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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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いなりずし

(狐の嫁入りシリーズ)
※『行く年来る年』の前に位置します
※リクエスト作品



+ + + + + + + + + +
私が、あの人のことを知ったのは、まだだいぶん幼い頃合いでした。
小さく、やせっぽっちで、女だった私は末に生まれたこともあって、兄弟の中でもみそっかす扱いでした。
食うや食わずかの水飲み百姓の子でしたから、日々の食事にさえ事欠きました。
あの日もお腹を空かせて泣き泣きようやっとお稲荷さんのところまで来たのだと思います。
日は暮れ、暮れ泥んだ周囲には人影もなく、烏の啼く声が遠くに聞こえるばかりです。
運が良ければ供え物があり、多少日が経っているものでも腹を満たすには充分でしたから。
けれど、その日はまったく供え物もなく、私は途方に暮れてその場に座り込んでしまいました。
七つになるまでは数にさえ入れられないほど子供はよく死ぬものです。
例え私がその時に死んでしまっても近場の者はおろか、親兄弟だって気にさえしないと思われました。
腹が減りすぎて意識さえ朦朧としたその時。
「こら、そこの子」
どこかから声を掛けられましたが、返事をする元気などあるはずもなく。
俯いて座ったままでいると。
「腹が減っているのか」
どこか超然とした声がなおも掛けられ、次いで私の目の前に誰かが立ちました。
「喰え」
差し出されたのは、とてもいい匂いのするものでした。
それが世に言う『いなり寿司』という代物だと知ったのは随分と後のことで、生まれてこの方ごちそうと言えば雑穀と半々に炊かれた白米がせいぜいの私には、夢のような食べ物でした。
恐る恐る手にとって口に入れたそれは、まだほんのりと暖かく、甘辛く煮付けられたお揚げと少し硬めに炊かれた酢飯が相俟って得も言われぬ美味しさです。私は夢中になってそれを平らげました。
「美味かったか」
その時になって初めて、私は礼も何も言わずごちそうを貰ったのだと理解しました。
いや、貰ったと思っているけれど、代金を払えと言われたら払えるだろうか、そう思った途端一瞬で青くなってしまいました。
どうしようか。
謝らないと、と顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、一人の男性。
真っ白な着物と袴を身につけた、一見してとても偉そうなお方でした。
「あ、あの・・・」
「ム。足りんか」
「え、いやその、あの、こんな高そうな、もの、食べちゃって、あの」
しっかり喋らないと、とは思っても頭が回りません。
がっしりとした手が私に向かって伸びてきました。
「ひ・・・っ」
「子供は遠慮するな」
わしわしっと頭を撫でられ、私の手に先ほど食べたのと同じいなり寿司が再び載せられます。
戸惑う私に、その人は視線で食べるように促しました。
先ほどとは違い、ゆっくり噛みしめるように食べると、それはやはりとても美味しくて。
こんなに美味しい物が食べられるなんて夢のようだ、と思った途端に涙が溢れてきました。
「・・・っ、ひ・・・っ・・・う・・・」
「どうした?」
「こん・・・っ、おいし、・・・のっ、食べ・・・初めて・・・」
「そうか」
言うなり、その人は私を抱き上げてくれたのです。
私の格好は垢染みたぼろぼろの着物一枚で、お世辞にも綺麗とは言えません。
その人の着物を汚すから、と慌てましたが、頓着せずその人は私を抱いたままゆるゆると歩き出しました。
見れば、そこは見慣れた景色ではありません。
一面の金色がそこにありました。
さやさやと風に靡く草原に、金色の光が差し込んで黄金に輝いているのです。
見上げればぽっかりと丸いお月様が浮かんでいました。
「お前も長じれば、いくらでもそれを食べられるようになる」
「なり、ますか」
「ああ」
水飲み百姓の子が長じても同じ道を辿るのがせいぜいだと、その時の私は知らなくて。
その分純粋に、ああ、長じれば―――大きくなれば、腹を減らして泣くこともないのだと、無性に慰められました。
金色の野原の中に、不意に揺らめく火が現れました。
周囲の草木を燃やすことなく、火は踊るようにいくつも現れ、目の前の道の両脇を照らし出していきます。
「行け。この先が、お前の家だ」
こんな場所、私は生まれてこの方見たことがなかったのですが、私は素直に頷きました。
その腕から下ろされ、私は振り返り振り返りその道を歩いていきました。
記憶の中のその人は、腕を組んでこちらをずっと見送ってくれていて―――そしてその背後に、白く大きな狐の尾があったような気がします。
