旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
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すっかり体調もよくなり、まもりはポヨを連れて鈴音のところへと向かっていた。
「まず鈴音ちゃんに謝って、それからキッドさまのところにお礼を言いに行かなきゃね」
「ヒァー」
「それにしても、仙人さまたちって何が好きなんだろう・・・」
ヒル魔に尋ねても人それぞれだから知らないとすげなく言われた。それよりも顔を見せてくる方がいいんじゃねぇの、とアドバイスらしきものはくれたが。
「私は見習いだから何が好きとか嫌いとか、よく判らないしね」
「ヒァ」
やがて鈴音の屋敷が見えてくる。まもりは雲から降りると、屋敷の扉に近寄った。
「フゴ」
「ん?」
見れば、そこにこちらを見ているピンクの子豚。
「もしかして、鈴音ちゃんの仙獣?」
「フゴ!」
こくんと頷かれてまもりはぱっと笑う。
「鈴音ちゃんは今いるかな?」
そう尋ねると、子豚がとことこ歩き出した。着いてこいということだろう。
「こっち?」
「ん? ブロちゃん、お客さん?」
「鈴音ちゃん、こんにちはー!」
「まもりちゃん?!」
バタバタ、と軽い足音の後にひょっこりと鈴音が顔を出す。
「やー! こんちは! もう大丈夫なの?!」
「はい、おかげさまで」
「ヒァ」
「きっどんに助けて貰ったんだってね~。よかったね!」
「きっどん・・・」
「ヒァ・・・」
鈴音のつけるあだ名はどうにもまもりはマネできそうにない。
「あ、そうそう。こないだの服また作ったから持っていってね!」
「え?! そ、そんなつもりじゃなくて! あの」
「いーからいーから! まもりちゃんの快気祝いだよ!」
「そ、それじゃあ鈴音ちゃんの好きなものを教えて下さい!」
「私の好きなもの?」
「はい、色々貰ってるのにおかえしもできないし、あ、でも、私なんにも術が使えないから…ご飯とか掃除とかになっちゃうんですけど・・・」
焦る様子に、鈴音はまたにっこりと笑う。
「あああ本当にカワイイ!! もー妖兄ってばこんなカワイイ子育てるなんて羨ましいッ!!」
「きゃー!」
「私もまもりちゃんみたいな弟子欲しいなあ~」
抱きしめられてすりすりと頬ずり。二人の間でポヨが挟まれてヒァ~~~と情けない悲鳴を上げた。
「きっどんも私も出身が天空だから、好きなものは雲だよ」
「え!?」
「ほら主食は霞だから」
そういえば仙人の主食は霞だった。ヒル魔にも食事を作っていたり鈴音にシュークリームを貰ったりしたまもりはすっかり失念していた。
「お菓子やご飯は食べようと思えば食べられるし、おいしいけど、やっぱり昔から食べてるものって好きじゃない?」
「ええ。・・・それなら、ヒル魔さまも雲の方がお好きなのかな・・・」
無理矢理に食べさせていたのかとちょっと落ち込むまもりに、鈴音はきょとんとする。
「妖兄は地上出身だからまもりちゃんの料理は好きでしょ」
「え?!」
「『あの外見で人間だったの!?』って? あはは、そうだよね~」
「え、あ、いやいや…」
内心を読まれて、まもりは焦るが鈴音はけらけらと笑うだけだ。
「そうなのよねー、一番人らしからぬ外見なんだけどあれでも人だったらしいよ。後で聞いてみたら?」
「あ、はい」
「そうそうそれで雲なんだけど、取る場所で味が変わるの」
「え?! そうなんですか?!」
「そうよー。じゃ、取りに行こうか」
「はい!」
雲で飛ぶこと少し。たどり着いたのは単に雲が重なる場所。
ふかふかの感触は変わらないけれど、目の前の雲は飛ぶ雲とは違うのだと説明された。
「私たちが乗る雲は『浮雲』っていうの。目の前のは『霞雲』って言って、その通り霞に近いから持ち運ぶときには箱に入れてね」
「はーい。こうですか?」
「そうそう、そんな感じ」
鈴音はそう話しながら目の前の雲をぱくんと食べる。
「ん、やっぱりここのが一番美味しいー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
美味しいのかな、とまもりはそれをぱくりと食べてみるが。
「・・・・・・?」
「あはは、ただの湯気みたいでしょ」
「はい・・・」
「仙人になったら味がわかるよ」
「そういうものですか・・・」
内心、ご飯が美味しくなくなると困るなあと思ったが、ヒル魔が食べられるんだから平気か、とも思い直した。
どちらにしても味気ないなあ、とも。
「きっどんにも持っていってあげるといいよ。あそこは大所帯だから沢山持っていこうね」
「はい! ありがとうございます!」
まもりは張り切って霞雲を箱へと詰め込みはじめたが。
「あ! ポヨ、箱に入っちゃダメ!」
「見た目猫っぽくないのに、そういうところは猫っぽいのねー」
ヒァとポヨが啼いた。
キッドの島に近づくと、まもりは我が目を疑った。
「広いね・・・」
「ヒァヒァ」
ヒル魔の屋敷も鈴音の屋敷も一人で住むなら十分なくらい広いが、キッドのそこはとんでもなく広かった。
「そういえば牧場があって大所帯って言ってたね」
