旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
ふわ、と広がった布地。
真っ白なそれを日に透かすと細かな地紋が見える。
「やー。ちょっと薄くない?」
鈴音が布地を触って眉を寄せた。
けれど得意げに布地を広げた男は笑顔で首を振る。
「いーや、これはこういう風に・・・」
もう一枚広げられたのは濃い青の布地。それを内側にして先程の布地と合わせる。
すると、地紋から青色が覗き、深みのある柄に変化した。
「こうやって重ねて、地の色を見せるっちゅー遣り方にするの」
それに鈴音はぱあっと明るい表情に変わった。
「やー、なーるほど! でもそれだったらこっちの紅色の方が綺麗じゃない?」
あれは、これは、と布地を前にはしゃぐのはこの屋敷のメイドである瀧鈴音。
対するは白秋洋品店を営む男、円子令司だ。
彼は今日、この家の主である姉崎妖一に招かれ、主の洋服とその妻であるまもりのドレスを仕立てにきたのである。
ところが、この部屋にはその二人の姿はない。
「紫っちゅー手もあるって」
「緑も捨てがたいよね」
盛り上がる二人はかれこ二時間以上、ドレスの布地選びで議論を交わしている。
主はまもりのドレスに合う洋服であればいい、と言い放って採寸を済ませるや否やその場から姿を消した。相も変わらず忙しい身の上なのである。
そしてまもりだけが残され、ドレスの布地選びをしていたのだけれど。
まもりもあまりに白熱する二人について行けず、とうとう二人の目を盗んでその場を後にしていた。
「・・・なんでテメェがここにいる」
メイドよろしくコーヒーを運んできたまもりに、主はぴんと眉を上げた。
「なんだかもう、私が口を挟める雰囲気ではなくて」
申し訳なさそうに苦笑してカップを差し出す。
「テメェが着る服だぞ」
丁度いい按配で差し出されたコーヒーを休憩の契機と取る。
ありがたく受け取り、主はじろじろとまもりを睨め付けた。
「私はあんまり派手な格好が好きではないと言ったんですけど」
まもりが今着ているのも、首元まできっちりと詰まった形のもの。
女は肌を露出すべきではないという古い考えの元育ったまもりは、その気質も相まって顔と手の他は殆ど外気に晒さない。
「和服でももう少し肌は見えるだろ」
それにまもりは困ったように眉尻を下げた。
「私はあまり和装が似合わなくて、殆ど着たことがないんです」
「ホー」
今時は洋装が増えたとは言え、一般的にはまだまだ和装を好む者も多い。
「紬じゃなくて友禅染とかなら似合うんじゃねぇか?」
鮮やかな色彩の友禅染。
手間も暇もかけたそれは確かに色鮮やかで、まもりの白い肌にも映えるだろう。
「さあ・・・それも持ってませんし・・・」
と、そこまで言ってまもりは慌てて手を振った。
「でも! 友禅染なんて必要ありませんから! 普段には着られないし、夜会で和装の方もいらっしゃらないでしょうし!!」
「・・・チッ」
今にも人を呼びそうだった主はその手を下ろした。
それにまもりは内心嘆息する。
うっかり欲しいなんて言ったら一着二着の単位ではなく、箪笥ごと一棹二棹の単位で求めるに違いないのだから。金の使い方が時々とんでもないのがこの男なのである。
「洋服だって布地から作ったら幾ら掛かるか。既製のものでよろしいのに」
「テメェはどうにも糞庶民臭ェなあ」
「生憎と名ばかりの貴族なもので」
つん、と澄まし顔でまもりは顔を背ける。
けれどその瞳は笑みを浮かべていて、主もその言い様を笑み一つで許す。
「俺だけ仕立てたモノ着てても仕方ねぇだろ」
二人でなければ。
どこか芝居がかったような動きで立ち上がった主は、手を差し伸べる。
まもりははにかんで、そっとその手に身体を委ねた。
踊るように動き、二人は来客用の長椅子に腰を落ち着ける。
「私は、今の状態でいられるだけで、十分幸せなんですよ?」
「知ってる」
くすくすと笑みを零し、憂いもなく腕に収まるまもりの姿に、主は眸を細める。
「妖一さんは?」
「ア?」
身体を抱き留める確かな腕に間違いなく安堵と幸せを享受するのは自分だけか、と問われ。
主はその頬に唇を落とす。
「幸せっつー言葉は知ってたが、実際にあるとは思ったことがなかったな」
「え?」
ぎゅう、とくるむように抱き込まれてまもりは間近にある主の眸を覗き込む。
「知識として、幸せだの幸福だの愛だの恋だのは知ってた。が、自分に関係があるもんだとは思ったことがなかった」