あれは、お稲荷さんなんだ。お稲荷さんが、私を助けてくれたんだ。
無事に家に帰った私は、夜遅くで歩いたことをきつく咎められましたが、どこに行っていたか、何をしていたのかは口を割りませんでした。
そして私はその日から、お稲荷さんへと出向くのが日課になりました。
お供えするようなものは買えないから、せめて季節の花を手みやげに。
あの人とはその日以来お会いすることもありませんが、野良仕事で荒れた手を合わせながら日々の報告を欠かしませんでした。
いつの頃か、私は信心深い子という風にお稲荷さんの宮司様に認められ、それが縁で長者様の元で下働きをさせて頂けるようになりました。
大きな家で働くのに無学では、と少々の手習いまでさせて頂けて、それもこれもお稲荷さんのおかげだ、と私は思いました。
けれど。
あの人の言うとおり次第に長じた私を待ち受けていたのは。
「お主もようやっと『女』らしゅうなったのう」
「は・・・?」
働き先として身を寄せていた長者様の、脂ぎった視線、身体を触る手。
囲い者になれと迫られ、私は冷や汗を掻いて逃げました。
けれど私に与えられたのは仲間からの冷たい視線と、奥方様の苛烈な仕置きでした。
「この、女狐め! その年で色目を使うなんて、根っからの淫売さね!!」
奥方様に罵倒され、叩かれ、折檻と称し焼けた火鉢を押しつけられ、苦痛に呻いて逃げ出そうとしても、誰も助けてくれず。
当初は私を囲い者にしようとしたはずの長者様は、奥方様の悋気に尻尾を巻いて知らぬ振り。
家に戻ろうにも、今更口が一つ増えては喜ばれません。
ましてや村一番の長者のお手つきになり損ねた私が戻っては、風当たりもきつくなりましょう。
私は着の身着のまま逃げだし、そうやってたどり着いたのは―――あのお稲荷さんで。
呆然と立ちつくす私の目の前に現れたのは、あの時と寸分違わず同じままの・・・あの人でした。
「お久しぶりで、ございます」
思わず全ての柵を忘れ、私は深々と頭を下げました。
「―――あの時の子か」
息災か、と尋ねられ、私は何も言えず俯きました。
袖から伸びる、着物を握りしめる手には手酷い折檻の跡があります。
薄汚れた裾を見ても、ただごとではない雰囲気を察したのでしょう。
あの人はいつかと同じように私の頭をそっと撫でて下さいました。
「長じても・・・長じたらこそ」
その手のひらの下から、私は涙に滲んだ声で呟きました。
「この世は、救いがないと知って・・・辛うございます」
あの人はしばしの沈黙の後、口を開きました。
「この世、と一口に言っても様々だ。ましてや村一つの中では推し量れまい」
私はおずおずと顔を上げました。
いつかよりずっと近くなったその顔は端正で、改めて拝見しているだけで頬に血が上る心地がします。
「来い」
私の手を取り、あの人が歩いていきます。
そこもまた、いつか通ったあの金色の野原。
二人きりで歩くその道は虫の音一つ聞こえず、風で草木がそよぐ音も聞こえず、真の静寂が満ちておりました。
そして空にはまた満月。
しばし沈黙と共に歩いて、そしてあの人は立ち止まりました。
「この先に、里がある」
「さと」
「その先で生きて、救いがあるかどうか見るがいい」
私は手のひらを握りしめ、あの人を見上げました。
金色の光を浴びて尚、短い髪は闇よりも黒く、瞳も深いまま。
表情はさほど変わりません。
けれど暖かみのある視線は、私が幼いときと同じように見えます。
「私の救いは、ここにあります」
それに表情を変えず沈黙を保つあの人に、私は更に言いつのりました。
「どうかお側に置いて下さいませ」
じっとこちらを見つめるあの人は、私から視線を逸らさずに口を開きました。
「救いが俺だけだというのもまた早計だ」
すう、とあの人が手を差し伸べると。
いつかと同じように、真っ直ぐに火が揺らめく道が出現しました。
この先にあの人が言う街があり、救いが待っているのでしょう。
けれど、今、この目の前にいるあの人よりも確実な救いが、あるというのでしょうか。
私の逡巡を見抜いた声が、真っ直ぐに響きました。
「生きろ」
不安に揺れる私の瞳を見て、彼はほんの幽かに目元をゆるめました。
まるで子供を宥めるかのような、優しさを垣間見せて。
「全てはそれからだ。精一杯生きろ」
送り出す視線に、声に、私は最早逆らうことが出来ませんでした。
「・・・では、その支えのために・・・お名前をお教え願えませんか?」
「清十郎」
「清十郎、さま」
私は拳を胸元で握り、その名を繰り返しました。
それからようやっと、振り返り振り返りながらゆっくりと歩き出しました。
その背を見守ってくれる清十郎の白い姿を覚えようと、殊更ゆっくりと。
どうか、いつの日にかまたお会いできますように、そう強く願わずにはいられませんでした。


