旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
この屋敷には本当に色々な部屋がある。
襖という引き戸を開くと、海があったり、空があったり、どこかの人里に繋がっていたり。
どんな仕掛けか判らないが、本当に色々ある。
そのほとんどに住民がいて、例えば海坊主の栗田は海の部屋に住み着いていたりする。
「どうなってるの?」
「さあ、僕にも詳しいことは判らないんですよ」
ヒル魔が建てたという屋敷の管理人、お倉坊主の雪光。
彼は管理といってもほとんど書庫から出てくることはない。
書庫には一番上の本を取るのに踏み台がいるくらいの高さの本棚が、見渡す限り延々と続いている。
ヒル魔を除けば、この妖怪集落一番の知識人という扱いだ。
まもりは今度ヒル魔に聞いてみよう、と思って手元の本に目を落とす。
それは料理の本。
ヒル魔はそれなりに人と同じ物も食べられるようで、半分人のまもりも人の食べ物の方が受け付けやすい。
食べなくてもそれはそれで平気なのだが、味気ないのでまもりは食事を作ろうと考えたのだ。
しかし調理器具も調味料も西と東では大分差がある。
というわけで、こちらの地方の料理を覚えようとここを訪れたのだ。
「そもそも妖怪はあんまり食事をしないんですよ。嗜好品が好きな方は多いですけど」
「嗜好品?」
「鈴音ちゃんなら油、どぶろくさんなら酒、メグさんなら煙草、ってところですか」
「雪光さんは?」
「僕ですか? 僕は食べませんね。あえて言うなら」
と、彼は手にしていた本をひらひらと見せる。
「コレが食事みたいなものです」
これが読みたくて読みたくて成仏しきれなかったんで、とその言葉が続く。
「・・・え?」
「なにか疑問でも?」
「え、だって、そうしたら雪光さんは幽霊ってこと?」
「幽霊じゃないんですけど、ええと・・・まもりさんは何が妖怪になるかご存じですか?」
「何が、って、生まれながらに妖怪なんじゃないの?」
「本来は動物だったり、物だったり、人だったりする方がほとんどなんですよ。あ、もちろん生まれつきの方もいます」
「そうなの?」
「身近なところだとセナくんと僕かな。元が人なんです」
「へえ・・・」
「ヒル魔さんや鈴音ちゃんたちは動物、物はこないだの宴会で何人かいましたが、覚えてますか?」
「う、あんまり」
「いずれまたお会いするでしょうから、その時は優しく接して下さい。皆さん長く人に使われて意識を持った方々ですから」
ぺら、と紙を捲る音が響く。
「雪光さんは年、幾つなんですか?」
「ええと・・・人の時の年を足して・・・五百年は越えてると思いますよ」
あんまり年の感覚がないんですけど、と雪光はこともなげに言う。
「はぁ」
「貴方と年がそう変わらないのはきっと鈴音ちゃんと夏彦くん、それから鎌鼬三兄弟じゃないかな。あの辺は若いんです」
「若・・・」
「まあ、年齢なんてあまり関係ないですよ。特に妖怪は年齢と姿はほぼ一致しませんから」
ぱたん、と会話をしながらも一冊読み終えた雪光はそれを棚に戻し、次の本を手に取る。
「この本の作者たちだって僕からしたらもう随分と若くなる。でも作品と年は関係ないんです。そういうものでしょう」
「そう・・・ね」
まもりはふと書庫の隅に積まれている本に目をやった。
東の本とはあからさまに違う装丁と文字。
「あ、あれ『西』の本ね」
「え? まもりさん、あれを読めるんですか?」
「? ええ、私『西』の出身だから、あの言葉もわかるわ」
途端に雪光の顔が輝く。ちなみに額がより一層眩しく見えた、ということは口に出来なかった。
