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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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猫の恋煩い(中)

(ヒルまも)

+ + + + + + + + + +
熱はどうにか収まったけれど、数日間ベッドの住人になってしまったせいですっかりやつれてしまった。
鏡を見たまもりは、自らの醜態に苦笑いを浮かべるしかない。
ため息一つ零して化粧道具を手に取る。
普段は大して時間を掛けないが、今日はきっちりと下地から作り込む。
不調も葛藤も全て化粧の下に押し隠して、まもりは久しぶりに外へと足を向けた。

大学に顔を出し、いつものように買い物をして、ヒル魔の部屋に向かう。
それでもヒル魔の所に向かう自分は随分と忠実な猫ではないだろうか。
そんなふうに自嘲の笑みを浮かべたりして。
あの時作った煮物はちゃんと食べて貰えただろうか。・・・捨てられただろうか。
悪い方向にどんどんと思考は沈み込む。もしかしたらこの鍵、差し込んだら合わなかったりして。
貰った鍵を最初に使ったときよりも緊張しながら差し込む。
鍵はいつもの通り開いた。
ほっと息をついて中に入る。だが、様子がおかしい。
「・・・?」
室内に足を踏み入れると、それはすぐに知れた。
何もない。家具も電化製品も、まもりが見知った物は何一つ。
何一つ痕跡を残さず光が差し込む部屋はただただ広い。
文字通り、もぬけの殻というやつだった。
まもりはへなへなとその場に座り込む。

置いて行かれた。

「・・・っ」
ぼろぼろと涙がこぼれる。床にいくつもいくつも弾けて、それも見えなくなる。
身体を起こしていられなくて、うずくまり、咽ぶように泣く。
自分たちは恋人みたいなものだと思っていたのだけれど、それは幻想だったのか。
ああでも、触れる事もない女にそんな感情なんてなかったのかもしれない。
十歳の年の差はあまりにも大きかった。
まもりのことはただ便利に家事をする女としてしか認識がなくて、でも結局邪魔になったのだろう。
あの日一言囁いた『悪ィな』という一言は、ここまで全て包括したものだったのか。
あふれ出る慟哭が何もない室内に響く。

延々とまもりは泣き続け、そうして泣き疲れてその場で眠りに落ちた。



舌打ちが聞こえる。
触れる手がある。
夢だ。
だってこの手は私に差しのばされないもの。
赤い糸は繋がっていない相手だもの。
私を抱き上げようとする手。
私は無意識に身体を捩った。
いいの、放っておいて。
私、ここにいる。ここにいて、ただ泣くの。
泣いて泣いて、人に見つからないように死んじゃうの。
私は猫だもの。
人につかないで家につくの。
誰にも見つからないようにここにいるから。
だから行って。
――――その、赤い糸の繋がる相手の元に。




まもりはぱちりと目を覚ました。
そこは日が落ちて暗くなった室内。見慣れない光景だが、見慣れた部屋だ。
泣きすぎて頭が痛くなったまもりは、それでもむくりと身体を起こした。
堅い床に変な体勢で寝ていたせいか節々が痛い。
もう散々だ、とまもりは深々とため息をついた。
動く気力もなくてぼんやりと室内を眺めていたら、ドアが開く気配。
誰だろう。新たな住人だろうか。
不審者として通報されたらどうしようか。
そうしたら私は猫だと言ってみようか。
疲れ果てていたヒル魔ならともかく、他の誰にもそんな言い訳は通用しないだろうけれど。
のろのろと入り口の方に顔を向けるのと、そこにヒル魔が顔を出したのは同時だった。
「やっと起きたか」
「・・・」
まだ、自分は夢を見ているのだろうか、とまもりは目の前のヒル魔を見つめ、そしてゆっくりと瞬きをして、そのまま視線を空に投げた。
これも夢だろう。
どうやらまだ自分は寝ているらしい。未練がましくヒル魔の夢まで見る自分の諦めの悪さにまた涙が溢れる。
まもりはここに置いて行かれた。彼が迎えに来る事なんてない。
「おい?」
涙が再び頬を伝う。空気が動く気配、目の前にヒル魔がしゃがみ込み、そして指が触れる。
「まもり?」
優しく名前を呼ぶ声、触れる指。その暖かさにまもりはぎこちなく視線を上げる。
「寝ぼけてんのか。いい加減起きろ」
こないだまでほとんど触れてこなかったのに、ヒル魔の手はごく自然にまもりの身体に触れている。
随分と都合のいい夢じゃないか、とまもりは幽かに怯えを見せる。
これは僅かでも身動いだら弾けて消える泡沫の夢では、と。
どこか悲壮な空気さえ漂わせ、口を利かないまもりに焦れて。
ヒル魔はおもむろに両手でまもりの頬に触れて―――
「いひゃい!」
ぐに、と思い切り頬をつねられてまもりは悲鳴を上げた。
「寝起きの悪い糞猫だな」
手を放しながら呆れたように言われて、まもりは痛む頬をさすりヒル魔を見上げる。
よく見れば彼はいつものスーツとは違い、ラフな格好をしていた。
やっと真っ直ぐこちらを見たまもりにヒル魔は口を開く。
「テメェ携帯どうした」
「携帯・・・? あ、持ってない・・・電源もまだ落としっぱなしかも」
熱を出していた間、メールの返信も電話もままならず、電源を落としてそのままにしていたのだ。
「アァ?!」
「ね、熱出して寝込んでて!」
首をすくめるまもりに、ヒル魔は忌々しそうに舌打ちした。
「・・・だからってそのままにしておくか? 起きたらメールチェックくらいしろよテメェ」
だって、とまもりは俯く。もし電源を入れてチェックして、何も入っていないのも、入ってきたのが拒絶や別れの言葉だったりするのも怖かったのだ。
「話をしようにも電源入ってねぇし、メールは返信ねぇし、家には電話入れらんねぇし」
まもりの家はヒル魔の勤める会社の社長宅である。
軽々しく電話などしようものなら取り次いで貰うどころではない。
「肝心なときに繋がらなくてなんの為の携帯だ、ったく」
「・・・ごめんなさい」
しゅんと俯くまもりの腕を掴んで、ヒル魔は立ち上がらせる。
「ヒル魔さん?」
「行くぞ」
「どこに?」
首を傾げるまもりにヒル魔はにやりと笑った。あの時、まもりが見た事がないと感じた笑顔と同じに。


<続>
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