旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
やめて。
そんな声で、嘘をつかないで。
今なら判るの。
あの時、あの一言が貴方の精一杯の優しさだった。
その気になれば私を浚いに来るなんて朝飯前だもの。
でも貴方は私に選ばせた。私の意思を尊重してくれた。
だから私は貴方に会いに行けたの。
待っていてくれたのが判ったから。
・・・ありがとう、『――』。
「・・・う・・・」
目が覚めたけれど、一瞬ここがどこか判らなかった。
視界に入った家財道具から、あのヒル魔と生活していた場所なのだと気づく。
「起きたか」
まもりはびくりと体を強ばらせた。
何しろとんでもない至近距離から声が聞こえたのだ。
もしかして隣に寝ていらっしゃいますか。
というかこの私の頭の下にあるこれは、腕ですか。
これって、腕枕?!
「な、な、な・・・」
パニックになって離れようとするまもりを、ヒル魔は抱き寄せる。
目の前に迫る黒い壁が彼の胸なのだと一瞬遅れて気が付いた。
「何もしねぇよ」
「笑いながら言われても!」
文句を言いながらも顔は上げられない。
どんな顔をしていいか判らないから。
「頭痛は?」
「今は大丈夫。や、でも・・・離して?」
いたたまれずまもりは藻掻いたが、その腕は離れない。
「いいから抱かれてろ」
その腕が信じられないくらい優しくて居心地が良くて、まもりは戸惑う。
頭は混乱しているのに、身体は思いがけず安らいでいるようだった。
自分の記憶にあるヒル魔のことを思い描く。
彼は悪魔みたいな素行の悪さで全校生徒、いや下手をすると全国的に恐れられていた男だった。
まもりは風紀委員となって何度も注意をしたが、彼の素行は一向に良くならなかった。
それなのに今のこの状況、にわかに信じられない。
日本にまもりを帰すつもりだったのに、やめたんだろうか。
体調が優れないのなら航空会社の方がいくら脅されても搭乗を拒否するからだろうけれど。
でもこんな風に寄り添っている理由にはならないのでは、とまもりは色々考えていたが。
ふう、と細い吐息がまもりの髪を擽る。
少し首をすくめ、それから不意に気が付く。
そういえばまもりは知らないのだけれど、今の自分は交通事故に遭ったのだった。
もし身近な誰かが交通事故に遭って意識を取り戻さなかったら、自分は夜も眠れないだろう。
ヒル魔がそんな繊細な神経の持ち主だとは思わないけれど、妻として側に置くくらいのまもりが死にかけたとなったら眠れるだろうか?
ましてやまもりは記憶を失っていて、他人同然のまま今まで過ごしているのだから。
この腕に抱き寄せられたのは今のまもりには初めてだが、本来ならこれは彼にとって自然なことなのだろう。
我慢、していたんだろうか。
まもりにこの十年間を忘れさせたままにして日本に帰すつもりで、ずっと触れなかったのだろうか。
日本からこちらに来るにあたって色々な物を捨てさせた事を、彼なりに気にしていたのだろうか。
意識して触れてこなかったらしい彼の判りづらい優しさを垣間見た気がして、まもりはヒル魔の肩口に頭をすり寄せた。
ヒル魔はぴたりと動きを止める。
「・・・オイ?」
「ねえ、私、貴方の事なんて呼んでたの?」
「ア?」
唐突な質問に訝しげな声。
「さっき、何か夢を見たんだけど」
「ホー?」
「名前を呼びたかったみたいなの、私」
まもりは先ほど見た夢の残滓をもう一度掬おうと目を閉じる。
彼の指が閃いていたような。
その夢は二回目だ。
あれは、手話?
