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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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慈しみ深く、歌を。(上)

(ヒルまもパロ)
※リクエスト作品


+ + + + + + + + + +
アメフト部は順当に勝ち続け、今は関東大会真っ最中。
資料整理をしていたら大分遅くなってしまった。空はとっくに夜の帳を下ろし、月が煌々と輝いている。
それでも大丈夫だと言い張るまもりの言葉を聞かず、家の前まで送ってくれたヒル魔に手を振る。
「ありがと、ヒル魔くん! また明日ね!」
笑顔でそう伝え、いつもの通り扉を開く。
「ただいまー」
けれど。
あるはずの、光景がそこにはなかった。
どこまでもどこまでも、白く果てのない世界。
見開いた瞳に映るのは、床一面の血の海。
「?!」
まもりは思わず後ずさったが、たった今開いたはずの、そして閉じていないはずの扉が、ない。
振り返ればそこも、どこまでも白く続く空間。
閉じこめられた。
咄嗟に、そう思う。
「まもり」
血の海から声が掛かる。
深紅の池と化したその中央に、漆黒の人影。
遥か遠いような、ごく近いような、遠近感さえ喪失したその空間に現れたのは、男。
「・・・ヒ、ル、魔・・・くん・・・?」
先ほどまで一緒に帰ってきたはずの、ヒル魔。
制服姿ではない、見たこともない形の黒い服を纏って彼は立っていた。
いつもは金色に天に向かって伸びている髪が、黒く濡れている。
「まもり」
その顔に、尖った指に、こびりつく深紅。
滴るそれは鉄錆の匂いを纏い付かせていて、彼女に差し出された指先からぽたりと滴った。
「・・・嫌・・・」
一体、何が起きたのか。
ここはどこで、何がどうして。
恐慌状態に陥りそうなまもりに、血まみれの彼は近寄ってくる。
縛り付けられたようにその場を動けないまもりの前で、薄く冷淡な印象の唇が歪んだ。
「行くぞ」
細かな説明も、理由も、何もなく一方的に告げて彼はまもりに触れようとする。
まもりは首を振り、後ずさろうとするが、背後に壁でも出現したかのように足が動かない。
「嫌・・・いやぁ・・・!」
怖い。見た目はヒル魔だが、これはまもりがよく知る『彼』ではない。
青ざめて細い悲鳴を上げるまもりに頓着せず、ヒル魔は未だ乾かない血に濡れた指先を差し出した。
「やめろ」
唐突に、まもりの背後から声が掛かる。
そしてまもりの腰に腕を回し引き寄せ、強引に目の前のヒル魔から引き離した。
「・・・!? ヒル魔くん?!」
「おー」
先ほど別れ際に手を振った時と同じ制服姿のヒル魔はまもりを抱えたままいつもの調子で返事をする。
けれど、その表情は厳しい。
眉を寄せ、立ちつくす血まみれのヒル魔を睨め付ける。
同じように、血まみれのヒル魔も制服の彼を睨め付けた。
「寄越せ。それは俺のだ」
血を纏い付かせた彼はまもりを指さし言いつのる。
「ンな汚れた格好で堂々と顔出すな、糞悪魔め」
ヒル魔は悪魔と称した黒髪の彼から目を逸らさない。
「こいつはテメェのモンじゃねぇ」
にたり、とヒル魔の口角が上がった。
「こいつは俺のだ」
それにまもりは弾かれたように己を抱くヒル魔を見上げる。
タイミングを見計らっていたように、その唇をヒル魔が奪う。
「!!」
驚き震えるまもりの瞳が見開かれる。


途端に流れ込んで来たのは、まもりが知らない記憶だった。



かつて、ヒル魔は『悪魔』だった。
漆黒の翼を持ち、闇に棲まい、人々が澱み吐き出す饐えた空気と穢れた欲望を糧に生きる生粋の悪魔。
彼の眸には人々は欲望まみれな矮小な存在にしか見えず、それを庇護する天使などは世間知らずも甚だしいと一笑に付す相手だった。
けれど。
二人は、出会ってしまったのだ。
人々の生活に紛れ、悪への道を狡猾に示唆するヒル魔と、やはり同じく人々の生活に紛れて善の道を示していたまもりと。
素性を隠していても、互いの能力故に誤魔化しは利かず。
「人間なんて欲望の固まりじゃねぇか。思うままに動くように仕向ければ必ず悪へ堕ちる」
「それはそういうように導くからよ。善良な方向を示せば人は必ず善を選ぶ」
ことあるごとに顔を合わせた二人の意見はぶつかり、平行線を辿るばかり。
けれど、視点が変われば意見は変わる。
一方の視点でしか見なかった対象を、相手の視点で見つめれば見えなかったモノが見えてくる。
ヒル魔は、欲望にまみれながらもそれに侵されない人の善意を。
まもりは、善人であっても堪えきれない欲望を。
次第にこの気持ちが恋慕へと傾くまでには時間は掛からなかった。
それに気づいてしまえば、互いに互いを詰ることも、嫌悪することも出来ず。
さりとて、己の存在意義を失わせる視点を享受することも出来ず。
互いの存在には触れることさえ出来ず、けれど離れることはもうできなくて。
新たに生まれた感情が押さえきれなくなった、その時。

二人は、それぞれに異なる存在を産み出してしまったのだ。

悪魔であるヒル魔からは、天使が。
天使であるまもりからは、悪魔が。

その衝撃はそれぞれが四方八方に飛び散る事態を引き起こした。
方々に飛び散ったその後は、それぞれの記憶は全て失われた。
かつてバベルの塔が崩壊したときの人類のように。
自らの存在意義を脅かす思考を抱いた罪深さに、怒れる神が下した鉄槌だったのかもしれない。
けれど。
神でさえ左右できない『運命』という言葉がある。
どうやっても巡り会い、惹かれ合ってしまう存在がある。
それは人と人だけに留まらず、物であったり動物であったり言葉であったりする。
そして、天使と悪魔にそれぞれ分かれてしまった、ヒル魔とまもりにも。

全ての記憶を失った天使のまもりは、弾かれた衝撃で人間界へと落ちた。
そして彼女は人として生活をするようになる。
子のなかった夫婦の間に一人娘として存在して、無意識に周囲に干渉し、ただの人として生活をしていたのだ。
一方天使として自意識を持ったヒル魔は、程なくまもりの存在を知った。
人として生活する彼女に、天使としての記憶がないのだと知った彼は、なぜ彼女がそういう状況に至ったのかを調べ、現在の状況を全て理解した。
そして彼女が平穏であるのなら自らもその傍らに在ろうと決意し、やはり人として生活するようになったのだ。
アメフトに嵌ったのは全くの予想外だったが。
彼女の興味を引くように、天使らしからぬ言動や行動を振りまきながら。
そうして、互いにごく自然に惹かれ合うように、と。
だが、天使であり記憶を既に取り戻したヒル魔は悪魔の己が存在することも知っていた。
やがてまもりを浚おうとやってくるだろうことも。


<続>
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