目の前にやってきた子豚にまもりは目を細めた。
「ブロちゃんはかわいいわね」
まもりの言葉にブヒッ、と鼻を鳴らして子豚が喜んだ。
このかわいらしい子豚は、日々地獄の番犬に狙われてはいるが、なかなかがんばって泥門高校で生きている。
聞けばほ乳類で犬と同じくらい賢いのは豚だそうだ。それも納得できる。
「あんまりふわふわじゃないのよね。ちょっと堅い気がするけど、豚ってこうなのかな」
「他の豚は触ったことないから、わかんないですね」
一緒にいたのは雪光。たまたま部活へ向かう時間が合ったのだ。その時に通りかかった犬小屋の隣で、ブタブロスを二人して撫でている。
「あんまり触る動物じゃないものね」
「ケルベロスも僕は触れないなあ」
「犬苦手?」
「いいえ、苦手じゃないですけど、ケルベロスだけはNASA戦の時にがぶっといかれて以来ダメなんですよ」
「ああ!」
二人して苦笑する。今は犬小屋の主は散歩に出ているようで、姿はない。校庭に悪魔の姿もない。
「ヒル魔くんが連れて行ったのかしら」
「違うと思いますよ。僕が出るときヒル魔さんはまだ教室にいましたから」
「え? 珍しいわね」
「何かパソコン立ち上げてましたから、区切りのいいところまで処理したいんじゃないですか」
その中身がなにかは二人には判らないけれど、放課後の練習時間に食い込むのならそれはアメフト部のことだろうと推測できる。
「本当にヒル魔くんてばアメフトバカよね」
「あはは、そう言えるのは姉崎さんだけですよ」
「そうかしら。他にも沢山言える人はいるでしょ。雪光くんだって」
「僕は同じ穴の狢っていうか、同じどころか格下だけど、自分では自分をアメフトバカだと思うんですよ」
皆それぞれアメフトを始めた理由は違うけれど、皆今では同じようにアメフトバカだと思いますよ、と雪光は照れたように笑う。
「じゃあ私も人のこと言えないわね」
ふふ、と二人して笑い合う。そしてブタブロスが二人から離れたところで二人は部室へと足を向けた。
「あ、マネージャー! いいところに来たァ」
「後でちょっと消毒お願いします」
そこに途方に暮れたような黒木と戸叶の姿があった。その二人の腕にはがっちりと押さえつけられたケルベロス。
「あら、ケルベロスじゃない。どうしたの」
「それが、釘踏んだらしくて足に刺さってるんスよ」
「破傷風になるっつーんで、今十文字が中に消毒液取りに行ってるんスけどォ、こいつ暴れて…こらっ!」
「あてっ! ヒル魔なら平気なんだろうけど、俺たちじゃ押さえるのが精一杯で」
二人の腕には無数のひっかき傷と咬み傷。戸叶の言うとおり、後で彼らも治療が必要だ。
「あったぜ消毒液。あ、ども」
部室から出てきた十文字はぺこ、とまもりと雪光に頭を下げるとすぐケルベロスに向かった。
「お前釘抜けよ」
「俺押さえてるから無理だよォ」
「私抜こうか?」
「いや、マネージャーは危ないから離れて下さい」
雪光は冷や汗を浮かべて近寄れずにいる。部室からはセナ・モン太・瀧・小結の一年生組が顔を出したが、やはり手が出せず固まっている。
せめて治療の手伝いをしようとセナは救急箱を持ってきた。
「頑張れライン三兄弟!」
「フゴッ!」
「てめぇフゴデブ! こういうときだけ応援すんじゃねぇ!!」
「え!? パワフル語判ってる…!?」
「ハァ?! セナてめぇ気色悪いこと言うんじゃねぇ!」
「ひぃいいごめん!!」
楽しそうともとれる騒ぎに、ひょっこりとヒル魔が顔を出した。
「んぁ? 何やってんだテメーら」
「ああ! ヒル魔さん!!」
「やっときたぜ」
「ケルベロスが釘踏んじまったんだって」
「遅いぞー」
「フゴ!」
「アハーハー! さすがキャプテン!」
「抜こうにも暴れて」
「押さえてるだけで精一杯でェ」
「このままじゃ破傷風MAX!」
わいわいと言いつのられてヒル魔の眉間に皺が寄った。
「あーあーいちいち一人ずつバラバラに報告するんじゃねぇ鬱陶しい。要はケルベロスに刺さった釘を抜けばいいんだろ?」
「そうなの」
会話のまとめにまもりが頷く。
「よし。お前ら、手ぇ放せ」
「え、平気か?」
「すげー暴れてるぞォ」
戸叶と黒木の二人が困惑するが。
「お前ら誰に物を言ってんだ」
にやりと笑った悪魔に逆らうのは愚策だと思い知っているので、さっさと手を放した。
のそのそとケルベロスはヒル魔の前までやってくる。
「ケルベロス、お手」
「ワウ」
ぽん。
釘の刺さった手をヒル魔の手に載せると、彼は躊躇いもなくあっさりと釘を抜き去った。
さすがに痛かったのかさしものケルベロスもちょっと暴れたが、ヒル魔がその手を放さず握ると大人しくなる。
「糞長男、消毒液寄こせ」
「だから長男じゃねぇっての!」
文句は言いながらもちゃんと消毒液を渡すと、手早く消毒する。同時にセナから救急箱を受け取ったまもりは軟膏とガーゼと包帯を取り出すとヒル魔の手にあったケルベロスの手をあっという間に包んでしまった。
「人と同じ薬で大丈夫かしら」
「まー平気だろ。調子悪くなったら言えよ」
「ワフ」
ヒル魔と会話し、ケルベロスは治療跡の包帯も気にすることなく自らのねぐらへと向かっていく。
「あいつホントに犬かよ」
思わず突っ込んだ十文字に答えはない。
「なんだよー、俺たち押さえつけ損じゃねぇか」
「怪我して損したァ」
不平を漏らす戸叶と黒木にヒル魔は通り過ぎざまに無言で軽く蹴ると、他の部員たちにもさっさと着替えて練習の準備をしろと声を掛ける。
「・・・今、もしかして褒められた?」
「・・・やべ、これが嬉しいってマジやべぇ」
「褒められてるうちに準備しろよ。遅れたら今度は実弾だぞ」
頭を寄せる二人を今度は十文字が呼ぶ。慌ててロッカールームに向かう二人に、着替える前に消毒しておかないと、とまもりも声を掛けた。
後ろから今頃になって栗田とムサシもやってきた。どうやら買い出しを仰せつかったらしく、手に大荷物を抱えている。
「おっせーぞ糞ジジイ糞デブ! 早く来い!」
「買い出しに行かせてその台詞かよ」
「今行くから待っててねー」
「よーし! アップ始めるぞー!」
トレーナーどぶろくの声に、全員が走ってグラウンドに集う。
そこにはただただアメフトバカたちだけが存在していた。
***
雪さんの喋り方がいまいちわかりません。まもりには敬語なんだろうか、同級生だから違うのか、いやヒル魔くんにはさんづけだし、と悩みつつ書きました。戸叶くんもわかりません。黒木くんは小さい母音を付けるとらしくなる気がしました。なんてことない日常を切り取ろうとしたらなんてことなさすぎて反省。
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同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。