旧『そ れ は 突 然 の 嵐 の よ う に』です。
ア イ シ ー ル ド 21 ヒ ル ま も ss 中心。
いらっしゃらないとは思いますが、禁無断転載でお願いします。
+ + + + + + + + + +
神龍寺を倒せたとしても、次は王城。関東大会決勝まで行けても、相手はきっと西部。
くじ運が悪いとしか言えない取り合わせに、まもりはため息をつく。
全く情報のない敵よりはずっと戦いやすいだろうが。
あの強豪たちの中を勝ち抜くなんてなんて神様は残酷なんだろう。
まもりは組み合わせ表を前に、深くため息をついた。
皆は日々の練習に忙しく、まもりがこんな状態なのは知らないだろう。
「・・・何一人で黄昏れてやがる糞マネ」
いや、この男はそうじゃなかった。
いつどんな時でも、自分がきつくとも辛くとも周囲に目を光らせる男だ。
「ヒル魔くんこそ、どうしたの?」
「ア? 消耗品の買い出し指令」
買い忘れがあっただろうか。
ぴら、とヒル魔からマスクを買って来いというメモを貰って、まもりは首を傾げた。なんでマスク?
けれどまあ、きっとこれも何か意味があるのだろう。
「じゃあ行ってくるわ」
「おい」
「え?」
不意に引き寄せられ、唇に触れる熱。
盗むような、キス。
「・・・ッ」
「ぐだぐだ考えるなら走ってこい」
にやりと笑われて、まもりは真っ赤になって部費が入った袋を掴むと言われるまでもなく走り出した。
走らずにはいられなかった。
近くのドラッグストアまで普段なら自転車を使うのだけれど、そんなことを忘れて全速力で走る。
そりゃあ、付き合ってますけど!
クリスマスボウルのことで頭がいっぱいなヒル魔はほとんど手出しなどしてこなくて!
帰り道に気まぐれにキスを寄越したり、触れたりするくらいだけど!
・・・部活中に不意打ちなんて卑怯よ!!
今なら光速4秒2も出せるかも知れない。
そんなあり得ないことを考えながら、まもりはただただ走った。
「ちょっと買い過ぎちゃったなあ・・・」
まもりは手にしているビニール袋を見下ろす。
指示されたのはマスクだけだったけれど、スポーツドリンクの粉末が安かったのだ。
これなら腐らないし、部費の節約にもなる。
ただ、嬉々として買いすぎて、ビニール袋の持ち手が食い込んで痛い。
「ああもう・・・」
まもりはため息混じりに学校への道を歩いていったが。
「持つよ」
ひょい、とまもりの手から突然袋が一つ消えた。
その袋の行方を追うと、そこには背の高い青年がいた。帽子を目深に被り、顔が判然としない。
「え・・・」
「あなた、姉崎まもりさんでしょ? 泥門高校アメフト部マネージャー兼主務の」
その声は低いが、女のものだ。
驚くまもりに彼女は帽子をとった。緩くウェーブが掛かった髪が無造作に結われている。
「私は由利っていうの。蛭魔妖一に用があるんだけど、案内をお願いしていいかしら?」
美しく整った顔で由利と名乗った女はにこりと笑った。
まもりが案内した女を見て、練習から抜けてきたヒル魔はぴんと眉を上げた。
「・・・由利?」
「久しぶり、妖一」
ガムある? と聞いてヒル魔が取り出したブラックガムをぱくりと一口。
二人が並ぶとほとんど身長差がない。むしろ由利の方が高いかもしれない。
どんな関係なのだろうか。
「なんでお前がここにいるんだ」
「久しぶりに日本に帰ってきたのよ。妖一の顔が見たくてね」
親しげな二人に、まもりはどうしたものか落ち着かない。
「やー? まも姐、あの女の人誰?!」
「さあ・・・昔からの知り合いって言われたけど」
「まさか元カノ!?」
きらきら、と目を輝かせる鈴音にまもりは苦笑する。
少し二人で会話すると、ヒル魔は再び練習に戻ってきた。 由利もまもりの方へと歩いてくる。
「隣、いい?」
「あ、どうぞ」
まもりの隣に立って、グラウンドで動き回る部員たちを彼女はじっと見ている。
「・・・うん、やっぱりラインが少し弱いわね・・・選手層のせいもあるけど、これではちょっときつそうね」
「え? 由利さん、アメフト詳しいんですか?」
「ええ。私、アメリカに住んでいて。あっちじゃメジャーでしょ?」
「ああ・・・」
向こうでは熱狂的なスポーツとして有名なアメフト。住んでいたのならルール等にも詳しいのだろう。
まもりはじっと彼女を見てしまう。