「僕も読みたかったんですが、言葉がわからなくて。読んで頂くことはできませんか?」
「読む? 読み聞かせ、ってこと?」
「ええ、訳して読んで頂けるととても嬉しいんですけど・・・」
面倒でしょうが、と苦笑する雪光にまもりは笑顔を向ける。
「よければ翻訳しましょうか?」
「ええ?! そんなことできるんですか?」
「母が魔道師だったんだけど、本好きだったのね。『東』のことについても調べたことがあったみたいで、本と辞書があったの。一人でいる間、やることがないときはその辞書を読んだりしたわ。時間を貰えたら出来ると思うけど・・・」
ちょっと見せてね、と手に取った本はさほど内容も難しくなかった。これだったら訳せそうだ。
「でも、難しい訳はちょっと無理かも。辞書がないと・・・」
「あ、そうですね・・・」
二人してどこかに辞書はないものか、と考えてみるものの、この屋敷回りで本はここが一番有るのだ。そこに辞書がないならどう考えても手に入らない。
「簡単な訳ならできそうだけど」
「あ、もうそれでも・・・」
本を挟んで二人で頭を寄せていたら、不意に後ろからまもりの腰を抱く腕がある。二人ともさほど驚かず、持ち主の名を呼ぶ。
「ヒル魔さん」
「ヒル魔くん」
また音もなく現れたヒル魔がまもりの腰を抱いて雪光との間をとらせる。そのあからさまな様子に、雪光は苦笑するしかない。
「僕にはそんなつもりもないんですよ」
「気分の問題」
「なんなの? もう」
どうにも獣の時の性分が完全には抜けきらないらしく、嫁があまり男と二人でいるのは好ましくないらしい。
とはいえ素直でないこの男のこと、まもりにはその理由を言えていないようだ。
内心でその様子に雪光は苦笑するが、表面には出さず二人の会話を見守ることにした。
「なに考え事してたんだ」
「そうそう、ヒル魔くん。私この本訳したいの。辞書、ないかな?」
まもりが手にしていた本を見せると、ヒル魔の眉がぴんと上がる。
「ア? 辞書?」
「そう」
ヒル魔は少し考えると、まもりの腰を抱いたまま出口へと歩き出す。
「あ、本! これ、返さないと!」
「こいつごと持っていく。後で返させる」
「いいですよ。どちらにしても僕一人じゃ読めませんから」
ひらひらと本ごと手を振って、雪光は手元の本を読み始めた。
「相変わらず本の虫だな」
「雪光さんってすごいわね~」
書庫から感心しながら二人とも出てくる。襖を閉めてしまえばもう普通の部屋にしか見えない。
どこをどうやったらあの本棚が延々と続くような部屋が作れるのだろうか。
「そうだ糞嫁、これをやろう」
「その呼び方、やめて欲しいわ」
まもりの返事代わりの小言も聞かず、ヒル魔はなにやら小さな筒の付いた細い革紐を取り出した。
「なに? これ」
「これを首から提げてろ」
「?」
まもりの胸元にぶら下がる管は銀色に光っていて、よく見るとそれは繊細な彫り物が施されている。
首から提げている方には革紐を通す金具があるが、反対側には蓋がある。
「こっちに来い」
手を引かれ、連れられた先は縁側。
「その蓋を開けてみろ」
「こう? ・・・きゃ!」
蓋を開けた途端、そこから何かが滑り出してきた。大きい。
こんなに小さな管なのに、出てきたのはまもりを見下ろす程の大きな狐。
「な、な、なに!?」
「こいつは管狐。俺の眷属だ」
ヒル魔が手を伸ばすと、それに顔を擦りつけるように甘える。大きな体のわりに従順なその様が、まもりの心をときめかせる。
「かわいい・・・!」
「こいつをお前にやる。一人で移動するときは使え」
「えっ、いいの!?」
ぱあっとまもりの顔が輝く。まもりもヒル魔に倣って手を伸ばせば、管狐は同じように甘えた。ふかふかの茶色い毛並みにまもりは嬉しそうに笑う。
