旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
ヒル魔はふと顔を上げる。
まもりの起床がいつになく遅い事に気づいたからだ。
「・・・?」
大抵夜通しといって良い程ヒル魔に貪られるまもりは、得てして朝が遅い。
最初は気にして早く起きていたが、先に身体が参ってしまうからとヒル魔を始めとした面々に諭されたのだ。
そもそも食事も洗濯も、必要ない妖怪たち。
その気になれば服など術でぽんぽん取り替えてしまう。
それでもまもりはヒル魔が汚した服を見るとやっきになって洗うのだ。
けれどそれがあまりに楽しそうなので、ヒル魔であってもまもりに洗濯をする必要はないから辞めろ、とまでは言えないのだ。
趣味らしい趣味もない現状では目的を持ってやれることは洗濯くらいだからなのか。
その洗濯物も本日は庭先に並んでいない。
まもりの気配を伺えば、まだ寝室にいるようだ。
けれど、どこか、おかしいような。
ヒル魔は手にしていた筆を下ろすと、一足に移動する。
そして寝ているまもりを覗き込んで、息を呑んだ。
「「どうして!?」」
完璧な言葉の合致に二人は顔を合わせて、そうして目の前の男に視線を向けた。
そこにはこめかみを押さえるヒル魔の姿。
そしてその後ろに控えている雪光も困惑したように二人を見ている。
そう、二人。
なぜだか、ヒル魔が見たときにはまもりが二人になっていた。
「説明しろ」
「「ええとね・・・」」
そこでまた声が一緒になって、二人は顔を合わせる。
ヒル魔は舌打ちすると、向かって右のまもりを指さす。
「テメェがまもり甲」
そして左のまもりにも同様に。
「テメェがまもり乙」
それに二人は眉間に皺を寄せた。
またも一緒に口を開こうとしたのを、ヒル魔が手を振って黙らせる。
「俺の指示に従え。二人もいっぺんに喚かれちゃ煩ぇんだよ」
それに二人のまもりは縋るように雪光を見つめた。
雪光はその二人に対して曖昧に笑うばかりでどちらにも焦点を合わせない。
気配が全く同じ。口調も仕草も、ヒル魔が感じる匂いでさえも。
だからどちらがどちらだとヒル魔であっても断じられないのだ。
「まもり甲」
説明しろ、と視線を向けると彼女はおずおずと口を開いた。
「ええとね、夢を見たの」
それにヒル魔の眉がぴんと上がった。それは以前棘田が手出ししたのと同じことではないか。
懲りないのか、とヒル魔は舌打ちする。
「『西』か」
ところがそれに二人のまもりは首を振る。
「まもり乙」
「夢って言っても、鏡が出てくるだけの夢だったの。だから違うと思うの」
「鏡?」
「うん、紫色の鏡。覗き込んだら私が写ったから鏡に間違いないわ」
それにヒル魔は眉を寄せる。
紫の鏡。
二人になったまもり。
「ヒル魔さん・・・」
「「どうしたの?」」
雪光の声に、ヒル魔はすっと立ち上がった。
ざわざわと空気がざわめく。
普段は人の形に近いヒル魔の姿が、金色の獣へと変化していく。
ざわめくその色彩に気圧されたように二人のまもりは後ずさった。
雪光も圧力に耐えきれず、その場から姿を消した。
動けない二人は涙目になる。
「「何!? いきなり、なんなの?!」」
悲鳴じみた声にも、ヒル魔の気配は収まる気配がない。
「「私の事、愛してるって言ったのに・・・!!」」
ヒル魔から発せられる圧力は衝撃波となって、二人に押し寄せる。
「「やめ・・・!」」
か細い悲鳴が聞こえた。
二人の顔が歪む。恐怖と苦痛と絶望と、ありとあらゆる暗い色彩に彩られる白い面。
寸分違わず同じ顔で、同じ声で。
それを見てもヒル魔は一向に躊躇わなかった。
そうして。
ヒル魔が発した、見えない空気の刃が切り裂いたのは。
雪光はヒル魔の気配が収まったのを察して先ほどの場所に戻る。
そうして足を竦ませた。
獣の姿のヒル魔の前に力無く倒れ付す女の身体。
「ひ・・・ヒル魔、さん・・・」
血まみれの肉片と化した女は、二人。
どちらも恨めしそうな顔でヒル魔をじっと見つめたまま、絶命している。
