旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
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その日、ヒル魔は会議へと強制的に参集され、ものすごく不機嫌だ、というのを前面に押し出して話を詰めてきた。
そもそも会議は佐官クラスでも大佐以上が参集されるべきであって、中佐であるヒル魔が出る理由がなかったのだ。
いや、あるといえば、あった。
「・・・どこほっつき歩いてやがるんだ!」
チッ、と盛大に舌打ちしてもそれを諫める彼の副官は今いない。
いや、副官でありながら上官でもある彼女はヒル魔が着任してからというもの、会議には必ず招かれていた。
ヒル魔が来るくらいならまもりが出る方がましだ、と周囲に思われていたから。
だが、会議で発言をする度にまもりへの評価が変わってきていた。
曰く、単なるお飾り大佐ではなく、彼女は正当な評価でこの場所へと上り詰めたのだと。
勿論血筋による七光りも存分にあったのだろうけれど、彼女の意見は常に的確でそして無駄がなかった。
女はとかく感情で先走るものである、という軍部の考えを足下から全て変えるような存在として認められつつあった。
ところが今日に限ってなぜか彼女がいない。
指揮者が会議に出ないわけにはいかないから、と仕方なくヒル魔が出た次第である。
哀れなのは周囲の佐官たちである。
自らより位の低い男に対して怯えるなんて体裁が悪いことを顔には出したくないから、誰もが脂汗を浮かべながらその場を動かなかった。
ヒル魔が退室した瞬間に全員が胃痛を訴えたという。
そんなことには感知せず、ヒル魔はスケジュールの管理を行う部門へと足を運んだ。
「あの糞女はどこ行った!?」
怒声と共に開いた扉の向こうで、びくりと隊員達が身を竦ませる。
今ここに残っているのは残務整理の文書方ばかり。
その中の筆頭である雪光が恐る恐る彼の元に参じた。
「あの・・・姉崎大佐ですか?」
「他に女がいるか」
「そうですが・・・あの・・・姉崎元帥は、街に・・・」
「アァ?!」
ヒル魔は眉間に深く皺を刻んだ。
会議があるのが判っていながら街に行くとはどういう了見だというのだろうか。
「なんでも、欲しい本があって、それが今回の古書市に出るという噂が・・・」
それにヒル魔は苦々しい顔をするしかなかった。
「ったく、あの本の虫め!!」
まもりはとにかく本が好きだ。
作戦を考えるのも好きだが、やはりそれは様々なデータを集めていく必要があるので、必然的に本は資料としても大量に求める。
とはいえ、どう見ても必要ない本だって読んだりするのだ。なんで編み物から野菜の育て方まで読む必要があるのか。
単に彼女は活字中毒なんだろう、とヒル魔は睨んでいる。
「それにしたって今日は会議があると知っているだろうが」
「そうなんですよ。普段からお時間は守られる方なのに・・・」
当惑する雪光にこれ以上詰問しても無駄だとヒル魔は彼を解放した。
そしてその場を去り、廊下を歩いていた時。
「ひ、ひるま、中佐・・・!」
「ア? 糞チビ?」
ヒル魔の前に立ちふさがったのは彼が統括する小隊一の俊足を誇る小早川セナ。
彼は息を乱し、そのくせ真っ青な顔でヒル魔に駆け寄った。
「大変、で、す! 姉崎、大佐、が・・・!」
切れ切れに告げられるその内容に、ヒル魔の顔が険しくなった。
まもりはため息を零していた。
彼女は今、どことも知れない場所の地下に監禁されていた。
窓はなく、目の前には鉄の格子。明かりはぼんやりとした蝋燭一本だけで、視界は判然としない。
その腕は後ろ手に拘束され、足も枷が付けられていて身動きするのも一苦労だった。
他にも囚われている人たちがいるのか、すすり泣く声や悲鳴があちこちから聞こえてくる。
ため息を聞きとがめた見張りの男がにやにやと笑いながら軽口を叩く。
「余裕だな、姉ちゃんよ」
「手、外して貰えませんか」
「駄目だ。逃げようとか抵抗しようとか変なこと考えられちゃマズイからな」
「だってこれじゃあ本が読めません」
「は?」
「せっかく買ったのに読めないなんて拷問です」
まもりは心底悔しい、という顔をして目の前に積まれた本を恨めしく眺める。
「せめて前向きにしてもらえませんか。そうしたら本が読めます」
「・・・アンタ、変わった女だな」
「どうも」
まもりの様子に呆れた見張りの男は、その手を前向きに拘束し直した。
途端に上機嫌になって本を手に取る姿に、ますます呆れる。
「本当なら泣いて喚いて煩いもんなんだぜ、浚われた女ってのは」
「そうですか。私は本が読みたいので黙っていて貰えますか」
「・・・やっぱり変な女だ」
頭を振りながら見張りはその場を外す。
まもりは本を読むフリをしながら、ブツブツと呪文を唱える。
その言葉は白く光りながら壁に吸い込まれていく。
やがてもう一度他の男を伴って見張りが戻ってきた頃には、まもりは本当に本の世界に没頭していた。
「な、変な女だろ? これから売られるっつーのに涙も見せないで本読んでやがる」
「ああ、変な女だな。ツラは上々だし身体もまあよさそうだが」
ここはとある人身売買組織の地下牢。
この場所に見目麗しい女子供を浚ってきては監禁し、適当な相手に売りさばくというのが彼らの手口だ。
そんな中でも異彩を放つまもりに、男達はどういった相手に売るのがよいかと額を付き合わせるのだった。
ヒル魔はセナをまもりの執務室に引き入れ、話を聞いていた。
「街でごく普通の女性として本を買っていた大佐は、その場を強襲した賊の一人に浚われたのです。私も後を追いましたが、何分相手は馬だったので振り切られてしまいました」
「ホー・・・」
自席である執務机についている不機嫌なヒル魔に、それでもセナは状況を説明する。
「周辺を当たって調べましたところ、街を襲った賊はこのところ頻繁に活動している『独播』という一味だそうです。何せ神出鬼没、予測を立ててもことごとく裏をかかれてしまうとか」