「この子の名前は?」
「ケルベロス」
「・・・それって『西』の地獄の番犬の名前なんだけど・・・」
「ケケケ、いいんだよ番犬にゃ違いねぇ」
「?」
「とりあえずお前はこれに乗れ」
「ひゃ!?」
ひょいとまもりは軽々と担ぎ上げられて、管狐の上に跨る。
「ど、どこに捕まればいいの?!」
「首元の黒い毛があるだろ。そこを手綱代わりに掴め」
「えーと、あ、これね」
「練習がてら糞眼鏡の所に行ってこい。名前は高見、妖怪の薬師だ」
「え? 誰か調子悪いの?」
「いーや、多分あいつならあの言葉の辞書を持ってるはずだ」
「これの?」
まもりが書庫から持ってきた本を見せると、そうだ、とヒル魔は頷く。
「行け、ケルベロス」
ケーン、と細く鳴いて管狐はゆらりと中空に爪を立てる。
まるでそこに道があるかのように。
「わー! ヒル魔くん、行ってきます!」
「おー。落ちるなよ」
ヒル魔の目の前で、ケルベロスに跨ったまもりは颯爽と空を駆けていった。
管狐のケルベロスは忠実にまもりを目的地へと運んだ。
たどり着いたのは深い森の中にあるこぢんまりとした一軒家。そこの扉を叩いて来訪を告げると、男が顔を出した。
「ああ、ヒル魔のお嫁さんか! 僕は高見。こないだは急患が入ってしまったので御祝いに行けなくてすみませんね」
にこにこと笑う、ひょろりと背の高い男はまもりが名乗ると相好を崩した。
「いいえ。私こそ、突然ごめんなさい」
黒髪を後ろに高く一つにして結った女の子がお茶を持ってくる。
「ありがとうございます」
「いいえ。ごゆっくり」
にこにこと笑う彼女も妖怪なのだろうか。
「それでご用件は、辞書だけでいいのかな?」
「あ、そうです。きっと高見さんだったらお持ちだろうとヒル魔く・・・さんに言われてきましたから」
「じゃあ探すから待っていてくれるかな? おーい若菜くん、ちょっとこっちに来られるかい?」
「はーい」
ちょこちょこと歩いてやって来た彼女に席を譲ると、高見は辞書を探しに奥へと引っ込んでしまう。
「まもりさんと仰るんですか。いいお名前ですね」
「ありがとうございます」
見た目にも幼いこの少女、若菜というらしい。どこからどう見ても人と同じようにしか見えないが、妖怪なのだろうか。
「そうそう、お茶請けのお菓子があるんですよ。まもりさん、召し上がります?」
「はい」
若菜は饅頭を山のように積んで持ってやって来た。まもりに勧め、そしておもむろに髪の毛を解いた。
「私もいただきますね」
「? はい」
にょろっと髪の毛が伸びた。
「・・・!!」
「こっちの口だと味がわからないんですよ。こっちじゃないと」
伸びた髪はむんずと饅頭を掴むと、頭の後ろに持って行ってしまう。
「私、二口女なんです」
「そ、そうなんですか」
「遠慮なさらないでどうぞどうぞ」
まもりにも再度饅頭を勧めながら若菜の髪も止まらない。まもりは手にした饅頭を一つ食べ終えて後はただ若菜の後頭部に消える饅頭の山を見守ってしまった。呆然と見守っていたまもりは若菜にお茶のお代わりを渡され、尋ねられる。
「お味はいかがでしたか?」
「・・・凄く美味しかったです! こんなに美味しいのはこちらに来て初めてかもしれません」
我に返ったまもりは素直な感想を述べた。
ヒル魔がどうやらあまり甘い物が好きではないらしいので、屋敷ではまず出てこないのだ。
「よかった、これ、実は私の手作りなんです」
「ええ?! そうなんですか?」
手料理を褒められ、若菜は嬉しそうに笑う。
「そっか・・・あの、よろしければ今度私に料理を教えて貰えませんか?」
「え?」
