旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
滅多にならないドアホンに眉を顰め、ヒル魔は自室の扉を開く。
そしてヒル魔は目の前の光景に目を疑った。
何しろそこにいたのは。
「ヒル魔くん・・・」
赤ん坊を抱いで半泣きになっているまもりの姿だったから。
とりあえず室内に入れ、まもりの腕の中の赤ん坊を覗き込む。
赤ん坊はまっしろなおくるみに包まれてくうくうと小さな寝息を立てていた。
二人してベッドに座る。
ここはヒル魔が自宅として使用しているホテル。
椅子はあるが一つしかないので、必然的に二人が並んで座るとなるとベッドになる。
「一体いつ産んだんだ」
「産んで! ません!!」
それくらいヒル魔だって判っている。
なにせ彼女は今現在ヒル魔と付き合っていて、妊娠したなんて聞いていないし。
なによりつい昨日だって身体を重ねたのだ。あり得ない。
冗談だ、と軽くいなして続ける。
「誰の子だ?」
「あ、うん。アコの子なの」
「アー」
ヒル魔は脳裏にまもりの友人であるアコを思い浮かべる。
彼女は趣味が高じて開いたブログを経由して現在の夫と知り合ったとか。
出会い系なんじゃないか、騙されていないかと不安がるまもりの心配を余所に、彼女はあっさりと結婚してあっさりと妊娠した。今でも彼女は幸せに暮らしていたはずだが。喧嘩でもしたのだろうか。
「旦那さんと喧嘩したとかじゃないの。むしろその逆」
「ア?」
「ほら、アコって結婚してすぐ妊娠したじゃない? あんまり二人だけで一緒に出掛けられなかったから、今日は久しぶりに二人で一緒に出掛けるつもりだったらしいの」
まもりが言うには、前々から相談して自分の両親に預けるつもりだったが、突如祖父がぎっくり腰で入院し、それに付き添って祖母も病院に行ってしまった。夫の両親は既に亡く、預ける相手は他にいない。
けれど色々と予約も取ってしまったし、勿体ないから赤ん坊の面倒を見て貰えないか、と頼み込まれたのだ。
というか押しつけられた。
まもりも困ってしまった。彼女の両親も旅行に行っていて不在で、頼れる相手がいなかったから。
そして縋るような思いで恋人のヒル魔の所へやってきた、とそういうことらしい。
「それにしたって、俺の所に来てもナァ」
「だって! ほ、他に行くところが・・・」
泣きそうになるまもりの頭をヒル魔は苦笑して撫でる。
「どっちがガキだか」
「もう・・・」
まもりの子供を抱く手つきは意外にしっかりしている。
聞けば何度かアコの所に遊びに行ってはこの子供を抱いたりしていたそうなのだ。
「名前は?」
「マコちゃん」
女の子よ、と言われてもヒル魔には赤子の性別など見た目で判らない。
「小さいもんだな」
つい、と握られている手をつつくと、柔らかい皮膚の感触。
「すごくあったかいのよ。ふふ、やっぱりかわいいわ」
穏やかに笑うまもりの顔にヒル魔は目を奪われた。
それは今まで過ごしてきた中でもあまり見た事のない種類の笑みで。
ああ、これが母性っつうもんか、と妙に納得したりして。
「ところで、その荷物は?」
まもりが肩に掛けていた鞄は随分と大きかった。まもりは赤ん坊をベッドに横たえると、鞄を二人の前に出す。
「マコちゃんに必要な物が入ってるわ。ミルクでしょ、ほ乳瓶でしょ、着替えでしょ、おむつでしょ」