背は高く、髪の毛は肩胛骨くらいまである。
肌は抜けるように白く、スタイルもいい。
見れば見る程綺麗な女性だ。なんで最初男だなんて思ってしまったのだろうか。
まもりは内心申し訳なくなる。
「妖一と付き合ってるのね?」
「っ?!」
視線を寄越さず、由利が唐突に口を開いた。
そのことにも、言われた内容にも驚いてまもりはびくりと肩を竦ませた。
「ああごめんなさいね、驚かせるつもりはなかったの」
「え、ええ」
「あの子がアメフト以外で執着するのってあんまり見たことがないから、つい、ね」
あの子。
あからさまに年上で、そしてごく自然にそう呼ぶ彼女に、まもりは一瞬胸を焼く感情を覚えて戸惑う。
一体何が。
さっと顔を紅潮させたまもりを楽しそうに見ながら彼女は笑った。
「練習が終わったら、妖一に電話するように言ってくれる? 番号は知ってるから」
じゃあね、とさっさと踵を返すその背中を、じっと見つめてしまう。
その様子をグラウンドから眺めるヒル魔にも気づきもせずに。
まもりは練習後、ヒル魔に律儀に由利からの伝言を告げると、帰り支度をしてすぐさま飛び出そうとする。
「待て」
その手を掴んだまま、ヒル魔は由利に電話する。
「ああ、俺だ。ア? なんの用だよ」
電話の向こうで低く笑うような気配。場所を指定され、電話は切れた。
「行くぞ」
「わ、私は別に・・・。久しぶりに逢うんでしょ? 私が居たら邪魔じゃない?」
「ア? んなことねぇよ」
まもりの腕を引いて、ヒル魔はスタスタと歩き出す。普段はほとんど触れることがない手。
けれど連れて行かれるような姿勢がいやで、やや強めに腕を引くと、ヒル魔はすかさずその手を取った。
手を繋いで歩いている。
今までにない行動に、まもりは嬉しいと思う反面、なにかがあるのではと疑ってしまう。
複雑そうなまもりの顔を見て、ヒル魔は眉を顰めたが、なにも言わなかった。
二人して入ったのは、照明を落とした落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
未成年者な上、学校帰りだから酒を出すような場所は当然無理だ。
しかしこんな所に招かれるとは思っていなかったまもりはきょろきょろと周囲を見回す。
「こっちよ」
笑顔で手を振る由利は、ヒル魔と共に現れたまもりを見ても特別表情を変えなかった。
「練習時間が長すぎるんじゃない?」
「煩ェ。時間がねぇんだよ」
「あんまり長くやっても効率よくないわよ?」
由利は二人に構うことなく手を挙げてオーダーしてしまう。
程なく運ばれてきたのは、まもりにはケーキとコーヒーのセット、ヒル魔にはカレーの大盛り。
「お腹空いたでしょうけど、まもりちゃんはお家でご飯があるでしょ。妖一は家で食べるものないでしょうし、いいでしょ?」
仕方なく二人は目の前に運ばれてきたものに口を付ける。
苦いコーヒーが苦手なまもりでも、美味しいと思える味だった。
「ここのコーヒーは美味しいのよ。カップはね、客の印象によって違うんですって」
由利が傾けるカップはぬめるような深紅で、まもりが傾けるのは緑と青の海を思わせるグラデーション。
食事を終えたヒル魔に運ばれてきたカップは漆黒に金の花。
「で、なんの用なんだ、由利」
「顔を見に来た、って言ったでしょ?」
まあ、妖一が忙しいのは知ってるから手伝ってあげようかな、とも思ったのよ。
美しい手がヒル魔に差し出される。ヒル魔はため息一つつくと、おもむろにCD-ROMを取り出した。
「これの整理」
「オッケー」
ヒル魔がデータを渡すのを、まもりはただ見ていた。
ヒル魔は、紙ベースはともかく、データ形式であっても、まもり以外に渡す事なんてあり得なかった。
さあっと血の気が引くのが判る。イヤだ。
ヒル魔がまもり以外の女に、仕事を割り振るなんて。
彼女とはどういう関係なのだろうか。昔からの知り合いなんて言われても、よく判らない。
ぐるぐると自分の思考にはまりこんだまもりは、ヒル魔に促されるまま店を出る。
出口の外で会計をする由利を待っていると、ヒル魔がこちらを見ていた。
「・・・オイ」
「え?! 何!?」
「テメェこそなんだ。言いたいことがあるなら言いやがれ」
「あ・・・」
ヒル魔に水を向けられて、口を開こうとしたとき。