「私、『西』出身で、こちらの道具も調味料もどうやって使えばいいのかよく判らないんです」
「そうなんですか。それは大変ですね」
「ですから教えて頂けると嬉しいんですけど」
と、そこに高見が辞書を手に戻ってきた。
「はい、どうぞ。今は使ってないからいつ返して貰っても大丈夫だよ」
「高見さん、ちょっとお願いがあるんですけれど」
「ん? なんだい、若菜くん?」
「まもりさんが料理を覚えたいと仰ってるんです」
「若菜さんに料理を教えて頂きたいんです」
「ああ! そういうことならどうぞ」
頭を下げるまもりに、高見はにっこりと笑う。
「僕は仕事柄この場に留まるより出掛ける方が多いんだ。その間若菜くんは一人だから、いつでも遊びに来て貰って構わないよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「いつ来て下さっても大丈夫です」
にこにこと笑う二人にまもりはぺこりと頭を下げる。
「そろそろ帰らないと、ヒル魔が心配してるんじゃないかな?」
そうかしら、と首を傾げるまもりを二人は外へ押し出す。そこに待っていたケルベロスがすり寄ってきた。
「じゃあそろそろお暇します。ご馳走様でした」
「また来て下さいね」
待ってます、と二人に見送られ、まもりは一路屋敷へと戻る。
夕焼けに煌めくケルベロスの毛が、最初にこの地へ来たときのヒル魔の色を思い出させて、まもりはそっとそこに顔を埋めた。
***
ケルベロスが犬じゃなくて狐です。管狐はもっと小さいはずです。色々突っ込みどころはありますが、あえて見ないという選択肢でお願いいたします。初書き高見さん&若菜ちゃん。どっちも書きやすいですね。
襖という引き戸を開くと、海があったり、空があったり、どこかの人里に繋がっていたり。
どんな仕掛けか判らないが、本当に色々ある。
そのほとんどに住民がいて、例えば海坊主の栗田は海の部屋に住み着いていたりする。
「どうなってるの?」
「さあ、僕にも詳しいことは判らないんですよ」
ヒル魔が建てたという屋敷の管理人、お倉坊主の雪光。
彼は管理といってもほとんど書庫から出てくることはない。
書庫には一番上の本を取るのに踏み台がいるくらいの高さの本棚が、見渡す限り延々と続いている。
ヒル魔を除けば、この妖怪集落一番の知識人という扱いだ。
まもりは今度ヒル魔に聞いてみよう、と思って手元の本に目を落とす。
それは料理の本。
ヒル魔はそれなりに人と同じ物も食べられるようで、半分人のまもりも人の食べ物の方が受け付けやすい。
食べなくてもそれはそれで平気なのだが、味気ないのでまもりは食事を作ろうと考えたのだ。
しかし調理器具も調味料も西と東では大分差がある。
というわけで、こちらの地方の料理を覚えようとここを訪れたのだ。
「そもそも妖怪はあんまり食事をしないんですよ。嗜好品が好きな方は多いですけど」
「嗜好品?」
「鈴音ちゃんなら油、どぶろくさんなら酒、メグさんなら煙草、ってところですか」
「雪光さんは?」
「僕ですか? 僕は食べませんね。あえて言うなら」
と、彼は手にしていた本をひらひらと見せる。
「コレが食事みたいなものです」
これが読みたくて読みたくて成仏しきれなかったんで、とその言葉が続く。
「・・・え?」
「なにか疑問でも?」
「え、だって、そうしたら雪光さんは幽霊ってこと?」
「幽霊じゃないんですけど、ええと・・・まもりさんは何が妖怪になるかご存じですか?」
「何が、って、生まれながらに妖怪なんじゃないの?」
「本来は動物だったり、物だったり、人だったりする方がほとんどなんですよ。あ、もちろん生まれつきの方もいます」
「そうなの?」
