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旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。 ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。 いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。

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ひとさらい(下)

+ + + + + + + + + +
そんな私の前で、ヒル魔くんは不意に見たこともないような優しい笑顔を見せた。
でも、目が笑ってなくて、本ッ当に恐ろしい顔だった。
怖い。
あまりに恐ろしくて私は硬直する。ヒル魔くんが怖いなんて思うの、初めてかもしれない。
固まる私の前で、栗尾さんが目を見開き悲鳴を上げて転げ出ていく。
そうして響く銃声。
「!!」
壁に走った亀裂。そこでやっと私の硬直が解けた。
「な、んてこと! ちょっと、ヒル魔くん、相手は女の子よ!?」
「女だからって許されることじゃなかっただろ」
舌打ちしながらヒル魔くんは拳銃をしまい、私を見た。
その目に苛立ちがあるのを意外な気持ちで見る。
「・・・ヒル魔くん、随分と短気になったんじゃない?」
「ア?」
「いつもだったらあれくらいで怒ったりしないのに」
カルシウム不足かしら。いつも食事は適当みたいだし、何か対策したほうがいいかしら。
首を傾げる私に、ヒル魔くんはしっしっと犬を追い払うような仕草で告げる。
「おら、コーヒー淹れろ」
「・・・私のじゃなくてもいいでしょ?」
栗尾さんみたいにヒル魔くんにコーヒーを淹れたい人はきっと他にもいる。
ただ、何となく側にいる私ではなくて。
さっきまでの泣きそうな気分がよみがえってきて、どうにも素直に淹れてあげようと思えない。
けれど、ヒル魔くんは苛々と眉間に皺を寄せて言うのだ。
「あんな糞化粧臭ェ女が淹れたコーヒーなんざ飲めたもんじゃねぇ」
それが心底げんなりした口調で、それが本心だと判る。
「・・・別に、ほら、コーヒーだけじゃなくて、私でなくても色々と」
「出来てねぇから言ってんだろ! おらさっさと淹れてこい!」
ぐずぐず言っていたらヒル魔くんが私の言葉に被せるように言い放ってデータを持ち上げた。
やだ、栗尾さんが言っていたように、本当にヒル魔くんに押しつける形になっちゃうかも。
慌てて私はコーヒーをおいてある棚へと近づいた。
電気ポットでわかしてあったお湯を一度琺瑯のドリップポットに入れ直してコンロで沸かす。
カップは二客用意し電気ポットのお湯であたためておいて、電動ミルで粉を挽き、ドリッパーにフィルターをセットする。
手慣れているから何事もなく準備できるけれど、これは誰でも出来ること。
「誰が淹れても同じなんだけどなぁ・・・」
呟きながらお湯を注ぐ。ふっくらと盛り上がる粉。ゆっくりと滴る黒い雫。
私のこのコーヒーが特別なものとは思えない。
コーヒーだけじゃない。データまとめも、部室の片付けも、みんなの面倒を見るのも、全部。
「何だって誰がやったって同じことだもの」
その呟きに、ヒル魔くんの声が飛んできた。
「何拗ねてやがんだ」
拗ねる。・・・拗ねてたのかしら、私。
そう思うと今まで色々考えていたことが全部拗ねた気分から来たんだと思えて、非常に恥ずかしい心地になる。
拗ねるなんて、子供みたい。恥ずかしいわ。
ぺちぺちと軽く自分の頬を叩いて呼吸を整えてから、きちんと淹れたコーヒーを手にヒル魔くんの元へ歩み寄る。
「はい、どうぞ」
カップを手元に置けば、待ちかねたように持ち上げられる。
珍しいわね。普段は割とゆっくり口をつけるんだけど。
ふ、と息をつく様も珍しい。・・・本当にコーヒー飲みたかったんだ。
「今日のヒル魔くん、変ねぇ」
妙に可愛いわね、なんて言いそうになって。
そんな感想をヒル魔くんに抱いたのがおかしくてついつい口元がほころぶ。
ブラックは苦くて飲めないから、ミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲みながらヒル魔くんの様子をうかがったけれど。
・・・なんかこっち向いたまま固まってる。
「・・・ホントに変よ。ねえ、どうしたの?」
今日はあれくらいで栗尾さんに怒るし、かと思えば急に固まってるし、一体どうしたのかしら。
どんな窮地でも過酷な状況でも止まることなんてなかったのに。
そんなヒル魔くんは私のことをじっと見たまま、ふと口を開いた。
「姉崎」
「?! な、何?!」
びっくりした! 本当にびっくりした!!