絶句している雪光の前で、獣はその肉片を躊躇いもなく踏みにじると、真っ直ぐに歩いていく。
血だまりに足をつけ、深紅の足跡を散らしながら進んだ先で、ヒル魔は尻尾の一つを鋭く閃かせた。
何もないような空間に、白い軌跡が残る。
だが、そこには屋敷を管理する雪光でさえ察知できなかった空間が存在していた。
キィン、と甲高い金属音を響かせて、ヒル魔の尻尾を弾いたのは、頑健な体躯の男。
そうしてその後ろで飄々とした顔をしている紫の瞳をした男。
その二人の更に後ろに、ぐったりと横たわるまもりの姿があった。
「さすがだねぇ、やっぱり騙されないか」
紫の瞳の男が表情そのままの、飄々とした口調でヒル魔に笑いかける。
「どっちも似てたでしょ。俺の力作だったんだけどねぇ」
雪光の前で、その言葉を契機にして肉片がざらりと姿を変えた。
それは土塊で出来たただの人形。
ヒル魔が尻尾を引き戻し、再びビリビリとした気配を発し始める。
「悪ふざけにしちゃ命がけだな」
淡々とした口調や仕草に反して、それはもう激怒しているヒル魔に、雪光は脂汗を浮かべながら身動きする事もできなかった。
下手に動いたらヒル魔の気配だけで死んでしまいそうな程なのだ。
屋敷の外側では妖怪たちが何事かと伺っている気配も感じられるが、出て行って説明してやれる程の余裕もない。
再び繰り出された尻尾での攻撃を、頑健な男が弾く。
だが、攻撃を繰り出してくるわけではない。
彼は攻撃する力を持たない妖怪だからだ。
ただ持ち主を守る為の存在として長くあり、意識を持った鎧の妖怪、鐙口(あぶみくち)の鉄馬。
そうして、その持ち主であるのは、紫の瞳の男―――雲外鏡(うんがいきょう)と呼ばれる魔鏡の化身である紫苑。
どちらも付喪神として長く生きる者たちだ。
今まで特に諍いもなく過ごしてきたため、取り立てて注意を払う相手ではないと判断していたが、それは誤りだったのだろうか。
ヒル魔はそう内心で呟き、本気で二人を殺そうと畳に爪を立てた。
彼ら二人の息の根を止めるのは、妖怪として桁違いの強さを誇るヒル魔にはとても容易いこと。
だが、紫苑はそんな彼を前にしても態度を変えない。
「悪ふざけとは人聞きが悪いねぇ。これは忠告なんだよ」
紫の瞳が妖しく瞬く。
「俺は元々、照魔鏡なんだよ。つまり、どんな奴らでも正体を見破れる」
そんなことは百も承知だ、と低く唸るヒル魔に、彼は苦笑して見せた。
「このお嬢さんねぇ、やめた方がいいよ、ヒル魔」
何かの術を使われたのか、眠り続けるまもりに向ける紫苑の視線は冷たい。
「早く西に渡した方がいい」
「・・・んだと?」
再び鎌首をもたげ、襲いかかった尻尾を鉄馬が横に弾く。
「おたくもわかってるんだろ? 彼女がどんなに危険な存在か、なんてさ」
それにヒル魔は剣呑な視線を向けるばかり。
紫苑は彼を見て、肩をすくめた。
「いざとなったら、っていう心づもりをさせたつもりなんだけどねぇ」
そう言ってちらりと視線を向けるのは土塊。
謎かけのような言葉に、知識はあれどヒル魔のそれには及ばない雪光は眉を寄せるばかりだ。
「死ね」
だが、話は終わりだとばかりに唐突に呟いたヒル魔の絶対零度の響きに意識を引き戻される。
見れば、九本の尻尾全てが彼らをずたずたに切り裂いた瞬間だった。
しかし。
切り裂かれた二人は、途端にざらりと土塊に変化して、その場に山となった。
後に残ったのは眠るまもり一人。
二人は土人形を身代わりに、あの不可思議な空間ごとするりと逃げ去ったようだった。
想定内だったのだろう、ヒル魔は頭を一振りすると常に保っている人の姿になった。
後追いをする事もなく、まもりの傍らに歩み寄る。
柔らかく彼女を抱き上げる仕草は慈しむという言葉が満ちていて、雪光はようやっと緊張を解いて、細い息をついた。
「ヒル魔さん」
「聞くな」
尋ねる前に、ヒル魔は雪光の言葉を封じる。それが有無を言わさぬ圧力に満ちていて、雪光はそれ以上尋ねられなかった。
代わりに手を翳し、屋敷に干渉した。
