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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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アネクメネ(中)



+ + + + + + + + + +
柔らかな寝台に横たえられ、なにか冷たく柔らかいものが触れる。
そこから少しずつ含まされる水。
髪を撫でる手が、頬に触れる手が、優しい。
乾いた身体が少しずつ癒やされていく。
いつかもこんな風に口移しで水を飲まされた。
あの時は、この先は幸せになれるのだと思っていたけれど、そんなに現実は甘くなかった。
ああ、それでも。
一時だけでも、嘘偽りであっても、満たされたあの時のことを思い返せるのなら夢も、悪くない。
花はほんの一瞬、その姿を美しいと褒められるためだけのものなのだから―――



「お目覚めになりましたか」
目を開いて、まず最初に飛び込んできた天蓋に、まもりはしばし理解出来ず、固まっていた。
白く天蓋に覆われた向こう側に、背の高い男が立っている。
声はその男が発したもののようだった。
「ああ、起きあがられないでそのままで。随分と危険な状態でしたから、まだ動かれない方がよろしいです」
柔らかい寝台、滑らかな寝間着。
かつては当たり前のように身につけていたそれも、ここしばらくは遥か彼方の生活をしていたはず。
一体何がどうしてこの場にいるのかが皆目見当が付かず、まもりは困惑の極地にいた。
「喉が渇きませんか?」
尋ねられて、まもりはぎこちなく頷く。
喉がからからで、声を発することもできないほどだった。
失礼します、と一言声を掛けて天蓋を捲った男は寝台の傍らにあった水差しからグラスに水を注ぎ、まもりへと差し出す。
まもりはそのグラスに口を付けようとして、あの小瓶の薬を思い出し、動きを止めた。
「どうされました?」
心配そうな声にも、まもりは首を振ってグラスを戻す。
小刻みに手が震え、飛沫が手を濡らす。
怖かった。
ここしばらく、目が覚めるたび、いろんな事が起きた。
浚われ、犯され、殺されかけた。
自分は砂漠で死ぬはずだった。なんでこんな場所に連れてこられているのだろう。
今だって、この男の目的が何で、この水に何が入っているか判らない。
「少しは飲まれた方がいいですよ」
まもりは頑なに首を振る。
彼はまもりの瞳に深い恐怖が根付いているのに気づいたようだった。
「何も入ってません。これは、ただの水です」
ほら、と男は目の前でグラスに口を付けてみせるが、まもりは手を伸ばさなかった。
困りましたね、と眉を寄せる彼からぎこちなく視線を外し、まもりは手に包帯が巻かれていることに気づく。
指先が裂け、血が溢れていたそこは、丁寧に手当されていた。
ここは一体どこだろう、とまもりは改めて考える。
天蓋の隙間から見えた室内は白く、広々としていた。
寝台や寝間着の質にしても、一般家庭とは遠く隔たっている。
自分の家でないことは確かだけれど。
「ヒル魔様」
男が不意に口にした名前に、まもりは過剰に反応した。
勢いよく見たその先に、金髪の細い人影。
「まもり様が水を摂られないのです」
「ア?」
大きく天蓋が捲られる。
覗き込んでくる男は、間違いない、あのヒル魔だ。
「おい、なんで・・・」
「・・・っ!」
伸びてくる手に、まもりは恐怖に満ちた顔で後ずさった。
脳裏に浮かび上がるのは、どれだけ暴れても逃げられなかった、浚われた夜のこと。
そうして、あの薬を含まされた女達の虚ろな嬌声。
首を振り、目を見開いて引きつった呼気を零すその怯えように、ヒル魔はぴんと片眉を上げ、手を下げた。
「水、飲め」
その代わりに目の前に差し出されたグラスを、まもりは咄嗟にたたき落とした。
グラスは柔らかな寝台に跳ね返り、敷布に水が染み込む。
ヒル魔の尖った声が響く。
「テメェ!」
「嫌!! ・・・っ」
寝台の隅まで身体を丸めて逃げるまもりの悲鳴は酷く掠れている。
その一言を発するだけで噎せる彼女の身体を、舌打ちしたヒル魔の腕が強引に引き寄せた。
「っ!!」
強引に口移しで含まされた水。
吐き出そうとする前に、乾ききっていた喉が勝手にそれを嚥下した。
すぐに離れた彼の眸が、冷たい。
「毒なんざ入ってねぇから飲め。それとも全部口移しで飲ませて欲しいのか?」
ほら、と再び水を満たしたグラスを持たされても、まもりは小刻みに涙を零し震えるばかり。
怖くてたまらない。
今度は一体何をされるのか、考えるだけで身体が震えてしまう。
「飲め!」
怒鳴られ、まもりはびくりと肩を震わせてグラスに口を付ける。
眉を寄せてその姿を見ていたヒル魔は、ようやく少しずつ水を飲み始めたまもりに嘆息する。
「もっとガバガバ飲めよ。脱水症状で死にかかったんだからな」
「っ」
それにまもりの身体が震えた。
では、あそこにいたまもりを助けたのは彼なのか。
怯えて見上げてくるまもりに、ヒル魔は舌打ちする。
「命の恩人に随分な顔じゃねぇか」
その一言にまたまもりの手が止まる。途端にヒル魔の眉間に皺が寄った。
ただ恐怖と怯えが支配するまもりの様子に、傍らにいた男が見かねて仲裁に入った。
「ヒル魔様、まもり様はお疲れのようですし、お一人にしてさしあげた方がよろしいかと」
「アァ?」
不機嫌そうなその声にも男は構わず、まもりに笑顔を向ける。
「ゆっくり水を飲んで下さい。これから侍女に果物を持ってこさせますが、食べられる分だけ食べて下さいね」
震えるまもりにゆっくり話しかけ、ヒル魔と共に男は立ち去る。
残されたまもりは、暗鬱な気持ちでグラスに口を付けた。

