旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
そんなメグの視線に気づいたのかどうか、まもりが語るのをやめ、小首を傾げる。
「・・・確かにちょっと食べ過ぎかなあ、とは思ってて」
「そうかい」
そりゃそうだろう。それでよく太らないものだ。
「ちょっと太ったみたいで」
まもりは服の上から脇腹を撫でる。
「そうは見えないけどねえ」
高校時代、そう接点があったわけでもないし、その他で接点があったのは結婚式のドレス姿を見た程度だ。
それでも激変した、というほど太ったようには見えない。
「だからダイエットしなきゃ、っていうのも話してて」
「へえ」
「ヒル魔くん毎朝走ってるから、私も行こうかな、って言ってみたけど連れて行って貰えなくて」
「まあ、そうだろうねえ」
歩くならともかく、走るのなら速度が違うし、距離も違う。
どことなく危なっかしい彼女を一人走らせるのなら、家で寝ていて欲しいと思うだろう、とは簡単に推測出来る。
「だから一人で走ろうと思って前日に準備してたら」
「してたら?」
「・・・その日の夜、ヒル魔くんがしつこくてなかなか寝かせて貰えなくて、結局翌日起きられなかったんです」
「「ぶっ」」
今度はルイだけでなくメグも吹き出してしまった。
「何かおかしいですかぁ?」
酒で真っ赤になった顔で唇を尖らせるまもりは完全に酔っているのだろう。
手元のグラスはいつの間にか空になっていて、更に次に何を飲もうかと、メニューを既に手に持っている。
「それから明日こそは走りに行こう、って決めるたびに翌日起きられないんですよ?!」
まもりは文句のつもりだろうが、聞いていても単なるノロケにしか聞こえず、二人は引きつる腹筋に呼吸を苦しくする。
「そりゃ・・・愛されていてなによりだねぇ」
あの悪魔がこの天然おとぼけ美女に翻弄されている様を想像するともうおかしくてたまらない。
「愛されてないですー」
それなのに、彼女はそんな風にさえ言うのだ。
「顔、痛ェ・・・!」
笑いすぎて痛い頬をさするルイをちらりと眺め、メグはぷー、と膨れるまもりの頭を撫でる。
「アンタの為を思ってくれてるんじゃないか」
「私の為を思うなら夜はゆっくり眠りたいですー」
「たまには実家に帰って休めばいいじゃないかい。新幹線ならすぐだろう?」
「・・・なんでかすぐに場所がばれるんですよね」
盗聴器とか発信器、付けられてるのかしら、とまもりは小首を傾げる。
しかもそれであっても『まあヒル魔くんがやることだし』とか言って気にしてもいない。
それじゃ一歩間違えるとストーカーじゃないかい、とはメグが思ったが、本人が気にしていないのならいいか、と口を閉ざした。
隣のルイはもうおかしくてたまらないらしく、必死で明後日の方向を向いている。
顔は酒のせいばかりでなく赤い。
日頃あの飄々とした風情で人の事をこき下ろすくせに、女には甘いというか過保護というか。
「大体ねえ、ヒル魔くんは悪魔みたいだし実際悪魔だしあくどい事ばっかりするし脅迫手帳は健在だし銃は相変わらず乱射するし」
「そうかい」
その辺は高校から変わりないらしい。
「でも、結構優しいの」
そこでまもりがにへら、と笑った。
ああ、やっぱりノロケで終わるのか、と思った二人だった。
と。
「結構は余計だナァ」
唐突に割り込んできた声に、三人の視線が入り口に集中する。
そこには不機嫌そうに眉を寄せたヒル魔の姿があった。
手にまもりの上着を持っている。
不機嫌そうにしていてもそのあたりにまもりに甘い雰囲気が出ていて、二人は吹き出すのを必死で堪える。