次々に出てくるものはどれも見た事はあるが身近にはあったためしのない代物で。
そして着替えに至っては随分小さい。興味を引かれてヒル魔が着替えの一つをつまみ上げたとき。
マコが目を覚ました。
「・・・あー」
「あらマコちゃん? おめめ覚めたの?」
なんだその猫なで声、とつい口にしたくなるくらいの声を出してまもりはマコを抱き上げた。
先ほどはぴくりとしか動かなかった赤子がゆるゆると手を動かしている。
「あーぅーううー」
「ホー」
もがくような動きは新鮮で、ヒル魔はその手を先ほどのようにつつく。
先ほどは握りしめたままだったそれが開かれていて、まさに紅葉と呼ぶにふさわしい小さな手。
「あ」
つつかれて、マコはヒル魔の指をきゅっと握った。反射なのだが、赤ん坊の掴む力というのは存外強い。
ヒル魔がその手から逃れようと指を引いても、どこにこんな力が、というくらいきつく握られている。
「大変なのよ、子供に一度握られるとなかなか離してくれないから」
「先に言え!」
「私も前に髪の毛握られたことがあってね、その時は痛かったわ」
くすくすと笑われてもヒル魔は憮然とした顔で指を囚われたままだ。
握られた指先だけが優しい熱に包まれていて心地よささえ感じそうだけれど。
「丁度いいわ、抱いててくれない?」
「アァ!? なんで俺が!」
「おトイレ行きたいの!」
実は先ほどから、と言われればさすがにそのまま行けとも言えない。仕方なくヒル魔は赤ん坊を受け取った。
「・・・どうやって支えりゃいいんだ」
「腕で首を支えるように・・・右手が掴まれてるから左腕よね、そうそう」
まもりの柔らかい腕からヒル魔の硬い腕に移動した赤ん坊は、それでもヒル魔の手を放さずにっこりと笑った。そろそろ首が据わり始める頃だからそんなに難しくないわ、とまもりは微笑む。
「じゃあお願いね!」
切羽詰まっていたらしく、まもりはぱたぱたとトイレに駆け込んだ。
ヒル魔は赤ん坊と二人で取り残されて、他にする事もないのでじっと赤ん坊を観察してみる。
やっと手を放して貰えたので、両手で改めて抱き直した。
小さな命は、まもりが言ったようにあたたかく柔らかい。
こんなにも頼りないような風情の赤ん坊を人に預けるなんて随分適当だな、と思える。
それとも四六時中面倒を見ているとその辺は適当になるのだろうか。
生憎と小さな赤ん坊が側にいた経験のないヒル魔には判断がつきかねた。
「テメェはどっちに似たんだろうなァ」
アコの結婚式に参加したまもりが持ってきた写真を見る限り、夫は線の細い男だった。
女であるならどちらに似てもさほど困るまい。そんなことまでつらつらと考えてしまう。
ヒル魔の手のひらが余ってしまう程小さな頭を撫でると、赤ん坊は声を上げて笑った。ご機嫌らしい。
トイレにしては些か時間が掛かっているな、と思っていたらまもりがコーヒーを手に戻ってきた。
「はい」
「・・・このガキどこに置く」
「うん、ここでいいんじゃないかな」
座っているのとは別のベッドに横たえると、ヒル魔はまもりからコーヒーを受け取った。
赤ん坊は意味不明な声を上げながら手足を動かしている。
「とりあえずお腹も空かせてないしおむつも大丈夫みたいだし、よかったわ」
どこか手慣れた様子のまもりに、内心コイツは自分一人で面倒みられたんじゃ、と考える。
「でも一人だと怖くて。ヒル魔くんが居てくれてよかった・・・」