思えばその時から、私の心は決まっていたのです。
里で暮らしても、たくさんの人々と触れ合っても、色々な事を経験しても。
私の心はただ一つ。


清十郎様の、お側に。











若菜の声がする。高見は本を読みながら意識をそちらへと向けた。
「はーい、ただいま」
ぱたぱたと来客があったらしい玄関へと向かう軽快な足音。
「あら。高見さん、お客様ですよ」
その声に耳を傾けていた高見は、読んでいた本から顔を上げた。
「誰だい?」
「ミサキさんがいらしてます」
「ミサキ? 清十郎が何か用かい?」
飯綱権現の清十郎とは旧知の仲だが、相手が神である以上あまり行き来はない。
それでも彼は生来生真面目なので、自らの神域周辺の変化には気を配っているのはよく知っている。
高見は立ち上がり、玄関へと顔を出す。
ミサキと呼ばれる使いの少女が高見にぺこりと頭を下げ、手紙を差し出す。
それを手に取ると、高見はざっとそれを読んだ。
「ああ、ヒル魔の嫁さんの話か」
「まもりさんの?」
「ヒル魔や近隣に色々と変化があったらしいから一度会ってみたいらしい」
それに若菜は首を傾げた。
「なんで高見さんのところにお使いが来るんですか?」
「ヒル魔に使いを寄越しても難癖付けて会わせないと判ってるんだろう。うまい理由を考えろ、だってさ」
互いによく知っている間柄だと承知の上で相談してきたらしい。
やっぱり生真面目だなあ、と思いつつ高見は考えを巡らせる。
ヒル魔が相手では一筋縄ではいかないだろう。
「ヒル魔は妖怪だから神域には入れないし、清十郎も出てこないだろうしなあ・・・」
「やっぱりまもりさんが出向かないとダメってことですよね?」
頭を付き合わせていた二人だが、若菜が不意にぴょんと飛び上がって竈に向かった。
「大変! ・・・あ、よかった無事です」
危うく焦がすところでした、と鍋をかき混ぜる若菜に高見はくい、と眼鏡を押し上げた。
「あそこには確か、保食神(うけもち)の見習いがいたんじゃなかったかな?」
「あ! そうそう、ええと・・・干徳さんだったわよね?」
ミサキに問うと、彼女はこっくりと頷いた。
「彼女が料理を振る舞うと誘えばどうだい? そろそろ正月だし、それにかこつけるとか」
「ああ、いい考えですね! 干徳さんのいなり寿司は美味しいんですよ」
高見はすらすらと紙に書き付けるとミサキに手渡す。
彼女は嬉しそうににっこりと笑ってすぐさま姿を消した。
鍋をかき混ぜながら若菜が思い出したように口にする。
「彼女、元は人間だってお聞きしました。神様になるには、相当徳が高くないとなれなんじゃないですか?」
「そうだねえ・・・」
高見は彼女のことを思い出す。
人から神へと変容することを受け入れた彼女。
肉体を捨て、精神だけとなるには人間はあまりに脆弱だ。
けれど、彼女は成し遂げた。
その思いは清十郎へのただただ一途な恋慕からだった。
そこに徳や善行などはない。
「何とかの一念、って言う方が適切だと思うよ」
「あら! それは聞き捨てなりませんよ?」
干徳さんに失礼です、と反論する若菜に高見は言い返した。
「だってあの朴念仁の側にいるなら、それくらいじゃないと神様業だって勤まらないさ」
ひたすら強い想いだけがそこにあったから。
肩をすくめる彼に、それも確かですね、と若菜は苦笑して納得したのだった。



***
のら様リクエスト『狐シリーズで進←ラブ』でした。名前の表記を散々悩んだ結果、一人称で押し通すという力業にしてしまいました。・・・ラブって時代劇風だとどうしても呼べないし・・・。結局干徳呼びさせていただきました。進ラブは好きですね!高若を推してしまっているので、進はラブだよねー、と思ってます(単純)。他の王城キャラも、ということでしたが、高見と若菜を出すのが精一杯で・・・残念。そのうち桜庭さんとか大田原さんとか、猫山くんとか・・・諸々の脇役も出したいですね。楽しく書けました♪リクエストありがとうございましたー!!

のら様のみお持ち帰り可。
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