「ホホー・・・」
段々とヒル魔から発せられる空気が黒く重くなっていく。
セナは内心半泣きでヒル魔の前に立っていた。
「多少のやんちゃなら許したがナァ・・・」
ぽつりと落とされた一言に、セナは顔を上げる。そこにはにやにやと楽しそうに笑うヒル魔の姿。
だが目つきは冗談じゃなく恐ろしい。
まず笑っていないし、瞳の奥で黒い炎が燻っているかのような煌めきがある。
音も立てずヒル魔は立ち上がる。
「殲滅だ」
「は」
口調も顔つきも変わらず、遠目から見たらいつも通りとしか見えないヒル魔だが、近づくとものすごく怒っているのが知れる状況にセナはひたすら青い顔で傍らに立つしかない。
「おそらく奴らは街からそう遠くない位置に拠点を構えて他の国へと女子供を密売するルートを持っている」
しかもそれは多岐にわたるとヒル魔は踏んだ。
この近隣は大小の国々が入り交じり、馬車で移動する者たちも多くいる。
その中に人身売買の荷車が混ざっていても簡単にはばれるまい。
街のはずれには奇岩群もあるので、身を隠すには丁度いい場所といえよう。
だがそれは目眩ましに過ぎず、もっと大規模に人々を拘束する施設があるはずだった。
「人身売買が行われてるとあっちゃあ、この国の安全を守る軍隊としては見逃せねぇよナァ?」
「え、ええ」
「それを知った姉崎大佐は敵の目を欺くため自らを囮とし、人身売買の組織へと潜り込んだ」
「ええ?!」
「そして俺たちは内部に入り込んだ大佐から手引きを受けて組織を殲滅させる」
事実との相違に目を丸くするセナに、ヒル魔はにやりと笑った。
「真っ当に『大佐が浚われたので救援に行きます』なんてのが通じると思ってんのか? 糞チビ」
「あ・・・」
「アイツも俺の考えつく事くらい判る」
と、ヒル魔が手のひらを差し出す。
そこにどこからともなく現れた真っ白な小鳥が音もなく降り立った。
「ほらな」
それはまもりの術によって作成された鳥だった。
独播の頭目、金串は今回捕らえてきたという女を見に行ったとき、思わず目を疑ってしまった。
それはそれは美しい女。
茶色い髪に抜けるように白い肌。真剣に集中する顔は綻べば誰もが見惚れる程美しい造作。
だが、なんでこの女はこの場所で、こんなにくつろいで本を読んでいられるのだろうか。
「・・・オイ」
声を掛けても反応しない。鉄格子を殴ってみたが反応なし。
文字を追う女の瞳はこのあたりでも珍しい碧眼だ。
それがこちらを見ないのが腹立たしく、金串は更に声を荒げる。
「おい女! テメェ、ここがどこだか判ってるのか?!」
「どこなんですか」
すい、と女が視線を上げた。
真っ直ぐにこちらを見る青い視線に金串も一瞬息を呑む。
「・・・ここはテメェみたいな女どもを売るために捕らえる場所だっつの」
「そうですか」
そのまま本に戻ろうとする女に金串は慌てて言葉を継ぐ。
「キシャアアア! テメェ、自分の立場を判ってねぇだろ?!」
「私は売り物ってことですよね」
「そうだ」
「じゃあ私が泣いたり騒いだり壁に身体を打ち付けたり舌を噛み切ったり鉄格子を無理矢理抜けようとしたり手枷の鎖を使って首を吊ろうとしたりすると困りますよね」
立て板に水の如くその場で考えつく限りの自殺もしくは自傷を並べ立てられ、金串は怯む。
「そ、そりゃな」
「私は本があれば別に騒いだりしないのでそのまま放っておいてください。それとも」
ひた、と女の視線が金串のそれと重なる。
「私を犯しますか」
「・・・商売モノには手を出さないことになってるんでな。手垢が付くと売れるモンも売れネェっつの」
「それは懸命です。私も無駄に体力を使いたくない」
言うだけ言った女は再び本に戻ってしまった。
これは変わり種だ。だが、それだけに売れる相手もあるだろう。
見た目だけでなく肝も据わり頭も良いとなれば、そこらの女と一緒に売るより好事家を選んだ方がいいかもしれない。
金串は周囲の取り巻きも唖然とする中、この女を誰に売り渡そうか本格的に算段を立て始めた。
ばさり、とヒル魔が国土周辺の地図を開いた。
「大佐が潜入捜索しているのはこのあたりだ」
「ハァ? あの辺は特に隠れるような場所もねぇだろ?」
「ハ? 地上には何もないよな」
隊員達が広げられた地図を覗き込むが、記憶にある限りそこには奇岩群等の目隠しがあるわけではないので、賊が拠点として使用するにはふさわしくない荒れ地である。
「アハーハー! 地上にないなら地下に決まってるじゃないか!」
「ハァアアア?! バカな事言うんじゃねぇよ!!」
颯爽と口を開いたアホこと瀧に黒木が突っ込む。
「ところがそのバカな事があり得るんだ」
少佐としてヒル魔をフォローしているムサシがもう一枚地図を広げた。
「これはあの荒れ地の地下水脈を示した地図だ」
「へえ・・・」
それを重ねて日に賺すと、荒れ地の下に無数の穴が開いているかのように見える。
「この地下水脈が空洞化したところを拠点にしているらしいな」
「そんな場所があるんですか?」
「ああ。とはいえ、広大だ。ヒル魔、アテはあるのか?」
「おー」
ヒル魔は手にしたペンで無造作に八カ所に×をつけた。
「この八カ所は荒れ地だが緑が絶える事がない。しかし雨が降っている形跡はない」
「ということは・・・」
「地下水が上がってきている場所ですね!」
「となると、このどれかの近くに空洞があって、入り口にしている可能性があるってことか・・・」
「それが早計だな」
「ん?」
ヒル魔の言葉に皆が首を傾げる。
「いいかテメェら、俺たちが探すのは地下水脈の入り口じゃねぇ、空洞の入り口だ」
「ええ」
「だから今この×をつけた場所からは入れる訳がねぇ。水がにじみ出てるんだからな」
「あ」
「そして人を浚っていくための馬や人員を隠す場所も要るだろう。だがこのあたりは平地でそんな場所はどこにもない」
「はい」
「糞ジジイ、さっきの地図寄こせ」
地下水脈の載った地図を上に改めて重ねれば、そこに浮かぶ事実に皆目を見開いた。
そこには八つの印が巨大でいびつな輪を描いていた。その中央部分をヒル魔が指し示す。
