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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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インナモラーティ(3)



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それから。
まもりは試合の時にビデオを回し、平日にも時折学校へと顔を出した。
彼女が纏めたデータは性格そのままに正確で、確実に部員達の助けになっているようだった。
当初は生徒でもないから、と遠慮がちだったのだが、顔を合わせる回数が増えるにつれ、次第に部員達ともうち解けてきた。
友達らしい友達がいなかったまもりは、毎回新鮮な事があって楽しくて仕方がない。
それに学校に通えないまもりには、ありがたいことがもう一つあった。
通信教育では判らなかったことを、教師に直接尋ねる事が出来るのだ。
セナに頼んで案内して貰った職員室。
そこにいた教師に判らなかった問題について尋ねると、快く解き方を教えてくれた。
熱心に勉強しているまもりに、今からでも中途入学してしまえば、という教師の誘いにはさすがに頷けなかったけれど。
身体の事を告げれば、教師は苦笑していつでも質問に来なさい、と言ってくれた。
職員室からグラウンドを眺める廊下を通れば、アメフト部の練習風景が見られる。
汗だくになって練習に打ち込むメンバーの手助けが出来ているのだ、と思うとそれだけで気分が良くなる。
自分はあのグラウンドにいて、練習をずっと見る事さえ出来ないのだけれど。
誰かのためになるような事をずっとしたことがなかったから、こんな些細な事でも、手助けになるのが純粋に嬉しい。
そしていつしか、目はセナではなく、別の人影を追うようになっている事も、自覚していた。
だが。
ふいに、胸が痛む。
心理的ではなく、物理的なそれに、まもりは胸を押さえて動きを止めた。
しばらく外から聞こえてくる声を聞きながら、まもりはじっと痛みが去るのを待った。
ややしてから、ふう、と嘆息して顔を上げる。
ガラスに映った顔は青白い。
外に出るようになって、以前よりは健康そうになったと言われるけれど、まだまだ健康体とはほど遠い身体。
「・・・頑張ろう」
自らに言い聞かせるように、呟く。
驚くべき事に同じ年らしいヒル魔たち二年生が引退するのは、今戦っている大会で負けたときなのだという。
絶対にみんなで、あの決勝の、『クリスマスボウル』に行くんだ、という全員の強い願いを叶える為に、まもりも出来る限り手助けをしたい。
発作が頻発するようでは、近いうちの手術も視野に入れないと、と医師に言われている。
せめて、クリスマスまでは。
彼らが戦うであろう、夢の舞台を見届けるまでは、主務を続けたい。
まもりはゆっくりと階段を下りていった。


季節は巡る。秋から冬へ、夢の舞台へと日を短くしていく。
そしてまもりの心臓も、まるで冬の陽光のように発作への間隔を短くしてきていた。
纏めたデータを届けたかったが、とうとう外出禁止令が出てしまった。
仕方なく母親に頼んで纏めたデータを郵送して貰う。
日数には余裕があるから、大丈夫だろう。
「まもり、デビルバッツの主務やるようになってから、随分変わったわね」
「え?」
「前は、なんだか全部諦めたような感じだったじゃない?」
微笑んでリンゴを剥く母の手を見つめながらまもりは自分の過去を思い返す。
生きているのか死んでいるのか、曖昧になる程閉じた静かな空間で、一人過ごしていた。
外に行こうにも、いつ発作が起きるか判らない恐怖から、なかなか足が動かなかった。
楽しみといえば、時折やってくるセナの話を聞くくらいしかなくて。
けれど、今は。
泥門高校に行けばアメフト部のみんながいる。鈴音も、勉強を見てくれる教師もいる。
それが嬉しくて、楽しくて。
ふと記憶の中に金色が過ぎる。それに自然に笑みを浮かべて。
・・・そしてすごく切なくなる。
「ねえ、まもり」
しゃり、と母親がリンゴを切り分ける。
「先生が仰ってたんだけど―――」
出来るだけ軽く、何気ない雰囲気で切り出そうという母親の言葉に、まもりは瞳を伏せた。