「お待たせー。行こうか。妖一、今日泊めてくれる?」
「ア!? テメェ、なにほざいてやがる!」
「いいじゃない、ベッド余ってるんでしょ?」
なんなら同じベッドでも、という由利にまもりの顔色が無くなっていく。
まもりの知らないヒル魔のプライベート。彼がどこに住んでいるのかまもりは知らない。
親しげな二人の様子に、悪い思考が展開していく。
それに気づいたヒル魔が口を開こうとしたとき。
「妖一」
「ッ!」
ヒル魔の唇を、由利が塞いだ。
眼前で恋人のキスシーンを見せつけられるという衝撃に、まもりは目を見開き、そして。
「―――――――――――――ヒル魔くんのバカぁあああ!!」
「おい、ちょっ・・・」
まもりは一言叫ぶと、全速力で二人の前から走り去る。
ヒル魔が追おうとしたが、由利の手ががっちりと掴んでいて放せない。
「あーあ、逃げられちゃったわね」
「糞ッ! 誰のせいだと思ってんだ?!」
「かわいいわねー、あの子」
にやにやと笑われて、ヒル魔は本気で舌打ちする。
電話を掛けようと携帯に手を伸ばしたが、それはあっさりと由利が押しとどめた。
「さっきのロム以外にもやること山積みなんでしょ? ありがたく思いなさい、手伝ってあげるから」
「・・・チッ!!」
まもりは走って荒い息をそのままに、夜道を歩いている。
暗がりを歩くときには手に携帯を持つようにしているが、その携帯は沈黙を守ったままだ。
ヒル魔からの連絡があるかと思ったのに。
じわりと涙が浮かんできて、まもりは忙しなく瞬いた。
涙をこぼすのもなんとなく癪で、まもりは大きく深呼吸をする。
このまま今電話を掛けるのは得策じゃない。顔も見ないで一気に色々まくし立ててしまいそうだ。
明日。
明日になったら、あの二人の関係を聞いてみよう。そう思った。
のに。
朝、部室に顔を出すと、ノートパソコンが二台。一台はヒル魔、もう一台に由利。
「・・・オハヨウゴザイマス」
「あ! おはよう、まもりちゃん」
「・・・コーヒー」
明るくはつらつとした由利と裏腹に、ヒル魔はげんなりとコーヒーを所望する。
コーヒーメーカーのスイッチを入れながら、まもりは二人の様子をカウンターから伺う。
昨日あんなシーンを見せつけられて、まもりはどうしたものかと一晩中悶々としていたのに。
まさかこんなところにまで由利がいるとは思わなかった。
しかも由利は元気だし、ヒル魔は元気がないし、どう判断したらいいか判らない状況。
「はいこれ。こっちは終わったわ。それ頂戴」
「おー」
飛び交うデータ。ヒル魔とまもりなら紙ベースで回されるそれがCD-ROMとなっている。
入り込めない。
二人が遠い。
まもりは無言のままコーヒーを淹れて二人に出す。
上機嫌でカップに口を付ける由利と沈黙を通すヒル魔。
落ち着かない気分で、まもりは瞳を伏せた。
すっきりしない気分のまま、一日の授業を終えたまもりはSHRもそこそこに部室へと行く。
今日一日そこにいたのだろうか、由利の姿がまだあって。
「あら、もうそんな時間?」
「・・・ええ」
ぐいー、とのびをしながら由利はまもりに笑いかける。不意に彼女が立ち上がった。
「何か聞きたいことがあるんじゃない?」
「・・・ヒル魔くんと、由利さんって、どんな関係なんですか?」
それに由利は答えず、まもりにすっと近寄った。
「まもりちゃんって可愛いわね」
「何・・・」
ちゅ、と唇に触れる熱。昨日のはヒル魔からだったが。
「な・・・!?」
唖然とするまもりに、にやりと由利は笑う。
「昨日妖一から奪ったキス、お返しするわ。昔から妖一とはこんな風につるんでいて、よくからかってたのよ」
「え・・・」
「あの後妖一は相当怒ってたわ。ただでさえ私の存在で情緒不安定なんだから余計にからかうな、ってね」
「そ・・・そうでした?」
「ええ。愛されてるわね」
笑顔の由利に、思わず照れそうになったが、昨日からの含みある言葉を思い出し、素直にはいそうですかとも言えず、まもりは困惑するばかり。
「からかうな、っつったろ」
言葉と共に扉を開いて現れたのは不機嫌な顔のヒル魔。
「あらいいじゃない。誤解を解こうと今語ってたのよ」
「どうだか。テメェは質が悪いんだよ」
「妖一に褒められるなんて私もまんざらでもないんじゃない?」
変わらず笑顔の由利に、ヒル魔は派手に舌打ちした。