「身近なところだとセナくんと僕かな。元が人なんです」
「へえ・・・」
「ヒル魔さんや鈴音ちゃんたちは動物、物はこないだの宴会で何人かいましたが、覚えてますか?」
「う、あんまり」
「いずれまたお会いするでしょうから、その時は優しく接して下さい。皆さん長く人に使われて意識を持った方々ですから」
ぺら、と紙を捲る音が響く。
「雪光さんは年、幾つなんですか?」
「ええと・・・人の時の年を足して・・・五百年は越えてると思いますよ」
あんまり年の感覚がないんですけど、と雪光はこともなげに言う。
「はぁ」
「貴方と年がそう変わらないのはきっと鈴音ちゃんと夏彦くん、それから鎌鼬三兄弟じゃないかな。あの辺は若いんです」
「若・・・」
「まあ、年齢なんてあまり関係ないですよ。特に妖怪は年齢と姿はほぼ一致しませんから」
ぱたん、と会話をしながらも一冊読み終えた雪光はそれを棚に戻し、次の本を手に取る。
「この本の作者たちだって僕からしたらもう随分と若くなる。でも作品と年は関係ないんです。そういうものでしょう」
「そう・・・ね」
まもりはふと書庫の隅に積まれている本に目をやった。
東の本とはあからさまに違う装丁と文字。
「あ、あれ『西』の本ね」
「え? まもりさん、あれを読めるんですか?」
「? ええ、私『西』の出身だから、あの言葉もわかるわ」
途端に雪光の顔が輝く。ちなみに額がより一層眩しく見えた、ということは口に出来なかった。
「僕も読みたかったんですが、言葉がわからなくて。読んで頂くことはできませんか?」
「読む? 読み聞かせ、ってこと?」
「ええ、訳して読んで頂けるととても嬉しいんですけど・・・」
面倒でしょうが、と苦笑する雪光にまもりは笑顔を向ける。
「よければ翻訳しましょうか?」
「ええ?! そんなことできるんですか?」
「母が魔道師だったんだけど、本好きだったのね。『東』のことについても調べたことがあったみたいで、本と辞書があったの。一人でいる間、やることがないときはその辞書を読んだりしたわ。時間を貰えたら出来ると思うけど・・・」
ちょっと見せてね、と手に取った本はさほど内容も難しくなかった。これだったら訳せそうだ。
「でも、難しい訳はちょっと無理かも。辞書がないと・・・」
「あ、そうですね・・・」
二人してどこかに辞書はないものか、と考えてみるものの、この屋敷回りで本はここが一番有るのだ。そこに辞書がないならどう考えても手に入らない。
「簡単な訳ならできそうだけど」
「あ、もうそれでも・・・」
本を挟んで二人で頭を寄せていたら、不意に後ろからまもりの腰を抱く腕がある。二人ともさほど驚かず、持ち主の名を呼ぶ。
「ヒル魔さん」
「ヒル魔くん」
また音もなく現れたヒル魔がまもりの腰を抱いて雪光との間をとらせる。そのあからさまな様子に、雪光は苦笑するしかない。
「僕にはそんなつもりもないんですよ」
「気分の問題」
「なんなの? もう」
どうにも獣の時の性分が完全には抜けきらないらしく、嫁があまり男と二人でいるのは好ましくないらしい。
とはいえ素直でないこの男のこと、まもりにはその理由を言えていないようだ。
内心でその様子に雪光は苦笑するが、表面には出さず二人の会話を見守ることにした。
「なに考え事してたんだ」
「そうそう、ヒル魔くん。私この本訳したいの。辞書、ないかな?」
まもりが手にしていた本を見せると、ヒル魔の眉がぴんと上がる。
「ア? 辞書?」
「そう」
ヒル魔は少し考えると、まもりの腰を抱いたまま出口へと歩き出す。
「あ、本! これ、返さないと!」
「こいつごと持っていく。後で返させる」