「輪を描いているのに、この一部分だけが緑地なのは知っての通り。だが、この中央部分は今水が通っていない状態だ」
ヒル魔はそこにペンで大きく○を書いた。
「この八つの印の中央、この部分の緑が偽物。その地下が奴らのアジトだ」
戦闘準備を整えた隊員達が見守る中、ヒル魔が突き止めたアジトの入り口が栗田と小結によって開かれる。
かなりの重量があった扉はおそらく何かのからくりで動くのだろうけれど、今回それは無視した。
緑で偽装された地面に突如現れた地下へと続く階段。
先は闇に閉ざされ、判然としない。
「行くぞ」
ヒル魔の声に全員が足を踏み入れた。
ランタンを手に進んでいけば、かなりの巨大な空間が見て取れる。
「ここは何なんですか?」
「ここは地底湖の跡地だ。水だけが別の所に流れて空間が残った」
「へえ・・・」
ムサシの言葉にセナ達は感心したように辺りを見回す。
それをムサシが諫める。
「どこで敵が見てるか判らないんだ。あんまりきょろきょろするな」
「は、はい」
空間は明かりの届かない深淵まで続き、どのあたりにまもりが囚われているかは判らない。
だが、ヒル魔はまるで知っていると言わんばかりに歩いていく。
「どこに大佐がいらっしゃるかご存じなんですか?」
「見ろ」
ヒル魔が指で示したのは足下で閃く白く小さいなにか。
それは何なのか、咄嗟に隊員達は判断しかねた。
「足に『術』を使ったんだろ。光に反応して反射してる」
それはまもりの足跡らしかった。暗闇を真っ直ぐに進んでいる。
ヒル魔たちは文字通りまもりの足跡を辿っているのだ。
身を潜めていた見張りの男がこちらに気がついた。
けれど声を上げるより先にセナが間を詰めて昏倒させる。
「う・・・」
「縛って置いておけ。後で纏めて突き出してやる」
「はい」
見張りがいるということはこの先にまもりが囚われているのだろう。
だが、順調に進んでいた道はここで途切れ、目の前の巨大な岩が皆の行く手を阻んだ。
まもりの元に質素な食事を載せたトレイが出てくる。
「飯だ。食え」
「いただきます」
出された食事を躊躇いなく口に運ぶまもりに、見張りはしみじみと語りかけた。
「それにしてもお前は本当におかしな女だ。泣きわめきもしないし怒らないしかといって無気力でもないし」
普通女は浚われてから数日は泣きわめいて当たり散らすなりするが、何をしても意味がないと悟ると反動で一気に気力をなくしてしまうのだ。
「本を読むにも体力がいりますから」
「そういうもんなのか? 俺にはわからんな」
大して美味しくもない食事を嚥下しながら、まもりは自らがひっそりと張っておいた術の網に、慣れた気配が触れたのに気がついた。
来た。
救援だ。
けれど表面上は全く表さず、まもりは食事の手を止める。
「どうした?」
「このスープがあまりにしょっぱいので、お水を貰えますか」
「おお」
水を貰ったまもりはそれに口を付け、食事を終える。
見張りが食器を下げに行ったのを見計らい、まもりは水にぽつぽつと言葉を落とす。
次の瞬間、コップにあった水は全て霧散した。
「はい、お返しします。ごちそうさまでした」
空になったコップも見張りに渡す。それを受け取った見張りはしみじみとまもりを見て言う。
「・・・やっぱりお前は変な女だよ」
まもりはそれに頓着せず、再び本を開く。
そうして静かに呼吸を整え始めた。
岩壁に添って歩いても道がない事態に皆困惑しながらも、途切れてしまったまもりの足跡を探そうとしていた。
だが、どうしても見つからない。
「・・・?」
そこに何かの気配があるのを感じて、ヒル魔はぴたりと止まった。
霧がたゆたっている。それがふわふわと漂い、やがて影になった。
「姉崎」
確信を持って呼べば影は頷く。それはふわりと飛び立って壁のとある一点を指し示した。
「おい糞三兄弟、ここを押せ」
先ほど地下への道を開いた栗田たちではなく、他の三人を呼ぶ。
「「「兄弟じゃねぇっての!」」」
言いながら彼らは壁の示された箇所を押す。
すると。
「また隠し扉かあ」
岩壁に見立てて嵌め込まれていた扉がずず、と重い音を立てて開く。
霧の影はふわりとその先に進んでいく。
「囚われの身の上で自ら案内ってどうなんだろ、それ」
誰かが囁いたが、それに助けられているのは確かだ。
やがて壁を抜けた先に、幾つも鉄格子が嵌められた小部屋が並ぶ地下牢が姿を現した。
そこにいた見張りは一人だけ、鉄格子の中には他の女や子供の姿も見て取れる。
「な―――」
招かざる客に声を上げようとした見張りに、影が飛びかかって昏倒させた。
そのまま影は見張りの前の鉄格子に吸い込まれる。
「あそこか」
他の人間の救出を部下に任せ、ヒル魔は鉄格子に向かった。
そこではまもりが手枷足枷をつけられた状態で本を手にこちらを見上げていた。
「ご苦労様です」
「この状況で第一声がそれか、テメェ」
呆れた図太さだ、とヒル魔は舌打ちしようとするが、その手が幽かに震えているのを見逃しはしなかった。
本当は怖くてたまらなかったのだろうに、気丈に助けを待っていたのだ。
立場故なのか性質故なのか、素直にならないまもりにヒル魔は極力穏やかに告げる。
「少し待ってろ」
鉄格子の錠前にヒル魔は針金を差し込んだ。大して難しい鍵でもない。
あっという間に解錠してまもりの手枷足枷も外す。
その間に見張りが持っていた鍵で次々と鉄格子が開かれ、囚われていた人たちが助け出されていった。
ムサシと栗田がその人々を束ねてよく頑張ったね、と労っている。
明日とも知れない我が身の最後を憂いて過ごしていた人々は解放されて喜びむせび泣く
とりあえず地上に出てちゃんと街に戻らないと危険だと言い含め、どうにか足を進めさせる。
「ヒル魔、僕たちは先にこの人達を守って地上へと送るよ」
「ああ、上には糞ハゲが馬車を待機させてる。それに乗せろ」
「判った。二人はどうするんだ?」
「俺たちは元締めを捕まえて来る。テメェらは先に行け」
人々が去り、残ったヒル魔とまもりは元締めを捕らえるために別の方向へ歩き出した。