「大事ならちゃんと言葉にしなさいな。私程度のからかいなんてものともしないくらいにね」
言いながら由利は立ち上がり、まもりの頭を撫でる。
「妖一をよろしくね」
笑顔で手を振り、由利はすっと部室から立ち去った。
あまりに怒濤のようだった由利の存在が唐突に失われ、まもりは呆然と立ちつくす。
「オイ」
その腕を引いて、ヒル魔は自らの胸元にまもりを抱き寄せた。
顎に指を当て、上向かせて唇を合わせる。
深く深く、甘いキス。
ここが部室だというのも一瞬忘れ、まもりはヒル魔の腕に身体を任せる。二、三度触れ合って唇が離れた後、ヒル魔はおもむろに口を開いた。
「あいつは舞台歌手で、夫がアメリカ人だ。仕事の都合で一時帰国したらしい」
「・・・え?! 由利さんって結婚してるの!?」
「ああ。わざと指輪はしてこなかったらしいがな」
悪ふざけには全力を尽くす性質は相変わらずだ、とヒル魔は舌打ちする。
あの口調、信頼、きっとそればかりではないのだろうと思う。
「じゃあ、由利さんとヒル魔くんの関係って、一体何?」
「ア? 昔からの知り合いだっつったろ。アイツの夫に色々習ってて、その繋がりでな」
「・・・はぁ・・・」
何を習ったのか。もしかしなくてもあのスラング混じりの見事な英語とかだろうか。
もっとろくでもないことも習ったんだろうと容易に想像がつく。
「・・・あんまり眉間に皺寄せるんじゃねぇよ。一層見られない顔になる」
眉間にキスを一つ。抱き寄せる腕も、触れる唇も、言葉の失礼さを上回る優しさに満ちていて。
その優しさに後押しされて、まもりはつい、とヒル魔のシャツを引く。
「ねえ、ヒル魔くん、一つお願いがあるんだけど」
「ア?」
「私の事も、名前で呼んでくれないかしら」
二人きりの時だけでいいから。
未だその唇に上ったことのない己の名を囁かれるのを待って、まもりは瞳を閉じた。
***
マッスルペンギン様リクエスト『まもりに年上ライバル出現(オリキャラ)』でした。これも元ネタの漫画があるんですが、おわかりになる方いらっしゃいますかね。オリキャラの話で今度は年上ということで、余裕ある女性を書こうとしたらなんだか訳のわからない姐さんが出てきてしまいました(苦笑)いたたまれずこの下におまけ付きです。
リクエストありがとうございましたー!!
マッスルペンギン様のみお持ち帰り可。
リクエスト内容(作品と合っているかどうか確認のために置きます)以下反転してください。
『ヒル魔が過去愛してはいなかったけど大事にしたかった年上の女性(年上で綺麗で頭が良くアメフトの事をとても良く知っている女性でしばらくぶりに外国から帰って来て)がデビルバッツの前に現れてまもりが嫉妬し落ち込むがしかし最後は愛されているのは自分だとその女性やヒル魔にはっきり言われヒル魔と愛し合ってる自信を取り戻す話』 実は由利さんはノリエガさんの奥さんのつもりで書いてました。いかがでしょう・・・。
(オマケ)
「ア? 呼んでるだろ? 姉崎ってナァ」
「え!? それは名字でしょ!? 名前で呼んでよ、知らない訳じゃないでしょ?!」
「姉崎」
「酷い! 由利さんのことはずっと名前で呼んでたのに・・!」
「あいつの名字は由利だ」
「・・・え?」
「由利恭子。それがあいつのフルネームだ」
「そ、そうだったの?!」
「オヤ? 姉崎サンはもしかして俺が由利を名前で呼び捨てにしてるんだと思って、嫉妬されたんデスカ?」
「~~~~!!」
「ケケケ!」
たまには嫉妬されるのもいいな、とヒル魔さんがこっそり思ったのは蛇足でございます。
くじ運が悪いとしか言えない取り合わせに、まもりはため息をつく。
全く情報のない敵よりはずっと戦いやすいだろうが。
あの強豪たちの中を勝ち抜くなんてなんて神様は残酷なんだろう。
まもりは組み合わせ表を前に、深くため息をついた。
皆は日々の練習に忙しく、まもりがこんな状態なのは知らないだろう。
「・・・何一人で黄昏れてやがる糞マネ」
いや、この男はそうじゃなかった。
いつどんな時でも、自分がきつくとも辛くとも周囲に目を光らせる男だ。
「ヒル魔くんこそ、どうしたの?」
「ア? 消耗品の買い出し指令」
買い忘れがあっただろうか。
ぴら、とヒル魔からマスクを買って来いというメモを貰って、まもりは首を傾げた。なんでマスク?
