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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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達人(下)


+ + + + + + + + + +
栗田は一度瞬くと、ムサシの方へ向いた。
「うちの父さんが前に、ヒル魔は刀の刃だけみたいだって言ったんだ」
その発言にムサシは言葉を失った。
栗田が何を言いたいのか読み取れなかったのだ。
そんなムサシに構うことなく、栗田は続ける。
「刀の刃ってさ、柄とか鍔とかいろんな部品がないと結局武器になれないでしょ?」
ムサシはそうだな、と頷く。
日本刀は柄まで一体型の西洋刀とは違い、柄などの拵えと呼ばれる部品がないと刃だけ独立して武器として振るえないのだ。
博物館などに展示されている刃だけの頼りなさを脳裏に浮かべる。
美しい刃紋にぎりぎりまで落とされた照明が落ちる、あの不思議な静けさ。
確かにあの佇まいはヒル魔の立ち方によく似ている気がした。
「刃だけじゃ戦えないから部品を求めるけど、気をつけた方がいいってよく言ってた」
「お前の父親が?」
「うん。部品が悪いと壊れる原因になるし―――」
栗田は不意に空を見上げた。細い月。まるで、刀のような。
「場合によっては人に扱えない武器になっちゃうかも、って」
ムサシも月を見上げた。
人に扱えない武器。
それは、今の天に見える刀のような手の届かないものか、それとも手にする者を狂わせる妖刀か。
どちらにもなり得る彼の突拍子もない頭脳と行動と発言とを重ね合わせてムサシは眉を寄せた。
だが。
「でもね、今のヒル魔なら大丈夫だと思うんだ」
一転して明るい声になった栗田に再び視線を向けると、彼は空を見上げながら柔らかく笑っていた。
「今はみんながいるでしょ?」
それぞれに個性的でいびつで完璧とは到底呼べないけれど、同じ目標を持った仲間という、少々くすぐったい名称で呼ばれる者たち。
「もうヒル魔は刀の刃だけじゃないんだ。ちゃんと僕たちっていう部品が揃って、刀になってる」
ムサシは学校を振り返る。
最早影だけになって夜に沈み込んだそこに、まだ悪魔は残っているのだろうか。
一年生達はいつの間にか各々別れて姿を消していた。
今は二人、商店街に抜ける道に続く細い路地へと立ち入る。
街灯の少ない道を行けば、月明かりも心許ない中、栗田の巨体さえ夜に消える。
「あとは使う人だけだよね」
こればかりははっきりと聞こえる声はひどく確信に満ちている。
不思議な感覚に言葉を奪われたようなムサシは、ただ耳を澄ました。
「僕は―――姉崎さんは『ヒル魔を使える人』だと思うんだ」
その言葉に。
その空気に。
隣にいる男が、中学からよく見知っている栗田という男ではなく、全く違う存在ではないか、と。
「そう思わない?」
一瞬、ほんの一瞬。
彼らは、その場に足を止めた。


明るい商店街に出て、店先の料理によだれを垂らす栗田をせっつきつつ歩きながら、ムサシは先ほどの解釈を反芻する。
ヒル魔の発言にあった『使える女』というのは、『マネージャーとしてヒル魔が便利に使える女』という表現だったと思っていた。
けれど『ヒル魔を使える女』という栗田の発想もそれはそれでひどく納得のいくものだった。
同時に、そう考えた栗田の内面に思いを巡らせる。
栗田の中の、本質を見つめる力。
そしてそれを間違いなく相手に伝える力。
普段は温厚でどこまでもお人好しで人の暗部など知りようもないように見えるのに、彼の本質はとてもとても深みがあるようだ。
生まれからか、育ちからか、それとも本質からか。
どれも正しいし、どれも違うような気がする。
「あ、あの焼き鳥美味しそう」
商店街の誘いに存分に惑わされる栗田の肩を叩いて先を促す。
「ここでつまみ食いするんじゃなくて、さっさと帰ってメシ食った方がいいだろう」
栗田がいつか彼の父の跡を継いだなら、きっと彼は人々の迷いを掬い上げる良い和尚となれるだろうな、と。
ムサシはそんな風に考えた。


更けゆく夜空には、人の扱えぬ刀がまだ掛かっている。

***
ヒル魔さんは日本刀みたいだなあと思ったのが切っ掛けで書き始めたものの、予想外に難産でした。ついでにそう思ってるのがムサシさんじゃなくて栗田くんだったらいいなあと思ったので彼に語らせてみました。
日本刀、綺麗で大好きです。見ててちっとも飽きません。
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