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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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片鱗

(狐の嫁入りシリーズ)

※15000HITお礼企画作品
※5/19アップ『時には素直に』の続きです

+ + + + + + + + + +

ヒル魔の屋敷には広大な庭がある。
一応塀で区切ってある場所だが、その外にもヒル魔の領地、というのがあるらしい。
それはどこからどこまでだと尋ねたとき、あそらからあっちの方、というなんとも適当な答えが返ってきた。
とりあえず『東』でありさえすれば能力が遺憾なく発揮でき、その力があれば、ヒル魔が空を飛んで目が届く範囲はおおよそ彼の領地と呼んで差し支えないと雪光が補足してくれた。
だが、それはかなり広大なのではないだろうか。
まもりは縁側に座るヒル魔の隣に腰掛け、その肩に頭を預けながらヒル魔の話を聞いていた。
「とにかく、東である以上陸はほとんど俺の領地だ」
「じゃあ雲水さんたちは?」
「あいつらは水辺にいる」
陸の獣であるヒル魔は当然の事ながら海を制してはいない。住み分けが出来ているのだ。
「海、かあ。見たこと無いわ」
「一度見ただろ」
「それって『西』から来たときのこと? あの時は夜だったし追われていてそれどころじゃなかったから覚えてないわ」
「ふーん」
まもりが襲われそうになり、互いが素直に歩み寄って以来、二人はこうやってよく話をするようになった。
仲睦まじい二人の姿を目にする度、皆が目を細める。
東は全てが大らかで誰の目を気にすることもない。『人』と触れ合ったことはないが、こんなに鷹揚な妖怪たちが暮らす国である。人だってきっと大らかに違いない、とまもりは常々思っていた。
「水辺は糞蛟がまた悪さをしやがるから、あんまり近づくな」
「んもう、そればっかり」
ぷう、とまもりが膨れるが、ヒル魔は鼻で笑ってそれをいなした。
まもりはヒル魔が彼女を軽視していると思っているが、あの阿含の質の悪さは本物なので、ヒル魔はそちらを本気で警戒している。
今回はまもりが側にいたし、雲水が駆けつけるのも判っていたので大げさにはしなかったが、そのうち本気で阿含は八つ裂きにしておこうか、と物騒なことを考えている。雲水が悪行三昧の阿含にさじを投げた瞬間、ヒル魔は躊躇いなく阿含を殺すつもりだった。
「・・・まあ、自分の領地で暴れるのも後が面倒だからなぁ」
「? 何?」
「こっちのオハナシ」
「へーえ」
聞いても答えてくれないことを重ねて尋ねても教えて貰えないと身を以て知っているまもりは肩をすくめ、ヒル魔に寄りかかったまま目を閉じる。それがどこか気怠げで、ヒル魔は訝る。
「眠いか」
「うーん・・・最近、夢見が悪くて」
「ア?」
まもりがぽつんとこぼした言葉に、ヒル魔は眉を寄せた。
「寝苦しいとか、悪夢とかじゃないの。見たことがない男の人が私に向かって手を振るの」
「テメェそこに川とか花畑とかあったんじゃねぇのか」
よくありがちな三途の川の描写である。さすがのヒル魔だって死んでいないので見たことはないが、闇に蠢く妖怪の一部はそこから来ている者もいるので、噂には聞いている。
「川? 花畑? ううん、どっちかって言うと・・・空、かな」
「空?」
「うん。空を背中にして立ってた」
「・・・・・」
ヒル魔の眉間に皺が寄る。
夢に干渉する妖怪は何種類かいるが、この屋敷には入らせたことがない。彼らは夜行性な上とても脆弱なので、ヒル魔がいる屋敷に近づくだけで下手をすると命を落とす危険があるからだ。
だとしたらそれ以外の何かがまもりに干渉している可能性がある。
ヒル魔の手が届かないところで行われている何かしらの悪い予感に、ヒル魔は思案する。
これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
不意にヒル魔はまもりがもたれているのとは逆側の手のひらを虚空に向ける。そこに光の珠が現れ、ひらりと舞う蝶へと姿を変える。
儚げな姿とは裏腹に、蝶は素早く空に飛び去った。



『・・・帰ってきなさい』
―――どこに? 私の家はここよ。
『貴女がいるべきところはそこではない』
―――どうして? 私は結婚したの。
『貴女はこちらの住人だ』
―――こちらって、どこ?