ヒル魔の内心を知らないまもりは、ほっと息をついてカップを両手でくるみ、隣のヒル魔にそっともたれかかる。
それくらいで機嫌が直る俺もどうか、とヒル魔は内心自嘲の笑みを零しつつ、向かいの赤ん坊を眺める。
だが、穏やかだったのはそこまでで。
不意に赤ん坊が動きを止めたかと思えば、突如としてつんざくような声で泣き始めた。
「糞ッ、煩ェ!」
「えっ、やだ、お腹空いたのかな? それともおむつ?!」
抱き上げてみても全く泣きやまない。
抱いてあやすまもりを横目に、ヒル魔は片耳を塞ぎつつ荷物の中から取り出したミルクの作り方を見る。
「・・・おむつじゃないわね。お腹空いたみたい」
まもりの胸を探ってくる小さな手に確信する彼女からヒル魔は離れた。
「・・・作ってくる」
「え?」
小さな子供の泣き声は聞き慣れなくてヒル魔はその場から逃れるためにそそくさとポットへ向かった。
湯を沸かして分量の粉ミルクを溶き、人肌まで冷ます。
「ヒル魔くんがミルク作ってる・・・!」
「仕方ねぇだろ、テメェに作らせたら俺がその糞チビ怪獣といねぇとならねぇだろうが」
抱いていなくとも、同じ空間でぎゃんぎゃん泣かれてはたまらない。
できあがったミルクたっぷりのほ乳瓶を近づけると、赤ん坊はたちまちそれに吸い付き、飲み始めた。
思わず安堵の吐息を漏らしたヒル魔に、まもりは苦笑するばかり。
何度か聞いていて威力を知っているまもりならともかく、全く知らないヒル魔にはこの泣き声は辛いだろう。
「スゲェ勢いだな」
「お腹空いてたのね」
一心にミルクを飲む頬を撫で、まもりは優しく笑う。
「たまにだからいいけど、毎日のアコは本当に大変そうよ」
「だな」
頷いて手持ちぶさたになったヒル魔は、まもりの肩に己の頭を預ける。
「どうしたの?」
珍しい、とまもりが視線を向けても、ヒル魔は赤ん坊を見たままだ。
「ベツニ」
「ふうん?」
首を傾げながら、まもりも赤ん坊を見る。
ほ乳瓶の中身は随分減っていて、飲む勢いも段々弱くなってきた。
「そろそろかな?」
ほ乳瓶から口を離したのを見て、まもりは赤ん坊を抱き上げてとんとんと背中を叩く。
けぷっと小さなゲップをして、赤ん坊は満足そうに笑った。
「お腹一杯になりましたか~?」
「どこから出てるんだ、その声」
「どこからだろう。・・・なんか不思議と赤ん坊とか小さい子を見るとそういう声が出るのよね」
「ホー」
再びうつらうつらし出した赤ん坊を抱いてまもりは瞳を伏せ、歌い出した。
ぴん、と片眉を上げるヒル魔には構わず、柔らかく優しく子守歌を歌う。
赤ん坊はそのゆったりとした拍子と声と、あたたかい腕に安心して眠りに落ちた。
そーっとベッドの上に寝かせると、まもりは腕をぶらぶらと振った。
「重いか」
「うん、だって小さくったって6㎏はあるんだよ?」
「ケケケ運動不足だな」
「そりゃあヒル魔くんには軽いんだろうけど!」
思わず大声を上げてしまったまもりは、慌てて隣のベッドを見る。
くうくうと寝ている姿に、ほっと胸をなで下ろした。また泣かれるのは勘弁して欲しい。
「・・・しゃべるのも一苦労ね」
「ア? あれがあるじゃねぇか」
「え? ・・・あ!」
その後しばらく、マコが起きるまでは二人は高校時代のサインで会話しながら過ごした。
目を覚ました後は後で、おむつやらぐずりやらで二人は散々手を焼いたのだけれど。