「ヒァ」
「これで足りるかな・・・」
大量に持ち込んだつもりの霞雲だが、これではどのくらい人がいるのか想像が付かない。
大丈夫かな・・・と不安に感じつつもまもりは浮雲から降りる。
「どなたですか?」
と、こちらの死角から現れた人にまもりはひゃっと声を上げて飛び上がった。
「すみません、驚かせるつもりはなかったんですが」
見ればそれは銀髪の少年だった。
「す、すみません。あの、キッド様にこないだ助けて頂いたのでお礼に伺いました」
「え?」
「あの、ヒル魔さまのところの、弟子の・・・」
聞いてないのだろうか、と焦るまもりに目の前の少年はぽんと手を叩いた。
「ああ、『まもり嬢ちゃん』!」
「え・・・」
「キッドさんですね。今呼びますから…あ、俺の名前は陸」
「陸さま」
「様付けされるレベルじゃないんで、その呼び方はちょっと…とりあえずキッドさん呼んでくるんで、その間に考えておいて下さい」
「は・・・」
はい、と言う間もなく、彼はものすごい勢いで走り去った。
ぽかんと見送ってしまう。結構広い場所だけれど、毎日ここを走り回ってるのだろう。それにしても。
「広いなら雲に乗ればいいのに、乗らないんだね」
「ヒァ」
「鍛えてるのかな・・・でもあんまり走る機会って天空にない気がする」
「ヒァ」
ぼんやりとその場で待っていると、見慣れた人影が通る。
「ん? まもり嬢ちゃんか?」
「あ! ムサシ様!」
「もう大丈夫なのか。よかったな」
「はい、ありがとうございます」
ぽんぽんと頭を撫でられてまもりは笑う。
「なんでこんなところで立ってるんだ?」
「ええと、陸さま・・・陸さん? がキッド様を呼んでくださるって」
「ああ、あいつまた走って行ったんだろう。あいつの足でもちょっと掛かるだろうな」
「えっ」
ひょい、とまもりを抱き上げてムサシは歩き出す。
「ちょ・・・自分で歩けます!」
「病み上がりに無理させるとヒル魔になに言われるか判ったもんじゃねぇからな」
「大丈夫ですってばー!」
「ヒァー」
「ん? お前さんも乗るか」
「ヒァ」
しゃがみ込んだムサシの手のひらにポヨが乗る。そのまま肩に移動する。ふわふわの毛玉を横目に見て、抱えたまもりに問うた。
「こいつの名前はなんて言うんだ?」
「ポヨです」
「ふぅん・・・」
その返答にまもりは含みを感じたが、ムサシはまもりの頭を無言でもう一度撫でて屋敷へと向かいだした。
「あれ、ムサシじゃない。帰ったんじゃなかったの」
そこにのんびりとした風情で男がやってきた。その声に聞き覚えがあって、まもりはまじまじと彼を見た。
「今そこで会った」
背はヒル魔と同じくらいで、体型も似ているが、雰囲気がなぜか怖い。目が鋭くまもりを見つめている。
その迫力にまもりはじり、と怯えを見せた。
「・・・あれ、怯えられてる?」
「アンタが無言で威嚇するからだろ」
「そんなつもりはないんだけどねぇ」
彼は不意ににこ、と笑った。急にその雰囲気が解けて、まもりはほっと息をつく。
「そういうところに聡いのはヒル魔の教育かねぇ」
「あいつがそんな教育するか」
「それもそうか」
のほほんとした声は、先ほどの怖さは微塵も感じられない。
まもりはムサシの腕から下ろして貰い、彼を見上げた。
「あの、キッド様ですよね」
「うん?」
「先日はありがとうございました。お礼といってはなんですが、霞雲を持ってきたのでお受け取り頂けますか?」
ぺこ、と頭を下げて指さす先には箱詰めした雲。
「あぁ、わざわざ取ってきてくれたの?」
「鈴音ち・・・様に伺った場所で取ってきました」
「鈴音ちゃんかあ。あの子元気だよねえ」
「はい」
「ありがたく頂くよ。じゃあこれ運ばないとね。おーい、鉄馬―、陸―、その他大勢―!」
のんびりした声で名を呼ぶ。
最初二人はまだいいとして、なんでその他大勢・・・。
そうまもりが思っていたら、雲に乗った面々がざあっと音を立てて集まってきた。
確かに多い。
「あぁ?! キッド、てめぇ呼ぶときに俺たちだけなんでその他大勢なんだよ!!」
「ちゃんと判ったじゃない」
「そういう問題じゃねえ!! 大体お前俺たちより年下のくせにー!!」
「文句があるならアレいらないよねぇ、霞雲貰ったんだけど」
「あ?! 霞雲!!」
「ラッキー! あれうまいんだよな」
「運べばいいのー?」
わいわいと大量の箱に群がる男たちに構わず、キッドは走ってやって来た無愛想な男に指示を出す。
「鉄馬、あれ全部持って行っちゃって」
こくり、と頷くと彼はずんずんとその箱まで近寄り、一気に抱え上げてしまう。
「うあー!! 鉄馬、てめー俺らの霞雲!!」
「持ってくんじゃねー!!」
構わず持っていってしまう男が『鉄馬』と呼ばれていることにまもりは気づいて、隣にいたムサシの服の裾を引く。
「ん?」
「あの、鉄馬っていうお名前、キッド様の仙獣だってお伺いしたと思うんですけど」
「ああ」
「あれ・・・」
雲に乗らず、ぎゃあぎゃあとわめく男たちを無視して大量の箱を運ぶのはどうみても人に見える。
仙獣?
それにムサシではなく、キッドがそれに答える。
「鉄馬はね、馬の形した仙獣なんだよ」
「・・・??」
どう見ても人だ。馬?