あっという間に今の一件でできた痕跡を全て消し去る。
ヒル魔が抱き上げたまもりの額を舐めると、術が解けたのかふっと彼女が目を覚ます。
鮮やかな碧の瞳をぱちりと瞬かせて。
「・・・あれ? おはよう、ヒル魔くん」
「随分と寝汚ねぇ女だな。もう昼だぞ」
「ええ?! な、なんで?! ごめんなさい!!」
焦るまもりをからかうヒル魔は先ほどとは打って変わって楽しそうで、雪光はしばし彼らをじっと眺めた後、書庫に戻る。
雪光は読みかけだった本を手に取りながら、先ほどのヒル魔と紫苑の言葉を思い返す。
まもりが危険な存在、というのがにわかには信じがたい。
ようやく見つけた伴侶のまもりを、ヒル魔が殊の外大事にしているのは誰もが知るところであるし。
彼女自身には何一つ力がなく、ただ人と交われない、同族と交われば腹に宿すのは魔物であり、それは死と直結するとは聞いている。
しかしここは『東』の妖怪だけが棲む場所。同族は勿論、人とも関わらない。
けれど本来ヒル魔とは関わらない位置にいたはずの紫苑が姿を現したなら、それは何か別の理由があるのかも知れない。
雲外鏡は未来をも見抜くという。
彼がわざわざヒル魔の神経を逆撫でするような悪戯だけを仕向けるとは考えづらかった。
もし、まもりが紫苑の言うとおり、危険な存在だったとして。
もし、その時にヒル魔が自ら手を下さなければならないのだとしたら。
あの土塊で出来た人形が息絶える様が異様に真実味を帯びていたのを思い出し、雪光は背筋をぞっと震わせた。
***
紫の鏡って子供の頃の地方伝説にあったアレですね。元はこの『雲外鏡』をモチーフにした話だという説を以前どこからか聞いたので今回使ってみました。色が紫なのでじゃあまだ狐で出てきてないキッドさんで、という安直さですみません。鐙口は付喪神で調べたら出てきてぴったりだったので採用。
まもりの起床がいつになく遅い事に気づいたからだ。
「・・・?」
大抵夜通しといって良い程ヒル魔に貪られるまもりは、得てして朝が遅い。
最初は気にして早く起きていたが、先に身体が参ってしまうからとヒル魔を始めとした面々に諭されたのだ。
そもそも食事も洗濯も、必要ない妖怪たち。
その気になれば服など術でぽんぽん取り替えてしまう。
それでもまもりはヒル魔が汚した服を見るとやっきになって洗うのだ。
けれどそれがあまりに楽しそうなので、ヒル魔であってもまもりに洗濯をする必要はないから辞めろ、とまでは言えないのだ。
趣味らしい趣味もない現状では目的を持ってやれることは洗濯くらいだからなのか。
その洗濯物も本日は庭先に並んでいない。
まもりの気配を伺えば、まだ寝室にいるようだ。
けれど、どこか、おかしいような。
ヒル魔は手にしていた筆を下ろすと、一足に移動する。
そして寝ているまもりを覗き込んで、息を呑んだ。
「「どうして!?」」
完璧な言葉の合致に二人は顔を合わせて、そうして目の前の男に視線を向けた。
そこにはこめかみを押さえるヒル魔の姿。
そしてその後ろに控えている雪光も困惑したように二人を見ている。
そう、二人。
なぜだか、ヒル魔が見たときにはまもりが二人になっていた。
「説明しろ」
「「ええとね・・・」」
そこでまた声が一緒になって、二人は顔を合わせる。
ヒル魔は舌打ちすると、向かって右のまもりを指さす。
「テメェがまもり甲」
そして左のまもりにも同様に。
「テメェがまもり乙」
それに二人は眉間に皺を寄せた。
またも一緒に口を開こうとしたのを、ヒル魔が手を振って黙らせる。
「俺の指示に従え。二人もいっぺんに喚かれちゃ煩ぇんだよ」
それに二人のまもりは縋るように雪光を見つめた。
雪光はその二人に対して曖昧に笑うばかりでどちらにも焦点を合わせない。
気配が全く同じ。口調も仕草も、ヒル魔が感じる匂いでさえも。
だからどちらがどちらだとヒル魔であっても断じられないのだ。
「まもり甲」
説明しろ、と視線を向けると彼女はおずおずと口を開いた。
「ええとね、夢を見たの」