「テメェ一人なら簡単に逃げられただろうに」
術を使えばまもり一人でも余裕でこれくらいの牢は抜け出せる。
「ええ。でも、全員を連れて逃げるのは難しかったので」
拘束されていた手をさすりながら、まもりは嘆息する。
じろじろとこちらを無遠慮に見る視線に、まもりは眉を寄せた。
「何か?」
「テメェは何もされなかったのか?」
「御覧の通り、五体満足ですが」
「そういうことじゃ・・・」
苛ついたようなヒル魔の声に、まもりは首を傾げる。
そして思い当たったかのように口を開いた。
「ああ、性的に私にどうこうする物好きはいませんよ」
「・・・アアソウデスカ」
自分の魅力を全く判っていないまもりに、頭痛を覚える。
それでもこっそりとヒル魔は安堵の吐息を零した。
もし彼女が陵辱されていたら、頭目は四の五の言わずに灰も残らないくらい切り刻んで殺しただろう。
命拾いしたな、とヒル魔は内心呟く。
そして二人は現れる見張りをいなしながら、おそらく金串がいるだろう場所に足を進めた。
たどり着いた豪奢な部屋で金串は現れた二人をじろりと睨め付けた。
「まさかテメェが軍人と通じていたとはな」
忌々しげに舌打ちした金串をヒル魔は鼻で笑った。
「どう見たってコイツが一般人な訳がねぇだろうが」
「一般人ですよ私は」
それにまもりは言い返す。
「普通の女は捕まった段階で泣くか喚くかなんだよ」
「普通かどうかは今、関係ないでしょう」
「普通じゃない一般人があるか」
なぜだか金串の前で始まったのは馬鹿馬鹿しい内容での喧嘩で。
「・・・テメェら何しに来たんだっつの」
思わず彼が突っ込んでしまったのは致し方ないだろう。
それを聞いたヒル魔がにたり、と笑う。
悪魔の笑顔だ。
金串も悪党面ではあるが、ヒル魔と比較したら話にならない。
「勿論テメェを捕まえに、だ」
「キシシ! 誰がテメェらなんかに捕まるかよ!!」
言うなり金串は壁に手を掛けた。途端に響く警告音、駆けてくる集団の足音。
「やっちまえ!! 男は殺せ、女は犯してやる!!」
おおっと色めき立つ男達の声を聞いても、二人は動揺しなかった。
「頭目さえ捕まえればあとはどうでもいいな」
ジャコン、と取り出した銃を構えるヒル魔に淡々とまもりは告げる。
「無駄な殺生はやめましょう」
「ホー? お優しいコトデ」
「何を言いますか」
まもりは冷たい瞳で我先にと襲いかかってくる集団を見る。
「罰は、いっそ死んだ方がマシだ、と思わせなければ罰にはなりません」
いくつもの刃が二人に襲いかかった。
ヒル魔はそれらを器用に避けて銃で的確に相手の足や肩を打ち抜いて戦意を喪失させていく。
決して殺さないように、けれど逆らえないように。
だが、まもりは武器を構える事もなく金串を見つめている。
「殺すには惜しいが・・・残念だ」
勿体ぶった金串の言葉を合図に飛びかかってきた男達に、まもりは口を開いた。
『捕縛!!』
その直後、一瞬光が走ったと思った後には、まるでそのまま時が止まったかのように硬直した男達の姿。
「『独播』頭目『金串』以下を国王の名の下に拘束し、しかるべき法によって裁きます」
淡々とした宣言に被せるようにヒル魔が禍々しく告げる。
「二度と日の下を歩けるようになるとは思うなよ」
ケケケ、と響く声は身動きの取れない男達に恐怖を覚えさせたが、あくまでそれは氷山の一角にしか過ぎなかったのだということを。
この後、男達は牢獄の中で思い知る事になる。
自らの執務机でまもりは今回の報告書に目を通していた。
雪光が作成したそれによれば、今回は死者もなく、怪我人も賊ばかりで最小限の被害で抑えられたとある。
『独播』は壊滅し、一大人身売買組織が持っていたルートはことごとく押さえられた。
軍隊としての功績も勿論の事、市井の者たちの間でもヒル魔やまもりが率いる軍の評判は鰻登りだ。
一件いい事ずくめのようだけれど、被害は甚大だ、とまもりは不満げだ。
何しろあの古本市で求めた本は全て読み終えて覚えたとはいえ、賊の掃討に手を取られている間に処分され、結局持って帰ってこられなかったのだ。
せっかく手に入れたのに、とまもりは悔しがる。
確かにあの時は持ち運べないとはいえ、見つからないように術でも掛けておくべきだった。
判子を押して、その書類を取りに来た部下に渡し、まもりは自らの書架を見上げる。
最上段には何冊か分のスペースが空いているはずだった。
せっかくあそこに入る本が見つかったのに、と思っていた。
だが。
「・・・?」
そこのスペースがいつの間にか埋まっている。
踏み台を持ってきて手に取ると、まもりが置こうと思っていたのとは別の、けれど欲しかった本だった。
「これ・・・」
驚き目を見開くまもりの執務室のドアが開いた。
「オイ、こないだの会議の報告書はまだか」
そこにヒル魔がやってくる。まもりの手にある本を見て彼はにやりと笑った。
「これは、あなたが?」
「おー。泣かずにお迎えを待ってたオコチャマへのゴホウビだな」
「・・・」
誰が泣くか、オコチャマだ、と思ったけれど。
彼なりのまもりへの気遣いだとは容易に知れた。
特に欲しいと口に出してもいないこの本を短期間で探し出してさりげなくしまい込む彼の手腕にまたも驚かされ、まもりはそれをぎゅっと抱きしめる。
「・・・ありがとうございます」
「ドウイタシマシテ。それより報告書」
「それ、私が出てない会議ですから内容が判りません」
そもそも出たのはヒル魔ではなかったか。
そう胡乱な目を向けたら、ヒル魔はにやにやと笑いながら告げる。
「俺の副官なら会議の内容くらい想像つくだろ?」
「想像で報告書は書けません」
「いいんだよ適当で」
「よくないです!」
次第にいつもの通りの言い合いが始まって。
結局は手書きを嫌うヒル魔が口述するのをまもりが書き取って書類を作成するといういつもの光景になって。
不満そうにまもりは眉を寄せた。
それでもこの日常に無事戻ってこられた事を、心より嬉しく思う。
・・・二人とも口には出さないけれど。