ほんの僅か、主の眸に暗い光が過ぎる。
主と心を通わせて、それこそ年単位で時を重ねてやっと、ぽつりぽつりと聞かせて貰えた主の過去。
まもりの幼少時代とは似ても似つかぬ、それこそいつ死んでもおかしくないほどの過酷な生活。
彼の身体には今も消えない傷が残っている。身体と同じく、心にも。
するりとまもりの手が上がり、主の頭を、頬を撫でる。
「・・・それは、今もですか?」
まるで形を確認するように、そこにいるのだと互いに知らしめるように。
不安を滲ませるまもりの掌の下で、ふっと主の唇が歪む。
「過去形だ」
慈しむ掌に眸を閉じ、安らかな吐息を零す。
「テメェが教えた」
幸せだの幸福だの愛だの恋だの、沢山の優しくあたたかな言葉の、意味を。
知識ではなく、体感を。
「・・・そう、ですか」
僅かにまもりの声がふるえる。
嬉しい、と。
幸せだ、と。
その柔らかで愛しいふるえごと、彼女の全てを飲み込むように、笑みを浮かべた主の唇が重なった。
執務室の扉をノックもなく開いたセナは、そっと室内を伺った。
扉から見えるソファの座面は室内に向いており、その座面にいる者がどうなっているかは伺い知れない。
その背面からもそりと主が顔を出した。
「なんだ」
低められた滑らかな声音に、セナも声を潜めて室内に足を踏み入れる。
「白秋洋品店の円子氏が退出のご挨拶を、と」
「取り込み中だ、っつっとけ」
「かしこまりました」
セナは苦笑し、けだるげな主の腕の下にいるであろうまもりのことを思った。
だが、賢明な使用人である彼は余計な事を口にすることなく、暖かな笑みを浮かべてそっと頭を下げて退室したのだった。
***
かな様リクエスト『いばら姫の二人で幸せそうなもの』でした。なんかもう少しイベント事とかに絡めた方が、とも思ったんですが適当なのが浮かばず、こんな日常ほのぼのに収まりました。書いていて幸せでした(私が)。リクエストありがとうございました!
真っ白なそれを日に透かすと細かな地紋が見える。
「やー。ちょっと薄くない?」
鈴音が布地を触って眉を寄せた。
けれど得意げに布地を広げた男は笑顔で首を振る。
「いーや、これはこういう風に・・・」
もう一枚広げられたのは濃い青の布地。それを内側にして先程の布地と合わせる。
すると、地紋から青色が覗き、深みのある柄に変化した。
「こうやって重ねて、地の色を見せるっちゅー遣り方にするの」
それに鈴音はぱあっと明るい表情に変わった。
「やー、なーるほど! でもそれだったらこっちの紅色の方が綺麗じゃない?」
あれは、これは、と布地を前にはしゃぐのはこの屋敷のメイドである瀧鈴音。
対するは白秋洋品店を営む男、円子令司だ。
彼は今日、この家の主である姉崎妖一に招かれ、主の洋服とその妻であるまもりのドレスを仕立てにきたのである。
ところが、この部屋にはその二人の姿はない。
「紫っちゅー手もあるって」
「緑も捨てがたいよね」
盛り上がる二人はかれこ二時間以上、ドレスの布地選びで議論を交わしている。
主はまもりのドレスに合う洋服であればいい、と言い放って採寸を済ませるや否やその場から姿を消した。相も変わらず忙しい身の上なのである。
そしてまもりだけが残され、ドレスの布地選びをしていたのだけれど。
まもりもあまりに白熱する二人について行けず、とうとう二人の目を盗んでその場を後にしていた。
「・・・なんでテメェがここにいる」
メイドよろしくコーヒーを運んできたまもりに、主はぴんと眉を上げた。
「なんだかもう、私が口を挟める雰囲気ではなくて」
申し訳なさそうに苦笑してカップを差し出す。
「テメェが着る服だぞ」
丁度いい按配で差し出されたコーヒーを休憩の契機と取る。
ありがたく受け取り、主はじろじろとまもりを睨め付けた。
「私はあんまり派手な格好が好きではないと言ったんですけど」
まもりが今着ているのも、首元まできっちりと詰まった形のもの。
女は肌を露出すべきではないという古い考えの元育ったまもりは、その気質も相まって顔と手の他は殆ど外気に晒さない。
「和服でももう少し肌は見えるだろ」
それにまもりは困ったように眉尻を下げた。
「私はあまり和装が似合わなくて、殆ど着たことがないんです」
「ホー」
今時は洋装が増えたとは言え、一般的にはまだまだ和装を好む者も多い。
「紬じゃなくて友禅染とかなら似合うんじゃねぇか?」
鮮やかな色彩の友禅染。
手間も暇もかけたそれは確かに色鮮やかで、まもりの白い肌にも映えるだろう。