ほどなく、背の高い女が果物を持ってやって来た。
「果物をお持ちしました」
どれか召し上がりますか、と声を掛けられるが、まもりは首を振る。
瑞々しいそれらはまもりも家にいた時には何度と無く口にしたことがあるが、今はまるで食欲がなかった。
「では、食欲が出られましたらそこのベルでお呼び出し下さい」
恭しく頭を下げて侍女が立ち去り、まもりはもそりと寝台の中で身動ぎ、瞳を閉じる。
頭が痛い。身体がだるい。
起きているのが怖い。
ヒル魔を見るのが怖い。
何もかもが怖くて、怖くて、たまらなかった。


汗の滲む額をそっと撫でられる。
熱を出したときに優しく触れてくれる母のようだ。
もうとうに亡くなった母の面影を追う。
母は優しかった。あの腕に抱かれて、いつも満たされた気分になった。
幼いあの時が一番幸せだった。
何も知らないままでただ笑っていられたあの頃が。
いつか母のように、この腕に愛する人の子供を抱いて笑えたらと思っていたけれど。
年を経るごとにそれはとても難しく、現実は違うのだと理解する。
若くして死んだ母も父との恋情などを交えず、家同士のことで結婚したのだと知って、諦めが全てを支配する。
きっと自分も同じように家の道具になるしかないのだと、悶々としつつもその覚悟を決めていたけれど。
それさえ甘ったれた戯れ事だと、心底思い知らされた。
―――本当の道具は、心なんて求められない。



それから数日は高熱が続き、うとうとして目を覚ましては申し訳程度に水や食事を摂るだけの生活が続いた。
心配そうに様子を見に来るあの男も、侍女も、まもりを大事に扱った。
けれど素直にそれを感謝することも出来ない。
今は不調だからそうやって気を遣ってくるが、元気になったらどんな扱いをされるのだろうか。
時折、ヒル魔も顔を出す。
冷淡なその顔は、常に不機嫌そうに見えた。
「・・・わたしを、どうするつもりですか・・・」
じっと見つめてくる彼に、答えも期待せず、呟く。
「・・・永遠なんて誓わせて、どうするつもりだったんですか・・・」
声はもの悲しく、掠れて震える。
「・・・殺すなら、早く殺して・・・」
熱に浮かされた涙が眦からこぼれ落ち、いくつも雫となってこめかみを伝い降りた。
「・・・殺して・・・」
熱に浮かされた病人の譫言だと思っているのだろう。
殺して、と呟き続けるまもりに構わず踵を返す。
一人残されたまもりは、熱と悲しみに満ちた涙を零し続けた。



徐々にまもりの身体は快方に向かった。
それと反比例し、まもりの心は暗くうち沈んでいく。
そんなまもりの元に、侍女が手に荷物を持ってやって来た。
「お召し物をお持ちしました」
そこには、見るからに上等な衣服がいくつもあった。
華やかな刺繍に彩られた服、豪奢な髪飾りやアクセサリー。
年頃の娘なら喜んで手に取るだろう鮮やかなそれを見ても、まもりの表情は晴れない。
今更まもりを着飾らせて何になるのだろう。
「どれをお召しになりますか?」
「・・・いらないわ」
「え?」
「貴女にあげるわ。持って行って」
「で、ですが」
戸惑った彼女に構わず、まもりは寝台へと潜り込んだ。
ほどなくして侍女から話を聞いたらしいヒル魔が現れる。
「着替えろ」
端的な言葉には理由も何もない。
「嫌です」
ヒル魔の眉間に皺が寄った。
「寝間着一枚で日がな一日過ごす気か」
「不都合がありませんから」
「ホー」
不意にヒル魔の腕が伸びた。
あっという間にまもりは寝台に組み伏せられる。
その体勢のまま、ヒル魔は楽しげに口を開く。
「四六時中ベッドの上だけで生活したいっつーことだな?」
蔑むような言葉と共に触れてくる手に、まもりはゆるりと笑みを浮かべる。
「・・・それくらいしか、私には用がないでしょう?」
目を見開くヒル魔の前で、まもりは抵抗もなく目を伏せる。
浮かんだ笑みは、暖かさとはほど遠い。
「テメェ」
「お好きにどうぞ」
整った造作がより一層冷たさを助長している。
ぴたりと手を止め、まじまじとまもりを見たヒル魔は手を引く。
抱かないのか、と視線で問いかけるまもりに、彼は舌打ちする。
「人形を抱く趣味はねぇ」
「なら、何で生かすんです」
感情の籠もらない声が投げかけられる。
「私を殺すつもりだったんでしょう」
「生憎とそんな予定はねぇな」
「嘘」
まもりは短く否定する。
「父と結託して、私を殺すつもりだったのでしょう」
「・・・ア?」
目を見開くヒル魔の前で、まもりは身体を起こす。
「それとも、部下達の慰み者にでもするつもりでしたか?」
饐えた臭いと混ざる甘い香り。
響く虚ろな嬌声、どこまでも続く深い闇。
吐いても楽にならず、苦しみばかりが増したあの空気。
あそことは雲泥の差がある今の環境でも、空気は全く同じ。
「今から薬を使って、その辺の遊郭にでも売り飛ばしますか?」
まもりは更に続ける。冷たい声で。
「永遠なんて戯れに誓わせて―――――――」
真っ直ぐにヒル魔を見つめる。
「容易く騙された私は、さぞ滑稽だったでしょう?」
不意にまもりは笑みを浮かべる。

それは酷く悲しい、絶望の笑みだった。



<続>
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