ヒル魔は手話が出来るのだろうか。
まもりと手話で何か会話することがあったのだろうか。
ややしてから、彼は口を開いた。
「テメェは俺の事は下の名前で呼んでたな」
「下の名前・・・」
ヒル魔の下の名前。記憶を掘り起こす。
「『妖一』?」
「―――――――ッ」
ヒル魔が沈黙する。ぐ、と息を詰めるような雰囲気。
「もう一度」
「え?」
「もう一度呼べ。・・・まもり」
縋るように囁かれた低い声音。
耳に直接吹き込まれるような己の名前に、まもりの心臓が大きく跳ねる。
知ってる。
この声を私は知っている。
この腕もこの身体も心も何もかも私は知っている。
知っているのに。
思い出せない。
どうしても判らない。
「まもり?」
様子がおかしいのに気づいたのか、ヒル魔が訝しげに声を掛ける。
また、頭痛がする。
鈍く重く響くような痛みに、まもりはきつく目を閉じる。
そこにあの指が閃いた。
呼んでいる。
ヒル魔がまもりを呼んでいる。
気遣わしげに髪に絡む指は、二人だけに通じる言葉を奏でることができる指。
口の代わりに、誰にも知られないように、ひっそりと感情を乗せて。
『来い』
だから、私は。
「・・・妖一」
「ああ」
「記憶喪失っていうのは大別すると二つあって、一つは脳の記憶回路自体が損傷するケースと、もう一つは記憶回路の開き方を忘失するケースがあるんですって」
「・・・ア?」
「私は頭を打ったけど脳内出血はなかったのね。後者だわ。じゃなきゃ今こんな風にしてられないだろうし」
「・・・まもり?!」
まもりは顔を上げた。そこには見慣れたヒル魔の顔がある。
自然と表情が緩むのが判る。まもりはとろりと笑み崩れた。
「思い出したわ。全部」
途端にまもりはヒル魔にきつく抱きしめられる。
その腕が震えているのを、その息が乱れているのを、すべて見ないふりでそうっとまもりも抱き返す。
「十年分も記憶なくすなんてどれだけ糞面倒なことしやがるんだ」
「うん、ごめんね」
「この落とし前はきっちりつけて下さるんでショウネ?」
少し腕が緩んだ先で見えた表情は、いつもと同じ不敵なもので。
そうしてそれは、まもりが一番好きな彼の表情なのだ。
「ええ。もう何でも言う事聞くし、何でもするわ」
「いい心がけだ」
―――――とりあえずは、再会を喜ぶキスを。
<終>
***
碧き浄天眼、これにて一応終了ですが後日談をあと一話アップするので、それで完結です。
続く、というのも変なのでこんな形で区切りました。詳しい後書きはまた明日!
そんな声で、嘘をつかないで。
今なら判るの。
あの時、あの一言が貴方の精一杯の優しさだった。
その気になれば私を浚いに来るなんて朝飯前だもの。
でも貴方は私に選ばせた。私の意思を尊重してくれた。
だから私は貴方に会いに行けたの。
待っていてくれたのが判ったから。
・・・ありがとう、『――』。
「・・・う・・・」
目が覚めたけれど、一瞬ここがどこか判らなかった。
視界に入った家財道具から、あのヒル魔と生活していた場所なのだと気づく。
「起きたか」
まもりはびくりと体を強ばらせた。
何しろとんでもない至近距離から声が聞こえたのだ。
もしかして隣に寝ていらっしゃいますか。
というかこの私の頭の下にあるこれは、腕ですか。
これって、腕枕?!
「な、な、な・・・」
パニックになって離れようとするまもりを、ヒル魔は抱き寄せる。
目の前に迫る黒い壁が彼の胸なのだと一瞬遅れて気が付いた。
「何もしねぇよ」
「笑いながら言われても!」
文句を言いながらも顔は上げられない。
どんな顔をしていいか判らないから。
「頭痛は?」
「今は大丈夫。や、でも・・・離して?」
いたたまれずまもりは藻掻いたが、その腕は離れない。
「いいから抱かれてろ」
その腕が信じられないくらい優しくて居心地が良くて、まもりは戸惑う。
頭は混乱しているのに、身体は思いがけず安らいでいるようだった。
自分の記憶にあるヒル魔のことを思い描く。
彼は悪魔みたいな素行の悪さで全校生徒、いや下手をすると全国的に恐れられていた男だった。
まもりは風紀委員となって何度も注意をしたが、彼の素行は一向に良くならなかった。
それなのに今のこの状況、にわかに信じられない。
日本にまもりを帰すつもりだったのに、やめたんだろうか。
体調が優れないのなら航空会社の方がいくら脅されても搭乗を拒否するからだろうけれど。
でもこんな風に寄り添っている理由にはならないのでは、とまもりは色々考えていたが。
ふう、と細い吐息がまもりの髪を擽る。
少し首をすくめ、それから不意に気が付く。
そういえばまもりは知らないのだけれど、今の自分は交通事故に遭ったのだった。
もし身近な誰かが交通事故に遭って意識を取り戻さなかったら、自分は夜も眠れないだろう。
ヒル魔がそんな繊細な神経の持ち主だとは思わないけれど、妻として側に置くくらいのまもりが死にかけたとなったら眠れるだろうか?