「いいですよ。どちらにしても僕一人じゃ読めませんから」
ひらひらと本ごと手を振って、雪光は手元の本を読み始めた。
「相変わらず本の虫だな」
「雪光さんってすごいわね~」
書庫から感心しながら二人とも出てくる。襖を閉めてしまえばもう普通の部屋にしか見えない。
どこをどうやったらあの本棚が延々と続くような部屋が作れるのだろうか。
「そうだ糞嫁、これをやろう」
「その呼び方、やめて欲しいわ」
まもりの返事代わりの小言も聞かず、ヒル魔はなにやら小さな筒の付いた細い革紐を取り出した。
「なに? これ」
「これを首から提げてろ」
「?」
まもりの胸元にぶら下がる管は銀色に光っていて、よく見るとそれは繊細な彫り物が施されている。
首から提げている方には革紐を通す金具があるが、反対側には蓋がある。
「こっちに来い」
手を引かれ、連れられた先は縁側。
「その蓋を開けてみろ」
「こう? ・・・きゃ!」
蓋を開けた途端、そこから何かが滑り出してきた。大きい。
こんなに小さな管なのに、出てきたのはまもりを見下ろす程の大きな狐。
「な、な、なに!?」
「こいつは管狐。俺の眷属だ」
ヒル魔が手を伸ばすと、それに顔を擦りつけるように甘える。大きな体のわりに従順なその様が、まもりの心をときめかせる。
「かわいい・・・!」
「こいつをお前にやる。一人で移動するときは使え」
「えっ、いいの!?」
ぱあっとまもりの顔が輝く。まもりもヒル魔に倣って手を伸ばせば、管狐は同じように甘えた。ふかふかの茶色い毛並みにまもりは嬉しそうに笑う。
「この子の名前は?」
「ケルベロス」
「・・・それって『西』の地獄の番犬の名前なんだけど・・・」
「ケケケ、いいんだよ番犬にゃ違いねぇ」
「?」
「とりあえずお前はこれに乗れ」
「ひゃ!?」
ひょいとまもりは軽々と担ぎ上げられて、管狐の上に跨る。
「ど、どこに捕まればいいの?!」
「首元の黒い毛があるだろ。そこを手綱代わりに掴め」
「えーと、あ、これね」
「練習がてら糞眼鏡の所に行ってこい。名前は高見、妖怪の薬師だ」
「え? 誰か調子悪いの?」
「いーや、多分あいつならあの言葉の辞書を持ってるはずだ」
「これの?」
まもりが書庫から持ってきた本を見せると、そうだ、とヒル魔は頷く。
「行け、ケルベロス」
ケーン、と細く鳴いて管狐はゆらりと中空に爪を立てる。
まるでそこに道があるかのように。
「わー! ヒル魔くん、行ってきます!」
「おー。落ちるなよ」
ヒル魔の目の前で、ケルベロスに跨ったまもりは颯爽と空を駆けていった。
管狐のケルベロスは忠実にまもりを目的地へと運んだ。
たどり着いたのは深い森の中にあるこぢんまりとした一軒家。そこの扉を叩いて来訪を告げると、男が顔を出した。
「ああ、ヒル魔のお嫁さんか! 僕は高見。こないだは急患が入ってしまったので御祝いに行けなくてすみませんね」
にこにこと笑う、ひょろりと背の高い男はまもりが名乗ると相好を崩した。
「いいえ。私こそ、突然ごめんなさい」
黒髪を後ろに高く一つにして結った女の子がお茶を持ってくる。
「ありがとうございます」
「いいえ。ごゆっくり」
にこにこと笑う彼女も妖怪なのだろうか。
「それでご用件は、辞書だけでいいのかな?」
「あ、そうです。きっと高見さんだったらお持ちだろうとヒル魔く・・・さんに言われてきましたから」
「じゃあ探すから待っていてくれるかな? おーい若菜くん、ちょっとこっちに来られるかい?」
「はーい」
ちょこちょこと歩いてやって来た彼女に席を譲ると、高見は辞書を探しに奥へと引っ込んでしまう。
「まもりさんと仰るんですか。いいお名前ですね」
「ありがとうございます」