それを察しつつもヒル魔はあえて二人分の視線をスルーし、座っているまもりをじろりと見下す。
「何やってる糞嫁。帰るぞ」
「そんな名前じゃありませーん」
まもりがつーん、と横を向くのを見て、ヒル魔の額に血管が浮く。
それを見たルイとメグは思わずまた笑ってしまった。
「なんだ糞カメレオン」
「いや・・・」
下手に何も言えず、けれどどうしても出てしまう笑いを堪えきれず、ルイは唇を歪める。
メグは不機嫌なヒル魔に構わず、まもりに声を掛ける。
「よかったじゃないか、お迎えが来たよ」
「来て欲しくないもーん」
「糞ガキみてぇな口利くんじゃねぇ」
「その糞ガキに欲情するのはどこの悪魔ですかー」
ピキピキ、とヒル魔の額に更に血管が増える。
「テメェなあ!」
「煩ぁい!!」
びゅ、と投げつけられたのはグラス。それを難なく受け止めつつ、ヒル魔はまもりの頬をつねって怒鳴る。
「危ねぇな、糞酔っ払い!!」
「痛ぁい!! 愛妻に手を上げるなんて、ヒル魔くんのバカぁ! 悪魔! 大ッ嫌いー!!」
もう完全な酔っ払いだ。ヒル魔は舌打ちしてこれほどに飲ませた同席者を見る。
しかし二人とももう笑いが止まらないらしく、テーブルに二人して突っ伏してこちらを見ていなかった。
ヒーヒーと引きつったような呼吸音にヒル魔は盛大にもう一度舌打ちして、まもりを抱き上げた。
「帰るぞ」
「やっ、・・・う・・・」
けれど頭が揺れた衝撃でまもりは黙り込む。
やはり慣れない酒を大量に飲んだためか、いきなり体勢が変わって気分が悪くなったようだ。
「随分と飲ませやがったな」
ようやく大人しくなった彼女を抱え、ヒル魔はちらりと笑い伏す二人を冷たく一瞥した。
メグが一足早く顔を上げる。
「その子が野郎に絡まれてるところ助けたんだから、礼くらい言わないかね。ましてや寒空、上着も着せないで外に出しておいて、ねえ?」
涙の滲んだ眦を拭いながら言われた言葉に、ヒル魔は仏頂面でまもりを担いだまま器用に財布から万札を無造作に数枚抜き出して置くと、一言もなくその場を去ってしまった。
一応彼なりの礼、なのだろう。多分。
「・・・素直じゃないねえ」
その呟きに、ようやく笑いの波が少々収まったらしいルイが顔を上げる。
「カッ! 素直な悪魔なんていねぇだろ」
「ちがいないね」
そうして潤沢な資金を得た二人は静かになった席で、更にグラスを空け続けたのだった。
目が覚めて、起きあがろうとしたまもりはぐらぐらと揺れる視界にまともに顔を上げられず、再び枕に沈み込んだ。
「あたま、いたい・・・」
「あれだけ酔ってれば当然だ」
既に起きているらしいヒル魔の冷静な声にまもりは眉を寄せる。
時計を見ればもう9時を回っていた。相当な寝坊だ。
「そんなに飲んでないもん・・・」
「ホー。俺の顔見てもそう言えるか?」
「何・・・」
緩慢な身体をようやっとひっくり返して、声のする方へ顔を向ければ。
そこには仏頂面のヒル魔。
その顔にはひっかき傷が残り、袖が捲られた腕には湿布まで貼られている。
不機嫌さ最高潮、という雰囲気にまもりは思わずたじろぐ。
一瞬メイクかとも思ったが、頬のは間違いなく生傷だ。薄く血まで滲んだ形跡もある。
「ど、どうしたの、それ・・・」
「テメェの仕業だ」
「ええ?! ・・・イタタ」
大声を出してしまい、頭に響いてまもりはまた呻く。
「糞酔っ払いのテメェは運んでやってんのに喚くわ騒ぐわでそりゃヒドイ有様だった上に、この部屋にたどり着いたと思ったら玄関の段差踏み外してナァ」
「段差・・・」
玄関の縁、たかだか十数センチを踏み外して咄嗟にまもりを支えようとした彼の顔を引っ掻いてしまったらしいのだ。
更に倒れ込んだときに巻き込まれて腕を打った、と言われてまもりは思い返すが、全く記憶にない。
