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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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猫の恋煩い(下)

(ヒルまも)

+ + + + + + + + + +
たどり着いたのは、会社を挟んで丁度今までのマンションとは対角線上にある別の高級マンションだった。
警備員はヒル魔を見ると恭しく頭を下げる。
その中にスタスタと歩いていくヒル魔に半ば引きずられるようにまもりは連れられていく。
エレベーターに乗り、なにやらパネル操作をして、そうして連れ込まれた先は。
「わ・・・! すごい、ここ、最上階?!」
「おー」
エレベーターから降りると、通常のコンクリートの廊下などではなく、テラコッタのタイルが玄関までの道筋を作っている。その先に構える扉は黒く重厚な作りで、それでも引くと意外な程に滑らかに開いた。
まるでホテルのスイートルームみたい、と感嘆のため息を零すまもりに、ヒル魔はにやにやと笑っている。
「来い」
「え?」
連れて行かれた先は台所。水回りも調理器具も最新式で、まもりの顔がぱあっと明るくなる。お風呂場や洗面所、まるで探検をする子供のようにぱたぱたと歩き回る。
そして寝室を覗き込むと、そこにはベッドが二つあった。
それを見て、あの女性の事を思い出してまもりはぴたりと動きを止めた。
「? どうした?」
それまではヒル魔に促されなくても飛び込むように部屋に足を踏み入れたまもりだったが、ここだけは無理だ。
「・・・あの、私、帰ります・・・」
「ア? なんだいきなり」
まもりはじりじりと後ずさったが、容易くヒル魔に捕らえられてしまう。
「だってお邪魔したら申し訳ないし・・・」
「今更何抜かすか」
「だって!」
「テメェのベッドだ。ちゃんと寝心地確かめろ」
言われたと同時に、まもりの身体が宙に浮く。
「え?!」
ぼすん、とベッドにまもりの身体が沈み込んだ。適度な柔らかさでそこは彼女を受け止める。
「もう寝袋なんぞに寝かせるつもりはねぇよ」
「えっ」
ばれていた、と思った途端まもりの顔が朱に染まる。
けれどその前の言葉の方が聞き捨てならなかったような。
「・・・あの、これ、私のベッド?」
「そうだな」
「私が寝ていいの?」
「お前のベッドだっつったろ」
「えええ!? だ、だって、あの女の人・・・」
「ア?」
口が滑った。
まもりは慌てて口をつぐんだが、ヒル魔は剣呑な顔で距離を詰めてまもりをあっさりと追いつめた。
「女? いつの話だ、それ?」
ぎろりと睨まれ、文字通り蛇に睨まれたカエルのような心地でまもりは口を開く。
「・・・あの、こないだ・・・煮物作った日に・・・」
「ホー」
「道で見かけたんだけど、その・・・」
まもりの挙動不審の原因を悟ったヒル魔は面倒そうに片眉をぴんと上げて口を開いた。
「アイツは昔っからのなじみの不動産屋だ」
「え・・・」
「ここを買うのに事務手続きやらせてた。こないだあんな中途半端な時間にテメェが見かけたのは役所に書類取りに行ってたからだ」
色々と他人に取って貰うよう頼むのは面倒だから、自分で取ってきて待ち合わせて渡した、と。
なるほど、それであればあの時間にヒル魔があんな場所にいたのも頷ける。
それでもまもりにはその言葉を全て鵜呑みには出来なかった。
なにしろその夜ヒル魔は帰ってこなかったのだから。
けれど問いただせず、まもりは何か言おうとして結局口を閉ざしてしまう。
「黙るな。ちゃんと言え」
至近距離でヒル魔に見つめられ、まもりはどうにか逃げ出したいと思ったが、場所が場所だけに身動きも取りづらく、結局渋々と口を開く事になる。
「あの日、連絡がなかったし・・・それに、帰ってきたとき、香水の匂いがしたし・・・」
それにヒル魔は頭を掻いて嘆息した。
「ここを買うっつーんで色々処理して、最終的に終わった後の打ち上げ・・・まあ結局は飲み会だな、それに顔出したんだよ」
上客のヒル魔に渡りを付けようとあの女性以外にも色々な顔ぶれがあって、結局その場から抜け出せないまま夜が明けてしまったということらしい。その場には女性の営業も多かったから残り香もその時についただけだとヒル魔は憮然として言う。
「ここ、買ったの?」
それならば上客という扱いもおかしくないかもしれない。でもいくら最上階とはいえマンション一室を買っただけでそれほどに歓待を受けるものなのだろうか、と冷静な部分でまもりは考えてしまうが。
「ああ、このマンションを丸ごと一棟な」
「・・・え?」
一部屋ではなく? とまもりが見つめる前で、ヒル魔がぴらりと出したのはこのマンションの登記簿謄本。
確かにそこの持ち主欄に彼の名前が載っている。
「・・・えええ?! マンション一棟?!」
「ああ」
あっさりと頷く男の金銭感覚に目眩がするが、彼は一介のサラリーマンだったはずだ。
どこからそんな金が。まもりの父に尋ねたとしてもきっとそんな額の給料は与えていないと言いそうだが。
ヒル魔は含みのある表情でにやりと笑った。
「個人資産の一つとしてな」
「はあ・・・」
一つ、ということは他にも色々あるのでしょうか、とまもりは唖然としてしまう。
彼女とて社長令嬢、資産家の娘ではあるけれども彼程イレギュラーな存在は見た事がない。
「さて、疑問は全て解消しましたカネ、糞猫サン?」
にやにやと笑われ、まもりは息を詰める。頷こうとしたが、まだ聞いていない事がある。
たった一つ、けれど何よりも大事な事。
「・・・なんで、私に触れなかったの?」
「ア?」
「私、ヒル魔さんに好きだって言って、恋人同士みたいになれたのかな、って思ってたけど・・・」
「けど?」
俯くまもりの言葉をヒル魔はじっと待つ。
「・・・あんまりにも触って貰えなくて、そうじゃないのかなって思い始めてて」
「そんな事・・・」
「それでね!」
呆れたようなヒル魔の声を遮って、更にまもりは言葉を重ねる。
「私、やっぱり家事だけやる便利な女だと思われてるのかなって考えてて、さっき部屋に行ったら何もなくて、きっと邪魔だから老いていったんだと思って・・・」
言葉が完全に終わる前に、ヒル魔はまもりの身体をそっと抱き寄せた。
「・・・あのなぁ、この俺が、便利だからっつー理由で部屋に他人を入れるかよ」
「違うの?」
それでも恐る恐るヒル魔を伺うまもりに舌打ちする。
「家事やらせるならプロの方が効率がいいだろうが。だが他人に勝手に上がり込まれるのは御免だ」
「私は勝手に入ってたけど・・・」
ヒル魔は舌打ちする。この糞ニブ女、とぼやく。
「大体テメェ男の部屋にいるっつーのに全く警戒心もねぇし年は大分離れてるし」
文句を言うヒル魔の意図がわからず、首を傾げるまもりに、彼は一つ嘆息した後に、にやりと笑った。
「猫を飼うにはそれなりの設備がいるだろ?」
目の前のヒル魔の台詞に、まもりは目を見開く。
「設備って、まさか、このマンションのこと?」
「あそこは生憎と独身寮でペット禁止なんでな」
ヒル魔はどこからかカードを取り出した。漆黒のそれはカードキーだ。
なんとも彼らしい色だと言えるだろう。
「これを受け取るなら、最終的にはここで飼われる覚悟を決めろよ?」
「か・・・」
その言葉の意味を理解する前に、まもりの首筋にヒル魔の顔が降りる。
「なに・・・ッ! 痛ッ!」
びくりと身体を震わせるまもりに、ヒル魔はにやにやと笑いながらたった今吸い付いたそこを撫でる。
「当面は通いで我慢してやるから、首輪代わりだ」
「?」
ヒル魔の行動の意味を把握する前に、再びカードキーが提示される。
「で、受け取るのか?」
ひらひらと目の前で振られて、まもりは猫じゃらしにじゃれる猫のようにそれに手を伸ばした。
あっさりとそれはまもりの手に落ちてくる。
「返品はきかねぇぞ」
「ヒル魔さんこそ。嫌だって言ってももうだめよ」
先ほどとは意味合いが違った涙が浮かんできそうで、わざと軽く告げるとヒル魔はピンと片眉を上げた。
「元より承知だ。テメェが居着くのはこっちの家なんだよ糞猫」
ぎゅう、と骨が軋む程抱きしめられて、息苦しいのに全く嫌じゃなくて。
まもりは居心地の良い場所でまどろむ猫のように、うっとりと瞳を細めて笑みを浮かべた。