手術の日程が決まった。
丁度その日はクリスマス。
つい先日クリスマスボウルへの出場を決めた、と満身創痍の部員達が教えてくれたばかり。
特にヒル魔は利き腕骨折というとんでもない怪我をしていた。
しかもそのまま試合に出続けたのだという。ギプスで固定しているならまだしも、テーピングのみで。
思わず青ざめたまもりに、テメェは相変わらず不調なのかと尋ねる程彼は飄々としていたけれど。
今にして思えばその日が最後の外出だった。
・・・その後、激しい発作に見舞われたのだ。
病院に戻った後だったので幸い大事には至らなかったが、あの後からまもりは一日のほとんどをベッドの上で安静にして過ごしていた。
彼らの活躍を最後まで見届けられない事を申し訳なく思う。
まもりは病室から出て、公衆電話へと向かった。
すっかり覚えたヒル魔の携帯番号を押して、待つ。
程なくして電話は繋がった。
『なんだ』
今時公衆電話からかけるような奴はテメェだけだ、と笑われたのはもう結構前の事。
「こんばんは。今、大丈夫?」
『ダメだったら出ねぇよ』
で、用事はなんだ、と更にもう一度重ねて尋ねられ、まもりは微笑んで口を開く。
「クリスマスボウルね、見に行けないの」
『ア?』
不審そうな声に、まもりはごめんね、と重ねた。
『最近来ねぇと思ったら、何やってんだテメェ』
「うん。・・・あのね、クリスマスボウルの日、私も勝負することになったの」
『ホー』
それで聡い彼はすぐに察したようだった。
一度も病名については説明した事がないけれど、きっとあの黒い手帳によってまもりの情報は全て筒抜けなのだろう。
実際、病状を聞いた事がないはずの部員達も、まもりに無理なことをさせないよう気を遣ってくれていた。
セナが言ったのかもしれないが、それ以上にヒル魔の采配によるところが大きいはずだ。
教師へ勉強の事で質問がしたいと漏らし、取りなしてくれたのも彼だったのだと、後から聞いた。
実は彼は、とても優しいのだ。
そうと見せかけず、実際そう思われたくないような素振りでいるけれど。
具体的な言葉を避けたヒル魔が尋ねる。
『勝率は?』
「二割」
成功すれば生存率は飛躍的に上がる、らしいが、八割は失敗するという大手術。
けれど今手術しなければ、この後いつ発作で死んでも不思議ではないのだという。
かつてなら、その数字を聞いたら絶望したかもしれない。
もしかしたら、ようやくこの生死さえ曖昧な生活から抜け出せるかもしれない、と後ろ向きに思ったかも。
けれど、今は。
「思ったより勝率は高いと思ったわ」
『ホー』
「勝率がゼロじゃなきゃ、勝負は判らないものね」
示された勝率は『たった』二割ではない。
二割『も』あるのだ。
まもりは笑みを浮かべる。
万に一つ、という勝負所をくぐり抜けてきた泥門高校のアメフト部、デビルバッツ。
彼らが勝つ確率は、まもりのそれよりももっとずっと低かったはずだ。
けれど彼らは勝った。弛まず努力し続けて、頂点を目指して、到底勝てないと言われた相手を倒して勝ち上がってきた。
意志の力というのを間近で見て、まもりも感化されたのだ。
「だからね、直接は無理だけど、後でクリスマスボウルの優勝杯を見せて欲しいの」
『そんなもんでいいのか』
「ちょっと、優勝杯よ!? そんなもの呼ばわりしないで。ねえ、約束して」
もしかしたらそれは見られないかも、という暗い気持ちが無い訳じゃない。
けれど夢の舞台に立つ彼らには、憂いも何もなく戦い抜いて欲しいから、泣き言は言わない。
「楽しみにしてるから」
出来るだけ明るく喋るまもりの声を黙って聞いていたヒル魔が口を開く。
『俺たちが勝ったら、テメェに何やってもらうかナァ』
「え?!」
『テメェの分だけ一方的に約束押しつけるんじゃねぇよ』
「う・・・そんな風に言わなくても」
勝率の話で言えば彼らの方がずっと低いはずだ。
この先当たる帝黒学園は全国レベルでスターになりうる選手を揃えたまさに『帝王』なのだから。
確かに、自分一人が強請るのでは不公平かもしれない。
「具体的に何したらいいの?」
出来れば私だけで出来る事にして欲しいな、と考えていたまもりの耳に飛び込んできたのは。
『自力で部室に祝いに来い』
「え?」
『俺たちは部室で待つ』
「・・・いつ行けるか、判らないわよ?」
それどころか、行けるかどうかさえ危うい。
けれどヒル魔は言葉を重ねる。
『約束しろ』
その声がひどく真剣で、まもりはこの電話越しの彼がどんな顔をしているのか、想像する。
アメフトの試合中くらい真剣なのだろうか。
それとも、声ばかりが真剣で、実際は色々な事をやりながら喋っているのだろうか。
『おい』
「それなら、もう一つ約束して」
『ア?』
「私が勝ったら、一つ、話を聞いて欲しいの」
勿体ぶったようなまもりの言葉に、ヒル魔は剣呑に言い放つ。
『今言え』
「ダメ。今聞いて貰ったら、この世になんの悔いもなくなっちゃう」
結果がどうこうではなく、告げたという事実だけで満足してしまいそうだから。
ため息混じりにヒル魔が応じた。
『それもテメェが自力で部室まで来ねぇと聞かないからな』
「うん」
『手紙なんて寄越した日には読まずに燃やすぞ』
「うん、約束する」
『一ついい事を教えてやろう』
「何?」
『悪魔は神に祈らねぇが、約束だけは守るんだぜ』
言わんとする事を察して、まもりは微笑む。
彼は約束を守るだろう。だから、まもりも約束を守ろう。
絶対に守りたい。強く、そう思う。
「絶対、勝ってね。応援してるから」
『テメェもな』
じゃあ、と会話を切り上げ、受話器を置く。
そうしてまもりは静かに病室へと戻っていった。


まもりは手紙を書いていた。
両親、部員の一人一人、お世話になった人たち、色々な人たちへ。
きちんと書き終えて、最後の一人に手を付ける。
ヒル魔宛だ。
仮に書いても彼の事だ、まもりにああ言った以上手紙は読んでくれないだろう。
だからこれは、直接顔を見て言いたかったけれど、叶わなかった場合に間接的にでも言い残せた、という自己満足のための手紙。
書き終えたのは結局、手術の前日だった。
そうして、書き終えた手紙はもし万一の事があったらみんなに送って欲しい、と母に託した。

さあ、準備は整った。
外を見れば、この地区でこの季節には珍しい雪。
雪のホワイトクリスマスボウル。
あの舞台で煌めくだろう部員達のことを思って、まもりは笑みを浮かべる。

彼女は、舞い散る雪を飽くことなく見つめ続けていた。


クリスマスの早朝。
ストレッチャーに乗せられ、両親に見送られてまもりは手術室に向かう。
麻酔が始まると、意識は次第に混濁してくる。
これからが勝負だ。
重く沈み込んでいく意識の中で、金色の悪魔が絶対に勝てよ、と囁いた気がした。

<続>
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