旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
二人揃ってソファでくつろぐ午後の一時。
まもりがぽつんと雁屋のシュークリームが食べたい、と呟いたのを聞いたヒル魔は下のレストランで喰ってこい、とあっさり口にした。
「そんなもんどこで頼んでも同じだろ」
「違うの。雁屋のシューはパイ生地と二層になってて、サクサクの歯触りがね!」
「あーヤメロ気色悪い」
熱弁するまもりを奇異の目で見て、ヒル魔はまもりの声を遮る。
「俺にはサッパリ判らねぇな。あんな砂糖と油の塊喰ってなにがいいんだか」
「なっ!! ひどい! 食べた事もないのに!」
「そんなもん俺が喰うわけねぇだろ」
呆れた声で言われ、まもりが怒りに頬を染める。
好きなモノを侮辱されるのは許し難い。例えそれがヒル魔であっても。
「そんな糞甘臭ェもん喰うなんて正気の沙汰じゃねぇ」
「・・・っ!!」
わなわなと怒りに震えるところに更に追い打ちを掛ける言葉に、まもりは立ち上がった。
「おい」
「もういいです!!」
足音荒く―――実際はふかふかの絨毯に吸い込まれて音はしないのだけれど―――まもりは自室へと引きこもってしまった。
それに肩をすくめて見送ったヒル魔は失念していた。
彼女は感情が高ぶるととんでもない行動に出るという事実を。
そろそろ落ち着いたか、とタイミングを見計らって彼女の元を訪れたヒル魔は、既にもぬけの殻となった部屋に固まる事になる。
まもりは久しぶりに一人で出歩く街に心を弾ませていた。
ホテルの前からタクシーと電車を乗り継ぎ、住み慣れた街へと足を運んだのだ。
まもりは正式にヒル魔の婚約者となってから、一枚のカードを渡されている。
これさえあればタクシーも電車も乗り放題、買い物も意のままだ、という魔法のカードらしい。
実際にまもりがこれを使うのは今日が初めてだったが、威力は遺憾なく発揮されている。
ちなみに世間一般ではそれをブラックカードと呼ぶが、まもりはよく判っていない。
ヒル魔と過ごす時間が嫌とは言わないが、たまにはこうやって息抜きも必要だ。
自分は今随分と贅沢をさせて貰っているという自覚はある。
これ以上贅沢を言っては罰が当たるだろうけれど。
「でもやっぱりシュークリームは雁屋なのよ」
呟きながらまもりはかつてよく通った道筋を辿り、雁屋の店先にたどり着く。
イートインも出来るそこは若い女性客で一杯で、席が空くまで結構待たなければならないようだ。
それでも自分が好きな店が混んでいるのは自分の審美眼が間違いないと裏付けされているようで、機嫌は悪くなりようもない。
じっくり待ちますか、と順番待ちの名簿に名前を書こうとしたとき。
「あの、すみません」
「はい?」
声を掛けられ、まもりはそちらを向き、目を丸くした。
まもりは喜色満面でシュークリームを頬張っていた。
その底なしかと思われる食欲に目の前の少女、もとい若菜小春は目を丸くするばかり。
「す、すごく召し上がるんですね・・・」
「だって久しぶりなんです!」
テンションの高いまもりに小春ははあ、と気の抜けた声しか出せない。
たまたまこの店で一服していた小春が、やってきたまもりに気づいたのだ。
互いに面識はなかったが、それぞれに婚約者が持っていた資料の写真を見せられていたため姿形は知っていた。
相席を申し出て貰えて、まもりは待つことなくシュークリームにありつけたという次第だ。
「普段、甘い物は召し上がれないんですか?」
あまりの食べっぷりに小春は小首を傾げる。何か事情があるのだろうか、という視線にまもりは首を振る。
「いいえ、そうじゃなくて・・・ここのシュークリーム、たまにものすごく食べたくなるんです」
「ああ、そういうことってありますよね」
にこりと笑って同意する小春にまもりも笑顔になる。
「そうなんですよ。よ・・・あの人、全然そういうのを判ってくれなくて」
蛭魔妖一の名前は良くも悪くも知れている。