ようやくアコとその旦那が迎えに来るというので、まもりはマコを抱いて連れて行こうとするが、マコが暴れてなかなか抱き上げられない。
「お前はこっち持て」
「え」
なぜだか妙に暴れるマコに手を焼いているまもりを見かねてか、ヒル魔がマコをひょいと抱き上げた。
彼の腕の中ではいくら暴れても安定しているし大丈夫だろう。
「重いだろ」
「・・・うん。ありがとう」
でも、アコはどう思うかなあ、と思いながらまもりは待ち合わせの公園までヒル魔と歩く。
日は傾き、空はもう夕方の様相を呈している。
「きれいな空ね」
「逢魔が時だな」
それはアコと旦那さんにとっては、ってことなのかしら、と見上げればヒル魔は赤ん坊を抱いたままにやりと笑った。あ、この顔は判ってる顔だ、とまもりは苦笑する。
「まもー! ごめーん、ありがとー!!」
「アコ」
車から降りて、見慣れた笑顔で手を振り、手にしていた土産の包みを持ってこちらにやってきたアコは。
「―――――――――ッ!!!」
己の子が誰に抱かれているかを見て、そのまま卒倒しかける。
「ちょっとアコ!? 大丈夫よ、抱いてるだけだって!」
「な、な、なんで、ヒル魔が・・・!?」
「ホレ」
青ざめるアコに、ヒル魔はにやにやと笑いながら軽々とマコを渡した。
「だって結構重いんだもの、マコちゃん」
「・・・そうだけど」
腕に戻ってきたぬくもりに、アコはほっとした顔をした。
やはり日々育児に疲れていても、離れたら離れたで心配だったのだろう。
「これに懲りたらテメェは預ける相手を考えるんだな」
「なっ、だから、なんでヒル魔がここにいるのよ?!」
「え、だって私たち付き合ってるし」
それは知ってるけど! とアコは恨みがましくまもりを見る。
「まもに預けたらきっとまものお母さんと面倒見てくれると思ったのにー!」
「ウチの母は不在だったのよ。それにヒル魔くんだってちゃんと面倒見てくれたのよ?」
「えぇえ?! ちょ、え・・!?」
「なんならもう一度預かるか?」
目を白黒させて首を振るアコにまもりは眉を顰め、ヒル魔はにやにやと笑うばかり。
アコはせっかくリフレッシュしただろうに余計な疲労を再び得てぐったりとした顔で、それでも再び礼を言うと、夫と共に去っていった。
「あ、お土産は温泉饅頭だ。ヒル魔くん食べる?」
「イラネ」
「そうよね。これは私がありがたくいただきます」
じゃあお疲れ様でした、と踵を返そうとしたまもりを、ヒル魔の手が捕らえた。
「俺に対する報酬は?」
「は?」
「せっかくの休日をテメェに付き合って潰したんだ、それなりの報酬がねぇとな?」
「ええ?! だって、預けてきたのはアコだし!」
「だがアイツが預けたのはテメェだろ」
「うう・・・」
唸られてもヒル魔はどこ吹く風だ。
「付き合え」
「どこに?」
いいから、と腕を引かれ、まもりは疑問符を顔中に張り付けながらついていく。
そして二時間後、まもりの左手薬指には真新しい指輪が嵌められた。
***
まみ様リクエスト『まもりが友人の赤ちゃんを預かり奮闘する二人』でした。ヒル魔さんがミルク作るって・・・!
自分で書いておいて可笑しいったらありゃしない。なお、赤ちゃんの月齢については4ヶ月程度を目安に書きました。正しくないところがあったらすみません。でも、楽しく書かせて頂きました♪
リクエストありがとうございましたー!!