けれどまあ、きっとこれも何か意味があるのだろう。
「じゃあ行ってくるわ」
「おい」
「え?」
不意に引き寄せられ、唇に触れる熱。
盗むような、キス。
「・・・ッ」
「ぐだぐだ考えるなら走ってこい」
にやりと笑われて、まもりは真っ赤になって部費が入った袋を掴むと言われるまでもなく走り出した。
走らずにはいられなかった。
近くのドラッグストアまで普段なら自転車を使うのだけれど、そんなことを忘れて全速力で走る。
そりゃあ、付き合ってますけど!
クリスマスボウルのことで頭がいっぱいなヒル魔はほとんど手出しなどしてこなくて!
帰り道に気まぐれにキスを寄越したり、触れたりするくらいだけど!
・・・部活中に不意打ちなんて卑怯よ!!
今なら光速4秒2も出せるかも知れない。
そんなあり得ないことを考えながら、まもりはただただ走った。
「ちょっと買い過ぎちゃったなあ・・・」
まもりは手にしているビニール袋を見下ろす。
指示されたのはマスクだけだったけれど、スポーツドリンクの粉末が安かったのだ。
これなら腐らないし、部費の節約にもなる。
ただ、嬉々として買いすぎて、ビニール袋の持ち手が食い込んで痛い。
「ああもう・・・」
まもりはため息混じりに学校への道を歩いていったが。
「持つよ」
ひょい、とまもりの手から突然袋が一つ消えた。
その袋の行方を追うと、そこには背の高い青年がいた。帽子を目深に被り、顔が判然としない。
「え・・・」
「あなた、姉崎まもりさんでしょ? 泥門高校アメフト部マネージャー兼主務の」
その声は低いが、女のものだ。
驚くまもりに彼女は帽子をとった。緩くウェーブが掛かった髪が無造作に結われている。
「私は由利っていうの。蛭魔妖一に用があるんだけど、案内をお願いしていいかしら?」
美しく整った顔で由利と名乗った女はにこりと笑った。
まもりが案内した女を見て、練習から抜けてきたヒル魔はぴんと眉を上げた。
「・・・由利?」
「久しぶり、妖一」
ガムある? と聞いてヒル魔が取り出したブラックガムをぱくりと一口。
二人が並ぶとほとんど身長差がない。むしろ由利の方が高いかもしれない。
どんな関係なのだろうか。
「なんでお前がここにいるんだ」
「久しぶりに日本に帰ってきたのよ。妖一の顔が見たくてね」
親しげな二人に、まもりはどうしたものか落ち着かない。
「やー? まも姐、あの女の人誰?!」
「さあ・・・昔からの知り合いって言われたけど」
「まさか元カノ!?」
きらきら、と目を輝かせる鈴音にまもりは苦笑する。
少し二人で会話すると、ヒル魔は再び練習に戻ってきた。 由利もまもりの方へと歩いてくる。
「隣、いい?」
「あ、どうぞ」
まもりの隣に立って、グラウンドで動き回る部員たちを彼女はじっと見ている。
「・・・うん、やっぱりラインが少し弱いわね・・・選手層のせいもあるけど、これではちょっときつそうね」
「え? 由利さん、アメフト詳しいんですか?」
「ええ。私、アメリカに住んでいて。あっちじゃメジャーでしょ?」
「ああ・・・」
向こうでは熱狂的なスポーツとして有名なアメフト。住んでいたのならルール等にも詳しいのだろう。
まもりはじっと彼女を見てしまう。
背は高く、髪の毛は肩胛骨くらいまである。
肌は抜けるように白く、スタイルもいい。
見れば見る程綺麗な女性だ。なんで最初男だなんて思ってしまったのだろうか。
まもりは内心申し訳なくなる。
「妖一と付き合ってるのね?」
「っ?!」
視線を寄越さず、由利が唐突に口を開いた。
そのことにも、言われた内容にも驚いてまもりはびくりと肩を竦ませた。
「ああごめんなさいね、驚かせるつもりはなかったの」
「え、ええ」
「あの子がアメフト以外で執着するのってあんまり見たことがないから、つい、ね」
あの子。
あからさまに年上で、そしてごく自然にそう呼ぶ彼女に、まもりは一瞬胸を焼く感情を覚えて戸惑う。
一体何が。