下の名前だけであれば気づかれないかもしれないが、余計な騒動を起こさないように、不特定多数がいる場所では彼の名を極力出さないようにと言い含められていた。
「そうなんですか?」
それが意外だ、という響きに聞こえたのでまもりは次のシュークリームを手に取るのを止め、小春を見つめてしまう。
小春は紅茶のカップに口を付ける。
ふふ、と浮かべた笑みは優しい。
「人の本質を見抜くのが上手な方なのに」
「・・・あの人をご存じなんですか?」
「いえ、お会いしたのは二回だけです」
にこにこと笑う彼女の言葉に含みはない。
「優しい人ですよね」
それにまもりは完全に動きを止めて小春をまじまじと見つめてしまった。
「そんな風にあの人の事を仰る方は初めてです」
「そういえば高見さんにもそう言われました」
ころころと笑う彼女が高見の婚約者だという事実を今更ながら思い出す。
高見の策略の一端を担った大企業の令嬢、『若菜小春』という人。
普段はそうと知られないような生活をしているそうだが、纏う雰囲気といいゆったりとした喋り方といい、『いいところのお嬢様』という雰囲気がにじみ出ている。
「私はあの人の噂を存じ上げませんでしたから。かえってよかったのかもしれませんね」
一般庶民であったまもりですら聞いた事のあるヒル魔の噂。
それを知らないとは考えづらかったが、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
婚約者として隣に寄り添うまもりよりもずっと彼の事を理解しているかのような彼女に、まもりは苛立ちを感じる。
「そうかしら」
声が知らず尖った。
けれど小春は小首を傾げ、笑顔で言い切るのだ。
「そうですよ。そう思いませんか?」
「・・・」
まもりは無言で一つシュークリームを口にした。
確かにヒル魔は優しい。
それはとても判りづらいし、本人もそれを隠しているから気づく人は自分くらいだと自負していたのに。
「・・・あ、いけない!」
不意に小春は声を上げた。慌てて携帯を取り出す。
「どうしました?」
「すみません、これから出掛けるんです。まもりさんはどうぞごゆっくりなさっていてください」
慌ただしく立ち上がる彼女は、それでも伝票を取ろうとする。
「支払いは私がします。大丈夫ですから」
「でも・・・」
「ほとんど私が食べてますから」
にこ、と笑うまもりに、小春は逡巡しつつも頭を下げる。
それから思い出したように鞄からカードを取り出した。名前と携帯、メールアドレスの載った簡素な名刺だ。
「私の連絡先です。今度またゆっくりお話ししましょうね!」
言い置いて返事も待たず、小春はちょこちょこと歩み去ってしまう。
人混みをくぐり抜けて外に出た彼女を、背の高い男性が迎えに来ていた。
高見だ。
彼はまもりに会釈し、若菜の手を取って歩き出す。
歩調を合わせるようにゆっくりと。
端から見るとおかしなくらい身長差がありすぎる二人だが、不思議としっくりくる取り合わせだった。
まもりは残ったシュークリームを黙々と咀嚼する。
食べ始めたときのテンションは微塵もない。
彼女の大きさがとても羨ましく感じた。
身体の事ではない。
心というか、度量というか。
まもりのように付け焼き刃ではない、生まれながらの育ちの良さが醸し出す空気というか。
冷めたコーヒーに口を付ける。
苦く冷たい液体はじわりと染みて、まもりの肺腑も黒く染め上げるようだ。
ため息が出た。
このまま帰ろうにも、今自分がひどい顔をしている自覚がある。
せっかく美味しいシュークリームを食べに来て、実際に食べたのに、この気分の悪さはまるっきり頂けない。
「ああもう、最低・・・」
自己嫌悪に満ちた声。じわりと涙まで滲みそうな気分だ。
けれど。
「そうだな」
唐突に応じた声に、まもりはばっと顔を上げた。
そこには不機嫌を露わにしたヒル魔が立っていた。相変わらず気配のない男である。
気づけば騒々しいはずの店内は、この場にそぐわない男の登場によって水を打ったように静かになっていた。
「来い」
目を丸くしているまもりの腕を引いて立たせる。