「まもり!」
びく、とまもりは唐突に眠りから目覚めさせられた。
一番最初に目に入ったのは目が覚めたばかりで見えるはずがない、襖の模様。
気が付けばまもりは立ち上がっていて、廊下へと続く襖を開こうと手を伸ばしていた。
その手を掴んでいるのはヒル魔。その目が射るようにこちらを見ている。
「・・・え?」
「寝ぼけてんじゃねぇよ」
「・・・だって・・・なんで? 私、ちゃんと布団で眠っていて・・・」
まもりは寝起きで回らない頭で考える。
どうして自分は起きあがっていて、無意識に外へと出ようとしていたのか。
「こっちに来い」
ヒル魔に腕を引かれ、まもりは大人しくその腕の中へと戻る。
「テメェ、どこに行く気だった?」
「行く気もなにも・・・気が付いたら、あそこに立ってたの」
「・・・ホー」
ヒル魔の眸が剣呑に光る。
フッとヒル魔が息を吹くと、その息が渦を巻いてまもりを包む。
ヒル魔の力によって暴かれた、その全身に浮かぶ文様。
まるで蔦のようにまもりに絡む痣のような模様。おそらくは薔薇だろう。
西洋に咲く、美しい蔓薔薇がまもりの肌を不気味に覆っていた。
「な、なにこれ?!」
「テメェの血に干渉してるヤツがいる」
ヒル魔はその模様を見て何か思い当たったらしい。
「糞赤目! 糞モミアゲ!」
「うわっ」
「フー・・・」
突然真夜中に呼び出された二人の男が、虚空から落ちてくる。
背に翼を持ったその姿は、ムサシと同じ天狗のようだった。
「てめぇらに聞きたいことがある」
「こんな時間に呼び出すなよ! 何も見えねぇじゃねぇか!」
「暗くて見えない」
「チッ、糞鳥目どもめ」
ヒル魔が幾つも狐火を吹き出し、明るくなった部屋でまもりの全身に浮かぶ痣を目にした二人は顔を顰める。
「・・・なんでこれがアンタの嫁さんに?」
「フー・・・アイツの干渉だな」
見知っている、という風情の二人をまもりは見上げる。
面識はある。だが、結婚祝いの宴に来ていたのは知っているが、ほとんど話はしていない男たちだ。
「これは・・・何なんですか?」
「『西』からの干渉だ」
「それも昔『東』にいた、俺たちの元仲間の、な」
ヒル魔も予想していたようで、確認のために名を口にする。
「棘田だな?」
「おそらく」
頷く二人に、ヒル魔はにやりと笑った。
まもりはその顔を見て思わず全身を強ばらせる。
今まで見たこともないような、恐ろしい笑顔。
腹の底に響くような重く黒い地鳴りが、彼の方から響いてくるようだ。
「・・・俺たちも行くか?」
「いや、テメェらはコイツの側にいろ。まもり、この屋敷から出るなよ」
「・・・・」
こくりと頷いたまもりを背後に庇うように、二人の天狗が立つ。
「雪光!」
「お呼びですか」
すう、と雪光が姿を現す。
そこで男二人を見、そしてまもりを見て、ヒル魔の怒りを知った雪光はにっこりと笑った。
「どうぞ行ってらっしゃいませ。この屋敷はこれよりヒル魔さんの帰還まで何人たりとも立ち入らせません」
屋敷を管理するという雪光がそう口にすると、あちらこちらでぱしんぱしんと音が響いた。襖や障子が凄まじい勢いで閉じていっているのだ。
「内部からまもりに干渉されると面倒だが、そこはこいつらを使ってどうにかしのげ」
「はい、わかりました」
指示に雪光は頷く。
指さされた天狗二人は憮然としているが、元仲間の不祥事ということで逆らう気はないようだ。
「お気を付けて」
ひらりと手を振る雪光の声に被さって、まもりが声を上げる。
「ヒ、ヒル魔くん!」
「ア?」
「・・・待ってる、から、気を付けて・・・」
何がどうなっているのかよく判らないが、何かヒル魔は怒っている。
そしてこの痣の原因を取り除くためにどこぞへ行こうとしているというのは判った。
そこにまもりがついて行けないことも、ついて行くことを望まれていないことも判った。
まもりが今できることはここでじっと待つことだけだと聡い彼女は理解したのだ。
それにヒル魔はにやりと笑って応じると、唯一閉じていなかった目の前の襖から外に飛び出す。
光を飛び散らせて月めがけて駆けていくようなヒル魔を、まもりはただじっと見送っていた。