そういえば助けて貰ったとき、馬の蹄の音を聞いた、気が。
「馬だと厩舎を建てないといけないじゃない? でも大変だしさ」
「建てるなら建ててやるぞ」
「いや~今はいいよ。馬の形だと管理大変だし」
「・・・???」
まもりの疑問符は増えるばかりだ。背後では戻ってきた陸が鉄馬から荷物を受け取っている。
「あ、鉄馬さん俺も手伝います」
「陸―、俺たちに喰わせるように鉄馬に説得してくれよ~」
「そんなのキッドさんじゃなきゃダメだって知ってるでしょう! 無茶言わないで下さい」
わあわあと騒ぐ集団とよく判らない大人に挟まれて、まもりはすっかり混乱してしまった。
肩に乗ったポヨがさりさりと頬を舐めてくれて、我に返る。
そうだ、ポヨは仙獣で猫(多分)だ。鈴音ちゃんのところだって子豚だった。
「じゃあ、鉄馬さんは、本当は馬の形なんですね?」
「そうそう。基本は馬の形なんだけど、生活に不便なんで人になってもらってるの」
「それは誰でも出来るんですか?」
「うん、そうだよ」
じゃあポヨも人になれるのだろうか。でも、どうやって?
「仙獣を人の形にする術がある。そのうちヒル魔が教えるだろう」
「そうですか…。ポヨ、あなたどういう人になるのかしらね?」
手のひらに載せてポヨを見つめても、ポヨはヒアと鳴くだけだ。
「基本的には仙人と同じ性別になるんだ。性別ないからね」
「そうなんですか」
じゃあ女の子かー、と思っていたら、急にポヨが走り出した。
「ポ、ポヨ?!」
目にもとまらぬ速度で走っていったポヨは何かをしとめたようだ。
「どうしたのー・・・・・・っ」
何をしとめたのか、と走り寄って、その手が押さえつけている物を見て、まもりは硬直した。
「まもり嬢ちゃん?」
「どうしたの、お嬢さん」
石化したかのように動かないまもりにポヨのヒア、という鳴き声がかけられ。
それがスイッチだったかのようにまもりは絶叫した。
「きゃ―――――――――――――――ッ!!!!」
そしてそのまままもりは意識を失って倒れる。
地面に転がる前にムサシに支えられ、心配そうにポヨも近寄った。
その隣に、黒い虫の死骸。
「ゴキブリか」
「天空は暖かいからねえ」
結構頻繁に見られる虫なのだが、まもりは幸か不幸か天空では見たことがなかったようだ。
「ヒル魔のところ、ゴキブリいないの?」
「いるだろうが・・・そういえば見たことはないな」
「あのゴミ屋敷で?」
「ケルベロスが駆除してるんだか、変なクスリか術でも使ったか」
「うーん、ヒル魔ならなんでもありだね」
まもりを抱え上げたムサシのところに、悲鳴を聞きつけたらしい陸が駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?!」
「ああ、ゴキブリ嫌いみたいで、この子」
「なんだ、虫でしたか」
ほっとした陸がなんとなくまもりの頭を撫でる。
「こんなに小さいのに、大変でしたね」
「境遇は、君と大して変わらないんじゃないの」
「俺は天空人だから、そうでもないですよ」
しみじみする男たちの頭上から、雲に乗った面々が声を掛ける。
「うおーい! 相内が茶ぁ入れたってよ」
「ムサシ様も一杯飲んでいって下さいよー」
「飲んでもらえないと俺たち殺されますー」
「・・・相変わらず相内は強いんだな」
「俺の牧場なんだけどねぇ」
その申し出を受けて、ムサシはまもりを抱えたままキッドの屋敷へと向かった。
黒い影が迫ってくる。
一匹だけでも恐ろしいのに、それが大挙して押し寄せてきて、そうしてそれらが合わさってむくむくと大きくなる。 大きなそれはまもりへと覆い被さってくる。
その恐怖にまもりは思わず手を振って遠ざけようとして。
べち。
「・・・おらいい度胸だこのバカガキ弟子がっ!! 目ェ覚ませッ!!!」
そして突然の怒鳴り声に、まもりは文字通り飛び上がった。
「きゃぁあああ?!!」
「煩ェ!!!」
目が覚めるとそこには不機嫌きわまりないヒル魔の顔が間近に。
どうやら寝ぼけて叩いたのはヒル魔の顔らしい。
「え?! え、ここ、ここどこここ!?」
「ここはうちの屋敷だよ~」
後ろからひょっこりとキッドが顔を出す。
「あ、起きたのね。はいお茶どうぞ」
その後ろから出てきたのは、これまたとんでもなく綺麗な女性だった。
「うぁ、は、はひ・・・」
慌てるまもりを見かねて、そのお茶はヒル魔が受け取った。
「いいから落ち着け、まもり」
「はい」
深呼吸をして何度か瞬きして、やっと落ち着きを取り戻す。