「全然、覚えてない・・・」
「それでもそんなに飲んでねぇと言うのか、テメェは」
記憶が飛ぶ程飲んでは言い訳のしようがない。
ヒル魔の表情は飄々と、声ばかりが低く唸るようだ。
怒鳴られる方がどれだけ気が楽か。
「・・・ご、ごめんなさい・・・」
「口先だけで謝られてもナァ」
不機嫌そうな顔は戻らず、まもりは酒が残って鈍い頭で対応策を考えるが、良い案が浮かぶはずもない。
ヒル魔がのっそりとのし掛かってくる。
「っ」
その様に今挑まれたらどうしよう、逃げたいけど逃げたら更に不機嫌になるだろうし、でも吐いちゃったらベッドが、と一瞬で色々と考えてしまう。
ヒル魔はそれにぴん、と片眉を上げて口を開いた。
「さすがに今ヤッたらテメェ吐くだろ」
「・・・うん」
掠めるように唇にキス。至近距離で彼がにやりと笑った。
「それは後日にしてやる」
「後日なんだ・・・」
まもりは肩を落とす。
けれど今回は完全にまもりが悪いので、抵抗せず頂かれてしまおう。
そこはすぐそう思えたのだが。
「だが、それだけじゃぁナァ」
散々罵倒されて繊細な心がいたく傷つきマシタ、と言われてまもりは小さくなる。
「そもそもの発端はテメェの糞虫歯だったな」
「・・・ハイ」
思い出したくもないが、左の奥に鈍痛。
二日酔いにあわせてずくずくと痛み出してきている。
昨日これを見たヒル魔はさして大きくない、とは言ってくれていたけれど、こんなに痛いのではやはり結構ヒドイのでは、と暗鬱な気持ちになる。
そしてそこにヒル魔の言葉が追い打ちを掛けた。
「テメェには麻酔なしでソレ治療して貰おうか」
「~~~!?」
まもりは目をまん丸に見開いて声なき悲鳴を上げる。
ただでさえ歯医者が嫌いなのに、更に麻酔もないとなったらものすごく痛い思いをするわけで。
「そうと決まったら早速行くぞ」
「え、嫌、いや~~~~・・・イタタ」
こんなことだったら素直に歯医者に行けば良かった、とひたすら青ざめるまもりを、彼は軽々と抱き上げる。
そしてまずは身支度を、とばかりに笑みを浮かべてバスルームへと連れ込んだのだった。
結局、ヒル魔にほとんど抱き上げられた状態で移動し、まもりは今、診察台の上に座っている。
青ざめて涙目のまもりに、医者は苦笑した。
「大丈夫ですよ、削りませんし痛くないですから」
「・・・え?」
まもりはその言葉に瞬く。
「こちらではオゾンを使った最新治療で虫歯の菌の除去を行い、歯を削ることなく治療する方法をとってるんですよ」
「そ、そんなのあるんですか・・・!」
「ええ。ですから楽にして、力を抜いていて下さいね」
口を開けて下さい、という言葉に素直に口を開きながら、まもりは待合室で待っているヒル魔の事を考える。
まもりが昨日歯医者が嫌いだと散々喚いたので、色々調べてくれて、ここまで連れてきてくれたのだろう。
痛みも特徴的な音もない静かな治療を受けながら、まもりはヒル魔に感謝と申し訳ない気持ちで一杯になっていた。
治療を終えて会計を済ませ、外に出る頃にはまもりは地力で歩ける程には回復していた。
けれどあえてヒル魔の腕に捕まる。勿論、打ち身のない方に。
「ヒル魔くん、ありがとう」
それにヒル魔はぴんと片眉を上げる。
「酒が残ってちゃ麻酔も効かねぇしな。これに懲りたら酒はほどほどにしろよ」
「・・・シュークリームじゃなくて?」
そもそもはシュークリームその他の甘味の食べ過ぎによるところが多かった今回の虫歯。
けれどヒル魔は肩をすくめただけだ。
「テメェ、ソレやめろっつってやめられるか」
「・・・無理」
「だろ。虫歯はテメェで注意しとけ」
「でも、食べ過ぎて太ったかも」