店員にあからさまに多すぎる金を渡して、ヒル魔はまもりを引きずるようにして連れ出し、表で待たせていた車に彼女を押し込んだ。
車内は重苦しい沈黙に満ちていたが、ついとまもりが口を開いた。
「・・・迎えに来てくれたの?」
勝手に飛び出してきた手前、迎えに来てくれるとは思っていなかったまもりは、恐る恐る隣で不機嫌そのままに眉を寄せるヒル魔に尋ねる。
「糞シュークリームまみれになってから戻られるよりはマシだからな」
それでも充分甘い匂いが染みついたまもりをヒル魔は一瞥する。
その口調は素っ気ないが、勢いのまま飛び出したまもりが戻れなくなるのを見越して迎えに来たに違いない。
『ほら、優しいでしょう?』
小春の声が聞こえたような気がして、まもりは眉を寄せた。
それにヒル魔がピンと片眉を上げる。
「なんだそのツラ」
「ヒドイ顔なのは自覚してるから、放っておいて」
心配してくれたのも、迎えに来てくれたのも、ちゃんと判っているし嬉しいけれど。
けれどそれを自分以外の人が理解しているのがたまらなく腹立たしい。
これが八つ当たりなのだとまもりは判っているから俯き押し黙るしかない。
「っ!」
ぐい、と強引にまもりは抱き寄せられ、唇を奪われる。
「チッ、糞甘ェ」
ますますきつく眉を寄せながらヒル魔はそんな事を言う。
「当たり前でしょう・・・さっきまでシュークリーム食べてたんだから」
誰でも判る簡単な事だ。まもり自身だってさっきまでの余韻で咥内は未だ甘いのだから。
「口直しが必要だな」
「え、ちょっと!?」
言うなり座席に押し倒され、まもりは慌てる。
ここはあのスウィートルームではなく、移動中の車の中で運転手も同じ空間にいるのに。
けれど気づけば車内は運転席と後部座席を遮断する壁が既に出現していて。
「存分に味合わせろよ」
にやりとヒル魔は笑った。
□■□■□
余韻で覚束ない手つきで身形を整え、まもりは熱い吐息を零した。
隣ではヒル魔がさっさと痕跡をぬぐい去り、どっかりと座席に身体を預けている。
「・・・雁屋で若菜小春さんと会ったの」
おもむろにまもりが口を開いた。
「妖一さんのこと、優しいって知ってたわ」
そのどこか拗ねたような声に、ヒル魔はぴんと片眉を上げる。
「小春さんとは、・・・」
まもりはその先を続けようとして、結局呑み込んだ。
彼と小春がどうこう、というのは考えづらかったし、現に彼女は今高見の婚約者で、仲睦まじく寄り添っていた。
過去を詮索しても詮無い事だろう。
ヒル魔はそんなまもりを見て小さく嘆息した。
「あんなガキに興味ねぇ」
「・・・ガキってお年でもないでしょう」
「俺は糞メガネと違ってロリコンじゃねぇんだよ」
「ロ・・・」
絶句するまもりをヒル魔はにやりと笑って抱き寄せる。
「第一、俺を優しいなんて評価する女に興味はねぇな」
「妖一さんは優しいじゃない」
「サアネ」
そう口を尖らせるまもりにヒル魔はただにやにやと笑うだけ。
そうして、壁の向こうの運転手に通話用のマイクを使ってホテルに戻るよう告げた。
程なく車はホテルに到着し、二人は連れ立って部屋に戻る。
「勝手に逃げ出すような糞女には相応の罰が必要だよナァ?」
そう告げられたのは、スウィートルームのベッドの上で。
その段階で初めてまもりはヒル魔が相当怒っていた事にようやっと気づいたのだった。
けれどもう、後の祭り。
さてその日以降、あれほどに好きだった雁屋のシュークリームを差し出されるたびにまもりは引きつった顔をするようになった。
その原因となった男はそんな彼女を見てただ笑うばかり。
それでも彼を愛しいと思う自分の甘さに、まもりは複雑な表情を浮かべるしかないのだった。
***
蒼 龍様リクエスト『「カワイイヒト」で小春にまもりが嫉妬』でした。企画開始直後にリクエスト頂いていたのに最後になってしまって申し訳ありません・・・! 小春ちゃんとどこで絡めるかを考えていたらこんな話に。
むしろヒル魔さんがシュークリームに嫉妬? というような具合になってしまったような。楽しかったです!
リクエストありがとうございましたー!!