「起きたか」
「はい」
「ったく、今度は人の屋敷で卒倒か。よくよく倒れるガキだな」
「う・・・」
しゅん、とするまもりの手に湯飲みが押しつけられる。それに口を付けるとまもりはおずおずと上目遣いにヒル魔を見上げた。
「ごめんなさい・・・」
「全くだ」
「おい、あんまりいじめるなよ」
背後からムサシが声を掛ける。ヒル魔はまだいたのかジジイ、と取り合わない。
「嬢ちゃんはゴキブリが嫌いだったんだな」
「そうなんです・・・」
壁や床や果ては天井まで走り回り、空を飛んで来るあの黒い生き物。
カサカサいう足音も本気で恐ろしい。 想像しただけでまもりはぶるりと背を震わせた。
「あんなもん、別に噛みつくわけじゃなし、なにが怖いんだか」
「こっ、怖いんです!!」
うう、と先ほどの夢まで思い出してしまい涙ぐむまもりをあやすようにヒル魔はため息混じりにその頭をぐしゃぐしゃにした。
「あーワカッタワカッタお前がそれ嫌いなのは判ったから泣くな」
「はい・・・」
ずず、とお茶を啜りながらまもりはどうにか落ち着こうとする。
「さあ、今度こそ俺は神殿に戻るぞ」
「はいはい、ありがとうね、ムサシ」
「厩舎を建てるなら相談に乗る」
「あはは、その時にはお願いするよ」
足音が去っていくのを聞きながら、まもりは沈黙した。ヒル魔も特に口を利かない。
お茶を飲み終わると、その湯飲みを取り上げられた。
「帰るぞ」
そしてひょいと抱き上げられる。
「歩けます!」
「いいから抱かれてろ」
ここのところ人に抱き上げられてばかりだとまもりは唸るが、けれどヒル魔の腕は久しぶりだと思い出す。
ぎゅう、と首にしがみつくとぽんぽんと背中を叩かれる。
「おお・・・ヒル魔が子供抱いてる・・・」
「すっげえ怖ェ・・・」
「なんで銃持ってないのに怖いんだろう」
「今なら勝てるかもよ」
「なんで仙人に勝負挑まないといけねぇんだよ」
「いや、なんかこの話はそういった要素がいるかなって」
「なんで」
「だってなんか盛り上がらないし」
ひそひそこそこそと見つからないように隠れていたその他大勢集団の目の前に、突然ヒル魔が顔を出す。
「ひぇっ!?」
「うわぁ!!」
「人の顔を見て悲鳴とは、よっぽど後ろ暗いらしいなぁ?」
にやにやと笑う顔を見て全員の血の気が引く。
別に何を言ったわけでもないが、なぜか無条件に謝りたくなる威圧感に皆震えた。
「あの」
そこにヒル魔の腕の中からまもりが顔を出した。
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
ぺこんと頭を下げるそのかわいらしさに、皆が一瞬にして和む。
「ああいやいや」
「子供なんてあんまり見かけないから、新鮮だったよ」
「また遊びにおいで」
「今度はアレに注意しておくから」
ヒル魔の恐怖を打ち消す程の和みっぷりに鼻白むヒル魔だが、弟子が受け入れられるのはまんざらでもない。
「ケケケ、ここはこいつの顔に免じて不問にしてやろう」
一応それだけ言って、ヒル魔は屋敷を辞す。
見送りに出てきたキッドが思い出したようにヒル魔に声を掛ける。
「そうだ、ヒル魔」
「あ?」
「お嬢さんがね、仙獣を人にする術について知りたがってたよ」
「ほー」
「じゃあね」
「ああ」
手を振るキッドたちに手を振り返しながら二人は浮雲に乗って屋敷を目指す。
雲に乗った後になって、まもりは常に傍らにいるはずの毛玉の不在に気づいた。
「あ! ポヨ!!」
「そいつならここだ」
まもりを抱えているのとは逆の手のひらに、ポヨがちょこんと丸くなっている。
いや元から丸いけど、なんだかいつもより小さく見える。
それにまもりの側に寄ろうとしない。
「どうしたの、ポヨ」
「お前、コイツのせいでぶっ倒れたんだろ」
「そういえば・・・」
ポヨがゴキブリを捕まえさえしなければあんな大事にはならなかったわけで。
でもポヨも猫(多分)なのだし、そういった動きをすることはある程度予想できたことで。
「・・・怒ってないよ、ポヨ」
「・・・ヒァ~~!」
途端にポヨはまもりに飛びつく。よっぽど反省していたのか、ぐりぐりとおでこをまもりに擦りつけしきりに甘えて鳴く。
「猫だもんね、仕方ないよね」
「ヒア」
「ったく、今後は捕まえてもまもりには絶対見せるなよ」
「ヒァ」
「そうだな、屋敷はケルベロスが対処してるから手ェ出すなよ」
「ヒアヒア」
ヒル魔はポヨと会話をしている。
会話?