それにヒル魔の眉がぴんと上がった。それは以前棘田が手出ししたのと同じことではないか。
懲りないのか、とヒル魔は舌打ちする。
「『西』か」
ところがそれに二人のまもりは首を振る。
「まもり乙」
「夢って言っても、鏡が出てくるだけの夢だったの。だから違うと思うの」
「鏡?」
「うん、紫色の鏡。覗き込んだら私が写ったから鏡に間違いないわ」
それにヒル魔は眉を寄せる。
紫の鏡。
二人になったまもり。
「ヒル魔さん・・・」
「「どうしたの?」」
雪光の声に、ヒル魔はすっと立ち上がった。
ざわざわと空気がざわめく。
普段は人の形に近いヒル魔の姿が、金色の獣へと変化していく。
ざわめくその色彩に気圧されたように二人のまもりは後ずさった。
雪光も圧力に耐えきれず、その場から姿を消した。
動けない二人は涙目になる。
「「何!? いきなり、なんなの?!」」
悲鳴じみた声にも、ヒル魔の気配は収まる気配がない。
「「私の事、愛してるって言ったのに・・・!!」」
ヒル魔から発せられる圧力は衝撃波となって、二人に押し寄せる。
「「やめ・・・!」」
か細い悲鳴が聞こえた。
二人の顔が歪む。恐怖と苦痛と絶望と、ありとあらゆる暗い色彩に彩られる白い面。
寸分違わず同じ顔で、同じ声で。
それを見てもヒル魔は一向に躊躇わなかった。
そうして。
ヒル魔が発した、見えない空気の刃が切り裂いたのは。
雪光はヒル魔の気配が収まったのを察して先ほどの場所に戻る。
そうして足を竦ませた。
獣の姿のヒル魔の前に力無く倒れ付す女の身体。
「ひ・・・ヒル魔、さん・・・」
血まみれの肉片と化した女は、二人。
どちらも恨めしそうな顔でヒル魔をじっと見つめたまま、絶命している。
絶句している雪光の前で、獣はその肉片を躊躇いもなく踏みにじると、真っ直ぐに歩いていく。
血だまりに足をつけ、深紅の足跡を散らしながら進んだ先で、ヒル魔は尻尾の一つを鋭く閃かせた。
何もないような空間に、白い軌跡が残る。
だが、そこには屋敷を管理する雪光でさえ察知できなかった空間が存在していた。
キィン、と甲高い金属音を響かせて、ヒル魔の尻尾を弾いたのは、頑健な体躯の男。
そうしてその後ろで飄々とした顔をしている紫の瞳をした男。
その二人の更に後ろに、ぐったりと横たわるまもりの姿があった。
「さすがだねぇ、やっぱり騙されないか」
紫の瞳の男が表情そのままの、飄々とした口調でヒル魔に笑いかける。
「どっちも似てたでしょ。俺の力作だったんだけどねぇ」
雪光の前で、その言葉を契機にして肉片がざらりと姿を変えた。
それは土塊で出来たただの人形。
ヒル魔が尻尾を引き戻し、再びビリビリとした気配を発し始める。
「悪ふざけにしちゃ命がけだな」
淡々とした口調や仕草に反して、それはもう激怒しているヒル魔に、雪光は脂汗を浮かべながら身動きする事もできなかった。
下手に動いたらヒル魔の気配だけで死んでしまいそうな程なのだ。
屋敷の外側では妖怪たちが何事かと伺っている気配も感じられるが、出て行って説明してやれる程の余裕もない。
再び繰り出された尻尾での攻撃を、頑健な男が弾く。
だが、攻撃を繰り出してくるわけではない。
彼は攻撃する力を持たない妖怪だからだ。
ただ持ち主を守る為の存在として長くあり、意識を持った鎧の妖怪、鐙口(あぶみくち)の鉄馬。
そうして、その持ち主であるのは、紫の瞳の男―――雲外鏡(うんがいきょう)と呼ばれる魔鏡の化身である紫苑。
どちらも付喪神として長く生きる者たちだ。
今まで特に諍いもなく過ごしてきたため、取り立てて注意を払う相手ではないと判断していたが、それは誤りだったのだろうか。
ヒル魔はそう内心で呟き、本気で二人を殺そうと畳に爪を立てた。
彼ら二人の息の根を止めるのは、妖怪として桁違いの強さを誇るヒル魔にはとても容易いこと。
だが、紫苑はそんな彼を前にしても態度を変えない。
「悪ふざけとは人聞きが悪いねぇ。これは忠告なんだよ」
紫の瞳が妖しく瞬く。
「俺は元々、照魔鏡なんだよ。つまり、どんな奴らでも正体を見破れる」