自らの身体を見下ろすまもりに、ヒル魔はにやりと笑う。
「ア? 摂取カロリーは消費出来てんだからそりゃねぇだろ」
「え?」
割合カロリーの高いシュークリーム。
それを全て消費出来るほど運動はしていないし、一体どこで、と小首を傾げるまもりの耳元にひそりと囁く。
「夜にナァ」
「・・・!」
やっと察して真っ赤になったまもりにヒル魔はケケケ、と笑う。
「思う存分食え。その分のカロリー消費にゃ付き合ってやるよ」
まもりは真っ赤な顔のまま、ヒル魔の背中をぺちんと叩いた。
<了>
***
8000番(だったと思いますが・・・合ってます?)のfumika様キリリク『ルイメグ絡みのヒルまも』でした♪
頂いた設定を少し変更しつつ、書き上げてみたらこんなのが出てきました! いかがでしょう。
当初喧嘩の元が浮かばず、友人と色々相談した結果が『まもりちゃんの虫歯』でした(笑)当初友人案はヒル魔さんが虫歯だったのですが、彼は虫歯ないというマイ設定を先に作っていたので、まもりちゃんに虫歯になってもらいました。あれだけシュークリーム食べれば虫歯になると思うんですよ・・・!
惚気は互いに知っている者同士から聞くとおかしくて仕方ないですよね! 非常に楽しく書かせて頂きました♪
リクエストを下さったfumika様に感謝! いつも来て下さってありがとうございます!!
『ラグドゥネーム』とは、人間が甘みを感じる物質として最も作用の強いもので、砂糖の22~30万倍にあたるそうです。きっとヒル魔さんにとってまもりちゃんは砂糖どころじゃない甘さだろうなあ、ということで。
「・・・確かにちょっと食べ過ぎかなあ、とは思ってて」
「そうかい」
そりゃそうだろう。それでよく太らないものだ。
「ちょっと太ったみたいで」
まもりは服の上から脇腹を撫でる。
「そうは見えないけどねえ」
高校時代、そう接点があったわけでもないし、その他で接点があったのは結婚式のドレス姿を見た程度だ。
それでも激変した、というほど太ったようには見えない。
「だからダイエットしなきゃ、っていうのも話してて」
「へえ」
「ヒル魔くん毎朝走ってるから、私も行こうかな、って言ってみたけど連れて行って貰えなくて」
「まあ、そうだろうねえ」
歩くならともかく、走るのなら速度が違うし、距離も違う。
どことなく危なっかしい彼女を一人走らせるのなら、家で寝ていて欲しいと思うだろう、とは簡単に推測出来る。
「だから一人で走ろうと思って前日に準備してたら」
「してたら?」
「・・・その日の夜、ヒル魔くんがしつこくてなかなか寝かせて貰えなくて、結局翌日起きられなかったんです」
「「ぶっ」」
今度はルイだけでなくメグも吹き出してしまった。
「何かおかしいですかぁ?」
酒で真っ赤になった顔で唇を尖らせるまもりは完全に酔っているのだろう。
手元のグラスはいつの間にか空になっていて、更に次に何を飲もうかと、メニューを既に手に持っている。
「それから明日こそは走りに行こう、って決めるたびに翌日起きられないんですよ?!」
まもりは文句のつもりだろうが、聞いていても単なるノロケにしか聞こえず、二人は引きつる腹筋に呼吸を苦しくする。
「そりゃ・・・愛されていてなによりだねぇ」
あの悪魔がこの天然おとぼけ美女に翻弄されている様を想像するともうおかしくてたまらない。
「愛されてないですー」
それなのに、彼女はそんな風にさえ言うのだ。
「顔、痛ェ・・・!」
笑いすぎて痛い頬をさするルイをちらりと眺め、メグはぷー、と膨れるまもりの頭を撫でる。
「アンタの為を思ってくれてるんじゃないか」
「私の為を思うなら夜はゆっくり眠りたいですー」