「え、ヒル魔さまはポヨがなに言ってるかおわかりなんですか?」
「おわかりだ」
「ヒア」
「え、私判りませんよ?!」
「お前がもう少し仙人としてレベルが上がったら判るようになる」
「レベル・・・」
具体的にどうやって、と聞いてもヒル魔はサアネ、と取り合わない。
「早くお喋りできるようになりたいね」
「ヒア」
こちらの言うことは判ってくれるようだから、後はこちらが聞き取れるようにならないといけないわけか。
楽しみが増えた、と思うと同時に。
「ねえポヨ、お願いだからポヨはこの先人になるときは男の子になってくれないかなあ?」
「ヒア?」
「だってね、ほら。アレとかも平気で捕まえられるのに女の子って・・・」
まもりの言い分にヒル魔はケッと笑った。
「そりゃお前の偏見だ、まもり。女でも男でもアレが平気なヤツは平気なんだよ」
「気分の問題なんです!」
「へーへー」
そんな二人を乗せた浮雲が、ケルベロスの待つ屋敷へと到着するまであと少し。
***
西部軍団楽しかったです! 個別名称が出たのは一部だけですが(笑)
原作にあったまもりちゃんゴキブリ嫌いネタを思い出したように使ってみたり。
実は元ネタにしていた話とはかなり逸れました。この先どうしましょう。
「まず鈴音ちゃんに謝って、それからキッドさまのところにお礼を言いに行かなきゃね」
「ヒァー」
「それにしても、仙人さまたちって何が好きなんだろう・・・」
ヒル魔に尋ねても人それぞれだから知らないとすげなく言われた。それよりも顔を見せてくる方がいいんじゃねぇの、とアドバイスらしきものはくれたが。
「私は見習いだから何が好きとか嫌いとか、よく判らないしね」
「ヒァ」
やがて鈴音の屋敷が見えてくる。まもりは雲から降りると、屋敷の扉に近寄った。
「フゴ」
「ん?」
見れば、そこにこちらを見ているピンクの子豚。
「もしかして、鈴音ちゃんの仙獣?」
「フゴ!」
こくんと頷かれてまもりはぱっと笑う。
「鈴音ちゃんは今いるかな?」
そう尋ねると、子豚がとことこ歩き出した。着いてこいということだろう。
「こっち?」
「ん? ブロちゃん、お客さん?」
「鈴音ちゃん、こんにちはー!」
「まもりちゃん?!」
バタバタ、と軽い足音の後にひょっこりと鈴音が顔を出す。
「やー! こんちは! もう大丈夫なの?!」
「はい、おかげさまで」
「ヒァ」
「きっどんに助けて貰ったんだってね~。よかったね!」
「きっどん・・・」
「ヒァ・・・」
鈴音のつけるあだ名はどうにもまもりはマネできそうにない。
「あ、そうそう。こないだの服また作ったから持っていってね!」
「え?! そ、そんなつもりじゃなくて! あの」
「いーからいーから! まもりちゃんの快気祝いだよ!」
「そ、それじゃあ鈴音ちゃんの好きなものを教えて下さい!」
「私の好きなもの?」
「はい、色々貰ってるのにおかえしもできないし、あ、でも、私なんにも術が使えないから…ご飯とか掃除とかになっちゃうんですけど・・・」
焦る様子に、鈴音はまたにっこりと笑う。
「あああ本当にカワイイ!! もー妖兄ってばこんなカワイイ子育てるなんて羨ましいッ!!」
「きゃー!」
「私もまもりちゃんみたいな弟子欲しいなあ~」
抱きしめられてすりすりと頬ずり。二人の間でポヨが挟まれてヒァ~~~と情けない悲鳴を上げた。
「きっどんも私も出身が天空だから、好きなものは雲だよ」
「え!?」
「ほら主食は霞だから」
そういえば仙人の主食は霞だった。ヒル魔にも食事を作っていたり鈴音にシュークリームを貰ったりしたまもりはすっかり失念していた。
「お菓子やご飯は食べようと思えば食べられるし、おいしいけど、やっぱり昔から食べてるものって好きじゃない?」
「ええ。・・・それなら、ヒル魔さまも雲の方がお好きなのかな・・・」
無理矢理に食べさせていたのかとちょっと落ち込むまもりに、鈴音はきょとんとする。
「妖兄は地上出身だからまもりちゃんの料理は好きでしょ」
「え?!」
「『あの外見で人間だったの!?』って? あはは、そうだよね~」
「え、あ、いやいや…」
内心を読まれて、まもりは焦るが鈴音はけらけらと笑うだけだ。
「そうなのよねー、一番人らしからぬ外見なんだけどあれでも人だったらしいよ。後で聞いてみたら?」
「あ、はい」
「そうそうそれで雲なんだけど、取る場所で味が変わるの」
「え?! そうなんですか?!」
「そうよー。じゃ、取りに行こうか」
「はい!」
雲で飛ぶこと少し。たどり着いたのは単に雲が重なる場所。
ふかふかの感触は変わらないけれど、目の前の雲は飛ぶ雲とは違うのだと説明された。
「私たちが乗る雲は『浮雲』っていうの。目の前のは『霞雲』って言って、その通り霞に近いから持ち運ぶときには箱に入れてね」
「はーい。こうですか?」
「そうそう、そんな感じ」
鈴音はそう話しながら目の前の雲をぱくんと食べる。
「ん、やっぱりここのが一番美味しいー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
美味しいのかな、とまもりはそれをぱくりと食べてみるが。
「・・・・・・?」
「あはは、ただの湯気みたいでしょ」
「はい・・・」
「仙人になったら味がわかるよ」
「そういうものですか・・・」
内心、ご飯が美味しくなくなると困るなあと思ったが、ヒル魔が食べられるんだから平気か、とも思い直した。
どちらにしても味気ないなあ、とも。
「きっどんにも持っていってあげるといいよ。あそこは大所帯だから沢山持っていこうね」
「はい! ありがとうございます!」