***
拍手ならまだ許せる途切れ方だったのですが、全文通すとおかしなところが多々あったので訂正しました。
大筋は変わっておりません。
そもそも会議は佐官クラスでも大佐以上が参集されるべきであって、中佐であるヒル魔が出る理由がなかったのだ。
いや、あるといえば、あった。
「・・・どこほっつき歩いてやがるんだ!」
チッ、と盛大に舌打ちしてもそれを諫める彼の副官は今いない。
いや、副官でありながら上官でもある彼女はヒル魔が着任してからというもの、会議には必ず招かれていた。
ヒル魔が来るくらいならまもりが出る方がましだ、と周囲に思われていたから。
だが、会議で発言をする度にまもりへの評価が変わってきていた。
曰く、単なるお飾り大佐ではなく、彼女は正当な評価でこの場所へと上り詰めたのだと。
勿論血筋による七光りも存分にあったのだろうけれど、彼女の意見は常に的確でそして無駄がなかった。
女はとかく感情で先走るものである、という軍部の考えを足下から全て変えるような存在として認められつつあった。
ところが今日に限ってなぜか彼女がいない。
指揮者が会議に出ないわけにはいかないから、と仕方なくヒル魔が出た次第である。
哀れなのは周囲の佐官たちである。
自らより位の低い男に対して怯えるなんて体裁が悪いことを顔には出したくないから、誰もが脂汗を浮かべながらその場を動かなかった。
ヒル魔が退室した瞬間に全員が胃痛を訴えたという。
そんなことには感知せず、ヒル魔はスケジュールの管理を行う部門へと足を運んだ。
「あの糞女はどこ行った!?」
怒声と共に開いた扉の向こうで、びくりと隊員達が身を竦ませる。
今ここに残っているのは残務整理の文書方ばかり。
その中の筆頭である雪光が恐る恐る彼の元に参じた。
「あの・・・姉崎大佐ですか?」
「他に女がいるか」
「そうですが・・・あの・・・姉崎元帥は、街に・・・」
「アァ?!」
ヒル魔は眉間に深く皺を刻んだ。
会議があるのが判っていながら街に行くとはどういう了見だというのだろうか。
「なんでも、欲しい本があって、それが今回の古書市に出るという噂が・・・」
それにヒル魔は苦々しい顔をするしかなかった。
「ったく、あの本の虫め!!」
まもりはとにかく本が好きだ。
作戦を考えるのも好きだが、やはりそれは様々なデータを集めていく必要があるので、必然的に本は資料としても大量に求める。
とはいえ、どう見ても必要ない本だって読んだりするのだ。なんで編み物から野菜の育て方まで読む必要があるのか。
単に彼女は活字中毒なんだろう、とヒル魔は睨んでいる。
「それにしたって今日は会議があると知っているだろうが」
「そうなんですよ。普段からお時間は守られる方なのに・・・」
当惑する雪光にこれ以上詰問しても無駄だとヒル魔は彼を解放した。
そしてその場を去り、廊下を歩いていた時。
「ひ、ひるま、中佐・・・!」
「ア? 糞チビ?」
ヒル魔の前に立ちふさがったのは彼が統括する小隊一の俊足を誇る小早川セナ。
彼は息を乱し、そのくせ真っ青な顔でヒル魔に駆け寄った。
「大変、で、す! 姉崎、大佐、が・・・!」
切れ切れに告げられるその内容に、ヒル魔の顔が険しくなった。
まもりはため息を零していた。
彼女は今、どことも知れない場所の地下に監禁されていた。
窓はなく、目の前には鉄の格子。明かりはぼんやりとした蝋燭一本だけで、視界は判然としない。
その腕は後ろ手に拘束され、足も枷が付けられていて身動きするのも一苦労だった。
他にも囚われている人たちがいるのか、すすり泣く声や悲鳴があちこちから聞こえてくる。
ため息を聞きとがめた見張りの男がにやにやと笑いながら軽口を叩く。
「余裕だな、姉ちゃんよ」
「手、外して貰えませんか」
「駄目だ。逃げようとか抵抗しようとか変なこと考えられちゃマズイからな」
「だってこれじゃあ本が読めません」
「は?」
「せっかく買ったのに読めないなんて拷問です」
まもりは心底悔しい、という顔をして目の前に積まれた本を恨めしく眺める。
「せめて前向きにしてもらえませんか。そうしたら本が読めます」
「・・・アンタ、変わった女だな」
「どうも」
まもりの様子に呆れた見張りの男は、その手を前向きに拘束し直した。
途端に上機嫌になって本を手に取る姿に、ますます呆れる。
「本当なら泣いて喚いて煩いもんなんだぜ、浚われた女ってのは」
「そうですか。私は本が読みたいので黙っていて貰えますか」
「・・・やっぱり変な女だ」
頭を振りながら見張りはその場を外す。
まもりは本を読むフリをしながら、ブツブツと呪文を唱える。
その言葉は白く光りながら壁に吸い込まれていく。
やがてもう一度他の男を伴って見張りが戻ってきた頃には、まもりは本当に本の世界に没頭していた。
「な、変な女だろ? これから売られるっつーのに涙も見せないで本読んでやがる」
「ああ、変な女だな。ツラは上々だし身体もまあよさそうだが」
ここはとある人身売買組織の地下牢。
この場所に見目麗しい女子供を浚ってきては監禁し、適当な相手に売りさばくというのが彼らの手口だ。
そんな中でも異彩を放つまもりに、男達はどういった相手に売るのがよいかと額を付き合わせるのだった。
ヒル魔はセナをまもりの執務室に引き入れ、話を聞いていた。
「街でごく普通の女性として本を買っていた大佐は、その場を強襲した賊の一人に浚われたのです。私も後を追いましたが、何分相手は馬だったので振り切られてしまいました」
「ホー・・・」
自席である執務机についている不機嫌なヒル魔に、それでもセナは状況を説明する。
「周辺を当たって調べましたところ、街を襲った賊はこのところ頻繁に活動している『独播』という一味だそうです。何せ神出鬼没、予測を立ててもことごとく裏をかかれてしまうとか」
「ホホー・・・」
段々とヒル魔から発せられる空気が黒く重くなっていく。
セナは内心半泣きでヒル魔の前に立っていた。
「多少のやんちゃなら許したがナァ・・・」
ぽつりと落とされた一言に、セナは顔を上げる。そこにはにやにやと楽しそうに笑うヒル魔の姿。