さっと顔を紅潮させたまもりを楽しそうに見ながら彼女は笑った。
「練習が終わったら、妖一に電話するように言ってくれる? 番号は知ってるから」
じゃあね、とさっさと踵を返すその背中を、じっと見つめてしまう。
その様子をグラウンドから眺めるヒル魔にも気づきもせずに。
まもりは練習後、ヒル魔に律儀に由利からの伝言を告げると、帰り支度をしてすぐさま飛び出そうとする。
「待て」
その手を掴んだまま、ヒル魔は由利に電話する。
「ああ、俺だ。ア? なんの用だよ」
電話の向こうで低く笑うような気配。場所を指定され、電話は切れた。
「行くぞ」
「わ、私は別に・・・。久しぶりに逢うんでしょ? 私が居たら邪魔じゃない?」
「ア? んなことねぇよ」
まもりの腕を引いて、ヒル魔はスタスタと歩き出す。普段はほとんど触れることがない手。
けれど連れて行かれるような姿勢がいやで、やや強めに腕を引くと、ヒル魔はすかさずその手を取った。
手を繋いで歩いている。
今までにない行動に、まもりは嬉しいと思う反面、なにかがあるのではと疑ってしまう。
複雑そうなまもりの顔を見て、ヒル魔は眉を顰めたが、なにも言わなかった。
二人して入ったのは、照明を落とした落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
未成年者な上、学校帰りだから酒を出すような場所は当然無理だ。
しかしこんな所に招かれるとは思っていなかったまもりはきょろきょろと周囲を見回す。
「こっちよ」
笑顔で手を振る由利は、ヒル魔と共に現れたまもりを見ても特別表情を変えなかった。
「練習時間が長すぎるんじゃない?」
「煩ェ。時間がねぇんだよ」
「あんまり長くやっても効率よくないわよ?」
由利は二人に構うことなく手を挙げてオーダーしてしまう。
程なく運ばれてきたのは、まもりにはケーキとコーヒーのセット、ヒル魔にはカレーの大盛り。
「お腹空いたでしょうけど、まもりちゃんはお家でご飯があるでしょ。妖一は家で食べるものないでしょうし、いいでしょ?」
仕方なく二人は目の前に運ばれてきたものに口を付ける。
苦いコーヒーが苦手なまもりでも、美味しいと思える味だった。
「ここのコーヒーは美味しいのよ。カップはね、客の印象によって違うんですって」
由利が傾けるカップはぬめるような深紅で、まもりが傾けるのは緑と青の海を思わせるグラデーション。
食事を終えたヒル魔に運ばれてきたカップは漆黒に金の花。
「で、なんの用なんだ、由利」
「顔を見に来た、って言ったでしょ?」
まあ、妖一が忙しいのは知ってるから手伝ってあげようかな、とも思ったのよ。
美しい手がヒル魔に差し出される。ヒル魔はため息一つつくと、おもむろにCD-ROMを取り出した。
「これの整理」
「オッケー」
ヒル魔がデータを渡すのを、まもりはただ見ていた。
ヒル魔は、紙ベースはともかく、データ形式であっても、まもり以外に渡す事なんてあり得なかった。
さあっと血の気が引くのが判る。イヤだ。
ヒル魔がまもり以外の女に、仕事を割り振るなんて。
彼女とはどういう関係なのだろうか。昔からの知り合いなんて言われても、よく判らない。
ぐるぐると自分の思考にはまりこんだまもりは、ヒル魔に促されるまま店を出る。
出口の外で会計をする由利を待っていると、ヒル魔がこちらを見ていた。
「・・・オイ」
「え?! 何!?」
「テメェこそなんだ。言いたいことがあるなら言いやがれ」
「あ・・・」
ヒル魔に水を向けられて、口を開こうとしたとき。
「お待たせー。行こうか。妖一、今日泊めてくれる?」
「ア!? テメェ、なにほざいてやがる!」
「いいじゃない、ベッド余ってるんでしょ?」
なんなら同じベッドでも、という由利にまもりの顔色が無くなっていく。
まもりの知らないヒル魔のプライベート。彼がどこに住んでいるのかまもりは知らない。
親しげな二人の様子に、悪い思考が展開していく。
それに気づいたヒル魔が口を開こうとしたとき。