まもりは張り切って霞雲を箱へと詰め込みはじめたが。
「あ! ポヨ、箱に入っちゃダメ!」
「見た目猫っぽくないのに、そういうところは猫っぽいのねー」
ヒァとポヨが啼いた。
キッドの島に近づくと、まもりは我が目を疑った。
「広いね・・・」
「ヒァヒァ」
ヒル魔の屋敷も鈴音の屋敷も一人で住むなら十分なくらい広いが、キッドのそこはとんでもなく広かった。
「そういえば牧場があって大所帯って言ってたね」
「ヒァ」
「これで足りるかな・・・」
大量に持ち込んだつもりの霞雲だが、これではどのくらい人がいるのか想像が付かない。
大丈夫かな・・・と不安に感じつつもまもりは浮雲から降りる。
「どなたですか?」
と、こちらの死角から現れた人にまもりはひゃっと声を上げて飛び上がった。
「すみません、驚かせるつもりはなかったんですが」
見ればそれは銀髪の少年だった。
「す、すみません。あの、キッド様にこないだ助けて頂いたのでお礼に伺いました」
「え?」
「あの、ヒル魔さまのところの、弟子の・・・」
聞いてないのだろうか、と焦るまもりに目の前の少年はぽんと手を叩いた。
「ああ、『まもり嬢ちゃん』!」
「え・・・」
「キッドさんですね。今呼びますから…あ、俺の名前は陸」
「陸さま」
「様付けされるレベルじゃないんで、その呼び方はちょっと…とりあえずキッドさん呼んでくるんで、その間に考えておいて下さい」
「は・・・」
はい、と言う間もなく、彼はものすごい勢いで走り去った。
ぽかんと見送ってしまう。結構広い場所だけれど、毎日ここを走り回ってるのだろう。それにしても。
「広いなら雲に乗ればいいのに、乗らないんだね」
「ヒァ」
「鍛えてるのかな・・・でもあんまり走る機会って天空にない気がする」
「ヒァ」
ぼんやりとその場で待っていると、見慣れた人影が通る。
「ん? まもり嬢ちゃんか?」
「あ! ムサシ様!」
「もう大丈夫なのか。よかったな」
「はい、ありがとうございます」
ぽんぽんと頭を撫でられてまもりは笑う。
「なんでこんなところで立ってるんだ?」
「ええと、陸さま・・・陸さん? がキッド様を呼んでくださるって」
「ああ、あいつまた走って行ったんだろう。あいつの足でもちょっと掛かるだろうな」
「えっ」
ひょい、とまもりを抱き上げてムサシは歩き出す。
「ちょ・・・自分で歩けます!」
「病み上がりに無理させるとヒル魔になに言われるか判ったもんじゃねぇからな」
「大丈夫ですってばー!」
「ヒァー」
「ん? お前さんも乗るか」
「ヒァ」
しゃがみ込んだムサシの手のひらにポヨが乗る。そのまま肩に移動する。ふわふわの毛玉を横目に見て、抱えたまもりに問うた。
「こいつの名前はなんて言うんだ?」
「ポヨです」
「ふぅん・・・」
その返答にまもりは含みを感じたが、ムサシはまもりの頭を無言でもう一度撫でて屋敷へと向かいだした。
「あれ、ムサシじゃない。帰ったんじゃなかったの」
そこにのんびりとした風情で男がやってきた。その声に聞き覚えがあって、まもりはまじまじと彼を見た。
「今そこで会った」
背はヒル魔と同じくらいで、体型も似ているが、雰囲気がなぜか怖い。目が鋭くまもりを見つめている。
その迫力にまもりはじり、と怯えを見せた。
「・・・あれ、怯えられてる?」
「アンタが無言で威嚇するからだろ」
「そんなつもりはないんだけどねぇ」
彼は不意ににこ、と笑った。急にその雰囲気が解けて、まもりはほっと息をつく。
「そういうところに聡いのはヒル魔の教育かねぇ」
「あいつがそんな教育するか」
「それもそうか」
のほほんとした声は、先ほどの怖さは微塵も感じられない。
まもりはムサシの腕から下ろして貰い、彼を見上げた。
「あの、キッド様ですよね」
「うん?」
「先日はありがとうございました。お礼といってはなんですが、霞雲を持ってきたのでお受け取り頂けますか?」
ぺこ、と頭を下げて指さす先には箱詰めした雲。
「あぁ、わざわざ取ってきてくれたの?」
「鈴音ち・・・様に伺った場所で取ってきました」
「鈴音ちゃんかあ。あの子元気だよねえ」
「はい」
「ありがたく頂くよ。じゃあこれ運ばないとね。おーい、鉄馬―、陸―、その他大勢―!」
のんびりした声で名を呼ぶ。
最初二人はまだいいとして、なんでその他大勢・・・。
そうまもりが思っていたら、雲に乗った面々がざあっと音を立てて集まってきた。
確かに多い。
「あぁ?! キッド、てめぇ呼ぶときに俺たちだけなんでその他大勢なんだよ!!」
「ちゃんと判ったじゃない」
「そういう問題じゃねえ!! 大体お前俺たちより年下のくせにー!!」
「文句があるならアレいらないよねぇ、霞雲貰ったんだけど」
「あ?! 霞雲!!」
「ラッキー! あれうまいんだよな」
「運べばいいのー?」
わいわいと大量の箱に群がる男たちに構わず、キッドは走ってやって来た無愛想な男に指示を出す。
「鉄馬、あれ全部持って行っちゃって」
こくり、と頷くと彼はずんずんとその箱まで近寄り、一気に抱え上げてしまう。
「うあー!! 鉄馬、てめー俺らの霞雲!!」
「持ってくんじゃねー!!」
構わず持っていってしまう男が『鉄馬』と呼ばれていることにまもりは気づいて、隣にいたムサシの服の裾を引く。
「ん?」
「あの、鉄馬っていうお名前、キッド様の仙獣だってお伺いしたと思うんですけど」
「ああ」
「あれ・・・」
雲に乗らず、ぎゃあぎゃあとわめく男たちを無視して大量の箱を運ぶのはどうみても人に見える。
仙獣?
それにムサシではなく、キッドがそれに答える。
「鉄馬はね、馬の形した仙獣なんだよ」
「・・・??」
どう見ても人だ。馬?