「たまには実家に帰って休めばいいじゃないかい。新幹線ならすぐだろう?」
「・・・なんでかすぐに場所がばれるんですよね」
盗聴器とか発信器、付けられてるのかしら、とまもりは小首を傾げる。
しかもそれであっても『まあヒル魔くんがやることだし』とか言って気にしてもいない。
それじゃ一歩間違えるとストーカーじゃないかい、とはメグが思ったが、本人が気にしていないのならいいか、と口を閉ざした。
隣のルイはもうおかしくてたまらないらしく、必死で明後日の方向を向いている。
顔は酒のせいばかりでなく赤い。
日頃あの飄々とした風情で人の事をこき下ろすくせに、女には甘いというか過保護というか。
「大体ねえ、ヒル魔くんは悪魔みたいだし実際悪魔だしあくどい事ばっかりするし脅迫手帳は健在だし銃は相変わらず乱射するし」
「そうかい」
その辺は高校から変わりないらしい。
「でも、結構優しいの」
そこでまもりがにへら、と笑った。
ああ、やっぱりノロケで終わるのか、と思った二人だった。
と。
「結構は余計だナァ」
唐突に割り込んできた声に、三人の視線が入り口に集中する。
そこには不機嫌そうに眉を寄せたヒル魔の姿があった。
手にまもりの上着を持っている。
不機嫌そうにしていてもそのあたりにまもりに甘い雰囲気が出ていて、二人は吹き出すのを必死で堪える。
それを察しつつもヒル魔はあえて二人分の視線をスルーし、座っているまもりをじろりと見下す。
「何やってる糞嫁。帰るぞ」
「そんな名前じゃありませーん」
まもりがつーん、と横を向くのを見て、ヒル魔の額に血管が浮く。
それを見たルイとメグは思わずまた笑ってしまった。
「なんだ糞カメレオン」
「いや・・・」
下手に何も言えず、けれどどうしても出てしまう笑いを堪えきれず、ルイは唇を歪める。
メグは不機嫌なヒル魔に構わず、まもりに声を掛ける。
「よかったじゃないか、お迎えが来たよ」
「来て欲しくないもーん」
「糞ガキみてぇな口利くんじゃねぇ」
「その糞ガキに欲情するのはどこの悪魔ですかー」
ピキピキ、とヒル魔の額に更に血管が増える。
「テメェなあ!」
「煩ぁい!!」
びゅ、と投げつけられたのはグラス。それを難なく受け止めつつ、ヒル魔はまもりの頬をつねって怒鳴る。
「危ねぇな、糞酔っ払い!!」
「痛ぁい!! 愛妻に手を上げるなんて、ヒル魔くんのバカぁ! 悪魔! 大ッ嫌いー!!」
もう完全な酔っ払いだ。ヒル魔は舌打ちしてこれほどに飲ませた同席者を見る。
しかし二人とももう笑いが止まらないらしく、テーブルに二人して突っ伏してこちらを見ていなかった。
ヒーヒーと引きつったような呼吸音にヒル魔は盛大にもう一度舌打ちして、まもりを抱き上げた。
「帰るぞ」
「やっ、・・・う・・・」
けれど頭が揺れた衝撃でまもりは黙り込む。
やはり慣れない酒を大量に飲んだためか、いきなり体勢が変わって気分が悪くなったようだ。
「随分と飲ませやがったな」
ようやく大人しくなった彼女を抱え、ヒル魔はちらりと笑い伏す二人を冷たく一瞥した。
メグが一足早く顔を上げる。
「その子が野郎に絡まれてるところ助けたんだから、礼くらい言わないかね。ましてや寒空、上着も着せないで外に出しておいて、ねえ?」
涙の滲んだ眦を拭いながら言われた言葉に、ヒル魔は仏頂面でまもりを担いだまま器用に財布から万札を無造作に数枚抜き出して置くと、一言もなくその場を去ってしまった。
一応彼なりの礼、なのだろう。多分。
「・・・素直じゃないねえ」
その呟きに、ようやく笑いの波が少々収まったらしいルイが顔を上げる。
「カッ! 素直な悪魔なんていねぇだろ」
「ちがいないね」