だが目つきは冗談じゃなく恐ろしい。
まず笑っていないし、瞳の奥で黒い炎が燻っているかのような煌めきがある。
音も立てずヒル魔は立ち上がる。
「殲滅だ」
「は」
口調も顔つきも変わらず、遠目から見たらいつも通りとしか見えないヒル魔だが、近づくとものすごく怒っているのが知れる状況にセナはひたすら青い顔で傍らに立つしかない。
「おそらく奴らは街からそう遠くない位置に拠点を構えて他の国へと女子供を密売するルートを持っている」
しかもそれは多岐にわたるとヒル魔は踏んだ。
この近隣は大小の国々が入り交じり、馬車で移動する者たちも多くいる。
その中に人身売買の荷車が混ざっていても簡単にはばれるまい。
街のはずれには奇岩群もあるので、身を隠すには丁度いい場所といえよう。
だがそれは目眩ましに過ぎず、もっと大規模に人々を拘束する施設があるはずだった。
「人身売買が行われてるとあっちゃあ、この国の安全を守る軍隊としては見逃せねぇよナァ?」
「え、ええ」
「それを知った姉崎大佐は敵の目を欺くため自らを囮とし、人身売買の組織へと潜り込んだ」
「ええ?!」
「そして俺たちは内部に入り込んだ大佐から手引きを受けて組織を殲滅させる」
事実との相違に目を丸くするセナに、ヒル魔はにやりと笑った。
「真っ当に『大佐が浚われたので救援に行きます』なんてのが通じると思ってんのか? 糞チビ」
「あ・・・」
「アイツも俺の考えつく事くらい判る」
と、ヒル魔が手のひらを差し出す。
そこにどこからともなく現れた真っ白な小鳥が音もなく降り立った。
「ほらな」
それはまもりの術によって作成された鳥だった。
独播の頭目、金串は今回捕らえてきたという女を見に行ったとき、思わず目を疑ってしまった。
それはそれは美しい女。
茶色い髪に抜けるように白い肌。真剣に集中する顔は綻べば誰もが見惚れる程美しい造作。
だが、なんでこの女はこの場所で、こんなにくつろいで本を読んでいられるのだろうか。
「・・・オイ」
声を掛けても反応しない。鉄格子を殴ってみたが反応なし。
文字を追う女の瞳はこのあたりでも珍しい碧眼だ。
それがこちらを見ないのが腹立たしく、金串は更に声を荒げる。
「おい女! テメェ、ここがどこだか判ってるのか?!」
「どこなんですか」
すい、と女が視線を上げた。
真っ直ぐにこちらを見る青い視線に金串も一瞬息を呑む。
「・・・ここはテメェみたいな女どもを売るために捕らえる場所だっつの」
「そうですか」
そのまま本に戻ろうとする女に金串は慌てて言葉を継ぐ。
「キシャアアア! テメェ、自分の立場を判ってねぇだろ?!」
「私は売り物ってことですよね」
「そうだ」
「じゃあ私が泣いたり騒いだり壁に身体を打ち付けたり舌を噛み切ったり鉄格子を無理矢理抜けようとしたり手枷の鎖を使って首を吊ろうとしたりすると困りますよね」
立て板に水の如くその場で考えつく限りの自殺もしくは自傷を並べ立てられ、金串は怯む。
「そ、そりゃな」
「私は本があれば別に騒いだりしないのでそのまま放っておいてください。それとも」
ひた、と女の視線が金串のそれと重なる。
「私を犯しますか」
「・・・商売モノには手を出さないことになってるんでな。手垢が付くと売れるモンも売れネェっつの」
「それは懸命です。私も無駄に体力を使いたくない」
言うだけ言った女は再び本に戻ってしまった。
これは変わり種だ。だが、それだけに売れる相手もあるだろう。
見た目だけでなく肝も据わり頭も良いとなれば、そこらの女と一緒に売るより好事家を選んだ方がいいかもしれない。
金串は周囲の取り巻きも唖然とする中、この女を誰に売り渡そうか本格的に算段を立て始めた。
ばさり、とヒル魔が国土周辺の地図を開いた。
「大佐が潜入捜索しているのはこのあたりだ」
「ハァ? あの辺は特に隠れるような場所もねぇだろ?」
「ハ? 地上には何もないよな」
隊員達が広げられた地図を覗き込むが、記憶にある限りそこには奇岩群等の目隠しがあるわけではないので、賊が拠点として使用するにはふさわしくない荒れ地である。
「アハーハー! 地上にないなら地下に決まってるじゃないか!」
「ハァアアア?! バカな事言うんじゃねぇよ!!」
颯爽と口を開いたアホこと瀧に黒木が突っ込む。
「ところがそのバカな事があり得るんだ」
少佐としてヒル魔をフォローしているムサシがもう一枚地図を広げた。
「これはあの荒れ地の地下水脈を示した地図だ」
「へえ・・・」
それを重ねて日に賺すと、荒れ地の下に無数の穴が開いているかのように見える。
「この地下水脈が空洞化したところを拠点にしているらしいな」
「そんな場所があるんですか?」
「ああ。とはいえ、広大だ。ヒル魔、アテはあるのか?」
「おー」
ヒル魔は手にしたペンで無造作に八カ所に×をつけた。
「この八カ所は荒れ地だが緑が絶える事がない。しかし雨が降っている形跡はない」
「ということは・・・」
「地下水が上がってきている場所ですね!」
「となると、このどれかの近くに空洞があって、入り口にしている可能性があるってことか・・・」
「それが早計だな」
「ん?」
ヒル魔の言葉に皆が首を傾げる。
「いいかテメェら、俺たちが探すのは地下水脈の入り口じゃねぇ、空洞の入り口だ」
「ええ」
「だから今この×をつけた場所からは入れる訳がねぇ。水がにじみ出てるんだからな」
「あ」
「そして人を浚っていくための馬や人員を隠す場所も要るだろう。だがこのあたりは平地でそんな場所はどこにもない」
「はい」
「糞ジジイ、さっきの地図寄こせ」
地下水脈の載った地図を上に改めて重ねれば、そこに浮かぶ事実に皆目を見開いた。
そこには八つの印が巨大でいびつな輪を描いていた。その中央部分をヒル魔が指し示す。
「輪を描いているのに、この一部分だけが緑地なのは知っての通り。だが、この中央部分は今水が通っていない状態だ」
ヒル魔はそこにペンで大きく○を書いた。
「この八つの印の中央、この部分の緑が偽物。その地下が奴らのアジトだ」