飛び出したヒル魔が向かった先は山々に囲まれた巨大な湖。
その上に背に翼を持った男が浮かんでいた。
棘田だ。
癖のある髪の隙間から覗く目はあからさまにヒル魔を見下している。
「へー、やっぱりアンタみたいな大妖怪でも嫁さんは大事なんだな」
同じく空中に立つヒル魔は、ただ黙って男を見ている。
「やっぱり『西』の力は偉大だよ。アンタの下に居続けちゃ、こんな風に―――」
男の手からしゅるりと緑の蔦が伸びる。それは鞭のように撓ってヒル魔の目の前を通り過ぎた。
「自分の力を存分に発揮できないし」
けたけたと笑う男に、ヒル魔はまだ無言だ。
「なんか言えよ。あんたの嫁さんの命、俺の気分次第だぜ?」
緑の蔦は時折闇に紛れて影のように揺らめく。それがまもりの全身に浮かぶ文様の元なのだ。
その文様は狙った相手に浮かび上がり、意図するところを簡単に支配下に置く。その気になれば自らの首を掻き切らせるのも容易いのだ。
大妖怪ヒル魔の珠玉を意のままにし、彼を屈服させる。
かつて散々に蔑まれ、認められなかったことに対する復讐を、いまこそ果たさん、と棘田はにやりと笑った。
「・・・弱いヤツほどよく吠える、っつーのは知らねぇのか?」
ようやく聞こえてきた淡々としたヒル魔の声に、棘田の顔にさっと朱が走る。
「んだと!? テメェ、今の時分の状況が判ってんのか!?」
ヒル魔のいる場所は湖の上。周囲の山々からは遠い、ちょうど中央部分に二人して対峙している。
元々陸地の獣であるヒル魔は水辺に近寄らない、というのは東の常識だった。
それなのにこんな場所までにのこのこやってくるなんて、とほくそ笑む棘田の視界の端に光るものがある。
「・・・?」
ぽう。
ぽう。
音を立てて狐火がいくつも灯り、湖面にぐるりと円を描いている。
湖面がヒル魔を中心に漣立ち、威圧感が棘田を襲う。
「なんだ、脅しのつもりか?」
それでもあくまで上位であるのは自分だと言わんばかりの棘田の声に、ヒル魔がついと顔を上げた。
全くの無表情。いつも人を食ったような笑みを浮かべていたはずの顔から表情が失せると、それはまるでよくできた人形のようだ。 それがかくりと口を開いた。
「だからテメェはバカなんだよ」
「何――――――」
感情の伴わない声に、いきり立った棘田が飛びかかろうとした刹那、ヒル魔が指を一閃させた。
一瞬の間を空けて、真っ黒な水面が不自然に波立った。 
「・・・・・・!? っぁ・・・・!?」」 
棘田の右腕が、肘からすっぱりと切り落とされている。
「『東』出身だから地理的に有利だからと請け負ったか。それとも上に媚びるために志願したのか」
声もなく痛みに悶え苦しむ棘田を、冷淡な声と視線が追い落とす。
「何にせよ、俺のモノに手を出した以上、その報いを受ける覚悟はあるんだろうな?」
相手を恐怖に陥れる、けれどそれさえもごくごく一部でしかないヒル魔の底知れない力に、棘田は悲鳴を上げながら闇雲に薔薇の蔦をヒル魔に向け伸ばす。
「う・・・う・・・ぁああああああ!!!!」
しかし蔦はヒル魔に触れる前に指一本でことごとく切り刻まれ、湖へと飲み込まれていく。
そこでやっと思い出したかのようにまもりへと施した干渉の力を使おうとしたが、それも発動できない。
どうしてだ、と焦る棘田の足下を、悠然と長く黒い影が通った。
蛟。
ヒル魔とは犬猿の仲であるはずのそれが、ヒル魔に協力して結界を張ったのだ。
事前に連絡を受けていた蛟の阿含は前回の負い目もあって素直に協力した。・・・もっとも、今の状態のヒル魔に逆らったら灰も残らない程に痛めつけられるのだと理解していたせいもあるが、それは棘田のあずかり知らぬ事。
「『西』の糞天使どもに伝えろ」
ヒル魔の声ばかりが単調で、それが余計に恐怖となって棘田を追いつめる。
「『死ぬより辛い目』を、その身でな」