まみ様のみお持ち帰り可。
そしてヒル魔は目の前の光景に目を疑った。
何しろそこにいたのは。
「ヒル魔くん・・・」
赤ん坊を抱いで半泣きになっているまもりの姿だったから。
とりあえず室内に入れ、まもりの腕の中の赤ん坊を覗き込む。
赤ん坊はまっしろなおくるみに包まれてくうくうと小さな寝息を立てていた。
二人してベッドに座る。
ここはヒル魔が自宅として使用しているホテル。
椅子はあるが一つしかないので、必然的に二人が並んで座るとなるとベッドになる。
「一体いつ産んだんだ」
「産んで! ません!!」
それくらいヒル魔だって判っている。
なにせ彼女は今現在ヒル魔と付き合っていて、妊娠したなんて聞いていないし。
なによりつい昨日だって身体を重ねたのだ。あり得ない。
冗談だ、と軽くいなして続ける。
「誰の子だ?」
「あ、うん。アコの子なの」
「アー」
ヒル魔は脳裏にまもりの友人であるアコを思い浮かべる。
彼女は趣味が高じて開いたブログを経由して現在の夫と知り合ったとか。
出会い系なんじゃないか、騙されていないかと不安がるまもりの心配を余所に、彼女はあっさりと結婚してあっさりと妊娠した。今でも彼女は幸せに暮らしていたはずだが。喧嘩でもしたのだろうか。
「旦那さんと喧嘩したとかじゃないの。むしろその逆」
「ア?」
「ほら、アコって結婚してすぐ妊娠したじゃない? あんまり二人だけで一緒に出掛けられなかったから、今日は久しぶりに二人で一緒に出掛けるつもりだったらしいの」
まもりが言うには、前々から相談して自分の両親に預けるつもりだったが、突如祖父がぎっくり腰で入院し、それに付き添って祖母も病院に行ってしまった。夫の両親は既に亡く、預ける相手は他にいない。
けれど色々と予約も取ってしまったし、勿体ないから赤ん坊の面倒を見て貰えないか、と頼み込まれたのだ。
というか押しつけられた。
まもりも困ってしまった。彼女の両親も旅行に行っていて不在で、頼れる相手がいなかったから。
そして縋るような思いで恋人のヒル魔の所へやってきた、とそういうことらしい。
「それにしたって、俺の所に来てもナァ」
「だって! ほ、他に行くところが・・・」
泣きそうになるまもりの頭をヒル魔は苦笑して撫でる。
「どっちがガキだか」
「もう・・・」
まもりの子供を抱く手つきは意外にしっかりしている。
聞けば何度かアコの所に遊びに行ってはこの子供を抱いたりしていたそうなのだ。
「名前は?」
「マコちゃん」
女の子よ、と言われてもヒル魔には赤子の性別など見た目で判らない。
「小さいもんだな」
つい、と握られている手をつつくと、柔らかい皮膚の感触。
「すごくあったかいのよ。ふふ、やっぱりかわいいわ」
穏やかに笑うまもりの顔にヒル魔は目を奪われた。
それは今まで過ごしてきた中でもあまり見た事のない種類の笑みで。
ああ、これが母性っつうもんか、と妙に納得したりして。
「ところで、その荷物は?」
まもりが肩に掛けていた鞄は随分と大きかった。まもりは赤ん坊をベッドに横たえると、鞄を二人の前に出す。
「マコちゃんに必要な物が入ってるわ。ミルクでしょ、ほ乳瓶でしょ、着替えでしょ、おむつでしょ」
次々に出てくるものはどれも見た事はあるが身近にはあったためしのない代物で。
そして着替えに至っては随分小さい。興味を引かれてヒル魔が着替えの一つをつまみ上げたとき。
マコが目を覚ました。
「・・・あー」
「あらマコちゃん? おめめ覚めたの?」
なんだその猫なで声、とつい口にしたくなるくらいの声を出してまもりはマコを抱き上げた。
先ほどはぴくりとしか動かなかった赤子がゆるゆると手を動かしている。
「あーぅーううー」
「ホー」
もがくような動きは新鮮で、ヒル魔はその手を先ほどのようにつつく。