そんなことは百も承知だ、と低く唸るヒル魔に、彼は苦笑して見せた。
「このお嬢さんねぇ、やめた方がいいよ、ヒル魔」
何かの術を使われたのか、眠り続けるまもりに向ける紫苑の視線は冷たい。
「早く西に渡した方がいい」
「・・・んだと?」
再び鎌首をもたげ、襲いかかった尻尾を鉄馬が横に弾く。
「おたくもわかってるんだろ? 彼女がどんなに危険な存在か、なんてさ」
それにヒル魔は剣呑な視線を向けるばかり。
紫苑は彼を見て、肩をすくめた。
「いざとなったら、っていう心づもりをさせたつもりなんだけどねぇ」
そう言ってちらりと視線を向けるのは土塊。
謎かけのような言葉に、知識はあれどヒル魔のそれには及ばない雪光は眉を寄せるばかりだ。
「死ね」
だが、話は終わりだとばかりに唐突に呟いたヒル魔の絶対零度の響きに意識を引き戻される。
見れば、九本の尻尾全てが彼らをずたずたに切り裂いた瞬間だった。
しかし。
切り裂かれた二人は、途端にざらりと土塊に変化して、その場に山となった。
後に残ったのは眠るまもり一人。
二人は土人形を身代わりに、あの不可思議な空間ごとするりと逃げ去ったようだった。
想定内だったのだろう、ヒル魔は頭を一振りすると常に保っている人の姿になった。
後追いをする事もなく、まもりの傍らに歩み寄る。
柔らかく彼女を抱き上げる仕草は慈しむという言葉が満ちていて、雪光はようやっと緊張を解いて、細い息をついた。
「ヒル魔さん」
「聞くな」
尋ねる前に、ヒル魔は雪光の言葉を封じる。それが有無を言わさぬ圧力に満ちていて、雪光はそれ以上尋ねられなかった。
代わりに手を翳し、屋敷に干渉した。
あっという間に今の一件でできた痕跡を全て消し去る。
ヒル魔が抱き上げたまもりの額を舐めると、術が解けたのかふっと彼女が目を覚ます。
鮮やかな碧の瞳をぱちりと瞬かせて。
「・・・あれ? おはよう、ヒル魔くん」
「随分と寝汚ねぇ女だな。もう昼だぞ」
「ええ?! な、なんで?! ごめんなさい!!」
焦るまもりをからかうヒル魔は先ほどとは打って変わって楽しそうで、雪光はしばし彼らをじっと眺めた後、書庫に戻る。
雪光は読みかけだった本を手に取りながら、先ほどのヒル魔と紫苑の言葉を思い返す。
まもりが危険な存在、というのがにわかには信じがたい。
ようやく見つけた伴侶のまもりを、ヒル魔が殊の外大事にしているのは誰もが知るところであるし。
彼女自身には何一つ力がなく、ただ人と交われない、同族と交われば腹に宿すのは魔物であり、それは死と直結するとは聞いている。
しかしここは『東』の妖怪だけが棲む場所。同族は勿論、人とも関わらない。
けれど本来ヒル魔とは関わらない位置にいたはずの紫苑が姿を現したなら、それは何か別の理由があるのかも知れない。
雲外鏡は未来をも見抜くという。
彼がわざわざヒル魔の神経を逆撫でするような悪戯だけを仕向けるとは考えづらかった。
もし、まもりが紫苑の言うとおり、危険な存在だったとして。
もし、その時にヒル魔が自ら手を下さなければならないのだとしたら。
あの土塊で出来た人形が息絶える様が異様に真実味を帯びていたのを思い出し、雪光は背筋をぞっと震わせた。
***
紫の鏡って子供の頃の地方伝説にあったアレですね。元はこの『雲外鏡』をモチーフにした話だという説を以前どこからか聞いたので今回使ってみました。色が紫なのでじゃあまだ狐で出てきてないキッドさんで、という安直さですみません。鐙口は付喪神で調べたら出てきてぴったりだったので採用。
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プロフィール
HN:
鳥(とり)
HP:
性別:
女性
趣味:
旅行と読書
自己紹介:
ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
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