「ところでヒル魔さん、どうして私のベッドって小さいの?」
「ア?」
「並べて置くにしては不格好な気がしただけだけど・・・」
ホテルなら同じ大きさのシングルベッドが二つ並ぶだろうけれど、ここはヒル魔のベッドがクィーンサイズで、まもりのはシングルサイズなのだ。
「猫用の寝床ならそこで充分だろ」
「そうね。ヒル魔さんいつも疲れてるから、それくらい大きなベッドでゆっくり寝た方がいいわ」
猫扱いされてもあっさり納得するまもりにヒル魔は口角を上げたが、特に何も言わなかった。

やがて猫ではなくなったまもりのベッドがゲストルームに移動し、クィーンサイズのベッドが二人の寝床になるのも、そう遠い話ではない。


<了>
***
ヒル魔さんの事を好きで好きで仕方ないまもりちゃんを書こうと思ったらこの二人の続きになりました。
いじらしいまもりちゃんが・・・書きたかったけどあんまり書けてないかしら・・・。
色々と予想外に動き回ってくれてびっくりです。特にヒル魔さん。
なんで勝手に引っ越ししていきなりマンション買うかな! しかも一棟!
私は庶民なので高級マンションがどんな作りなのか想像もつきません。どんな部屋なんでしょうねえ。
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