そういえば助けて貰ったとき、馬の蹄の音を聞いた、気が。
「馬だと厩舎を建てないといけないじゃない? でも大変だしさ」
「建てるなら建ててやるぞ」
「いや~今はいいよ。馬の形だと管理大変だし」
「・・・???」
まもりの疑問符は増えるばかりだ。背後では戻ってきた陸が鉄馬から荷物を受け取っている。
「あ、鉄馬さん俺も手伝います」
「陸―、俺たちに喰わせるように鉄馬に説得してくれよ~」
「そんなのキッドさんじゃなきゃダメだって知ってるでしょう! 無茶言わないで下さい」
わあわあと騒ぐ集団とよく判らない大人に挟まれて、まもりはすっかり混乱してしまった。
肩に乗ったポヨがさりさりと頬を舐めてくれて、我に返る。
そうだ、ポヨは仙獣で猫(多分)だ。鈴音ちゃんのところだって子豚だった。
「じゃあ、鉄馬さんは、本当は馬の形なんですね?」
「そうそう。基本は馬の形なんだけど、生活に不便なんで人になってもらってるの」
「それは誰でも出来るんですか?」
「うん、そうだよ」
じゃあポヨも人になれるのだろうか。でも、どうやって?
「仙獣を人の形にする術がある。そのうちヒル魔が教えるだろう」
「そうですか…。ポヨ、あなたどういう人になるのかしらね?」
手のひらに載せてポヨを見つめても、ポヨはヒアと鳴くだけだ。
「基本的には仙人と同じ性別になるんだ。性別ないからね」
「そうなんですか」
じゃあ女の子かー、と思っていたら、急にポヨが走り出した。
「ポ、ポヨ?!」
目にもとまらぬ速度で走っていったポヨは何かをしとめたようだ。
「どうしたのー・・・・・・っ」
何をしとめたのか、と走り寄って、その手が押さえつけている物を見て、まもりは硬直した。
「まもり嬢ちゃん?」
「どうしたの、お嬢さん」
石化したかのように動かないまもりにポヨのヒア、という鳴き声がかけられ。
それがスイッチだったかのようにまもりは絶叫した。
「きゃ―――――――――――――――ッ!!!!」
そしてそのまままもりは意識を失って倒れる。
地面に転がる前にムサシに支えられ、心配そうにポヨも近寄った。
その隣に、黒い虫の死骸。
「ゴキブリか」
「天空は暖かいからねえ」
結構頻繁に見られる虫なのだが、まもりは幸か不幸か天空では見たことがなかったようだ。
「ヒル魔のところ、ゴキブリいないの?」
「いるだろうが・・・そういえば見たことはないな」
「あのゴミ屋敷で?」
「ケルベロスが駆除してるんだか、変なクスリか術でも使ったか」
「うーん、ヒル魔ならなんでもありだね」
まもりを抱え上げたムサシのところに、悲鳴を聞きつけたらしい陸が駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?!」
「ああ、ゴキブリ嫌いみたいで、この子」
「なんだ、虫でしたか」
ほっとした陸がなんとなくまもりの頭を撫でる。
「こんなに小さいのに、大変でしたね」
「境遇は、君と大して変わらないんじゃないの」
「俺は天空人だから、そうでもないですよ」
しみじみする男たちの頭上から、雲に乗った面々が声を掛ける。
「うおーい! 相内が茶ぁ入れたってよ」
「ムサシ様も一杯飲んでいって下さいよー」
「飲んでもらえないと俺たち殺されますー」
「・・・相変わらず相内は強いんだな」
「俺の牧場なんだけどねぇ」
その申し出を受けて、ムサシはまもりを抱えたままキッドの屋敷へと向かった。
黒い影が迫ってくる。
一匹だけでも恐ろしいのに、それが大挙して押し寄せてきて、そうしてそれらが合わさってむくむくと大きくなる。 大きなそれはまもりへと覆い被さってくる。
その恐怖にまもりは思わず手を振って遠ざけようとして。
べち。
「・・・おらいい度胸だこのバカガキ弟子がっ!! 目ェ覚ませッ!!!」
そして突然の怒鳴り声に、まもりは文字通り飛び上がった。
「きゃぁあああ?!!」
「煩ェ!!!」
目が覚めるとそこには不機嫌きわまりないヒル魔の顔が間近に。
どうやら寝ぼけて叩いたのはヒル魔の顔らしい。
「え?! え、ここ、ここどこここ!?」
「ここはうちの屋敷だよ~」
後ろからひょっこりとキッドが顔を出す。
「あ、起きたのね。はいお茶どうぞ」
その後ろから出てきたのは、これまたとんでもなく綺麗な女性だった。
「うぁ、は、はひ・・・」
慌てるまもりを見かねて、そのお茶はヒル魔が受け取った。
「いいから落ち着け、まもり」
「はい」
深呼吸をして何度か瞬きして、やっと落ち着きを取り戻す。
「起きたか」
「はい」
「ったく、今度は人の屋敷で卒倒か。よくよく倒れるガキだな」
「う・・・」
しゅん、とするまもりの手に湯飲みが押しつけられる。それに口を付けるとまもりはおずおずと上目遣いにヒル魔を見上げた。
「ごめんなさい・・・」
「全くだ」
「おい、あんまりいじめるなよ」
背後からムサシが声を掛ける。ヒル魔はまだいたのかジジイ、と取り合わない。
「嬢ちゃんはゴキブリが嫌いだったんだな」
「そうなんです・・・」
壁や床や果ては天井まで走り回り、空を飛んで来るあの黒い生き物。
カサカサいう足音も本気で恐ろしい。 想像しただけでまもりはぶるりと背を震わせた。