ヒル魔くん私の名字知ってたのね! 人の名前呼べるのね!!
なんかもう当たり前の事のはずなんだけど、急に呼ばれるとは思わなかった!
たったそれだけのことなのに、顔が勝手に熱くなる。きっと真っ赤になってるだろう。
きっとヒル魔くんの気まぐれなのに、なんで私こんなに動揺してるのかしら。
ヒル魔くんは真っ赤になってうろたえる私を見てもからかうこともせず、更に続けた。
「結婚すっか」
・・・・・・・・・。
「け?」
今、大変あり得ない単語が聞こえた気がするんだけど。
じっとこっち見てるヒル魔くんは至って平然としてて、その顔と発言がまるで一致しない。
っていうか耳が、全力で聞くのを拒否した。
え、何。
何言ったの、今。
「・・・誰が、誰と?」
「俺がお前と」
私の躊躇いを余所に、ヒル魔くんは淡々と切り返してくる。
なんでこの人こんなに落ち着いたままで変な事言うのかしら。
「・・・・・・意味が分からない」
正直にそう言ったら、なぜかWikipediaで引用までして説明された。
いや、結婚の意味を尋ねた訳じゃないんだけど。
そもそもヒル魔くんが結婚? したいの? それで相手が私?
「・・・・・・・・・なんで?」
私はきっと今混乱してます、っていう顔をしてるんだろうな。
でもヒル魔くんは普通。普通すぎる。それがかえって変かもしれない。
真顔のヒル魔くんなんてアメフトの試合以外で見たことないかも。
えーと、でも、一応私たちはただの部活仲間なだけで、選手とマネージャーって関係だけで、特に男女間のお付き合いがあったわけではない。
どちらかというと腐れ縁的な感じで、恋愛なんて代物とは遠い位置に存在している関係だと思うんだけど。
「付き合って下さいとか、好きですとかなら判るけど、結婚?」
そう言ったらヒル魔くんはふん、と鼻を鳴らした。
「テメェ俺が『付き合って欲しい』とか『好きだ』とか言ったら信じねぇだろ」
そんなことをヒル魔くんが言い出したら、私はもう一回インフルエンザで倒れないといけないだろう。
(前回はA型だったから今回はB型に違いない)
というかヒル魔くんこそ病院に連れて行かないといけないかも。
一度CTでもMRIでも何でもいいからそのよく回る頭を輪切りにしてもらった方がいいわよ、絶対。
真剣にヒル魔くんの頭を心配して神妙な顔で頷いてみる。
「うん、そうだけど」
「だからだ」
「訳が分からない!!」
ヒル魔くんの理論は人の予想を飛び越えて展開するのは知ってたけど、私にまでそれが影響するなんて思わなかった。
っていうかもう本当に判らない!! 誰かこの状態をわかりやすく説明してよ!!
最早泣き怒るくらいしかできることがなくなった(他にどうしろっていうの!)私に、ヒル魔くんはやれやれ仕方ない、と言わんばかりにため息をつく。それがまた腹立たしくて噛みついたら。
「プロポーズされてその態度なのはどうかと思うが?」
「プ」
ロポーズって好きな人に心を込めて言うべきであって間違っても大学の部室で女の子に銃を向けた挙げ句発砲までした後に所望したコーヒーを飲みながら思いつきみたいに言うような内容じゃないと思うんですけど違うんですかちょっと何私の手なんて取って笑ってるのヒル魔くんてば変よ本当に変。
「行くぞ」
低く笑って手を取る様は、人さらいのようにしか見えない。
実際、間違いなくこの男は平然とプロポーズまでしてみせて、私を混乱の極致にさらっていく。
ヒル魔くんの腕が私をひょいと担ぎ上げる。色気もへったくれもない、荷物を抱えるような格好なのに、その腕が、熱い。
その熱に、この状況に目を回す私に構わず、部室の扉を蹴り開けて周囲に集まっていた部員達の中を悠々と進んでいく。(なんでみんな揃ってすごくいい笑顔で見守ってるんですかちょっと!)
私がどれだけ悲鳴混じりの声を上げても、阿含くんが笑み混じりに首を振る。
「だってまもりちゃんてば、一度もヒル魔のプロポーズ否定してないんだもんよー」
「・・・!!」
否定? 否定、してない。確かに、一度も。
絶句する私を抱え直してヒル魔くんは笑い声を上げる。
私が必死になってその肩に手を突っ張り、斜め上から見下ろす金髪の向こう。
そこに見える口角は楽しげにつり上がっていて。
作り物めいたいつもの表情とは違うのだとすぐ判った。
ああ。
私は両手で顔を覆って、ヒル魔くんの肩にもたれ掛かる。
ヒル魔くんばっかり変わったような気がしてたけど、実は私も大分変わってたのかしら。
だって、ヒル魔くんよ? 悪魔よ? 女の子相手に発砲までしちゃうような人なのよ?

それなのに、今。
こんなに、こんなに、嬉しい、だなんて!



***
なんだかまもりちゃん視点も書きたくなったので書いてみました。
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