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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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碧き浄天眼(5)




+ + + + + + + + + +
日本への飛行機は朝の便だった。
ヒル魔の運転で空港へと向かう。
やはり彼は眠っていないようだった。
それでも不調は訴えず、全く平然としている。
どれだけ我慢強いというか、意地っ張りなんだろうこの人、とまもりは隣をうかがうが彼はどこ吹く風だ。
早朝の空港は人もまばらだった。
搭乗手続きを早々に済ませ、二人は並んでベンチに座っていた。
「日本へは何時間くらい乗るの?」
「10時間弱」
「ふうん」
荷物は日本から持ってきたというボストンバック一つ。
少なすぎるとヒル魔には言われたが、不足があれば日本で揃えられると思って特に用意しなかった。
「・・・日本に行ったら、記憶戻るかな?」
「サアネ」
素っ気ないような声に、まもりは隣に座るヒル魔を見た。
彼はまもりと視線を合わせようとはせず、ただ時間を待っている。
「ねえ、私に記憶が戻って欲しくないの?」
「そりゃモチロン、戻って欲しいナァ」
打てば響くように応じるが、その言葉はどこか虚ろなような。
「本当に?」
「何か疑問があるのか?」
ヒル魔は逆に尋ねる。
「俺はお前の記憶が戻って欲しいと思ってる、それがどこかおかしいか?」
「・・・ううん」
けれど、とまもりは考えるのだ。
それならなんでそんなに辛そうなのだろうか。
今の自分の記憶にある、高校一年の二ヶ月間だけの彼の姿。
アメフト部を立ち上げたときの彼は、いろんな人を脅したりしつつ、それでも自分で動いてチラシをばらまいたりして活動していた。
目標が何かは判らないけれど、ムサシくんと栗田くんとの三人で楽しそうに過ごしていた。
何より、一生懸命練習していた。
そう、すごく努力していた。
・・・今は?
隣に立つヒル魔は、まもりの記憶を取り戻させるために努力をしていただろうか?
彼の性質上努力しているところを人に見せないにしても、実際にまもりに対しあれこれ試すようなこともしていない。まもりに接点を持っていたのは一日目だけで、その後は全く近くにもいない。
これではまるで。
まもりに思い出して欲しくないような。
むしろ忘れさせていようとする、ような。
何か悪い予感がする。
考えなければ。
この三日間、ともすれば記憶から失せがちな彼の姿を反芻する。
そして彼の顔がほとんど思い描けない事に驚く。
なんで彼の顔を思い出せないのか。
こんなに近くにいるのに、どうして覚えていられないのか。
あの特徴的な目元も、口元も、耳も、部分部分は出てくるのに、上手に組み合わせられない。
形の狂ったジグソーパズルでピースが嵌らず藻掻いているような。
まもりにヒル魔を忘れさせている事に、何か利点があるだろうか。
彼には何一つ利点はない。
むしろマイナスだろう。公私ともにサポートしていたという事は、それだけ頼りにしていただろうから。
互いに愛しあっていたかまでは今のまもりには理解出来ないにしても、妻としてスポーツドクターとして側に置くだけの存在がいないままになるのは手痛いはずだ。

では、まもり自身には?
ヒル魔の声が蘇る。

(それくらい、覚悟が要ったんだろ。全部捨ててここにくる、っつーのは)

不意にヒル魔がまもりの左手を取った。
「ヒル魔、くん?」
「これは俺が預かる」
触れるのはプラチナの指輪。
二人が結婚しているというのを、判りやすく対外的に示したもの。
これを外してしまったら。
彼の繋がりは、もう、何も。
目に見える形ある物は、何一つ。
(やめて)
とっさにまもりは手を握り込んだ。
「ダメ!」
「今のテメェが持ってたって邪魔なだけだろうが」
「だって私はここに戻ってくるんでしょう? だから指輪はしたままの方がいいわ」
口早に言って、まもりは左手を取り戻す。
それにヒル魔は眸を僅かに眇めた。
彼のその表情にまもりの心臓が跳ねる。
(やめて)
なんだろう、この感覚は。
もう一人、誰かがまもり自身の中で叫んでいるような気がする。
何か・・・。
ほろりとまもりの口から言葉が落ちる。
「・・・私、あなたの妻、なんでしょ?」
十年後で、こんな指輪までしているのならそう思うのが当たり前の事だと思っていたのだけれど。
けれど彼は。
「今のテメェは違うだろ」
残酷な程すっぱりと、切って捨てた。