そうして潤沢な資金を得た二人は静かになった席で、更にグラスを空け続けたのだった。
目が覚めて、起きあがろうとしたまもりはぐらぐらと揺れる視界にまともに顔を上げられず、再び枕に沈み込んだ。
「あたま、いたい・・・」
「あれだけ酔ってれば当然だ」
既に起きているらしいヒル魔の冷静な声にまもりは眉を寄せる。
時計を見ればもう9時を回っていた。相当な寝坊だ。
「そんなに飲んでないもん・・・」
「ホー。俺の顔見てもそう言えるか?」
「何・・・」
緩慢な身体をようやっとひっくり返して、声のする方へ顔を向ければ。
そこには仏頂面のヒル魔。
その顔にはひっかき傷が残り、袖が捲られた腕には湿布まで貼られている。
不機嫌さ最高潮、という雰囲気にまもりは思わずたじろぐ。
一瞬メイクかとも思ったが、頬のは間違いなく生傷だ。薄く血まで滲んだ形跡もある。
「ど、どうしたの、それ・・・」
「テメェの仕業だ」
「ええ?! ・・・イタタ」
大声を出してしまい、頭に響いてまもりはまた呻く。
「糞酔っ払いのテメェは運んでやってんのに喚くわ騒ぐわでそりゃヒドイ有様だった上に、この部屋にたどり着いたと思ったら玄関の段差踏み外してナァ」
「段差・・・」
玄関の縁、たかだか十数センチを踏み外して咄嗟にまもりを支えようとした彼の顔を引っ掻いてしまったらしいのだ。
更に倒れ込んだときに巻き込まれて腕を打った、と言われてまもりは思い返すが、全く記憶にない。
「全然、覚えてない・・・」
「それでもそんなに飲んでねぇと言うのか、テメェは」
記憶が飛ぶ程飲んでは言い訳のしようがない。
ヒル魔の表情は飄々と、声ばかりが低く唸るようだ。
怒鳴られる方がどれだけ気が楽か。
「・・・ご、ごめんなさい・・・」
「口先だけで謝られてもナァ」
不機嫌そうな顔は戻らず、まもりは酒が残って鈍い頭で対応策を考えるが、良い案が浮かぶはずもない。
ヒル魔がのっそりとのし掛かってくる。
「っ」
その様に今挑まれたらどうしよう、逃げたいけど逃げたら更に不機嫌になるだろうし、でも吐いちゃったらベッドが、と一瞬で色々と考えてしまう。
ヒル魔はそれにぴん、と片眉を上げて口を開いた。
「さすがに今ヤッたらテメェ吐くだろ」
「・・・うん」
掠めるように唇にキス。至近距離で彼がにやりと笑った。
「それは後日にしてやる」
「後日なんだ・・・」
まもりは肩を落とす。
けれど今回は完全にまもりが悪いので、抵抗せず頂かれてしまおう。
そこはすぐそう思えたのだが。
「だが、それだけじゃぁナァ」
散々罵倒されて繊細な心がいたく傷つきマシタ、と言われてまもりは小さくなる。
「そもそもの発端はテメェの糞虫歯だったな」
「・・・ハイ」
思い出したくもないが、左の奥に鈍痛。
二日酔いにあわせてずくずくと痛み出してきている。
昨日これを見たヒル魔はさして大きくない、とは言ってくれていたけれど、こんなに痛いのではやはり結構ヒドイのでは、と暗鬱な気持ちになる。
そしてそこにヒル魔の言葉が追い打ちを掛けた。
「テメェには麻酔なしでソレ治療して貰おうか」
「~~~!?」
まもりは目をまん丸に見開いて声なき悲鳴を上げる。
ただでさえ歯医者が嫌いなのに、更に麻酔もないとなったらものすごく痛い思いをするわけで。
「そうと決まったら早速行くぞ」
「え、嫌、いや~~~~・・・イタタ」
こんなことだったら素直に歯医者に行けば良かった、とひたすら青ざめるまもりを、彼は軽々と抱き上げる。
そしてまずは身支度を、とばかりに笑みを浮かべてバスルームへと連れ込んだのだった。
結局、ヒル魔にほとんど抱き上げられた状態で移動し、まもりは今、診察台の上に座っている。
青ざめて涙目のまもりに、医者は苦笑した。