そしてヒル魔の顔がゆうるりと酷薄な笑みに歪んだ。







朝日が昇る頃、飄々と帰ってきたヒル魔に、まんじりともせず夜明かししたまもりは泣きながら抱きついた。
「ア? 何泣いてるんだ糞嫁」
「だっ・・・だって、だって・・・!」
ヒル魔が帰ってこない、しかも自分のせいでまた怪我をしたらどうしよう、もしかしたら怪我が酷くて動けないのでは、という感情と一晩中戦っていたのだ。抱きついた身体が傷一つ無いことに、そして抱き留めてくれる腕の確かさに、まもりはやっと強ばっていた体の力を抜いた。
「ふわぁああ・・・・俺たち帰ってもいいか?」
「おー。さっさと帰れ」
「フー・・・一つ聞きたい」
待っている間に自己紹介されていたので今は二人の名前が判る。
髪と目が赤い方が赤羽、黒い方がコータローという、天狗は天狗でも烏天狗という別の種類らしい。
言わんとしていることを察したのか、ヒル魔はまもりに聞こえぬようひそりと告げる。
「殺してねぇ」
それに二人の顔が更に曇った。あれほどの怒りを抱えて飛んでいったヒル魔が相手を殺さず帰ってきたということは、おそらく想像を絶する程の残虐な数々の拷問を行ったに違いないからだ。
「『西』の目的が何かは判らねぇが、余計な干渉は身を滅ぼすっつーことだ」
にたりと笑ったヒル魔の冷淡な顔に、怒りの深さを改めて思い知る。
触らぬ神に祟りなし、ということわざは本当だと二人して内心呟きつつ、自らのねぐらへと帰っていった。
「・・・ヒル魔くん、ごめん、私すごく眠たくなってきた・・・」
もう朝なのに、と寝声で呟くまもりの額に口づけを落とし、ヒル魔は布団へと彼女を誘う。
「今日は休みだ、休み」
それでも身動ぐまもりを抱き寄せ、ヒル魔も横になる。
「俺も寝る」 
「うん・・・」
そうして二人して眸を閉じる。今度は誰にも干渉されない夢を見るために。





命があるのが不思議な程の怪我を負って戻ってきた男の惨状に、天使の一人が顔を顰める。
「無様だな」
「ああ」
ひそひそと交わされる言葉は彼に対する同情などかけらもない。そもそも『東』からやって来たこの男は翼があるというだけで天使たちとは似ても似つかない存在だった。
それを勘違いし、気まぐれに分け与えられた力を過信した結果がこれだ。
床にはいつくばり、こちらを目だけで力無く見上げる棘田の前に一人の女が手を差し伸べる。
「棘田さん・・・」
「花梨、汚れるよ」
「ええの。棘田さん、行こ」
ふわりと彼女の腕に抱えられ、棘田はゆるく瞬きをする。
「ひどいこと、しはる・・・。私、『東』は許さへん・・・」 
絞り出すような悲しみに満ちた声。その端々から怒りが爆ぜて光るようだ。
「なら花梨、今度は君にお願いしようかな」
「ええよ」
にこり、と美しい微笑みが彼女の顔を彩る。
血まみれの肉片に近い男を抱えたその姿は、異様な程美しかった。
「まもり、ゆう子を連れて来はればええんやろ?」
「ああ。生死は問わないよ」
あっさりと言われる物騒な言葉に、花梨と呼ばれる天使は嫣然と笑った。


***
5/18 16:17 1万5千~様リクエスト『狐の嫁入りシリーズでヒル魔VS天使』でした。このシリーズを書くのにあたって、やはり『西』は帝黒だろう、ということで満を持して登場です。しかし棘田さん可哀想なことに。・・・すんません。今現在花梨ちゃんがどんな動きをするのは不明なのでちょっと続く、みたいな雰囲気を出してしまいました。あとヒル魔さんが強い所をあんまり書けてなかったので、ここぞとばかりに戦ってもらいましたが、まだまだ底知れない力があるらしいです。本気で怒ったらもっと色々変わる予定なんです。それにしてもこのシリーズ本当に書きやすいなあ。
リクエストありがとうございましたー!! 

1万5千~様のみお持ち帰り可。

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同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
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