「さあ・・・それも持ってませんし・・・」
と、そこまで言ってまもりは慌てて手を振った。
「でも! 友禅染なんて必要ありませんから! 普段には着られないし、夜会で和装の方もいらっしゃらないでしょうし!!」
「・・・チッ」
今にも人を呼びそうだった主はその手を下ろした。
それにまもりは内心嘆息する。
うっかり欲しいなんて言ったら一着二着の単位ではなく、箪笥ごと一棹二棹の単位で求めるに違いないのだから。金の使い方が時々とんでもないのがこの男なのである。
「洋服だって布地から作ったら幾ら掛かるか。既製のものでよろしいのに」
「テメェはどうにも糞庶民臭ェなあ」
「生憎と名ばかりの貴族なもので」
つん、と澄まし顔でまもりは顔を背ける。
けれどその瞳は笑みを浮かべていて、主もその言い様を笑み一つで許す。
「俺だけ仕立てたモノ着てても仕方ねぇだろ」
二人でなければ。
どこか芝居がかったような動きで立ち上がった主は、手を差し伸べる。
まもりははにかんで、そっとその手に身体を委ねた。
踊るように動き、二人は来客用の長椅子に腰を落ち着ける。
「私は、今の状態でいられるだけで、十分幸せなんですよ?」
「知ってる」
くすくすと笑みを零し、憂いもなく腕に収まるまもりの姿に、主は眸を細める。
「妖一さんは?」
「ア?」
身体を抱き留める確かな腕に間違いなく安堵と幸せを享受するのは自分だけか、と問われ。
主はその頬に唇を落とす。
「幸せっつー言葉は知ってたが、実際にあるとは思ったことがなかったな」
「え?」
ぎゅう、とくるむように抱き込まれてまもりは間近にある主の眸を覗き込む。
「知識として、幸せだの幸福だの愛だの恋だのは知ってた。が、自分に関係があるもんだとは思ったことがなかった」
ほんの僅か、主の眸に暗い光が過ぎる。
主と心を通わせて、それこそ年単位で時を重ねてやっと、ぽつりぽつりと聞かせて貰えた主の過去。
まもりの幼少時代とは似ても似つかぬ、それこそいつ死んでもおかしくないほどの過酷な生活。
彼の身体には今も消えない傷が残っている。身体と同じく、心にも。
するりとまもりの手が上がり、主の頭を、頬を撫でる。
「・・・それは、今もですか?」
まるで形を確認するように、そこにいるのだと互いに知らしめるように。
不安を滲ませるまもりの掌の下で、ふっと主の唇が歪む。
「過去形だ」
慈しむ掌に眸を閉じ、安らかな吐息を零す。
「テメェが教えた」
幸せだの幸福だの愛だの恋だの、沢山の優しくあたたかな言葉の、意味を。
知識ではなく、体感を。
「・・・そう、ですか」
僅かにまもりの声がふるえる。
嬉しい、と。
幸せだ、と。
その柔らかで愛しいふるえごと、彼女の全てを飲み込むように、笑みを浮かべた主の唇が重なった。
執務室の扉をノックもなく開いたセナは、そっと室内を伺った。
扉から見えるソファの座面は室内に向いており、その座面にいる者がどうなっているかは伺い知れない。
その背面からもそりと主が顔を出した。
「なんだ」
低められた滑らかな声音に、セナも声を潜めて室内に足を踏み入れる。
「白秋洋品店の円子氏が退出のご挨拶を、と」
「取り込み中だ、っつっとけ」
「かしこまりました」
セナは苦笑し、けだるげな主の腕の下にいるであろうまもりのことを思った。
だが、賢明な使用人である彼は余計な事を口にすることなく、暖かな笑みを浮かべてそっと頭を下げて退室したのだった。
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かな様リクエスト『いばら姫の二人で幸せそうなもの』でした。なんかもう少しイベント事とかに絡めた方が、とも思ったんですが適当なのが浮かばず、こんな日常ほのぼのに収まりました。書いていて幸せでした(私が)。リクエストありがとうございました!
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HN:
鳥(とり)
HP:
性別:
女性
趣味:
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自己紹介:
ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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