「大丈夫ですよ、削りませんし痛くないですから」
「・・・え?」
まもりはその言葉に瞬く。
「こちらではオゾンを使った最新治療で虫歯の菌の除去を行い、歯を削ることなく治療する方法をとってるんですよ」
「そ、そんなのあるんですか・・・!」
「ええ。ですから楽にして、力を抜いていて下さいね」
口を開けて下さい、という言葉に素直に口を開きながら、まもりは待合室で待っているヒル魔の事を考える。
まもりが昨日歯医者が嫌いだと散々喚いたので、色々調べてくれて、ここまで連れてきてくれたのだろう。
痛みも特徴的な音もない静かな治療を受けながら、まもりはヒル魔に感謝と申し訳ない気持ちで一杯になっていた。
治療を終えて会計を済ませ、外に出る頃にはまもりは地力で歩ける程には回復していた。
けれどあえてヒル魔の腕に捕まる。勿論、打ち身のない方に。
「ヒル魔くん、ありがとう」
それにヒル魔はぴんと片眉を上げる。
「酒が残ってちゃ麻酔も効かねぇしな。これに懲りたら酒はほどほどにしろよ」
「・・・シュークリームじゃなくて?」
そもそもはシュークリームその他の甘味の食べ過ぎによるところが多かった今回の虫歯。
けれどヒル魔は肩をすくめただけだ。
「テメェ、ソレやめろっつってやめられるか」
「・・・無理」
「だろ。虫歯はテメェで注意しとけ」
「でも、食べ過ぎて太ったかも」
自らの身体を見下ろすまもりに、ヒル魔はにやりと笑う。
「ア? 摂取カロリーは消費出来てんだからそりゃねぇだろ」
「え?」
割合カロリーの高いシュークリーム。
それを全て消費出来るほど運動はしていないし、一体どこで、と小首を傾げるまもりの耳元にひそりと囁く。
「夜にナァ」
「・・・!」
やっと察して真っ赤になったまもりにヒル魔はケケケ、と笑う。
「思う存分食え。その分のカロリー消費にゃ付き合ってやるよ」
まもりは真っ赤な顔のまま、ヒル魔の背中をぺちんと叩いた。
<了>
***
8000番(だったと思いますが・・・合ってます?)のfumika様キリリク『ルイメグ絡みのヒルまも』でした♪
頂いた設定を少し変更しつつ、書き上げてみたらこんなのが出てきました! いかがでしょう。
当初喧嘩の元が浮かばず、友人と色々相談した結果が『まもりちゃんの虫歯』でした(笑)当初友人案はヒル魔さんが虫歯だったのですが、彼は虫歯ないというマイ設定を先に作っていたので、まもりちゃんに虫歯になってもらいました。あれだけシュークリーム食べれば虫歯になると思うんですよ・・・!
惚気は互いに知っている者同士から聞くとおかしくて仕方ないですよね! 非常に楽しく書かせて頂きました♪
リクエストを下さったfumika様に感謝! いつも来て下さってありがとうございます!!
『ラグドゥネーム』とは、人間が甘みを感じる物質として最も作用の強いもので、砂糖の22~30万倍にあたるそうです。きっとヒル魔さんにとってまもりちゃんは砂糖どころじゃない甘さだろうなあ、ということで。
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鳥(とり)
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性別:
女性
趣味:
旅行と読書
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ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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