先ほどは握りしめたままだったそれが開かれていて、まさに紅葉と呼ぶにふさわしい小さな手。
「あ」
つつかれて、マコはヒル魔の指をきゅっと握った。反射なのだが、赤ん坊の掴む力というのは存外強い。
ヒル魔がその手から逃れようと指を引いても、どこにこんな力が、というくらいきつく握られている。
「大変なのよ、子供に一度握られるとなかなか離してくれないから」
「先に言え!」
「私も前に髪の毛握られたことがあってね、その時は痛かったわ」
くすくすと笑われてもヒル魔は憮然とした顔で指を囚われたままだ。
握られた指先だけが優しい熱に包まれていて心地よささえ感じそうだけれど。
「丁度いいわ、抱いててくれない?」
「アァ!? なんで俺が!」
「おトイレ行きたいの!」
実は先ほどから、と言われればさすがにそのまま行けとも言えない。仕方なくヒル魔は赤ん坊を受け取った。
「・・・どうやって支えりゃいいんだ」
「腕で首を支えるように・・・右手が掴まれてるから左腕よね、そうそう」
まもりの柔らかい腕からヒル魔の硬い腕に移動した赤ん坊は、それでもヒル魔の手を放さずにっこりと笑った。そろそろ首が据わり始める頃だからそんなに難しくないわ、とまもりは微笑む。
「じゃあお願いね!」
切羽詰まっていたらしく、まもりはぱたぱたとトイレに駆け込んだ。
ヒル魔は赤ん坊と二人で取り残されて、他にする事もないのでじっと赤ん坊を観察してみる。
やっと手を放して貰えたので、両手で改めて抱き直した。
小さな命は、まもりが言ったようにあたたかく柔らかい。
こんなにも頼りないような風情の赤ん坊を人に預けるなんて随分適当だな、と思える。
それとも四六時中面倒を見ているとその辺は適当になるのだろうか。
生憎と小さな赤ん坊が側にいた経験のないヒル魔には判断がつきかねた。
「テメェはどっちに似たんだろうなァ」
アコの結婚式に参加したまもりが持ってきた写真を見る限り、夫は線の細い男だった。
女であるならどちらに似てもさほど困るまい。そんなことまでつらつらと考えてしまう。
ヒル魔の手のひらが余ってしまう程小さな頭を撫でると、赤ん坊は声を上げて笑った。ご機嫌らしい。
トイレにしては些か時間が掛かっているな、と思っていたらまもりがコーヒーを手に戻ってきた。
「はい」
「・・・このガキどこに置く」
「うん、ここでいいんじゃないかな」
座っているのとは別のベッドに横たえると、ヒル魔はまもりからコーヒーを受け取った。
赤ん坊は意味不明な声を上げながら手足を動かしている。
「とりあえずお腹も空かせてないしおむつも大丈夫みたいだし、よかったわ」
どこか手慣れた様子のまもりに、内心コイツは自分一人で面倒みられたんじゃ、と考える。
「でも一人だと怖くて。ヒル魔くんが居てくれてよかった・・・」
ヒル魔の内心を知らないまもりは、ほっと息をついてカップを両手でくるみ、隣のヒル魔にそっともたれかかる。
それくらいで機嫌が直る俺もどうか、とヒル魔は内心自嘲の笑みを零しつつ、向かいの赤ん坊を眺める。
だが、穏やかだったのはそこまでで。
不意に赤ん坊が動きを止めたかと思えば、突如としてつんざくような声で泣き始めた。
「糞ッ、煩ェ!」
「えっ、やだ、お腹空いたのかな? それともおむつ?!」
抱き上げてみても全く泣きやまない。
抱いてあやすまもりを横目に、ヒル魔は片耳を塞ぎつつ荷物の中から取り出したミルクの作り方を見る。
「・・・おむつじゃないわね。お腹空いたみたい」
まもりの胸を探ってくる小さな手に確信する彼女からヒル魔は離れた。
「・・・作ってくる」
「え?」
小さな子供の泣き声は聞き慣れなくてヒル魔はその場から逃れるためにそそくさとポットへ向かった。