まもりは真っ白になろうとする頭を回転させ、必死になって思考を組み立てる。
何もかもを捨てて、未来の私はここに来た。
・・・私は、今の記憶が15才の私は、まだ何も捨ててない。
まだヒル魔くんともちゃんと出会っていない頃の私だから。
だから、日本に帰ってしまえば、もう彼とは。
ただの他人同然になってしまう。
距離も離れ、法の上だけでしか繋がっていられなくなる。
法、の。

「―――!」
まもりは目を見開き、ばっと自らの鞄をひっくり返した。
唐突なその行動にヒル魔の抑制が一瞬遅れる。
彼が伸ばした手は届かず、床に中身がぶちまけられる。
「おい!」
財布やパスポート、口紅などの細々した物の中でがさりと落ちた一枚の書類。
折りたたまれ、いつの間にか無造作に放り込まれていたそれは。
緑で印字された、離婚届。きちんと彼の署名も全て入っている。
記入されていないのはまもりの署名だけだ。
これを記入し提出してしまえば、法でさえ二人を繋がなくなるのだ。
「どういう、こと?」
彼はまもりの記憶を取り戻させたいのだと思っていたのに。
ヒル魔は舌打ちする。
「そのまんまの意味だ。テメェは日本に帰って役所にコレ出してさっさと俺の事を忘れろ」
ちょうどその時、搭乗手続き開始を告げるアナウンスが入った。
出国審査をまだ終えていないまもりは早急に出国ゲートへと向かわないといけない。
(やめて)
ヒル魔はもう一度舌打ちすると、パスポートと財布、そして離婚届をまもりの手から取り返す。
それらを空になった鞄に再び押し込み、彼女の手を強く引いた。
「来い!」
「嫌!」
まもりは全身で抵抗する。
「嫌よ、帰らない!!」
「テメェがここにいようが出来る事もやれる事も何一つねぇんだよ!」
頭ごなしに怒鳴られ、それでもまもりは必死に首を振った。
「ダメ、絶対帰らない!! 私が日本に帰ったら、私からの連絡なんて取れないようにして、どこかに消えちゃうつもりでしょ!?」
「テメェじゃあるまいし、誰が消えるか!!」
「じゃあなんで離婚届なんて書くの!? なんで私の記憶を取り戻させようとしないの!?」
「今のテメェには関係ねぇだろうが!」
騒ぐ二人の周囲には人だかりができはじめている。
(やめて)
ヒル魔は動きたがらない彼女に業を煮やし、その身体を肩に担ぎ上げた。
「嫌ぁあ!!」
「今そう思うのは、俺しか知り合いが側にいないからだ!」
出国審査に向かうゲートへと強制的に連れて行かれそうになり、まもりは手足をばたつかせて必死に抵抗する。
暴れるまもりにヒル魔は構わず足を進めていく。
「日本に帰ればテメェの親も友達も全部いるんだよ!」
それにまもりは首を振った。
「だってそこには、ヒル魔くんはいないじゃない!!」
ここにまた戻ってくるつもりだったから、日本に帰る事に躊躇いがなかったのだ。
「だから言ってるだろ、忘れろってナァ!!」
痛みの滲んだような声に、まもりはようやく彼の姿を覚えていられなかった本当の理由に思い当たった。
彼はまもりの目を見ていなかった。
正面から向き合ってほとんど顔を合わせていない。
横顔か背中でしか会話していない。
視線を感じて振り返ってももう違う方向を見ていた。
「帰ればこっちのことは全部忘れんだよ!」
彼のいない、現実感の無かったこの数日間は、日本での日常に紛れたら本当に忘れてしまえそうだった。
彼の言葉を否定出来ない。
(やめて)
だから尚更、ここで離れてしまったらいけないと強く思う。
この肩から降ろされてしまえば、もう二度と触れない。
二度と逢えない。
それは予感ではなく、確信。

騒ぎに警備員までやってきた。けれどヒル魔の姿を見て彼らは立ちすくむ。
ここでも彼の所業についてはもはや口出しすべきではない、と暗黙の了解が出来る程に知られているのだ。
「か・え・れ!!」
「絶対、に、・・・――――――――」
必死にヒル魔の服にしがみついていた指が、唐突に解ける。
叫び声も途中で途絶え、荒い呼吸音だけが耳に付く。
ヒル魔は担いだ身体を見やる。
「・・・おい?」
「痛・・・」
まもりは頭を抱えて小刻みに震えている。
「頭が・・・」
(やめて)
視界が急速に狭まり、意識が遠くなる。
「おい、姉崎!」


<続>
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