「妖一」
「ッ!」
ヒル魔の唇を、由利が塞いだ。
眼前で恋人のキスシーンを見せつけられるという衝撃に、まもりは目を見開き、そして。
「―――――――――――――ヒル魔くんのバカぁあああ!!」
「おい、ちょっ・・・」
まもりは一言叫ぶと、全速力で二人の前から走り去る。
ヒル魔が追おうとしたが、由利の手ががっちりと掴んでいて放せない。
「あーあ、逃げられちゃったわね」
「糞ッ! 誰のせいだと思ってんだ?!」
「かわいいわねー、あの子」
にやにやと笑われて、ヒル魔は本気で舌打ちする。
電話を掛けようと携帯に手を伸ばしたが、それはあっさりと由利が押しとどめた。
「さっきのロム以外にもやること山積みなんでしょ? ありがたく思いなさい、手伝ってあげるから」
「・・・チッ!!」
まもりは走って荒い息をそのままに、夜道を歩いている。
暗がりを歩くときには手に携帯を持つようにしているが、その携帯は沈黙を守ったままだ。
ヒル魔からの連絡があるかと思ったのに。
じわりと涙が浮かんできて、まもりは忙しなく瞬いた。
涙をこぼすのもなんとなく癪で、まもりは大きく深呼吸をする。
このまま今電話を掛けるのは得策じゃない。顔も見ないで一気に色々まくし立ててしまいそうだ。
明日。
明日になったら、あの二人の関係を聞いてみよう。そう思った。
のに。
朝、部室に顔を出すと、ノートパソコンが二台。一台はヒル魔、もう一台に由利。
「・・・オハヨウゴザイマス」
「あ! おはよう、まもりちゃん」
「・・・コーヒー」
明るくはつらつとした由利と裏腹に、ヒル魔はげんなりとコーヒーを所望する。
コーヒーメーカーのスイッチを入れながら、まもりは二人の様子をカウンターから伺う。
昨日あんなシーンを見せつけられて、まもりはどうしたものかと一晩中悶々としていたのに。
まさかこんなところにまで由利がいるとは思わなかった。
しかも由利は元気だし、ヒル魔は元気がないし、どう判断したらいいか判らない状況。
「はいこれ。こっちは終わったわ。それ頂戴」
「おー」
飛び交うデータ。ヒル魔とまもりなら紙ベースで回されるそれがCD-ROMとなっている。
入り込めない。
二人が遠い。
まもりは無言のままコーヒーを淹れて二人に出す。
上機嫌でカップに口を付ける由利と沈黙を通すヒル魔。
落ち着かない気分で、まもりは瞳を伏せた。
すっきりしない気分のまま、一日の授業を終えたまもりはSHRもそこそこに部室へと行く。
今日一日そこにいたのだろうか、由利の姿がまだあって。
「あら、もうそんな時間?」
「・・・ええ」
ぐいー、とのびをしながら由利はまもりに笑いかける。不意に彼女が立ち上がった。
「何か聞きたいことがあるんじゃない?」
「・・・ヒル魔くんと、由利さんって、どんな関係なんですか?」
それに由利は答えず、まもりにすっと近寄った。
「まもりちゃんって可愛いわね」
「何・・・」
ちゅ、と唇に触れる熱。昨日のはヒル魔からだったが。
「な・・・!?」
唖然とするまもりに、にやりと由利は笑う。
「昨日妖一から奪ったキス、お返しするわ。昔から妖一とはこんな風につるんでいて、よくからかってたのよ」
「え・・・」
「あの後妖一は相当怒ってたわ。ただでさえ私の存在で情緒不安定なんだから余計にからかうな、ってね」
「そ・・・そうでした?」
「ええ。愛されてるわね」
笑顔の由利に、思わず照れそうになったが、昨日からの含みある言葉を思い出し、素直にはいそうですかとも言えず、まもりは困惑するばかり。
「からかうな、っつったろ」
言葉と共に扉を開いて現れたのは不機嫌な顔のヒル魔。
「あらいいじゃない。誤解を解こうと今語ってたのよ」
「どうだか。テメェは質が悪いんだよ」
「妖一に褒められるなんて私もまんざらでもないんじゃない?」
変わらず笑顔の由利に、ヒル魔は派手に舌打ちした。
「大事ならちゃんと言葉にしなさいな。私程度のからかいなんてものともしないくらいにね」