蒼 龍様のみお持ち帰り可。
まもりがぽつんと雁屋のシュークリームが食べたい、と呟いたのを聞いたヒル魔は下のレストランで喰ってこい、とあっさり口にした。
「そんなもんどこで頼んでも同じだろ」
「違うの。雁屋のシューはパイ生地と二層になってて、サクサクの歯触りがね!」
「あーヤメロ気色悪い」
熱弁するまもりを奇異の目で見て、ヒル魔はまもりの声を遮る。
「俺にはサッパリ判らねぇな。あんな砂糖と油の塊喰ってなにがいいんだか」
「なっ!! ひどい! 食べた事もないのに!」
「そんなもん俺が喰うわけねぇだろ」
呆れた声で言われ、まもりが怒りに頬を染める。
好きなモノを侮辱されるのは許し難い。例えそれがヒル魔であっても。
「そんな糞甘臭ェもん喰うなんて正気の沙汰じゃねぇ」
「・・・っ!!」
わなわなと怒りに震えるところに更に追い打ちを掛ける言葉に、まもりは立ち上がった。
「おい」
「もういいです!!」
足音荒く―――実際はふかふかの絨毯に吸い込まれて音はしないのだけれど―――まもりは自室へと引きこもってしまった。
それに肩をすくめて見送ったヒル魔は失念していた。
彼女は感情が高ぶるととんでもない行動に出るという事実を。
そろそろ落ち着いたか、とタイミングを見計らって彼女の元を訪れたヒル魔は、既にもぬけの殻となった部屋に固まる事になる。
まもりは久しぶりに一人で出歩く街に心を弾ませていた。
ホテルの前からタクシーと電車を乗り継ぎ、住み慣れた街へと足を運んだのだ。
まもりは正式にヒル魔の婚約者となってから、一枚のカードを渡されている。
これさえあればタクシーも電車も乗り放題、買い物も意のままだ、という魔法のカードらしい。
実際にまもりがこれを使うのは今日が初めてだったが、威力は遺憾なく発揮されている。
ちなみに世間一般ではそれをブラックカードと呼ぶが、まもりはよく判っていない。
ヒル魔と過ごす時間が嫌とは言わないが、たまにはこうやって息抜きも必要だ。
自分は今随分と贅沢をさせて貰っているという自覚はある。
これ以上贅沢を言っては罰が当たるだろうけれど。
「でもやっぱりシュークリームは雁屋なのよ」
呟きながらまもりはかつてよく通った道筋を辿り、雁屋の店先にたどり着く。
イートインも出来るそこは若い女性客で一杯で、席が空くまで結構待たなければならないようだ。
それでも自分が好きな店が混んでいるのは自分の審美眼が間違いないと裏付けされているようで、機嫌は悪くなりようもない。
じっくり待ちますか、と順番待ちの名簿に名前を書こうとしたとき。
「あの、すみません」
「はい?」
声を掛けられ、まもりはそちらを向き、目を丸くした。
まもりは喜色満面でシュークリームを頬張っていた。
その底なしかと思われる食欲に目の前の少女、もとい若菜小春は目を丸くするばかり。
「す、すごく召し上がるんですね・・・」
「だって久しぶりなんです!」
テンションの高いまもりに小春ははあ、と気の抜けた声しか出せない。
たまたまこの店で一服していた小春が、やってきたまもりに気づいたのだ。
互いに面識はなかったが、それぞれに婚約者が持っていた資料の写真を見せられていたため姿形は知っていた。
相席を申し出て貰えて、まもりは待つことなくシュークリームにありつけたという次第だ。
「普段、甘い物は召し上がれないんですか?」
あまりの食べっぷりに小春は小首を傾げる。何か事情があるのだろうか、という視線にまもりは首を振る。
「いいえ、そうじゃなくて・・・ここのシュークリーム、たまにものすごく食べたくなるんです」
「ああ、そういうことってありますよね」
にこりと笑って同意する小春にまもりも笑顔になる。
「そうなんですよ。よ・・・あの人、全然そういうのを判ってくれなくて」
蛭魔妖一の名前は良くも悪くも知れている。
下の名前だけであれば気づかれないかもしれないが、余計な騒動を起こさないように、不特定多数がいる場所では彼の名を極力出さないようにと言い含められていた。
「そうなんですか?」
それが意外だ、という響きに聞こえたのでまもりは次のシュークリームを手に取るのを止め、小春を見つめてしまう。
小春は紅茶のカップに口を付ける。
ふふ、と浮かべた笑みは優しい。