「あんなもん、別に噛みつくわけじゃなし、なにが怖いんだか」
「こっ、怖いんです!!」
うう、と先ほどの夢まで思い出してしまい涙ぐむまもりをあやすようにヒル魔はため息混じりにその頭をぐしゃぐしゃにした。
「あーワカッタワカッタお前がそれ嫌いなのは判ったから泣くな」
「はい・・・」
ずず、とお茶を啜りながらまもりはどうにか落ち着こうとする。
「さあ、今度こそ俺は神殿に戻るぞ」
「はいはい、ありがとうね、ムサシ」
「厩舎を建てるなら相談に乗る」
「あはは、その時にはお願いするよ」
足音が去っていくのを聞きながら、まもりは沈黙した。ヒル魔も特に口を利かない。
お茶を飲み終わると、その湯飲みを取り上げられた。
「帰るぞ」
そしてひょいと抱き上げられる。
「歩けます!」
「いいから抱かれてろ」
ここのところ人に抱き上げられてばかりだとまもりは唸るが、けれどヒル魔の腕は久しぶりだと思い出す。
ぎゅう、と首にしがみつくとぽんぽんと背中を叩かれる。
「おお・・・ヒル魔が子供抱いてる・・・」
「すっげえ怖ェ・・・」
「なんで銃持ってないのに怖いんだろう」
「今なら勝てるかもよ」
「なんで仙人に勝負挑まないといけねぇんだよ」
「いや、なんかこの話はそういった要素がいるかなって」
「なんで」
「だってなんか盛り上がらないし」
ひそひそこそこそと見つからないように隠れていたその他大勢集団の目の前に、突然ヒル魔が顔を出す。
「ひぇっ!?」
「うわぁ!!」
「人の顔を見て悲鳴とは、よっぽど後ろ暗いらしいなぁ?」
にやにやと笑う顔を見て全員の血の気が引く。
別に何を言ったわけでもないが、なぜか無条件に謝りたくなる威圧感に皆震えた。
「あの」
そこにヒル魔の腕の中からまもりが顔を出した。
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
ぺこんと頭を下げるそのかわいらしさに、皆が一瞬にして和む。
「ああいやいや」
「子供なんてあんまり見かけないから、新鮮だったよ」
「また遊びにおいで」
「今度はアレに注意しておくから」
ヒル魔の恐怖を打ち消す程の和みっぷりに鼻白むヒル魔だが、弟子が受け入れられるのはまんざらでもない。
「ケケケ、ここはこいつの顔に免じて不問にしてやろう」
一応それだけ言って、ヒル魔は屋敷を辞す。
見送りに出てきたキッドが思い出したようにヒル魔に声を掛ける。
「そうだ、ヒル魔」
「あ?」
「お嬢さんがね、仙獣を人にする術について知りたがってたよ」
「ほー」
「じゃあね」
「ああ」
手を振るキッドたちに手を振り返しながら二人は浮雲に乗って屋敷を目指す。
雲に乗った後になって、まもりは常に傍らにいるはずの毛玉の不在に気づいた。
「あ! ポヨ!!」
「そいつならここだ」
まもりを抱えているのとは逆の手のひらに、ポヨがちょこんと丸くなっている。
いや元から丸いけど、なんだかいつもより小さく見える。
それにまもりの側に寄ろうとしない。
「どうしたの、ポヨ」
「お前、コイツのせいでぶっ倒れたんだろ」
「そういえば・・・」
ポヨがゴキブリを捕まえさえしなければあんな大事にはならなかったわけで。
でもポヨも猫(多分)なのだし、そういった動きをすることはある程度予想できたことで。
「・・・怒ってないよ、ポヨ」
「・・・ヒァ~~!」
途端にポヨはまもりに飛びつく。よっぽど反省していたのか、ぐりぐりとおでこをまもりに擦りつけしきりに甘えて鳴く。
「猫だもんね、仕方ないよね」
「ヒア」
「ったく、今後は捕まえてもまもりには絶対見せるなよ」
「ヒァ」
「そうだな、屋敷はケルベロスが対処してるから手ェ出すなよ」
「ヒアヒア」
ヒル魔はポヨと会話をしている。
会話?
「え、ヒル魔さまはポヨがなに言ってるかおわかりなんですか?」
「おわかりだ」
「ヒア」
「え、私判りませんよ?!」
「お前がもう少し仙人としてレベルが上がったら判るようになる」
「レベル・・・」
具体的にどうやって、と聞いてもヒル魔はサアネ、と取り合わない。
「早くお喋りできるようになりたいね」
「ヒア」
こちらの言うことは判ってくれるようだから、後はこちらが聞き取れるようにならないといけないわけか。
楽しみが増えた、と思うと同時に。
「ねえポヨ、お願いだからポヨはこの先人になるときは男の子になってくれないかなあ?」
「ヒア?」
「だってね、ほら。アレとかも平気で捕まえられるのに女の子って・・・」
まもりの言い分にヒル魔はケッと笑った。
「そりゃお前の偏見だ、まもり。女でも男でもアレが平気なヤツは平気なんだよ」
「気分の問題なんです!」
「へーへー」
そんな二人を乗せた浮雲が、ケルベロスの待つ屋敷へと到着するまであと少し。
***
西部軍団楽しかったです! 個別名称が出たのは一部だけですが(笑)
原作にあったまもりちゃんゴキブリ嫌いネタを思い出したように使ってみたり。
実は元ネタにしていた話とはかなり逸れました。この先どうしましょう。
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