見た目にも幼いこの少女、若菜というらしい。どこからどう見ても人と同じようにしか見えないが、妖怪なのだろうか。
「そうそう、お茶請けのお菓子があるんですよ。まもりさん、召し上がります?」
「はい」
若菜は饅頭を山のように積んで持ってやって来た。まもりに勧め、そしておもむろに髪の毛を解いた。
「私もいただきますね」
「? はい」
にょろっと髪の毛が伸びた。
「・・・!!」
「こっちの口だと味がわからないんですよ。こっちじゃないと」
伸びた髪はむんずと饅頭を掴むと、頭の後ろに持って行ってしまう。
「私、二口女なんです」
「そ、そうなんですか」
「遠慮なさらないでどうぞどうぞ」
まもりにも再度饅頭を勧めながら若菜の髪も止まらない。まもりは手にした饅頭を一つ食べ終えて後はただ若菜の後頭部に消える饅頭の山を見守ってしまった。呆然と見守っていたまもりは若菜にお茶のお代わりを渡され、尋ねられる。
「お味はいかがでしたか?」
「・・・凄く美味しかったです! こんなに美味しいのはこちらに来て初めてかもしれません」
我に返ったまもりは素直な感想を述べた。
ヒル魔がどうやらあまり甘い物が好きではないらしいので、屋敷ではまず出てこないのだ。
「よかった、これ、実は私の手作りなんです」
「ええ?! そうなんですか?」
手料理を褒められ、若菜は嬉しそうに笑う。
「そっか・・・あの、よろしければ今度私に料理を教えて貰えませんか?」
「え?」
「私、『西』出身で、こちらの道具も調味料もどうやって使えばいいのかよく判らないんです」
「そうなんですか。それは大変ですね」
「ですから教えて頂けると嬉しいんですけど」
と、そこに高見が辞書を手に戻ってきた。
「はい、どうぞ。今は使ってないからいつ返して貰っても大丈夫だよ」
「高見さん、ちょっとお願いがあるんですけれど」
「ん? なんだい、若菜くん?」
「まもりさんが料理を覚えたいと仰ってるんです」
「若菜さんに料理を教えて頂きたいんです」
「ああ! そういうことならどうぞ」
頭を下げるまもりに、高見はにっこりと笑う。
「僕は仕事柄この場に留まるより出掛ける方が多いんだ。その間若菜くんは一人だから、いつでも遊びに来て貰って構わないよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「いつ来て下さっても大丈夫です」
にこにこと笑う二人にまもりはぺこりと頭を下げる。
「そろそろ帰らないと、ヒル魔が心配してるんじゃないかな?」
そうかしら、と首を傾げるまもりを二人は外へ押し出す。そこに待っていたケルベロスがすり寄ってきた。
「じゃあそろそろお暇します。ご馳走様でした」
「また来て下さいね」
待ってます、と二人に見送られ、まもりは一路屋敷へと戻る。
夕焼けに煌めくケルベロスの毛が、最初にこの地へ来たときのヒル魔の色を思い出させて、まもりはそっとそこに顔を埋めた。
***
ケルベロスが犬じゃなくて狐です。管狐はもっと小さいはずです。色々突っ込みどころはありますが、あえて見ないという選択肢でお願いいたします。初書き高見さん&若菜ちゃん。どっちも書きやすいですね。
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鳥(とり)
HP:
性別:
女性
趣味:
旅行と読書
自己紹介:
ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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