「人の本質を見抜くのが上手な方なのに」
「・・・あの人をご存じなんですか?」
「いえ、お会いしたのは二回だけです」
にこにこと笑う彼女の言葉に含みはない。
「優しい人ですよね」
それにまもりは完全に動きを止めて小春をまじまじと見つめてしまった。
「そんな風にあの人の事を仰る方は初めてです」
「そういえば高見さんにもそう言われました」
ころころと笑う彼女が高見の婚約者だという事実を今更ながら思い出す。
高見の策略の一端を担った大企業の令嬢、『若菜小春』という人。
普段はそうと知られないような生活をしているそうだが、纏う雰囲気といいゆったりとした喋り方といい、『いいところのお嬢様』という雰囲気がにじみ出ている。
「私はあの人の噂を存じ上げませんでしたから。かえってよかったのかもしれませんね」
一般庶民であったまもりですら聞いた事のあるヒル魔の噂。
それを知らないとは考えづらかったが、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
婚約者として隣に寄り添うまもりよりもずっと彼の事を理解しているかのような彼女に、まもりは苛立ちを感じる。
「そうかしら」
声が知らず尖った。
けれど小春は小首を傾げ、笑顔で言い切るのだ。
「そうですよ。そう思いませんか?」
「・・・」
まもりは無言で一つシュークリームを口にした。
確かにヒル魔は優しい。
それはとても判りづらいし、本人もそれを隠しているから気づく人は自分くらいだと自負していたのに。
「・・・あ、いけない!」
不意に小春は声を上げた。慌てて携帯を取り出す。
「どうしました?」
「すみません、これから出掛けるんです。まもりさんはどうぞごゆっくりなさっていてください」
慌ただしく立ち上がる彼女は、それでも伝票を取ろうとする。
「支払いは私がします。大丈夫ですから」
「でも・・・」
「ほとんど私が食べてますから」
にこ、と笑うまもりに、小春は逡巡しつつも頭を下げる。
それから思い出したように鞄からカードを取り出した。名前と携帯、メールアドレスの載った簡素な名刺だ。
「私の連絡先です。今度またゆっくりお話ししましょうね!」
言い置いて返事も待たず、小春はちょこちょこと歩み去ってしまう。
人混みをくぐり抜けて外に出た彼女を、背の高い男性が迎えに来ていた。
高見だ。
彼はまもりに会釈し、若菜の手を取って歩き出す。
歩調を合わせるようにゆっくりと。
端から見るとおかしなくらい身長差がありすぎる二人だが、不思議としっくりくる取り合わせだった。
まもりは残ったシュークリームを黙々と咀嚼する。
食べ始めたときのテンションは微塵もない。
彼女の大きさがとても羨ましく感じた。
身体の事ではない。
心というか、度量というか。
まもりのように付け焼き刃ではない、生まれながらの育ちの良さが醸し出す空気というか。
冷めたコーヒーに口を付ける。
苦く冷たい液体はじわりと染みて、まもりの肺腑も黒く染め上げるようだ。
ため息が出た。
このまま帰ろうにも、今自分がひどい顔をしている自覚がある。
せっかく美味しいシュークリームを食べに来て、実際に食べたのに、この気分の悪さはまるっきり頂けない。
「ああもう、最低・・・」
自己嫌悪に満ちた声。じわりと涙まで滲みそうな気分だ。
けれど。
「そうだな」
唐突に応じた声に、まもりはばっと顔を上げた。
そこには不機嫌を露わにしたヒル魔が立っていた。相変わらず気配のない男である。
気づけば騒々しいはずの店内は、この場にそぐわない男の登場によって水を打ったように静かになっていた。
「来い」
目を丸くしているまもりの腕を引いて立たせる。
店員にあからさまに多すぎる金を渡して、ヒル魔はまもりを引きずるようにして連れ出し、表で待たせていた車に彼女を押し込んだ。
車内は重苦しい沈黙に満ちていたが、ついとまもりが口を開いた。
「・・・迎えに来てくれたの?」
勝手に飛び出してきた手前、迎えに来てくれるとは思っていなかったまもりは、恐る恐る隣で不機嫌そのままに眉を寄せるヒル魔に尋ねる。
「糞シュークリームまみれになってから戻られるよりはマシだからな」
それでも充分甘い匂いが染みついたまもりをヒル魔は一瞥する。