湯を沸かして分量の粉ミルクを溶き、人肌まで冷ます。
「ヒル魔くんがミルク作ってる・・・!」
「仕方ねぇだろ、テメェに作らせたら俺がその糞チビ怪獣といねぇとならねぇだろうが」
抱いていなくとも、同じ空間でぎゃんぎゃん泣かれてはたまらない。
できあがったミルクたっぷりのほ乳瓶を近づけると、赤ん坊はたちまちそれに吸い付き、飲み始めた。
思わず安堵の吐息を漏らしたヒル魔に、まもりは苦笑するばかり。
何度か聞いていて威力を知っているまもりならともかく、全く知らないヒル魔にはこの泣き声は辛いだろう。
「スゲェ勢いだな」
「お腹空いてたのね」
一心にミルクを飲む頬を撫で、まもりは優しく笑う。
「たまにだからいいけど、毎日のアコは本当に大変そうよ」
「だな」
頷いて手持ちぶさたになったヒル魔は、まもりの肩に己の頭を預ける。
「どうしたの?」
珍しい、とまもりが視線を向けても、ヒル魔は赤ん坊を見たままだ。
「ベツニ」
「ふうん?」
首を傾げながら、まもりも赤ん坊を見る。
ほ乳瓶の中身は随分減っていて、飲む勢いも段々弱くなってきた。
「そろそろかな?」
ほ乳瓶から口を離したのを見て、まもりは赤ん坊を抱き上げてとんとんと背中を叩く。
けぷっと小さなゲップをして、赤ん坊は満足そうに笑った。
「お腹一杯になりましたか~?」
「どこから出てるんだ、その声」
「どこからだろう。・・・なんか不思議と赤ん坊とか小さい子を見るとそういう声が出るのよね」
「ホー」
再びうつらうつらし出した赤ん坊を抱いてまもりは瞳を伏せ、歌い出した。
ぴん、と片眉を上げるヒル魔には構わず、柔らかく優しく子守歌を歌う。
赤ん坊はそのゆったりとした拍子と声と、あたたかい腕に安心して眠りに落ちた。
そーっとベッドの上に寝かせると、まもりは腕をぶらぶらと振った。
「重いか」
「うん、だって小さくったって6㎏はあるんだよ?」
「ケケケ運動不足だな」
「そりゃあヒル魔くんには軽いんだろうけど!」
思わず大声を上げてしまったまもりは、慌てて隣のベッドを見る。
くうくうと寝ている姿に、ほっと胸をなで下ろした。また泣かれるのは勘弁して欲しい。
「・・・しゃべるのも一苦労ね」
「ア? あれがあるじゃねぇか」
「え? ・・・あ!」
その後しばらく、マコが起きるまでは二人は高校時代のサインで会話しながら過ごした。
目を覚ました後は後で、おむつやらぐずりやらで二人は散々手を焼いたのだけれど。
ようやくアコとその旦那が迎えに来るというので、まもりはマコを抱いて連れて行こうとするが、マコが暴れてなかなか抱き上げられない。
「お前はこっち持て」
「え」
なぜだか妙に暴れるマコに手を焼いているまもりを見かねてか、ヒル魔がマコをひょいと抱き上げた。
彼の腕の中ではいくら暴れても安定しているし大丈夫だろう。
「重いだろ」
「・・・うん。ありがとう」
でも、アコはどう思うかなあ、と思いながらまもりは待ち合わせの公園までヒル魔と歩く。
日は傾き、空はもう夕方の様相を呈している。
「きれいな空ね」
「逢魔が時だな」
それはアコと旦那さんにとっては、ってことなのかしら、と見上げればヒル魔は赤ん坊を抱いたままにやりと笑った。あ、この顔は判ってる顔だ、とまもりは苦笑する。
「まもー! ごめーん、ありがとー!!」
「アコ」
車から降りて、見慣れた笑顔で手を振り、手にしていた土産の包みを持ってこちらにやってきたアコは。
「―――――――――ッ!!!」
己の子が誰に抱かれているかを見て、そのまま卒倒しかける。
「ちょっとアコ!? 大丈夫よ、抱いてるだけだって!」
「な、な、なんで、ヒル魔が・・・!?」
「ホレ」
青ざめるアコに、ヒル魔はにやにやと笑いながら軽々とマコを渡した。
「だって結構重いんだもの、マコちゃん」
