中で繰り返す。
おそらくそれは、まもりが一週間意識不明だったあの時の事だろう。
今でもほとんど話題にしたがらない、ヒル魔の一番の禁忌。
「眠れなくなった」
ヒル魔の視線が遠くの道を辿るように彷徨った。
アヤも記憶を辿る。
あの、子供心に薄暗く怖かった夜のことだ。
まだ母を恋しがって泣く子供達を寝かしつけたのは父であるヒル魔だった。
だからあの時、普段は一緒にいないはずの部屋に彼はいたのだ。
そうして、一人喪失の記憶を蘇らせ、苦しんだのだろう。
「その時だ。テメェは急に起き出してきて」
ヒル魔は表情を変えた。
今まで見たことがない、柔らかい苦笑というものに。
「『だいじょうぶ』って人のことガキあやすみてぇに言ってなァ・・・」
ヒル魔はアヤの手を取る。
「この手で、俺の手握って笑ったんだ」
慈しむようにアヤの手を撫で、握る。
「誇っていいぞ、アヤ」
その手は、声と同じく暖かかった。
「俺を泣かせた女はテメェ一人だ」


あの日の夜、泣き疲れて眠った子供達の傍らで眠りに就いた。
けれど思わぬまもりの事故で過去の傷を抉られた格好のヒル魔は、夢見の悪さに飛び起きてそのまま身動きさえ出来なくなった。
時が癒しになるなんて嘘だ。
どれだけ時を重ねてもまだあの夢は鮮明にヒル魔を苦しめる。
悄然と肩を落とすヒル魔の耳に、身動ぐ人の気配。
視線を向ければ先ほどまで深く眠っていたはずのアヤが起き出していた。
朝にはまだ早い、と言おうとする前に。
アヤはまもり譲りの青い瞳を柔らかく綻ばせて笑ったのだ。
『だいじょうぶ』
小さな手で、冷えたヒル魔の手を握って。
『泣かないで』
弟達を気遣ってか、小さく囁く声にヒル魔の涙腺はあっけなく決壊し。
思わず抱き寄せた小さな暖かさに癒やされ、遠くに失せていた眠気が戻り。
気が付けば朝だった。

彼は、あの日ほど朝日が眩しいと思ったことはない。


「・・・なんでそれを、今、言うの」
繋がった二人の手にぽたりと雫が落ちる。
「花嫁も花嫁の父も泣かないとなると、場が盛り下がるから」
しれっと言われた言葉にアヤはむっと眉を寄せた。
「いい準備運動になっただろ」
「よくない」
ケケケ、といつもの通りに笑うヒル魔はテーブルの上のハンカチをアヤの顔面に投げつける。
それをありがたく使いながら、アヤはヒル魔を見上げた。
タイミング良く係員から声が掛かった。
「お時間です」
「おー。おら行くぞ」
化粧が崩れている、とアヤは一瞬考えたがすぐ諦めた。
どうせベールを被るし遠目からは判らないだろう。
それを察したらしいヒル魔が隣を歩きながらアヤの顔を覗き込む。
「そんな崩れてねぇ。目が赤いくらいだ」
「そう」
「存分に泣けば気にならなくなるぞ」
からかうような口調のヒル魔に、アヤは腕を伸ばした。
腕を取り、隣の彼と視線を合わせる。
「お父さんが泣けばいいのよ」
ヒル魔はぴんと片眉を上げてにやりと笑う。
「それは姉崎に任せた」

***
頂き物の『泣くヒル魔さん』に触発されてw
あとはヒル魔さんの髪を下ろすタイミングをいつにしようかと思っていたらこんな話になりました。
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