その口調は素っ気ないが、勢いのまま飛び出したまもりが戻れなくなるのを見越して迎えに来たに違いない。
『ほら、優しいでしょう?』
小春の声が聞こえたような気がして、まもりは眉を寄せた。
それにヒル魔がピンと片眉を上げる。
「なんだそのツラ」
「ヒドイ顔なのは自覚してるから、放っておいて」
心配してくれたのも、迎えに来てくれたのも、ちゃんと判っているし嬉しいけれど。
けれどそれを自分以外の人が理解しているのがたまらなく腹立たしい。
これが八つ当たりなのだとまもりは判っているから俯き押し黙るしかない。
「っ!」
ぐい、と強引にまもりは抱き寄せられ、唇を奪われる。
「チッ、糞甘ェ」
ますますきつく眉を寄せながらヒル魔はそんな事を言う。
「当たり前でしょう・・・さっきまでシュークリーム食べてたんだから」
誰でも判る簡単な事だ。まもり自身だってさっきまでの余韻で咥内は未だ甘いのだから。
「口直しが必要だな」
「え、ちょっと!?」
言うなり座席に押し倒され、まもりは慌てる。
ここはあのスウィートルームではなく、移動中の車の中で運転手も同じ空間にいるのに。
けれど気づけば車内は運転席と後部座席を遮断する壁が既に出現していて。
「存分に味合わせろよ」
にやりとヒル魔は笑った。
□■□■□
余韻で覚束ない手つきで身形を整え、まもりは熱い吐息を零した。
隣ではヒル魔がさっさと痕跡をぬぐい去り、どっかりと座席に身体を預けている。
「・・・雁屋で若菜小春さんと会ったの」
おもむろにまもりが口を開いた。
「妖一さんのこと、優しいって知ってたわ」
そのどこか拗ねたような声に、ヒル魔はぴんと片眉を上げる。
「小春さんとは、・・・」
まもりはその先を続けようとして、結局呑み込んだ。
彼と小春がどうこう、というのは考えづらかったし、現に彼女は今高見の婚約者で、仲睦まじく寄り添っていた。
過去を詮索しても詮無い事だろう。
ヒル魔はそんなまもりを見て小さく嘆息した。
「あんなガキに興味ねぇ」
「・・・ガキってお年でもないでしょう」
「俺は糞メガネと違ってロリコンじゃねぇんだよ」
「ロ・・・」
絶句するまもりをヒル魔はにやりと笑って抱き寄せる。
「第一、俺を優しいなんて評価する女に興味はねぇな」
「妖一さんは優しいじゃない」
「サアネ」
そう口を尖らせるまもりにヒル魔はただにやにやと笑うだけ。
そうして、壁の向こうの運転手に通話用のマイクを使ってホテルに戻るよう告げた。
程なく車はホテルに到着し、二人は連れ立って部屋に戻る。
「勝手に逃げ出すような糞女には相応の罰が必要だよナァ?」
そう告げられたのは、スウィートルームのベッドの上で。
その段階で初めてまもりはヒル魔が相当怒っていた事にようやっと気づいたのだった。
けれどもう、後の祭り。
さてその日以降、あれほどに好きだった雁屋のシュークリームを差し出されるたびにまもりは引きつった顔をするようになった。
その原因となった男はそんな彼女を見てただ笑うばかり。
それでも彼を愛しいと思う自分の甘さに、まもりは複雑な表情を浮かべるしかないのだった。
***
蒼 龍様リクエスト『「カワイイヒト」で小春にまもりが嫉妬』でした。企画開始直後にリクエスト頂いていたのに最後になってしまって申し訳ありません・・・! 小春ちゃんとどこで絡めるかを考えていたらこんな話に。
むしろヒル魔さんがシュークリームに嫉妬? というような具合になってしまったような。楽しかったです!
リクエストありがとうございましたー!!
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性別:
女性
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旅行と読書
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ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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