言いながら由利は立ち上がり、まもりの頭を撫でる。
「妖一をよろしくね」
笑顔で手を振り、由利はすっと部室から立ち去った。
あまりに怒濤のようだった由利の存在が唐突に失われ、まもりは呆然と立ちつくす。
「オイ」
その腕を引いて、ヒル魔は自らの胸元にまもりを抱き寄せた。
顎に指を当て、上向かせて唇を合わせる。
深く深く、甘いキス。
ここが部室だというのも一瞬忘れ、まもりはヒル魔の腕に身体を任せる。二、三度触れ合って唇が離れた後、ヒル魔はおもむろに口を開いた。
「あいつは舞台歌手で、夫がアメリカ人だ。仕事の都合で一時帰国したらしい」
「・・・え?! 由利さんって結婚してるの!?」
「ああ。わざと指輪はしてこなかったらしいがな」
悪ふざけには全力を尽くす性質は相変わらずだ、とヒル魔は舌打ちする。
あの口調、信頼、きっとそればかりではないのだろうと思う。
「じゃあ、由利さんとヒル魔くんの関係って、一体何?」
「ア? 昔からの知り合いだっつったろ。アイツの夫に色々習ってて、その繋がりでな」
「・・・はぁ・・・」
何を習ったのか。もしかしなくてもあのスラング混じりの見事な英語とかだろうか。
もっとろくでもないことも習ったんだろうと容易に想像がつく。
「・・・あんまり眉間に皺寄せるんじゃねぇよ。一層見られない顔になる」
眉間にキスを一つ。抱き寄せる腕も、触れる唇も、言葉の失礼さを上回る優しさに満ちていて。
その優しさに後押しされて、まもりはつい、とヒル魔のシャツを引く。
「ねえ、ヒル魔くん、一つお願いがあるんだけど」
「ア?」
「私の事も、名前で呼んでくれないかしら」
二人きりの時だけでいいから。
未だその唇に上ったことのない己の名を囁かれるのを待って、まもりは瞳を閉じた。
***
マッスルペンギン様リクエスト『まもりに年上ライバル出現(オリキャラ)』でした。これも元ネタの漫画があるんですが、おわかりになる方いらっしゃいますかね。オリキャラの話で今度は年上ということで、余裕ある女性を書こうとしたらなんだか訳のわからない姐さんが出てきてしまいました(苦笑)いたたまれずこの下におまけ付きです。
リクエストありがとうございましたー!!
マッスルペンギン様のみお持ち帰り可。
リクエスト内容(作品と合っているかどうか確認のために置きます)以下反転してください。
『ヒル魔が過去愛してはいなかったけど大事にしたかった年上の女性(年上で綺麗で頭が良くアメフトの事をとても良く知っている女性でしばらくぶりに外国から帰って来て)がデビルバッツの前に現れてまもりが嫉妬し落ち込むがしかし最後は愛されているのは自分だとその女性やヒル魔にはっきり言われヒル魔と愛し合ってる自信を取り戻す話』 実は由利さんはノリエガさんの奥さんのつもりで書いてました。いかがでしょう・・・。
(オマケ)
「ア? 呼んでるだろ? 姉崎ってナァ」
「え!? それは名字でしょ!? 名前で呼んでよ、知らない訳じゃないでしょ?!」
「姉崎」
「酷い! 由利さんのことはずっと名前で呼んでたのに・・!」
「あいつの名字は由利だ」
「・・・え?」
「由利恭子。それがあいつのフルネームだ」
「そ、そうだったの?!」
「オヤ? 姉崎サンはもしかして俺が由利を名前で呼び捨てにしてるんだと思って、嫉妬されたんデスカ?」
「~~~~!!」
「ケケケ!」
たまには嫉妬されるのもいいな、とヒル魔さんがこっそり思ったのは蛇足でございます。
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ついうっかりブログ作成。
同人歴は読み専門も含めると二桁は楽勝。
よろしくお願いいたします。
【裏について】
閉鎖しました。
現在のところ復活の予定はありません。
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