戦闘準備を整えた隊員達が見守る中、ヒル魔が突き止めたアジトの入り口が栗田と小結によって開かれる。
かなりの重量があった扉はおそらく何かのからくりで動くのだろうけれど、今回それは無視した。
緑で偽装された地面に突如現れた地下へと続く階段。
先は闇に閉ざされ、判然としない。
「行くぞ」
ヒル魔の声に全員が足を踏み入れた。
ランタンを手に進んでいけば、かなりの巨大な空間が見て取れる。
「ここは何なんですか?」
「ここは地底湖の跡地だ。水だけが別の所に流れて空間が残った」
「へえ・・・」
ムサシの言葉にセナ達は感心したように辺りを見回す。
それをムサシが諫める。
「どこで敵が見てるか判らないんだ。あんまりきょろきょろするな」
「は、はい」
空間は明かりの届かない深淵まで続き、どのあたりにまもりが囚われているかは判らない。
だが、ヒル魔はまるで知っていると言わんばかりに歩いていく。
「どこに大佐がいらっしゃるかご存じなんですか?」
「見ろ」
ヒル魔が指で示したのは足下で閃く白く小さいなにか。
それは何なのか、咄嗟に隊員達は判断しかねた。
「足に『術』を使ったんだろ。光に反応して反射してる」
それはまもりの足跡らしかった。暗闇を真っ直ぐに進んでいる。
ヒル魔たちは文字通りまもりの足跡を辿っているのだ。
身を潜めていた見張りの男がこちらに気がついた。
けれど声を上げるより先にセナが間を詰めて昏倒させる。
「う・・・」
「縛って置いておけ。後で纏めて突き出してやる」
「はい」
見張りがいるということはこの先にまもりが囚われているのだろう。
だが、順調に進んでいた道はここで途切れ、目の前の巨大な岩が皆の行く手を阻んだ。
まもりの元に質素な食事を載せたトレイが出てくる。
「飯だ。食え」
「いただきます」
出された食事を躊躇いなく口に運ぶまもりに、見張りはしみじみと語りかけた。
「それにしてもお前は本当におかしな女だ。泣きわめきもしないし怒らないしかといって無気力でもないし」
普通女は浚われてから数日は泣きわめいて当たり散らすなりするが、何をしても意味がないと悟ると反動で一気に気力をなくしてしまうのだ。
「本を読むにも体力がいりますから」
「そういうもんなのか? 俺にはわからんな」
大して美味しくもない食事を嚥下しながら、まもりは自らがひっそりと張っておいた術の網に、慣れた気配が触れたのに気がついた。
来た。
救援だ。
けれど表面上は全く表さず、まもりは食事の手を止める。
「どうした?」
「このスープがあまりにしょっぱいので、お水を貰えますか」
「おお」
水を貰ったまもりはそれに口を付け、食事を終える。
見張りが食器を下げに行ったのを見計らい、まもりは水にぽつぽつと言葉を落とす。
次の瞬間、コップにあった水は全て霧散した。
「はい、お返しします。ごちそうさまでした」
空になったコップも見張りに渡す。それを受け取った見張りはしみじみとまもりを見て言う。
「・・・やっぱりお前は変な女だよ」
まもりはそれに頓着せず、再び本を開く。
そうして静かに呼吸を整え始めた。
岩壁に添って歩いても道がない事態に皆困惑しながらも、途切れてしまったまもりの足跡を探そうとしていた。
だが、どうしても見つからない。
「・・・?」
そこに何かの気配があるのを感じて、ヒル魔はぴたりと止まった。
霧がたゆたっている。それがふわふわと漂い、やがて影になった。
「姉崎」
確信を持って呼べば影は頷く。それはふわりと飛び立って壁のとある一点を指し示した。
「おい糞三兄弟、ここを押せ」
先ほど地下への道を開いた栗田たちではなく、他の三人を呼ぶ。
「「「兄弟じゃねぇっての!」」」
言いながら彼らは壁の示された箇所を押す。
すると。
「また隠し扉かあ」
岩壁に見立てて嵌め込まれていた扉がずず、と重い音を立てて開く。
霧の影はふわりとその先に進んでいく。
「囚われの身の上で自ら案内ってどうなんだろ、それ」
誰かが囁いたが、それに助けられているのは確かだ。
やがて壁を抜けた先に、幾つも鉄格子が嵌められた小部屋が並ぶ地下牢が姿を現した。
そこにいた見張りは一人だけ、鉄格子の中には他の女や子供の姿も見て取れる。
「な―――」
招かざる客に声を上げようとした見張りに、影が飛びかかって昏倒させた。
そのまま影は見張りの前の鉄格子に吸い込まれる。
「あそこか」
他の人間の救出を部下に任せ、ヒル魔は鉄格子に向かった。
そこではまもりが手枷足枷をつけられた状態で本を手にこちらを見上げていた。
「ご苦労様です」
「この状況で第一声がそれか、テメェ」
呆れた図太さだ、とヒル魔は舌打ちしようとするが、その手が幽かに震えているのを見逃しはしなかった。
本当は怖くてたまらなかったのだろうに、気丈に助けを待っていたのだ。
立場故なのか性質故なのか、素直にならないまもりにヒル魔は極力穏やかに告げる。
「少し待ってろ」
鉄格子の錠前にヒル魔は針金を差し込んだ。大して難しい鍵でもない。
あっという間に解錠してまもりの手枷足枷も外す。
その間に見張りが持っていた鍵で次々と鉄格子が開かれ、囚われていた人たちが助け出されていった。
ムサシと栗田がその人々を束ねてよく頑張ったね、と労っている。
明日とも知れない我が身の最後を憂いて過ごしていた人々は解放されて喜びむせび泣く
とりあえず地上に出てちゃんと街に戻らないと危険だと言い含め、どうにか足を進めさせる。
「ヒル魔、僕たちは先にこの人達を守って地上へと送るよ」
「ああ、上には糞ハゲが馬車を待機させてる。それに乗せろ」
「判った。二人はどうするんだ?」
「俺たちは元締めを捕まえて来る。テメェらは先に行け」
人々が去り、残ったヒル魔とまもりは元締めを捕らえるために別の方向へ歩き出した。
「テメェ一人なら簡単に逃げられただろうに」
術を使えばまもり一人でも余裕でこれくらいの牢は抜け出せる。
「ええ。でも、全員を連れて逃げるのは難しかったので」
拘束されていた手をさすりながら、まもりは嘆息する。