ましてやまもりは記憶を失っていて、他人同然のまま今まで過ごしているのだから。
この腕に抱き寄せられたのは今のまもりには初めてだが、本来ならこれは彼にとって自然なことなのだろう。
我慢、していたんだろうか。
まもりにこの十年間を忘れさせたままにして日本に帰すつもりで、ずっと触れなかったのだろうか。
日本からこちらに来るにあたって色々な物を捨てさせた事を、彼なりに気にしていたのだろうか。
意識して触れてこなかったらしい彼の判りづらい優しさを垣間見た気がして、まもりはヒル魔の肩口に頭をすり寄せた。
ヒル魔はぴたりと動きを止める。
「・・・オイ?」
「ねえ、私、貴方の事なんて呼んでたの?」
「ア?」
唐突な質問に訝しげな声。
「さっき、何か夢を見たんだけど」
「ホー?」
「名前を呼びたかったみたいなの、私」
まもりは先ほど見た夢の残滓をもう一度掬おうと目を閉じる。
彼の指が閃いていたような。
その夢は二回目だ。
あれは、手話?
ヒル魔は手話が出来るのだろうか。
まもりと手話で何か会話することがあったのだろうか。
ややしてから、彼は口を開いた。
「テメェは俺の事は下の名前で呼んでたな」
「下の名前・・・」
ヒル魔の下の名前。記憶を掘り起こす。
「『妖一』?」
「―――――――ッ」
ヒル魔が沈黙する。ぐ、と息を詰めるような雰囲気。
「もう一度」
「え?」
「もう一度呼べ。・・・まもり」
縋るように囁かれた低い声音。
耳に直接吹き込まれるような己の名前に、まもりの心臓が大きく跳ねる。
知ってる。
この声を私は知っている。
この腕もこの身体も心も何もかも私は知っている。
知っているのに。
思い出せない。
どうしても判らない。
「まもり?」
様子がおかしいのに気づいたのか、ヒル魔が訝しげに声を掛ける。
また、頭痛がする。
鈍く重く響くような痛みに、まもりはきつく目を閉じる。
そこにあの指が閃いた。
呼んでいる。
ヒル魔がまもりを呼んでいる。
気遣わしげに髪に絡む指は、二人だけに通じる言葉を奏でることができる指。
口の代わりに、誰にも知られないように、ひっそりと感情を乗せて。
『来い』
だから、私は。
「・・・妖一」
「ああ」
「記憶喪失っていうのは大別すると二つあって、一つは脳の記憶回路自体が損傷するケースと、もう一つは記憶回路の開き方を忘失するケースがあるんですって」
「・・・ア?」
「私は頭を打ったけど脳内出血はなかったのね。後者だわ。じゃなきゃ今こんな風にしてられないだろうし」
「・・・まもり?!」
まもりは顔を上げた。そこには見慣れたヒル魔の顔がある。
自然と表情が緩むのが判る。まもりはとろりと笑み崩れた。
「思い出したわ。全部」
途端にまもりはヒル魔にきつく抱きしめられる。
その腕が震えているのを、その息が乱れているのを、すべて見ないふりでそうっとまもりも抱き返す。
「十年分も記憶なくすなんてどれだけ糞面倒なことしやがるんだ」
「うん、ごめんね」
「この落とし前はきっちりつけて下さるんでショウネ?」
少し腕が緩んだ先で見えた表情は、いつもと同じ不敵なもので。
そうしてそれは、まもりが一番好きな彼の表情なのだ。
「ええ。もう何でも言う事聞くし、何でもするわ」
「いい心がけだ」
―――――とりあえずは、再会を喜ぶキスを。
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鳥(とり)
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性別:
女性
趣味:
旅行と読書
自己紹介:
ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
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閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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