「・・・そうだけど」
腕に戻ってきたぬくもりに、アコはほっとした顔をした。
やはり日々育児に疲れていても、離れたら離れたで心配だったのだろう。
「これに懲りたらテメェは預ける相手を考えるんだな」
「なっ、だから、なんでヒル魔がここにいるのよ?!」
「え、だって私たち付き合ってるし」
それは知ってるけど! とアコは恨みがましくまもりを見る。
「まもに預けたらきっとまものお母さんと面倒見てくれると思ったのにー!」
「ウチの母は不在だったのよ。それにヒル魔くんだってちゃんと面倒見てくれたのよ?」
「えぇえ?! ちょ、え・・!?」
「なんならもう一度預かるか?」
目を白黒させて首を振るアコにまもりは眉を顰め、ヒル魔はにやにやと笑うばかり。
アコはせっかくリフレッシュしただろうに余計な疲労を再び得てぐったりとした顔で、それでも再び礼を言うと、夫と共に去っていった。
「あ、お土産は温泉饅頭だ。ヒル魔くん食べる?」
「イラネ」
「そうよね。これは私がありがたくいただきます」
じゃあお疲れ様でした、と踵を返そうとしたまもりを、ヒル魔の手が捕らえた。
「俺に対する報酬は?」
「は?」
「せっかくの休日をテメェに付き合って潰したんだ、それなりの報酬がねぇとな?」
「ええ?! だって、預けてきたのはアコだし!」
「だがアイツが預けたのはテメェだろ」
「うう・・・」
唸られてもヒル魔はどこ吹く風だ。
「付き合え」
「どこに?」
いいから、と腕を引かれ、まもりは疑問符を顔中に張り付けながらついていく。
そして二時間後、まもりの左手薬指には真新しい指輪が嵌められた。
***
まみ様リクエスト『まもりが友人の赤ちゃんを預かり奮闘する二人』でした。ヒル魔さんがミルク作るって・・・!
自分で書いておいて可笑しいったらありゃしない。なお、赤ちゃんの月齢については4ヶ月程度を目安に書きました。正しくないところがあったらすみません。でも、楽しく書かせて頂きました♪
リクエストありがとうございましたー!!
まみ様のみお持ち帰り可。
PR
この記事にコメントする
どうも
またまたリクエストにお答えいただき、ありがとうございます。いいですよね、初めての赤ちゃんって。若い夫婦の奮闘する姿が微笑ましいです。私もヒル魔氏はうざったりながらも、ちゃんとサポートしてくれる良いパパになると思います。
すみません。私の書き方が悪かったようですね。実はこれとシェアメイトはひとつで、まだ恋人ではない二人の元に赤ちゃんがやってくるという設定のリクでした。これも実は書いています。赤ちゃんが男の子でおむつ替えのとき、バージンなまもりちゃんはヒル魔氏に散々からかわれたり、お風呂で困っているまもりちゃんをこっそりとネットで情報を仕入れたヒル魔氏が逞しくサポートするなど理想のカップル像を当てはめて喜んでます。
すみません。私の書き方が悪かったようですね。実はこれとシェアメイトはひとつで、まだ恋人ではない二人の元に赤ちゃんがやってくるという設定のリクでした。これも実は書いています。赤ちゃんが男の子でおむつ替えのとき、バージンなまもりちゃんはヒル魔氏に散々からかわれたり、お風呂で困っているまもりちゃんをこっそりとネットで情報を仕入れたヒル魔氏が逞しくサポートするなど理想のカップル像を当てはめて喜んでます。
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性別:
女性
趣味:
旅行と読書
自己紹介:
ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
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