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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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桜雪奇談15



+ + + + + + + + + +
まもりは闇の中でぽつんと立っていた。
ぽう、と音を立てて照らし出されたところに傷つきうずくまる少年の姿。
幼い頃のヒル魔だ。
全てに絶望し、暗い瞳をしていた彼。
彼の元に歩み寄ろうとしたとき、別の手が彼を抱き上げた。
それはまもりとは似た色彩でありながら、まもりとは違う女性。
その腕で彼は安堵したかのように眸を細めた。
いつしか少年は青年へと変じていたが、その腕から女性を手放す素振りはない。
彼女が身じろぎすることなく冷たくなり、やがて風化して姿を消しても、そのまま彼は抱きしめた腕の形を変化させない。
その姿は、まもりの立ち入る隙間などないと宣言するようで。
まもりはただその姿を黙って見つめている事しか出来なかった。
夢から目覚めても闇。
全身に汗を掻いて目を覚ましたまもりは、見慣れない寝台に気づいた。
ポヨの姿もない。
きっと鈴音の屋敷だろう。
浮雲にもそう願ったし、ポヨにもそう告げたからきっと彼女の元に運んで貰えたはずだ。
まもりは起きあがって、靴を履いて立ち上がる。
ふらりと廊下に出ると明かりと話し声が漏れていた。
鈴音とセナ、きっとポヨもそちらだろう。
まもりは明かりと逆方向に足を向ける。
そちらには出入口があって、くぐり抜けると月光に照らされる庭に通じている。
幼い頃何度も訪れたここの勝手はよく知っている。
さくさくと歩き、見晴らしの良いところまで出る。
雲の海の隙間から、眼下に人々の暮らす明かりがいくつか見える。
仙人となったまもりが守るべき地上の光だ。
けれどここに来て、まもりの中の何かが揺らいでいる。
まもりが仙人になりたかった理由は、当初は村の為だった。
けれど村は消失し、守るべき存在と思っていた弟は今や立派に鈴音の弟子として生活している。
それでもなりたいか、ヒル魔に以前問われた時に、まもりはご恩に報いたいから、と告げた。
今もその気持ちは変わっていない。だが、それ以上に大きな気持ちがある。
「ヒル魔さま・・・」
ぼろぼろと涙がこぼれる。
いつしか彼は師匠であり養い親である以上に、まもりにとって最も愛しい人になっていた。
だから誰よりもヒル魔の側にいたかった。
最悪、仙人になれなくても、『合方』としてでも、ただ側にいられるだけでよかったのに。
本当なら喜ぶべき事を喜べず、感謝すべき神にさえ恨み言を言いたくなる程の苦しさ。
『ここから出て行け。そうしてもう二度と来るな』
ヒル魔の声がまもりの心に突き刺さり、消えない。
この後、この苦しさが永劫に続くのだ。
永遠に年を経ず、永遠に生き続ける。
・・・気が遠くなる程の時を、ヒル魔の側にいることもできずに。



翌朝、腫れぼったい目で起き出してきたまもりに鈴音は笑顔で近寄ってきた。
「やー、まもりちゃんおはよう! そしておめでとう! 仙人になれたんだね!」
「おはようございます。・・・ありがとうございます」
それにまもりも笑顔で答える。
それに鈴音は何か言いたそうにしたが、結局は口を開かずまもりを外に連れ出した。
「ね、雲も食べられるようになってるはずだよ」
「あ・・・」
まもりはふわふわと浮いている雲を掴むと恐る恐る口に含んだ。
味がある。かつてはただの湯気のようだったそれが、ちゃんと食べ物として摂取出来る。
「やー。どう? 初めての雲の味は!」
「ええ、おいしいです」
それにまもりは笑顔を浮かべつつ、少し俯いた。
「・・・でも、うちはセナがいるからご飯もあるんだ。そっちも食べよう!」
鈴音に手を引かれるまままもりは歩く。扉から顔を出したセナが笑顔で二人を出迎えた。


食事を終えたまもりは立ち上がる。
「やー? どこ行くの?」
「・・・神殿に。仙人としての申出をしてきます」
起き抜けよりは多少腫れの引いた目元に笑みを浮かべる。
その痛々しい表情に鈴音はむっと唇を歪めた。
「だめ」
「え?」
「だめよ、まもりちゃん。今の状態で神殿なんて行っちゃだめ」
「でも・・・」
これ以上ここにやっかいになるわけにもいかない。
ヒル魔の屋敷を追い出された今のまもりは宿無し状態なのだから。
座って、と椅子を指されてまもりは仕方なく席に戻る。
「ねえ、まもりちゃんはなんで妖兄のところから追い出されたの?」
「私が仙人になったので、側にいる必要はない、と・・・」
まもりの表情が暗く沈み込む。
「もう二度と来るな、と言われました」
「・・・そんな・・・」
思わず鈴音も絶句してしまう。術を掛けてまでまもりを過剰に守っていたあの様子からは想像も出来ない発言だ。
「私・・・仙人になれて、嬉しい、はずなんです」
「うん」
「でも・・・仙人になったことで、ヒル魔さまにあれほど拒絶されるとは思いませんでした・・・」
まもりの瞳からまた涙がこぼれる。
小さくしゃくり上げるまもりに手ぬぐいを渡して鈴音は少々思案していたが。
「よしっ」
「?」
勢いよく鈴音が立ち上がった。隣でじっと成り行きを見ていたセナも、目を丸くして鈴音を見上げる。
「セナ、行くわよ!」
「どちらに?」
「妖兄のところよ!」
「え?」
戸惑う二人に鈴音はにっと笑う。
「まもりちゃんはポヨと一緒にここのお留守番してて!」
「でも・・・」
自分のために面倒を掛けるのは、と戸惑うまもりに鈴音は首を振る。
「そんな状態で新しい島に入ったら、間違いなく引きこもっちゃうよ」
何しろ仙人は単独行動が基本。自ら動かないと他人との交流はゼロに等しい。
このままの状態でまもりを一人で行かせたら、まるで天界に咲き誇る桜のようになるに違いないのだ。
永遠に美しく、静かに、ただほろほろと涙を零し続ける存在に。
「遠くに行くにしても、問題は解決して行かなきゃ!」
鈴音は軽快な足取りで外へ向かう。
「まもりちゃんだってこのままずーっと苦しいままじゃ嫌でしょう?」
戸惑ったままついてきていたまもりを、くるりと振り返った鈴音が慈愛に満ちた表情で抱きしめる。
もう大分大きくなったまもりに鈴音の方が抱きついているような格好だったが、間違いなくその時鈴音はまもりを抱いていた。
「大丈夫、ちゃんと話してごらんなさい。私たちには時間が沢山あるんだから」
焦らなくていいのよ、とゆったり笑った鈴音は機敏に浮雲を呼ぶと、セナと共にヒル魔の屋敷へと向かっていった。

<続>
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