じろじろとこちらを無遠慮に見る視線に、まもりは眉を寄せた。
「何か?」
「テメェは何もされなかったのか?」
「御覧の通り、五体満足ですが」
「そういうことじゃ・・・」
苛ついたようなヒル魔の声に、まもりは首を傾げる。
そして思い当たったかのように口を開いた。
「ああ、性的に私にどうこうする物好きはいませんよ」
「・・・アアソウデスカ」
自分の魅力を全く判っていないまもりに、頭痛を覚える。
それでもこっそりとヒル魔は安堵の吐息を零した。
もし彼女が陵辱されていたら、頭目は四の五の言わずに灰も残らないくらい切り刻んで殺しただろう。
命拾いしたな、とヒル魔は内心呟く。
そして二人は現れる見張りをいなしながら、おそらく金串がいるだろう場所に足を進めた。
たどり着いた豪奢な部屋で金串は現れた二人をじろりと睨め付けた。
「まさかテメェが軍人と通じていたとはな」
忌々しげに舌打ちした金串をヒル魔は鼻で笑った。
「どう見たってコイツが一般人な訳がねぇだろうが」
「一般人ですよ私は」
それにまもりは言い返す。
「普通の女は捕まった段階で泣くか喚くかなんだよ」
「普通かどうかは今、関係ないでしょう」
「普通じゃない一般人があるか」
なぜだか金串の前で始まったのは馬鹿馬鹿しい内容での喧嘩で。
「・・・テメェら何しに来たんだっつの」
思わず彼が突っ込んでしまったのは致し方ないだろう。
それを聞いたヒル魔がにたり、と笑う。
悪魔の笑顔だ。
金串も悪党面ではあるが、ヒル魔と比較したら話にならない。
「勿論テメェを捕まえに、だ」
「キシシ! 誰がテメェらなんかに捕まるかよ!!」
言うなり金串は壁に手を掛けた。途端に響く警告音、駆けてくる集団の足音。
「やっちまえ!! 男は殺せ、女は犯してやる!!」
おおっと色めき立つ男達の声を聞いても、二人は動揺しなかった。
「頭目さえ捕まえればあとはどうでもいいな」
ジャコン、と取り出した銃を構えるヒル魔に淡々とまもりは告げる。
「無駄な殺生はやめましょう」
「ホー? お優しいコトデ」
「何を言いますか」
まもりは冷たい瞳で我先にと襲いかかってくる集団を見る。
「罰は、いっそ死んだ方がマシだ、と思わせなければ罰にはなりません」
いくつもの刃が二人に襲いかかった。
ヒル魔はそれらを器用に避けて銃で的確に相手の足や肩を打ち抜いて戦意を喪失させていく。
決して殺さないように、けれど逆らえないように。
だが、まもりは武器を構える事もなく金串を見つめている。
「殺すには惜しいが・・・残念だ」
勿体ぶった金串の言葉を合図に飛びかかってきた男達に、まもりは口を開いた。
『捕縛!!』
その直後、一瞬光が走ったと思った後には、まるでそのまま時が止まったかのように硬直した男達の姿。
「『独播』頭目『金串』以下を国王の名の下に拘束し、しかるべき法によって裁きます」
淡々とした宣言に被せるようにヒル魔が禍々しく告げる。
「二度と日の下を歩けるようになるとは思うなよ」
ケケケ、と響く声は身動きの取れない男達に恐怖を覚えさせたが、あくまでそれは氷山の一角にしか過ぎなかったのだということを。
この後、男達は牢獄の中で思い知る事になる。
自らの執務机でまもりは今回の報告書に目を通していた。
雪光が作成したそれによれば、今回は死者もなく、怪我人も賊ばかりで最小限の被害で抑えられたとある。
『独播』は壊滅し、一大人身売買組織が持っていたルートはことごとく押さえられた。
軍隊としての功績も勿論の事、市井の者たちの間でもヒル魔やまもりが率いる軍の評判は鰻登りだ。
一件いい事ずくめのようだけれど、被害は甚大だ、とまもりは不満げだ。
何しろあの古本市で求めた本は全て読み終えて覚えたとはいえ、賊の掃討に手を取られている間に処分され、結局持って帰ってこられなかったのだ。
せっかく手に入れたのに、とまもりは悔しがる。
確かにあの時は持ち運べないとはいえ、見つからないように術でも掛けておくべきだった。
判子を押して、その書類を取りに来た部下に渡し、まもりは自らの書架を見上げる。
最上段には何冊か分のスペースが空いているはずだった。
せっかくあそこに入る本が見つかったのに、と思っていた。
だが。
「・・・?」
そこのスペースがいつの間にか埋まっている。
踏み台を持ってきて手に取ると、まもりが置こうと思っていたのとは別の、けれど欲しかった本だった。
「これ・・・」
驚き目を見開くまもりの執務室のドアが開いた。
「オイ、こないだの会議の報告書はまだか」
そこにヒル魔がやってくる。まもりの手にある本を見て彼はにやりと笑った。
「これは、あなたが?」
「おー。泣かずにお迎えを待ってたオコチャマへのゴホウビだな」
「・・・」
誰が泣くか、オコチャマだ、と思ったけれど。
彼なりのまもりへの気遣いだとは容易に知れた。
特に欲しいと口に出してもいないこの本を短期間で探し出してさりげなくしまい込む彼の手腕にまたも驚かされ、まもりはそれをぎゅっと抱きしめる。
「・・・ありがとうございます」
「ドウイタシマシテ。それより報告書」
「それ、私が出てない会議ですから内容が判りません」
そもそも出たのはヒル魔ではなかったか。
そう胡乱な目を向けたら、ヒル魔はにやにやと笑いながら告げる。
「俺の副官なら会議の内容くらい想像つくだろ?」
「想像で報告書は書けません」
「いいんだよ適当で」
「よくないです!」
次第にいつもの通りの言い合いが始まって。
結局は手書きを嫌うヒル魔が口述するのをまもりが書き取って書類を作成するといういつもの光景になって。
不満そうにまもりは眉を寄せた。
それでもこの日常に無事戻ってこられた事を、心より嬉しく思う。
・・・二人とも口には出さないけれど。
***
拍手ならまだ許せる途切れ方だったのですが、全文通すとおかしなところが多々あったので訂正しました。
大筋は変わっておりません。
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